第14話 策士の処遇

 座敷牢から連れ出された深緋久英。何をしでかすかわからない危険な男は、厳重に縄で縛られている。野心的なこの男が、最悪差し違えてでもと言う発想にならないよう、護衛も警護も万全を期している。

「ほら、行くぞ」

 連行するのにも腕利きのものを数名選んでいる。それを見てか、深緋久英は小さく鼻で笑った。

「ふっ・・・ずいぶんと臆病なのだな」

 軽口は無視した。会話をする必要がそもそも無い。与えられた任務はただ座敷牢から連れて行くだけなのだ。いらない苛立ちを感じる必要はない。

 座敷牢を出て廊下を渡り、指定された部屋へと連れて行く。上座には灰原家領主の灰原昌隆。その傍らには灰原家に奇跡的な勝利をもたらした策士の灰原昇太郎。そして彼を守るように、胡粉勝光が目を光らせている。

 下座に向かって灰原家の家臣団が並ぶ。その家臣団の末席には灰原家の人間だけでなく、緑沢家や青森家の者達数名見られた。

「ご苦労だった、信龍」

 領主の一言に頭を垂れるが、これで終わりではない。何をしでかすかわからない深緋久英を見張る必要がある。縛られた状態の深緋久英のすぐ側で、何かあったときにはすぐに刀を抜けるように、万全の体勢が整っている。




 戦が起こるとき、大将同士が顔を合わせる機会は非常に稀だ。たいていは勝敗が分かれ、どちらかが討たれた状態で対面するものだ。しかし今回はそうはならなかった。

 烏羽信龍に連れてこられた深緋久英は間違いなく今回の戦いの敵軍の総大将。そして上座に座る領主の傍らにいる灰原昇太郎は自軍の総大将。両軍の総大将が生きた状態で、それも普通に会話ができる状態で、顔を合わせたのだ。

「深緋久英さんですね。初めまして、灰原昇太郎です」

 勝敗は決した。上下関係で言えばこちらが上になる。ならば敗軍の将に命じて先に名乗らせることもできたはずだ。しかしそうはしないどころか、先に自ら名乗っていた。勝敗によってできた上下関係には一切興味が無いかのようだった。

「どのような男かと思っていたが・・・想像以上の優男だな」

 深緋久英が小さく笑った。こちらを小馬鹿にするようにも、自らを自虐するようにも見えた。

「赤峰家家臣、深緋久英だ」

 すでに敗北し、打ち首か磔を待つ身。深緋久英に物怖じする様子は一切見られない。この様子ならば、命乞いすらすることはなさそうだ。

「こうして顔を合わせられて感謝する。わしを破った男がどのような者なのか、一目見ておきたかったのでな」

 両軍の総大将、そして共に周辺諸国に名が知られた策士。相手の顔を見てみたいと思うのは当然なのかもしれない。

「しかし見事な策であった。先の三国併呑時も将兵を一人も失わなかったと聞くが、此度もか。策には自信があったのだが、わしの全てを見透かされた気分だ。まるで神仏の類いを相手取ったかのように見事であった」

 深緋久英から出たのは惜しみない賞賛と敗北を認める言葉であった。本心から敗北を認めているようだが、相手が相手のため油断はできない。

「そんなことないですよ」

 勝敗は決した。結果は歴然。それでも灰原昇太郎からは一切の驕る言葉は出てこなかった。

「運が良かったところもあります。少し違っていればこの結果は無かったでしょう」

「運、か。しかし、運も実力のうちと言うだろう」

 あくまで深緋久英は敗北を認めたままだ。相手が相手なだけに何か狙いがあるのかを勘ぐってしまう。

「まぁよい。何を言おうと勝敗は覆らぬ。それよりも、わしは此度、何故呼ばれたのだ? 磔か打ち首か、言い渡されるのか?」

 深緋久英は灰原昇太郎の顔を見られればそれでいいのだろう。その願いはすでに叶った。ならば後はどうなろうと覚悟はできている、ということだろうか。

「えっと、ちょっと話してみたかったんです」

「・・・は?」

 灰原昇太郎の言葉は予想外だったようだ。

「話してみたかった・・・だと?」

「はい」

「それだけのための呼んだというのか?」

「はい、そうです」

 深緋久英の表情に少しだけ戸惑いのようなものが見られた。話したかっただけというのは予想外だったようだ。

「えっとですね、あなたはどうして今回のような戦いを起こしたのですか?」

「ど、どうして・・・だと?」

 予想外の言葉に続く質問に、さすがの深緋久英もやや動揺しているように見える。敗軍の将、それも全ての戦いが終わった後の敗軍の将に、だ。国ごと手に入れた後でもはや聞くことなど何も無いはず。配下に下るか、拒んで討たれるか。二つに一つだと考えていたのだろう。

