第11話 戦の行く末

 青森軍千五百を味方につけ、赤峰軍千を降伏させた。まだ全てが終わったわけではないが、ひとまずの戦いを終えた灰原軍は明け方に緑沢城へと戻ってきた。

 灰原軍は総勢六千名にまでふくれあがった。全員が緑沢城内に入ることはできず、緑沢城周辺に一時待機していた。

「恐怖すら感じる壮観さですな」

 緑沢晴時の視線は場外に待機する六千の軍勢に向けられていた。

 緑沢家は総勢五百ほどの軍しか持たない。赤峰軍との戦いになれば青森家の援軍に頼らざるを得ない。その緑沢家に、今までの敵味方両軍を足した以上の数が見方として待機しているのだ。見たことのない大軍に今まで感じたことのない気持ちを抱くのは当然のことだった。

「そうですね」

 昇太郎も六千人一塊という大軍を見たことはあまりない。有名人のライブや海外スターの来日の時に大勢集まったという報道を聞いたことはあるが、実際に自らその大軍を目の当たりにしたことはない。

「さて、昇太郎。勝敗はすでに決したと言っても過言ではないだろうが、これからどうする気だ?」

 琴乃の質問に対する返答を聞き漏らさないように周囲は静かになる。この場にいる誰もが勝利を確信しており、琴乃の言葉に異を唱える者はいなかった。

「赤峰軍がまだ残っています。朝食後にそちらへ向かいましょう」

 深緋久英と決着をつける。兵力差は歴然の勝負に誰もが負けるとは思っていない。昇太郎の言葉に周囲は沸き立った。

「おぉ、深緋久英に目に物を見せてやりましょう!」

 六千の兵を率いて五百の敵に当たる。気が大きくなっているのか、胡粉勝光の言葉に皆が追従する。

「落ち着いてください。まだ終わっていませんから」

 沸き立つ周囲を落ち着かせたい昇太郎だが、彼らはどうしても気が急いてしまうのだろう。すでに勝利の宴目前の雰囲気だ。その喜びの表情を見てしまうとあまり強く言えず、昇太郎自身もその雰囲気に流されてしまいそうなところをなんとか平静を保とうと自分に言い聞かせていた。




 六千という大軍にふくれあがった灰原軍。緑沢家の城近辺に全軍が一度駐留して朝食を済ませ、そのまま全軍で残る赤峰軍五百の元へと向かう。

「赤峰軍にまで食料を提供して連れて行く必要はあったのだろうか?」

 部隊の一軍を率いる烏羽信龍が一人、疑問を言葉として漏らした。

 赤峰軍との戦いはまだ終わってはいない。対象を務める指揮官自らが降伏した青森軍とは違い、赤峰軍は部隊が降伏したに過ぎない。赤峰軍を率いる大将である深緋久英は未だ五百の軍を率いて健在だ。

 敵の数が減ったことは戦において喜ぶ以外の感想はない。しかしその敵の兵を丸々見方に組み込んで、同じ軍だった相手を敵に戦いに行く。降伏した者達がどういう心境でいるのか、わからないことに一抹の不安を覚えていた。

「何を難しそうな顔をしているのだ?」

 側にいた胡粉勝光に不安そうな様子は見えない。自分が抱いている不安が余計な心配なのではないかと思ってしまうほどだった。

「赤峰の兵だ。わざわざ食わせてやる必要があったのか?」

「どういうことだ?」

「青森の軍は指揮官も共に降伏した。しかし赤峰の軍は違う。赤峰の兵達は少なくとも深緋久英の軍が片付くまでは飯を与えず拘束しておく方が良かったのではないか?」

 食料は無尽蔵ではない。いつか必ず尽きるのだ。特に灰原領内では問題ない食料問題も、隣国へ考え無しに援助できるほどではない。謝ればたちまち自国の食糧難を引き起こす。余裕と言えるほどの蓄えはないのだ。

