第10話 滅亡と出会い

 白山家の力を借りて灰原家の城へと戻ってきた昇太郎。朝に白山家の農村から出立したが時は既に夕刻。そこでの歓迎ぶりは昇太郎の想像をはるかに超えていた。


「あの・・・これは?」


 白山家の兵士に城の近くまで連れて来てもらった。そこで白山家の者とは別れて独りで城へと戻った。すると城内に一歩足を踏み入れた瞬間、数人の兵士達が持つ槍の穂先が昇太郎へと向いていた。


「昇太郎。今までどこで何をしていた? 答え次第ではここでその首を討たねばならぬ」


 城の奥から出てきた灰原昌隆。彼の命令で昇太郎は敵意に晒されている。


「川に流されて、それで白山家の領地で助けられて帰ってきました」


 昇太郎は嘘偽りなく答える。ここで嘘を言うことに意味はないし、隠さなければならないことなど何もない。灰原昌隆をまっすぐ見て真実をただ素直に答えるだけだ。


「黒川に捕えられ、降伏を促しに来たわけではないのだな?」


「黒川? いえ、黒川家とは一切かかわっていません」


「・・・ふむ、嘘偽りはなさそうだな」


 まっすぐ答える昇太郎の様子から信用に値すると判断した灰原昌隆。兵士達に下がるように告げて主君自ら前に出る。


「昇太郎。そなた、先の戦で何をした?」


「え?」


「あの火柱、あれは凡人には為し得ぬ尋常ならざる芸当だ。いったいどうしたのかと聞いているのだ」


 黒川軍の陣に入り込んで行った兵糧を焼き払う作戦。思いの外上手くいったことで黒川軍は灰原家の領地から引き上げざるを得なくなった。その詳細を聞きたがっているのかと思い、昇太郎は簡単にその内容を答える。


「水と油で水蒸気爆発、小麦粉で粉塵爆発を起こしただけです」


 現代であればある程度通じる。科学というものが一般的に理解されている時代であれば説明もしやすい。しかしこの時代はそうではない。しかも昇太郎もどうすればそうなるのかはわかっていても、事細かく詳細に説明することができるほど博識でもない。よってとりあえず真実だけを告げるということしか彼はできなかった。


「うぅむ、相変わらずお前の言うことはよくわからぬな。だがあの妙技は我が軍を一度救ってくれた。そしてその力を再度貸して欲しい」


「再度?」


 灰原昌隆をよく見ると彼は甲冑姿だ。彼だけでなく、昇太郎に槍を向けていた兵士達やその周囲にいる者達もみんな戦争状態の姿形のままだった。


「黒川軍は帰ったんじゃ?」


「一度は帰った。だが兵糧や物資の補給を終えるとまた攻め寄せてきた」


「ま、また?」


「うむ。さらに今回はもっと多くの兵を動員しているという話だ」


 数日前の黒川軍襲来も間一髪のところで何とか追い返したという感じだった。しかし今はその時以上の兵力を用いて再び進行してきているようだ。


「前みたいな作戦はもう通じぬ。正直、情けないがワシではもう打開策が見つけられぬ」


 灰原昌隆は手詰まりの状態でどうすればいいのかわからなかった。そこで昇太郎が帰ってきたことでまず敵ではないかを問いただし、味方であることがわかったらすぐさま助けを乞う形となったのだ。


「帰って来ていきなり? そんな急に言われても・・・」


 詳しい状況の把握もできないまま再び戦争状態に突入してしまった。


「あ、白山家への援軍要請は?」


「これほど早く黒川が取って返してくるとは思わなかったのでな。使いは出したがまだ返事は届いておらぬ」


 撤退を余儀なくされた黒川軍だが、補給を終えて増員を済ませると直ちに動き出した。それは灰原家の意表を突く形になり、ただでさえ劣勢の灰原家は更に後手に回ってしまったことになる。


「それに先の戦いの奇襲は失敗だった」


「え? そうなんですか?」


「うむ、奇襲を仕掛けたのは良いが相手の対応が思いの外早くてな。あの火柱による黒川軍の混乱が無ければこちらの被害も甚大となっていたであろう」


 昇太郎に灰原昌隆がすがって来る理由もわかる。あの時昇太郎の思い付きが無ければ灰原家の兵力はゼロに等しい数にまで減らされていたのだ。しかし奇襲の失敗は手痛い。ただでさえ少ない総兵力がさらに減ってしまった。二百名程度しか動員できない灰原家はもうその半分の百名程度しか戦線に投入できない。減った百名は戦死か負傷兵。戦線に投入できても戦力にはならないのだ。