「はい、重要なことなのでできれば教えていただきたいんです」

 死を覚悟していたであろう深緋久英。そんな彼に向けられる純粋な興味の表情。

 少しの間、部屋の中が静寂に支配される。冬の屋外には音も少ないため、まるで全てが止まっているかのようだった。

「食料の確保、領土の拡大、名声・・・といったところか」

 事前に得ていた周辺国の近況と照らし合わせても違和感のない答えが返ってきた。

 赤峰家だけでなく、緑沢家の青森家も食糧難で苦しんでいる。自国の領民を食わせていくためには隣国へ食糧の確保へ出向かなければならない。商売で手に張れば戦にはならないが、金も無限ではなく相手国内にも食糧事情がある。買い付けることができないのであれば、奪い取るより他はない。

 そして領土の拡大は自国の強化にも繋がる。広い領地を手に入れ、自国が潤うように内政を行う。もちろん新たに支配することになった領地にも領民がいるため簡単ではない。しかし赤峰家には海がある。海に面していることで魚が漁で捕れる。それを強みに新たな領土を手に入れるために動き出したのだ。

 そして個人的な欲求。灰原昇太郎という策士に名が周辺諸国に響き渡った。同じく策士として周辺諸国に知られていた深緋久英は面白くなかったのだろう。策士として自らを越える存在が現れたことに、不満だけでなくもしかしたら危機感も感じていたのかもしれない。いずれどこかでぶつかる可能性があるのであれば、自らの策で完膚なきまでたたき伏せて完勝する。それにより領地も広がり名声も得られる。

 今回の戦いが起こった理由は周辺諸国の食糧事情が根底にあり、深緋久英の心が周辺諸国を大きく動かした。それが真相のようだ。

「なるほど・・・」

 灰原昇太郎は二度三度頷きながら何かを考えている。考える時間は相変わらず短く、何を考えているのかと思っている間に、次の言葉が飛び出してきた。

「灰原領内でも行った天災対策や治水、そして収穫量を高める施策を青森領、緑沢領赤峰領でも行います。それに加えて赤峰領で行われている海での漁ですが、そちらも今以上に多くの魚が捕れるように工夫しましょう」

 簡単に言った。今まで以上の漁の魚が捕れるようにしよう、と。いとも簡単に言ってのけた。

「そして旧白山領、旧黒川領、灰原領、青森領、赤峰領、緑沢領、この範囲で道路を整備して人や物の流通をしやすくして、各地の特産品が広い範囲に出回るようにします。これで食糧難に加えて商業の幅が大きく広がるはずです」

「そうだな。わしも領土の拡大が成された後には各地の商いの連携は考えていた。自国領土を守り強く豊かにするにはそれしかない」

 戦いに勝った先、二人の策士の考えていることは同じだったようだ。聞いていれば簡単に話しているが、それほど簡単に事は進まないだろう。時間も手間もかかるはずだ。しかし策士と呼ばれる二人の考えが一致していると言うことは実現が可能だと言うこと。大変そうだが、できると思えばやりがいもあるだろう。

「はい、それと学校もいりますね。あと各地の農作物の収穫量から税制の調整も必要ですし、緑沢家や青森家のような山手の領地ですとそれに特化した農作物に主産業を切り替えて、なおかつブランド化もすれば対外的に利益も得られますから・・・」

 さっきまでは会話の内容がわかっていた。しかしここに来て一気に何を言っているのかわからなくなった。それはこの部屋に集まっている大勢が同じだ。目を丸くしている者もいれば、互いに顔を見合わせている者もいる。おそらく話している当人である灰原昇太郎以外、誰もわかっていないだろう。