 たった一食とは言え千人分だ。さらに戦いが終わっていない赤峰軍。戦いが終わるまでは食べ物を与えないというのも作戦のうちではないかと、烏羽信龍は考えていた。

「それもそうかもしれぬな。しかしそうなると、青森軍はどう思うか」

 胡粉勝光は一度同意しながらも、別の意見を述べる。

「青森軍?」

「そうだ。昨夜まで敵対していたであろう。赤峰軍と青森軍で扱いを変えると青森軍の方がどう思うだろうか」

「ふむ・・・」

「それに赤峰軍も、だ。降伏したというのに扱いが悪くなれば心証も悪くなる。むしろ厚遇した方が降伏した赤峰軍も我らに対して良い印象を持つことだろう」

「なるほど、確かにそうだな」

 青森軍であろうが赤峰軍であろうが関係ない。降伏して味方になった者は等しく厚遇する。その姿勢があれば味方として力を尽くしてくれるだろう。扱いを変えると状況が変わった際に損得勘定で動かれてしまう。しかし等しく厚遇するなら損得勘定ではなく、味方として動いてくれるはずだ。

「なに信龍。この戦に心配はいらぬだろう」

 自軍はすでに六千という大軍。赤峰軍を差し引いたとしても五千。敵は残り五百。この大差は多少の策を弄したところでひっくり返せるものではない。

「深緋久英を追い払うか降伏させ、戻って国を守る。それでこの戦は終わりだ」

「・・・そうだな」

 出陣前はこの策が成功するかどうかわからなかった。しかし今、成功は目前だ。勝利を確信し、勝って余裕を持って国に帰ることが出来る。烏羽信龍は自分が抱いた小さな疑問を振り払い、残る五百の赤峰軍の元へと向かう灰原軍の隊列の先を見ていた。




 進軍する灰原軍。陣を敷いて引きこもる赤峰軍を目と鼻の先に捉え、六千の兵力を展開して五百の兵を取り囲む。やや距離を取っていくつかの部隊に分けての包囲。獣道を始め、人が通れるスペースがあるところを的確に封じていく包囲網。この領地の土地勘のある緑沢晴時の指揮で包囲網は完成した。

「土地勘のある者に調べさせ、伏兵や罠などはありませぬ」

 緑沢領内のことは緑沢家の人間がよくわかっている。その緑沢家の人間が調べた結果、変わったところはなかった。それを聞いて包囲策を取った。

「包囲をせず、力攻めで良いのでは?」

 烏羽信龍が灰原軍本陣から布陣する赤峰軍を見ながら疑問を漏らした。

「それがそうもいかぬのだ」

 疑問には緑沢晴時が答える。

「赤峰軍が陣を敷くあの地は細い獣道や脇道が多くてな。力攻めができぬ分けではないが、守るには都合の良い場所なのだ」

 緑沢領内ということで地図もあり、赤峰軍が陣を市区周辺の地図を本陣にいる指揮官全員が見られるように広げる。

「確かに、以前赤峰軍の侵攻があった際、青森軍の一部があの地に陣を敷いて赤峰軍を牽制していたな」

 浅葱繁信は過去の戦いを思い返しながら地図を指さし、当時の戦略を知らない灰原家の面々に説明する。

「今赤峰軍が陣を敷いている場所に青森軍の少数別働隊を配置し、緑沢軍が遊撃隊として地の利を生かして奇襲攻撃を仕掛け、青森領内から本軍が赤峰領内へ進軍する構えを見せることで撤退を促す。これが対赤峰軍用の基本戦術だったな」

 必ずしも戦って勝つ必要はない。守る側は敵の侵攻を食い止め引き下がらせれば勝ちなのだ。逆に侵攻した側は得られる物が無いまま引き下がることが敗北となる。今までは緑沢家は青森家と手を組んで赤峰家に対抗していた。今回はその手を組む手段を封じられた形となったが、灰原家の助力により危機を脱しつつある。

「今回は我らが守りの要としていた場所に陣を敷かれてしまった。地形を見れば攻めにくいが、それは兵力が拮抗している場合の話。これほど兵力に差があれば敗れることはまずない。しかし、守りやすい場所でもある。力攻めはそれなりの被害を覚悟せねばなるまい」