 よって現状を打破できそうなのは昇太郎の頭の中意外にない。灰原昌隆だけでなく、灰原家にいる全ての人がそう思っていた。


「お館様! 黒川軍、一夜を明かすことなく進行してきます!」


 先の戦で一夜を明かそうとしたことから灰原家侵攻を失敗した。同じ轍は踏まぬと、日が沈みかけているのに城攻めを開始しようとしていた。


「ちょっと! そんな急には無理だよ!」


 さすがに現代からやってきた昇太郎でも、ここまで準備の時間がなければ何のアイデアも出すことができない。そもそも落ち着いて考える時間すらないのだ。妙案が浮かぶとは到底思えない。


「くっ、やむを得ぬか・・・」


 主君の灰原昌隆は一瞬の沈黙の後、大きくため息を吐いて城内にいる全てのものに大声で告げる。


「皆の者、この戦に勝ち目はない! 戦闘態勢を解いて城門を開け放つ! 降伏する者はここに残り、立ち去りたいものは立ち去れ! ワシは再起を図るためには白山家を頼る故に、この地を今すぐに立つ!」


 灰原家は黒川家によって併呑される。白山家の援軍はどう考えても間に合わない。ならば無駄に戦えば皆の命を危険にさらすことにしかならない。無駄死にするくらいなら今は一度落ち延びて再起を図る方が良いと、一国一城の主は考えたようだ。


「昇太郎。奥に琴乃がいる。琴乃も連れて白山家へ逃げようと思うのだが・・・」


 灰原昌隆の言葉を聞いて昇太郎は一つのことを想い出した。今朝の出来事をこんなにすぐに忘れられるわけがない。


 琴乃と雪絵はすごく似ている。白山勝実は雪絵が手に入らなかったそのすぐ後に、よく似た琴乃が手の中に飛び込んでくればどうなるかは明白だ。さらに琴乃は灰原家のお姫様で武家の娘だ。そして灰原家の者を保護するという交換条件を突きつければ、琴乃との婚姻は全く難しいことではない。そしてあの男、白山勝実ならばそれくらいのことは平然とやってのけるだろう。


「琴乃さんですが・・・」


 昇太郎が何かを言おうとした時、城の外から大きな掛け声が聞こえてきた。黒川の軍勢が城に攻め寄せて来る前に軍全体を鼓舞する掛け声だ。つまり黒川軍の攻撃が城に到達するまでもう時間が無い。


「いや、琴乃は昇太郎に託す」


「え?」


「灰原の名を絶たせたくない。白山家の主君、白山勝実の度を超えた女好きの噂はワシも聞いている。琴乃のことも考えれば、昇太郎に託すのが一番であろう」


 大きな手で昇太郎の肩を叩く。それは父が娘を託すという思いを昇太郎という男に心から告げる行動。昇太郎はそれに応えるように力強く頷き、まっすぐと澄んだ目で灰原昌隆を見据えた。


「・・・機会があれば再び会い見えようぞ!」


 そう言って父は娘の元へは行かず、指揮官として城内で最後の指揮を執る。その背中を見て何か思うところがあった昇太郎。戦う男、娘を託す父、諦めず再起を図る姿、それらが昇太郎の瞳と心に強く焼き付けられる。そしてその様子をじっと見た後、昇太郎はすぐさま城の中へと駆ける。


「琴乃さん!」


 昇太郎が向かった先は城の中の一室。そこに飛び込んだ時、目を大きく見開いて驚き、目の前の現実が受け入れられないと呆然としている琴乃の姿があった。


「しょ、昇太郎? 無事であったのか?」


「うん、ちょっと危なかったけどね。でも今は話している時間が無いんだ。すぐに城から逃げ出すよ」


 驚いている琴乃の腕を掴んで部屋から引っ張り出す。


「逃げる? どこへ逃げるというのだ? 黒川に屈すれば灰原領はどこも黒川のものだ」


「大丈夫。とりあえず身を置ける場所が白山家の農村にあるんだ」


 そして昇太郎は琴乃と雪絵を会わせてみたいという思いもあった。よく似ている二人がいれば農村の人達も当面は面倒を見てくれるだろうし、黒川の軍勢から逃れるには白山家の領地しかない。雪絵がいた農村は今この時、昇太郎と琴乃にとって最も安全な場所になるのだ。