 唯一当人以外でわかっている可能性があるのは深緋久英だが、表情からどちらなのかは判断が付かなかった。

「・・・と、問題も山積かなぁ。とりあえず田植えの時期までにできることから優先順位をつけて一つずつやっていかないといけないから、まずロードマップ作りからかな」

 何を言っているのかわからない内容。それが途切れたとき、納得顔をしている灰原昇太郎が同じ人間なのかと疑いたくなった。

「・・・一つ、いいか?」

 灰原昇太郎の言葉が途切れた隙を突くかのように、深緋久英が問いを投げかける。

「はい、どうぞ」

「灰原家は・・・いや、灰原昇太郎殿は、どのような国作りをお考えで?」

 死を覚悟していたであろう深緋久英。そんな男は自分に勝った目の前の敵に興味を持ったのかもしれない。

「うーん・・・国作りとか、そんな大きなことじゃなんいですけど・・・えっと、なんて言うか・・・戦火と飢餓に悩まされない日常が当たり前になるといいな、とは思っています」

 戦火と飢餓。この二つは切手も切り離すことができない。争いが起こるのは、争いを起こす者達が満足できていないからだ。その満足できていない物の中で最も重要な物が食料。より良い生活のために、より良い土地を求めて戦いが起こるのだ。

「なるほど、ならば領地の守りと隣国との外交は急務だな」

「そうですね。そうなんですけど・・・」

 何かを言いかけて言葉が詰まった。灰原昇太郎はまた二度三度頷きながら、ごく短時間考え込む。そしてそれほど時をかけることなく次の言葉が出てきた。

「自分の領地だけじゃいずれ限界が来ます。だから領地だけじゃなくて、全国的にそうなるようにしたいですね」

 その言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。自分の生まれ育った領地のことだけを考えて生きてきた。生まれ故郷が灰原領となってからも、元々自分が生まれ育った領地のことを考えていた。灰原昇太郎も灰原領内と隣国のことは考えているだろうとは思っていた。しかし、まさかその口から『全国』という言葉が出てくるとは思わなかった。全く思いもよらなかった。

「その為には深緋久英さん。あなたの力も貸してもらえるとありがたいのですが、どうでしょうか?」

 ここに来て灰原家の家臣への誘いが出た。この誘いにはさすがに灰原家の家臣団も表情が変わる。

「昇太郎、さすがに深緋久英を登用するというのは・・・」

 領主である灰原昌隆の苦言。それに周囲は同意しているのが空気でわかる。その空気を察してか、それとも始めから決めていたのか、深緋久英の返答はすぐに出た。

「・・・断る」

「え? ダメですか?」

「わしは灰原家の家臣にはなれぬ」

 周囲の家臣団の様子を見れば、誰もが深緋久英を敵視しているのがわかる。

「すごい人だから味方になってくれたら心強かったんだけど・・・」

「深緋久英は危険な男でございます。家臣として召し抱えるのは得策とは思えませぬ。ここは早々に打ち首か磔にて処断を・・・」

「じゃあ、縄を解いてあげて」

 処断を進言する家臣の言葉が言い終わる前に、まさかの縄を解けという命令が下った。

「この男は危険でございます。他家に加わり、再び我らの敵となるやもしれませぬ」

「ここで討ち果たしておかねば今後の憂いとなりましょう」

 家臣団から続々と処断を支持する言葉が上がる。それでも灰原昇太郎の意見が変わる様子はない。

「僕はできれば誰にも死んで欲しくないんだ」

 この戦乱の世の中にあって、この言葉がどれだけ甘い言葉なのかは誰もがわかっている。しかし、この言葉は灰原昇太郎という策士が口にしたときのみ、説得力を持つ言葉へと変貌する。

 二度の戦で誰も死なせずに勝利を飾った。誰も殺さずに戦を勝利に導いたのだ。それを成し遂げた策の根底がこの言葉だと言われれば、結果から見て納得するほか無い。

「かしこまりました。では深緋久英は縄を解き、灰原領より追放といたします」

 烏羽信龍が深緋久英を立ち上がらせる。部屋の外へと連れて行き、そのまま屋敷の外へと向かっていった。

「昇太郎・・・本当にこれで良かったのか?」

「無駄に人を殺さなくて良かったと思うよ」

 疑問の声が上がるのは当然だ。深緋久英が再び敵となったとき、より多くの血が流れることになるかもしれないという考えが無いわけではない。しかし二度の戦を一人も殺さずに勝利した灰原昇太郎という策士の言葉であれば、これ以上の反論や意見は誰も口にすることができなかった。

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