第15話 策士の行方

 灰原領との国境。道の傍らで冬の風に耐えながら待ち人を待ち続ける。

「今日はずいぶんと冷えるな」

「そう文句を言うな。報せからすれば間もなくその姿が見えるはずだ」

 共に待つ男とかれこれどれだけここで待ったか。志こそ同じくしているが、それほど気の合う男ではない。会話も弾むわけではなく、ただ目的のために一緒にいるだけだ。

「もう少し綿を増やしておくべきだったか」

 寒さをしのぐために厚着をしてきたつもりだったが、この寒空の下で長く待つことは想定していなかった。着ているものをもう少し分厚くしておけば良かったと後悔するのも何度目だろうか。

「ほら、見えたぞ」

 灰原領からこちらへとやってくる一人の男。大きな荷物を持たない姿はほとんど着の身着のままと言った様子だ。

「行くぞ」

「わかっている」

 会話の弾まない相手と、望まない長時間の待ちぼうけも終わりだ。そう思うと自然と体と足が軽く動く気がした。

「そこの方、しばし待たれよ」

 歩く男の前を二人で塞ぐ。呼び止めた意味があるのかは謎だったが、ここで逃げられるわけにはいかない。志のためにも、寒空の下の長丁場も、全てが報われるためにはあの男を逃がすわけには行かないのだ。

「赤峰家家臣、深緋久英殿とお見受けした」

「・・・いかにも。わしは深緋久英だが、そなたらは何者だ? わしを討ちに来たのか?」

 灰原領から出てきた深緋久英。戦に敗れた敗軍の将。それでいて灰原家家中の者達にとっては危険な男。灰原昇太郎は生きたままの解放を指示したが、その指示に納得がいっていない者も当然家中にはいるだろう。

 そういった命令に不満のある者達が灰原領の外で深緋久英を密かに討ち果たす。そういう可能性を考えた上での反応だろうか。

「貴殿を討つつもりは毛頭無い。申し遅れたが、我が名は黒川信弘。こちらは白山勝実。我らは・・・」

「灰原昇太郎に敗れた黒川家と白山家の元領主、か」

 深緋久英はかつて灰原家に併呑された黒川家と白山家の存在をよく知っているようだ。

「国を追われた元領主が、敗軍の将であるこのわしに一対何の用だ?」

 何の用だ、と聞きながらも、深緋久英は答えを知っているだろう。

「我らは我らの国を取り戻したい。それはそちらも同じなのであろう」

 灰原家に敗れたあの日、灰原家の統治に納得できなかった両国の領主は国を追われた。あの日から自国の領地を取り戻すことだけを考えている。

「敗軍の将が何人集まろうと勝ち目など無かろう。灰原家は白山家と黒川家のみならず、緑沢家青森家赤峰家までも傘下に取り入れ、領地も大幅に広がった。動員できる兵力も増えている。対してお二方は国を持たぬ身であろう。どうやって戦うつもりなのだ?」

 痛いところを突かれた。確かに今は国も無ければ動員できる兵力も無い。親交のあった他家に厄介になっている身だ。今や飛ぶ鳥落とす勢いの灰原家とは雲泥の差である。

「確かに今の我らには何の力もありませぬ。しかし、その無力の屈辱に耐えるのもあと少し」

「・・・何か勝算でも?」

 深緋久英がこちらに興味を持った。どうやらこの男はまだ完全に心が折れたり野心が潰えたりしたわけではないようだ。

「今、我らは働きかけているのだ」

「働きかける? 力を貸してくれる武家があるとでも?」

「今はまだ動いてはくださらぬが、このまま灰原家の力が増せば、周辺の小領主達にも影響が出てしまう。そうなるとわかれば、いずれ動き出すでしょう」

 灰原家の力が増大していくことに危機を感じる国。そう言えば簡単に察しが付くだろう。

「・・・まさか、金田家を?」

 さすがの深緋久英にも驚きの表情が見られた。

「うむ、金田家が動けば灰原家など、灰原昇太郎など敵ではない。帝直々に国主に命じられた金田家が動員できる兵力は十万を超える。どのような小細工を弄そうと、圧倒的兵力の前では歯が立たぬであろう」

 そしてそこに深緋久英の策が加わる。そうなれば間違いなく灰原家は終わりを迎えるだろう。そして灰原家が今手中に収めている領地は、元々の統治者であった我らの元に返ってくる。

「金田家が・・・帝の権威に・・・いや、そうなれば・・・」

 深緋久英が独り言を呟きながら考えを巡らせている。

「そうか、なるほど・・・」

 考えがまとまったのか、深緋久英の表情から笑みが見える。

「本当に金田家を動かせるのか?」

「今はまだなんとも言えぬ。我らの件も此度の戦も、金田家にしてみれば小国領主同士の小競り合いに過ぎぬ。もう少し時間がかかるだろう」

 灰原家が広げた領地を元の持ち主に返すべきだという進言も行った。しかし金田家は全く興味を示さなかった。今回の戦の件で興味は持つだろう。しかし動くかと言われればまだ材料が足りない。

「ならば今は金田家を当てにしても意味はなかろう」

 誘いを断られるかと思われたが、深緋久英の表情にはどこか楽しそうな笑みが浮かんでいるように見える。

「興が乗った。わしにはわしの目的がある。それを達するため、この誘いに乗って手を取り合うとしよう」

 灰原家から領地を取り返す。そのために必要なのは兵力と勝つための策。金田家という多大な力に深緋久英という策士の力が加われば、勝利は決定的だ。

「良い返事が聞けて良かった。では我らが身を寄せているところへ案内しよう」

 今はまだ灰原家をどうにかする力は持ち合わせていない。しかしいずれ領地は取り返させてもらう。それまではこの屈辱に耐えよう。そしていつかその首を打つから待っているがいい。灰原昇太郎よ。

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いじめられっこの一夏戦国夢想戦記 猫乃手借太 @nekonote-karita

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