「えっと、道案内はするから馬を走らせてくれるかな?」


「わかった。昇太郎が言うのであれば私はその場所へ行こう」


 琴乃は昇太郎に全幅の信頼を置いている。その昇太郎が安全だと言って向かう先に決めた場所。その場を知らなくとも琴乃が拒むはずはなかった。


 二人は馬に乗って城を飛び出し、開け放たれた城門から脇目も振らずに脱出する。時は既に夕暮れを過ぎて夜へと移り変わろうとしている。僅かに瞬き始めた星だけが馬で駆ける二人を見守っていた。


 黒川の軍勢を避けながら川を下って行くが、時間も時間だったために早々に日が暮れて辺りが真っ暗になる。やむなく物陰に隠れるように馬を木に繋ぎ、昇太郎と琴乃はその傍らで草の地面に腰掛けた。


「昇太郎・・・帰って来てくれたこと、礼を言う」


 琴乃は少し涙ぐみながら昇太郎に抱き着いてきた。


「私はもう失いたくはない。兄達もいなくなり、住む場所もなくして、父とも離れ離れになってしまった。昇太郎、幾度となく言う。私の前からいなくならないでくれ」


 戦国時代に生きた人達は皆心が強いと思っていた。家族や肉親も時には殺めなければならないし、家のためなら幼少の時から家を出ることなど当たり前だ。戦死など日常茶飯事で、それを皆が覚悟していた時代だ。しかしそれが全く平気な者などいない。携帯電話やインターネットなどが普及した現代以上に、血を分けた兄弟や家族の絆は強く深かったのだ。故に遠くにいても家族であり、離れていても相手を思いやっていた。現代では電子機器の発達によりいつでも連絡が取れるということから、その絆といったものがこの時代より希薄になっているのかもしれない。昇太郎は琴乃の悲しむ様子からそう察した。


「僕は死ぬつもりもありませんし、琴乃さんを置いて勝手にどこかへ行くつもりもありません」


 なぜこの戦国時代に来てしまったのかわからない。よっていつ現代に帰ることになるかもわからない。しかしこの時代に居続けることができる限り、昇太郎は琴乃から離れる気などさらさらなかった。


「昇太郎・・・」


 抱き着いている琴乃が昇太郎の服を強く掴んで離さない。もう夜で回りはほとんど見ることができない。そんな暗闇だからこそ、琴乃は昇太郎がどこかへ消えてしまうのではないかという恐怖に駆られている。


「大丈夫だよ。今日はもう寝よう」


 恐怖が振り払えない琴乃が落ち着くまで、ただ抱き着かれたまま抵抗しない。しばらくすると少し落ち着いた琴乃の強張っていた体の力が少し抜けた。


「のぅ、昇太郎」


「はい、なんですか?」


「子作りをせぬか?」


「・・・・・はふぇ?」


 いきなりの琴乃の言葉に昇太郎は驚きのあまり素っ頓狂な悲鳴のような声を上げてしまった。


「そなたとの子が欲しいのだ。昇太郎の子が産みたいのだ」


 様々なものをすっ飛ばしての告白に昇太郎はどうしていいのか困惑してしまう。現代であれば子作りの前に恋愛や結婚があるのが普通だ。しかしこの時代は政略結婚などが普通だったため、恋愛などというものがどこまであったかと言われれば現代ほど自由にできたわけではなかった。琴乃は未婚であるため色々なことを知らないのだが、武家の娘としての覚悟から子作りの大切さは知っていた。そしてその子作りを自らが望む相手とできるのであれば、それこそが幸せだと彼女は思っているのだった。


「ま、待って! それはさすがにまずいよ」


「何故だ? 私では不足か?」


「ち、違う。むしろ僕には勿体無い」


「ならよいではないか」


「いや、そう言うことじゃなくて・・・」


「やはり私は好かれてはおらぬのか?」


「いや、そんなことないよ。それだけはない」


「では何故だ?」


 琴乃が強く昇太郎に迫る。暗い中でよく彼女の全体像も見えない中、それでも彼女の吐息が感じられて密着していることを思い知らされる。


「こ、子供ができても・・・その、今の状態じゃ育てられないし、ね?」


 結婚して子供を作るにはたくさんの障害がある。衣食住はもちろん、子育ての資金などの稼ぎも必要だ。つまりそれらが無いと子供ができても育てられず、最悪の結果さえ招きかねない。よって今はそのようなことをしている場合ではないと、昇太郎は何とか琴乃にわかってもらおうと必死だった。


