第13話 成長

 ゆっくりと目を覚ました昇太郎。耳に入ってくるのは規則正しい電子音。目の前には真っ白で退屈な天井。体は柔らかいベッドの上で横になっている。


「あれ? ここって・・・」


 周囲を見渡せば戦国時代とは似ても似つかない。様々な機器が昇太郎の体に取り付けられており、一目で戦国時代から現代に帰ってきたことが分かった。


「夢・・・だったのかな?」


 戦国時代での感覚は実にリアルだった。そして緊迫感と緊張感が常にあり、今の昇太郎には現代の方が夢で戦国時代の方が現実に思えていた。


「琴乃さんと雪絵さん・・・キスだけでもしていればよかったな」


 帰ってくるのなら勿体ないことをしたと、戦国時代へ行く前には思いもよらなかった大人の余裕というものが昇太郎の中にはあった。


「戦国時代じゃ四十日くらいだったかな? こっちはいつなんだろう。同じだったら、もう夏休みは終わりかな?」


 とんだ夏休みの旅行だったと今まで眠っていた自分を嘲笑する。しかし世界のどこへ行くよりも、昇太郎は大人になって帰って来た。それだけは自分でもよくわかる。男子は三日会わなければ、とよく言われる。昇太郎は夢の中とはいえ四十日もの日々を戦国時代で過ごしていたのだ。


「もしかして・・・僕の情けない様子をご先祖様が心配して見せてくれた夢なのかな?」


 昇太郎は今までの夢をそう結論付け、夏休みが明けた学校では心機一転新しい灰原昇太郎として登校しようという意識に切り替わりつつあった。


 検査を終えて翌日には退院した昇太郎は数日しかない夏休みを終えて学校へと登校した。夏休み中ずっと眠っていたことで宿題は免除されたが、当然夏休み前にいじめていた五人は早速絡んできた。


 警察には川に飛び込んだのは度胸試しだったということにされていたため、五人は説教だけで済んだらしい。人を殺しかけておいても安穏としていた五人にちょっと苛立ちを覚えた。


「おい、昇太郎。お前のせいで警察とかに話を聞かれて面倒だったんだからな」


 いきなり足に蹴りが入った。四十日前の懐かしいとも言える痛みが足にじんわり残る。


「嘘ついただけじゃないか。本当のことも言えない臆病者」


 四十日前なら縮こまってされるがままの状態だった昇太郎。しかしいきなりの言葉での反撃にいじめっ子たちは少し驚いた。


「はぁ? 誰に向かって口きいてんだよ」


「あんまり調子に乗るとマジでぶっ殺すぞ」


 いじめっ子たちが昇太郎の胸ぐらを掴む。一人がまた足に蹴りを入れてくる。足は痛いのだが、それはただ痛いだけだ。その攻撃には決意も覚悟も恐怖も何も乗ってはいない。四十日の戦国時代合宿を終えた昇太郎にとって、そんな攻撃はもう攻撃とは呼べない。


「殺す? どうやって?」


 昇太郎の様子と反応にいじめっ子たちが少し後退する。


「そもそも人を殺したことあるの? 殺すってどういうことかわかって言っているの?」


 いじめっ子たちが昇太郎一人に気圧される。


「命を懸けたこともない小者のくせに、殺すとか簡単に言うな!」


 昇太郎の大声にいじめっ子達だけでなく、そのいじめに無関心だったり気付いていなかったりした者達まで震え上がらせた。


「お前達みたいな小物に関わっている時間なんてない。邪魔だからどいてくれる?」


 昇太郎はそう言っていじめっ子たちの輪から抜け出ようとした。しかしいじめっ子の一人が昇太郎に殴りかかる。


「お前! 調子に乗るなよ!」


 振りかぶった拳が昇太郎目がけて繰り出される。しかしそんな喧嘩のための拳など昇太郎は軽々とさけてしまう。毎日へとへとになるまで課せられた鍛錬の時はもっと痛かったし、もっと怖かったし、そもそも攻撃がもっと早かった。


「何? 殴るつもりだったの? この程度で?」


 昇太郎はいじめっ子の一人を挑発する。その挑発に乗っていじめっ子が昇太郎に掴みかかってくる。しかし次は掴みかかられるが特に抵抗をしない。するとそのタイミングで教室に先生が駆けこんできた。


「こらぁっ! 何をしている!」


 先ほどの昇太郎の大声に反応した先生が教室に駆け込んできたようだ。そして昇太郎に掴みかかっている現場を現行犯で見つかってしまった。


「調子に乗っているのがどっちかな?」


 昇太郎はいじめっ子の一人にだけ聞こえるくらいの小声でもう一度挑発した。するといじめっ子はその挑発に乗って昇太郎を一発殴った。すぐさま先生に引き離されるが、その一発が先生の目の前だったということもあり、しばらくの間そのいじめっ子には停学の処分を下させることに成功した。いじめっ子たちは昇太郎のあまりの変わり様にいじめるどころか避けて通り、逆に他のクラスメイトや友達から距離を置かれる因果応報の状態になった。


「なんだ、こんなに簡単なことだったんだ」


 今までビクビク震えて何もできなかった昇太郎。しかし戦国時代という命がけの世界で生きた四十日のおかげで全ての価値観ががらりと変わった。今まで受けていたいじめなど児戯に等しく、ちょっと頭を使えばこんなに簡単に仕返しができる。さらに今度は仕返しを受けた方が縮こまって昇太郎を避ける始末だ。これほど簡単だった問題が解けなかった自分に苛立ちを覚えつつも、あの時直面した大きな壁がそもそも壁と呼べるレベルですらなくなった自分の成長に驚きとともに喜びを感じていた。


「もう一回、戦国時代に行ってみたいな」


 命がけの日々が好きとは言えない。しかしその世界にたった四十日しかいなかったが、そのたった四十日で昇太郎はあの世界の人間になることができた。現代でも十分に生きて行けるだけの頭脳に目覚めて度胸もついた。しかしそんな自分を作り出してくれた戦国時代は自分のもう一人の親の様なもの。そこに郷愁の念がもうすでに生まれているのだった。


 死にかけた時に見た一夏の夢。戦国時代で生きた少年は現代とかけ離れた環境で鍛えられて帰って来た。そして今まで恐怖の象徴だった者達を簡単に蹴散らして、今まで悩みの種だった現代での生活における負の要素を払拭することができた。あの世界に何故いたのか、何故あの世界を見たのかわからない。ただの夢だったのか、ご先祖様の想いだったのかもわからない。しかし一度の旅が少年を大きく成長させた。そして夢、一夏の戦国夢想は彼の将来にも大きく役立つことにもなるのであった。

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