第三十二話「ヒーロー気取り」
能力者として日常生活を過ごす代わりに見張りに一人付き纏われる羽目になった僕だったが、その付き人は雪月怜華という少女だ。年齢は一つ上という、女子に慣れてない僕からすれば何も話す事は無かった。だが一つだけ共通点があると言えば祖先が前前人類の同じ日本人という事だ。
しかしだからどうしたという話で、おまけに彼女からも話を振らない顛末である。彼女は僕に対し気にする素振りも見せる事はなく、ただ真っすぐだけを向いて学校へと向かっていた。今後長い付き合いになるのならちょっとは気にしろと言いたい処だ、総統には後で付き人を変えてもらおう。
学校までは家から5分程度で着く、確かにこの距離ならクラスは別々であるため特に話す必要もないのかもしれない。登校と下校だけ一緒にいるだけならあまり苦しい事ではない、恐らく総統は学外での能力の使用を警戒しているのだろう。学校の中は総統の管理下、だとするなら問題は自宅の中だ。うちは父さんがいてもほぼ家にいる事は無いし、母さんはとっくの昔に別れている。あの総統が僕を一人野放しにするとは思えない、あの総統の事だ、家の外からでも見張りを付けるだろう。
能力を手に入れて学校に入る事はできたものの、まだ自由とはかけ離れていた。僕が本当に自由の身となるのは天の門ヘブンゲートの兵になる事だ、遅くても18歳、早ければ飛び級というのもざらにあると聞く。体術だけならスライザーにみっちり特訓を受けている、能力の方も穴が無い限りは僕に敵うものなんてほぼいないだろう。
学校には無事に着き、雪月怜華に一言「また!」とだけ言って建物の中にへと入っていく。ここは能力育成学校、天の学校ヘブンスクールである。第一に建てられた学校という事もあり、建物は少し古びていたがスライザーや僕の父さんなど様々な能力者アビリットを輩出した学校でもある。
天の門ヘブンゲートに近いという事もあって新兵に最も早く近づく事ができるのもこの学校だ、いわば実力主義である。僕にとってはこれは好都合でしかない。
古びた木の廊下を歩き、教室に向かっていると、3人の男子学生が目に映る。彼らも僕と同じ新入生なのだろう、一体この中で誰が一番先に天の門の兵士になれるかが見物である。当然僕が一番最初に飛び級をするという前提があっての話だが、この能力がある限りその自信が揺らぐ事は無い。
「きゃああああ!」
悲鳴が聞こえたのは先程見えた男子学生3人が走っていった方からであった。急いで走り僕も向かうと、叫んだ女性は何やら男子学生達から逃げていたようだ。状況はイマイチ分からなかったが、悲鳴をあげている限り彼女が鬼ごっこをしているようには見えない。そのまま見ていると学生3人に彼女達は捕まっていた、急いで僕もそこへ向かう事にする。
「おーいお前達! そこで何してるんだ」
「た、助けて!」
捕まっている女の子から助けてと言われたからには助けない訳にはいかないだろう、ただ女性は意外にも胸が大きい。そして紫の紺藍色の眼と髪を持ち、男子から両腕を塞がれている以上その低身長な体格ではどうしても抜け出せないようだった。押さえつけられてるのが少しエロく、後の展開も見たくはあったが、それを期待していいのは成人雑誌のみだ。
ただどんな状況でも訳がある可能性も無きしも非ず、あまり無差別に人を殴るような事はしたくない。
「嫌がってるじゃないか! 離してやれ!」
「何だお前は?」
「僕は執行遠矢、今日からこの学校に入る一年生だ、彼女が助けてって言っている以上ここで帰る訳にはいかない」
「俺達はただ彼女を捕まえてガールフレンドにしたいだけだ、それの何が悪い?」
「どう考えても悪いだろ、バカみたいな事言ってないで離してやれよ」
「っち、ヒーロー気取りの下心野郎め」
ヒーロー気取りで下心があったのは認めるが、普通の人間ならここで止めには入るはずだ。誰にも文句を言われる筋合いはあるまい。
「一年生とか言ったな、俺達3人全員2年だぜ? お前のへなちょこな能力アビリティでまともに戦えると思うな」
生憎だがその能力もこの学校では使用禁止命令が出ている、体術に自身があるとは言ったが能力者相手にどこまで通用するのだろう。
「発火球パイロシューティング!!!」
これは彼の能力だろうか、3人の中で真ん中に立っていた男の一人が手のひらから出したファイヤボールがいつの間にか目前に飛んでくるのが分かった。僕は咄嗟の攻撃に瞬発力を活かしてそれをかわす。
「はぁ……っち!生意気によけやがってよ!」
どうやら息切れをしているみたいだ、やはり彼らもまだ二年生、完全に能力アビリティを操れるという訳じゃないようだ。
「どけ!今度は俺がやってやる! 威力封じ(エナジーロック)!」
今度は僕から見て左にいる奴が能力名を叫んだ、一見不利に見えるこの叫びだが、叫ばなくても実は使用可能だ。ただ、能力の強弱が変わってくるため自身がないのなら叫んだ方がいい。
ただ能力を言った彼からは何も現れるものが無かった。その隙を狙いに彼ら三人の背後に回ろうとすると、何も見えない処から縄のようなもので引っ張られる感触があった。動きは封じ込められる、力一杯解こうとしてもその場所から離れる事が出来ない。
「てこずらせやがってよクソがきが」
スクールカーストでもできているのだろうか、僕達にあまり歳の差は無いというのに。それに僕は飛び級をし、君達より上の階級にまでのし上がる。はっきり言って彼らの能力を見た時はがっかりだった、いや僕の能力が強すぎるだけか。
「がっかりすぎる……」
再び想像する、まずは発火能力を持つあの学生からだ。手のひらから炎の球を出し、残りの学生二人に向けてそれを放つ。即席で作ったからか、彼は尋常じゃないくらいの汗を掻いて疲れ切っていたが、僕は別に疲れてはいなかった。それにこの二人の学生を気絶させるくらいには十分の威力を持っているようだ、おかげで体の封じも無くなっている。
「一体何がどうなってやがんだ!?」
それは理解できる、自分の体が勝手に動くとかいう気持ち悪い現象が起こると普通混乱するよな。
「おい、覚悟はできてんだろうな」
「え、ちょ、発火パイ……」
「くたばれ……」
即座に作り上げた右手の握り拳を彼の腹に向けて放ち、泡を吹きながら残りの男子学生一人は倒れる。こんな品が無い奴らと同じ学校生活を歩むのは正直嫌だったが、何とかこの女の子には仮を作れた筈だ。
「ありがとうございます! 本当に!」
涙ながらに頭を下げる彼女、その際に胸がありえないくらいに揺れる。本当に彼女は同い年なのだろうか、治安を守る事にもう少し強化させなければ先程と同じような男が現れるのも時間の問題だろう。総統にその事も話しておくか……。
「私の名前はエルシーです、一年生です、よろしくです!」
「ああ、僕の名前は執行遠矢だ、よろしく」
何とか無事事態を収める事はできたが能力は使ってしまった。この事が怜華という女にばれてなければいいが、最悪なタイミングで学校の建物内から怒りに満ちた表情で現れたのは雪月怜華である。怒っているという事は一部始終見ていたのだろうか、だったら助けて欲しかったが。その後は彼女にみっちりと怒られる、なぜか怒られた時が一番彼女との仲がちょっぴり上がっているような気がした。
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