 もちろんそれは昇太郎がこの場でそれを回避するためだけの方便に過ぎない。本音は琴乃とそのような関係になることが嬉しい反面まだ想像できずに受け入れられないなど、精神的なことが大きな理由であった。


「そ、そうか・・・確かにそうじゃな」


 琴乃は昇太郎の言ったことを理解してくれたようだ。


「昇太郎は頭が良いな。先の戦でも昇太郎のおかげで一度は黒川軍を追い帰した。私にはあのような知略も策略も思いつかぬ。ましてやこのような場所で冷静ささえも失ってしまっている」


 ここ数日で様々なことが起こった琴乃は随分と弱気になっている。初めて会った時の気丈で明るくて活発なお転婆姫の様子など今はどこにもなかった。


「ほら、今までいろいろあったからさ。琴乃さん、今日はゆっくり休もう」


「ああ、そうだな」


 寝転がる昇太郎の横に寄り添うように寝転がる琴乃。


「昇太郎・・・か」


 昇太郎に聞こえないように彼女は小声で呟いた。


「何か言った?」


「いや、気にするでない」


「そ、そう? じゃあおやすみ」


「ああ、よく眠ろう」


 傍らに寝る彼女が何を想っているのかは昇太郎にはわからない。琴乃はその後も何も言わず、静かに寝息を立てて眠り、昇太郎もその寝息につられて眠りについた。


 翌朝、再び馬を走らせて昇太郎と琴乃は川沿いを下り、白山家の農村にたった一日で舞い戻って来た。


 昇太郎はなんだか不思議な気分だった。昨日、この農村を出立する頃は二度と戻らないかもしれないと思っていたのだが、たった一日で戻って来てしまった。何となくかっこうがつかず、気まずい気分だった。


「ほぉ、ここが昇太郎の世話になった村か?」


「うん。河原に流れ着いたところを助けてもらったんだ」


「そう言えば私と初めて会った時も河原だったな」


「うん。僕はとことん川に縁があるのかもね」


 農村に入って馬を下りる。すると村の子供達が昇太郎に気付いて駆け寄ってくる。子供達だけでなく大人達も近づいてくる。この村では昇太郎はちょっとした英雄だ。


 しかし、昇太郎目当てに集まって来た者達は一様に琴乃を見た瞬間時が止まる。固まった彼らを見て琴乃は眉をひそめていた。


「な、なんじゃ?」


「ああ、それは行けばわかるよ」


 昇太郎は農村のみんなにちょっと気まずい挨拶をしながら、琴乃の手を引いて雪絵が住む家へと連れて行く。


「雪絵さん。いるかな?」


 家に琴乃の手を引いて入っていく。琴乃はお姫様だが、灰原家の領内でたびたび農村にも足を運んでいたため、農民たちの家に入るということに抵抗はなかった。


「こ、これは昇太郎様!」


 家の中にいた雪絵が帰ってきた昇太郎に気付いて駆け寄り頭を下げる。そして頭を挙げた時に琴乃と目が合った。


「えぇ?」


「なっ!」


 そこで二人はまるで鏡を見ているかのようにそっくりな自分と生れて初めて対面した。


「二人ともそっくりでしょ? 実は会わせてみたいなってことも思っていたから琴乃さんをここに連れて・・・・・」


 昇太郎の説明の途中、琴乃が雪絵の手を掴んだ。


「まさか、そんな・・・」


「え、えぇ? な、なんですか? 昇太郎様?」


 事情が呑み込めない雪絵に、何かを知っていて衝動的に動いた琴乃、そして二人を合わせたがいいが今後のことは全く考えていなかった昇太郎。そんな三人が中心だったため、その場はしばらく沈黙に包まれた。


「いや、まさかそうだったとは・・・」


 そしてその沈黙を破ったのは琴乃だった。


「そなた、名は?」


「え? あ、雪絵です」


 いきなりの琴乃のテンションに雪絵は少々押され気味だ。


「雪絵。今から言うことを落ち着いてよく聞け」


「は、はい」


 琴乃のすごい雰囲気に押されている雪絵はただ返事を返すことしかできない。


「我らは姉妹・・・それも双子だぞ!」


 その瞬間時間が止まった。琴乃の言った内容が雪絵にも昇太郎にもすんなりと呑み込まれなかった。しかし少しの間を開けると、琴乃の言った事の事実がわかってくる。


「そ、そんな・・・え? 双子ですか?」


「そうだ。灰原家には言い伝えがある。今の今までただの言い伝えだと思うておったのだが、実際に行われていたとは思わなかった」


「えっと、それはどんな言い伝えなの?」


 昇太郎がやや興奮している琴乃を宥めるように、そして言い伝えの内容を聞くために問いを投げかける。


「なに、大した話ではない。子が生まれた時、双子の女だった場合は片方を捨てよというだけの話だ。そうしなければ国に災いが起こると言われておる」


 琴乃と雪絵はおそらく他人の空似ではなく双子。それほど似ている。しかし雪絵は言い伝えによって灰原家から捨てられたのだ。恐らく川にでも流されたのだろう。それを白山領内で農民たちの手によって救い出され、今まで育てられたというのが雪絵の人生のようだ。


「つまり灰原家の者が捨てる赤子を変えれば、雪絵と私は真逆の人生を歩んでおったのかもしれぬ、と言うことじゃ」


 武家の娘に生まれた双子。その双子の片方は言い伝えで捨てられて隣国の農村で育ち、育てられた方は国を追われてその農村で再開する。そしてその二人を引き合わせたのが突然現れた灰原昇太郎その人。数奇な運命と言っても差し支えない。


「わ、私が・・・本当は武家の娘?」


 雪絵は夢を見させられているような気分だった。今まで農民として苦しい生活を幾度となく送り、辛い日々を何とか凌いできた。その農民の生活が全てだった雪絵にとって、今回の事実は真実だと思えてもなかなか受け入れることができない。


「ですが私がいると災いが・・・」


「いようがいまいが、結果的に城は奪われ私もこのような身じゃ。所詮言い伝えはただの伝説だ。でなければ私と雪絵がこうして出会うこともなかったであろう」


 双子の女の子の片方を捨てなければ国に災いが起こるという言い伝え。真偽のほどは定かではないが、実際に片方を捨てているのに城は他国に奪われる結果になってしまった。これが災いでなければなんだというのか。


 現代の学説や定説では、伝説や言い伝えは偶然の産物や史実をもとにした思い込みが多いらしい。災いが起こるなどの言い伝えは実際に天災等が起こったことをなにかしらの物事の責任にしてしまったということも少なくはない。伝説や神話上の生き物も学説では偶然生まれた奇形か、見間違いや伝わり方の違いなどから生まれた勘違いという空想上の生物だとされている。


 恐らく灰原家の祖先は女の子の双子が生まれた後に天災に見舞われたのだろう。それで女の子の双子が災いを引き起こしたとして、言い伝えを残したに違いない。戦国時代というまだ科学的根拠というものが無かった時代ならば十分あり得る話だ。そしてその言い伝えが正しいものでないことは今回の灰原家の城の陥落を見れば一目瞭然だ。


「そう、ですね。言い伝えは確かに否定されていますね」


 雪絵の複雑な心境は琴乃の強気の言い切った発言によって払拭された。雪絵は笑顔を見せて琴乃としっかりと抱き合ってお互いの存在を確認する。


「雪絵。迷惑かもしれぬが、私をしばらくここに置いてはくれぬか?」


「私は大丈夫です。昇太郎様には助けられていますし、村にみんなも話せばわかってくれると思いますよ」


「うむ、助かる。礼を言うぞ」


 琴乃と雪絵の仲良しの様子はたった今出会ったばかりとは思えないほどだった。まるで長い時を共にした友や本当の家族のように、一瞬で打ち解けてしまったように見える。事実の双子の再会はこうも長く開いた時を超えるのかと、昇太郎は感心して二人の再会に魅入ってしまっていた。


 その日の夕食時は琴乃と雪絵が息の合った会話を繰り広げており、雪絵を育てた家族や昇太郎までもが完全に置いてきぼりを食らっていた。


「なに? 白山家の領主、白山勝実はそんなことをしてまで雪絵を妻にしたいと言ったのか?」


「ええ、正直私も諦めかけていましたが、昇太郎様に救われました。ですがまだ完全に解決したわけではありません」


「安心せよ。昇太郎は神の如き知恵の持ち主よ。必ずやこの村を苦境から救ってくれるであろう」


 琴乃はまるで自分のことのように自信満々に言い放った。それが現代では無茶振りという言葉として在ることなど彼女は知る由もないのだろう。


「して、昇太郎。何か妙案はないか?」


 そしてまるで未来から来たネコ型ロボットにすごい道具を出してくれとせがむかのように、琴乃は昇太郎に妙案を出せと簡単に言ってくれた。


「えっと、とりあえずこの村が抱えている危機って言うのは収穫した農作物のほとんどを年貢で納めなければならないってことだよね。でも今から収穫量を大幅に増やすのは無理なんだよなぁ」


 時期は既に夏真っ盛り。夏が過ぎると収穫の時期だ。農耕面積を増やすにも、土壌を肥料などで豊かにするのも、すでに遅い。


「来年以降に凶作を減らす方法がないわけじゃないんだけど・・・」


「なに? そんなことができるのか?」


「昇太郎様、ぜひお教えください」


 琴乃と雪絵が昇太郎に詰め寄ってくる。そして昇太郎の発言には家の中にいる雪絵を育てた家族も興味津々だ。


「えっと、農作物は毎年同じ場所で育てて収穫するとだいたい三年から五年くらいで一回ダメになる時期が来るんだ。それをなるべく防ぐのには肥料が必要なんだけど、ただ普通に肥溜めとかの肥料をまいていればいいってわけじゃないんだ」


 戦国時代、糞尿を直接肥料として撒く習慣があった。しかしそれでは肥料としての役目も果たすが、逆に農作物を痛める結果にもつながりかねない。よって肥料には落ち葉などが腐敗したものも混ぜて一度発酵させたものを使うのが良いとされている。


「そ、そうなのか?」


「知りませんでした」


 皆が口々に初めて知った新事実に驚いている。


「後は休耕できればいいんだけどね」


「休耕?」


「農作物がダメになる時期が来るから、それをあえて自分達で休む年を作るんだよ。人間も走っていたら休みたくなるでしょ? 畑も一緒なんだ」


 まるで先生から授業を受ける子供達のようにみんなが昇太郎の話に耳を傾けては頷いている。


「だが木は一向に枯れぬぞ?」


 琴乃が質問を投げかけてくる。


「木は生えた場所から動けないでしょ? そこで伸びた葉っぱが根の上に落ちて腐って肥料になるんだよ。それに木はもともと一年中生えていられる植物だから、農作物よりも弱点が少ないんだ」


 昇太郎の話す言葉の内容が皆にとっては斬新で信じがたい新事実も多い。しかし昇太郎の功績を知るみんなはその話の内容がまるでこの世の真実のように思いながらじっくりと聞いていた。


「でもこれは来年以降に生きてくる内容だからね。今年の年貢でたくさん持っていかれたら来年までは厳しいかもしれないね」


 昇太郎の言った内容を実践できれば農作物を毎年効率よく育てることができるだろう。しかしそれらの準備期間などを考えると今年では間に合わない。しかし今年中に何とかしなければ、彼らは来年こそ本当に食糧不足で干上がってしまう。


「二十日大根とか短い期間にできるやつがあればいいんだけど・・・」


 現代では家庭菜園などが行われている。家庭で気軽に育てられるように短い期間で食べられるサイズまで育つ農作物の種なども売っている。しかしそんなものはこの時代に都合よくあるはずがない。欲しい農作物の種があってもそう簡単に手に入らないのだ。


「とにかくもう少し考えてみるよ。山の山菜や果物も季節に合わせて取れれば一年くらいは何とかなるかもしれないしね」


 昇太郎はこの農村のために何か知恵を尽くすことを約束した。しかし昇太郎もそこまで博識というわけではない。危機的状況に陥った農村を救う手段があるかと問われれば、はっきりないと言うしかない。ただ学校で習ったことやテレビや新聞などの受け売りをここで話しているだけに過ぎない。根本的な解決策を昇太郎が彼らに提示することはできないのだ。


 昇太郎に期待が集まる中、今言われた内容でできそうなことをとにかく実践してみようという風潮が高まる。それがこの農村が生き残るためになることを祈りつつ、昇太郎は夜が更けるまでみんなと言葉を交わしていた。

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