 敵は残すところ赤峰軍五百。こちらは六千。その兵力差があれば勝敗は火を見るよりも明らかだ。しかし勝ち方にも問題がある。ただ単に勝てば良いというものではない。被害は小さいに超したことはない。そのための包囲作戦だ。

「包囲して敵の指揮を削ぎ、降伏を促すのですか?」

「降伏はせぬだろう。灰原軍は長く国を空けられぬ。それを見越しての守りの布陣ではないか?」

「しかしこちらが力攻めをすれば赤峰軍はひとたまりもない。深緋久英がそのような手段に出るとは考えにくい」

 本陣で地図を取り囲む指揮官達。灰原軍、青森軍、緑沢軍。それぞれ指揮官が口々に疑問と意見を言い合っている。

「やっぱり、そう思いますよね」

 口々に意見を言い合う指揮官達が一斉に口を閉じた。今回の作戦の総大将は灰原昇太郎に他ならない。その総大将の言葉を聞き漏らすまいと、全員が耳昇太郎の次の言葉へと耳を傾けた。

「あの場所がどれだけ守りやすくても、この状況であの場所に居座る理由がわかりません」

 時間切れを狙うにしても、戦って勝つ道を選ぶにしても、どちらにしても不可解だった。ましてや策士で知られている男が何の考えも無しに居座るとも思えない。ない頭の策があることは明白なのだが、その策がわからないのだ。

「罠や伏兵もないなら、行き来はしやすい。戦いでそんな状況を残すということは向こうから出てくる気があるということか、こちらから動くように誘っているのか・・・」

 策士と呼ばれる男の考えが読めない。それは答えがわからない問題にずっと向き合わされているようなもの。しかも間違えれば多くの命を失うことになる。答えがわからない上に間違えられない。そんな問題と向き合っていると、精神力がどんどんすり減っていく。

「どちらにせよ、我らには余り時がございませぬ。多少の被害は覚悟の上で、こちらから仕掛けるのはいかがか?」

「いや、相手はあの深緋久英だ。何を考えているかわからぬ。ここは慎重に相手の出方を見極めるべきではないか?」

 昇太郎がしばらく黙れば、また指揮官同士で議論が始まる。考え込む昇太郎、そして互いに意見を言い合う指揮官達。そんな本陣の様子が、一つの報告が飛び込んできたことにより一変する。

「申し上げます! 狼煙が、赤峰軍の陣より狼煙が上がっております!」

 全員の視線が空を見上げる。赤峰軍の陣から天高く伸びる狼煙。その狼煙がいったいどういう意味を持つのか誰もわからず、灰原軍本陣内は静寂に包まれた。




 灰原軍が迫り、周囲を取り囲む。その様子を赤峰軍の本陣で深緋久英は黙ってみていた。

「兵の配置はどうなっている?」

 少数で本陣に籠もる深緋久英。傍らに家臣を呼びつけ、灰原軍の動きの詳細を問う。

「はっ、灰原軍本陣はおよそ二千。残り四千が周囲に展開。逃げ場はございません」

「そうか、完璧に包囲してくれたか。読み通りだ」

 逃げ場はない。その状況にありながら、深緋久英の表情から笑みが消えることは無い。

「包囲が完璧であれば完璧であるほど、一カ所の厚みは薄くなり崩れやすくなる。特にこの地は脇道や獣道が多い。それだけ部隊を分けなければならない。ならばより一層、守りを固めなければならない本陣は薄くなる」

 しかしそれでも深緋久英が保有している兵力の四倍が灰原昇太郎を守っている。いかに有利に事が運ぼうと、この数の差だけは正面からはどうしようも無い。

「二千、か。これならば容易く打ち破れよう」

 四倍の兵力を相手に恐れを抱かない。深緋久英の頭の中ではすでに勝利を手にしているかのようだ。

「しかし下手に時をかければ仕損じる。全員に伝えろ。事は速やかに、そして狙うは灰原昇太郎の首ただ一つだ、とな」

「はっ!」

 報告にやってきた家臣は命令を伝えるため、素早くその場を後にする。深緋久英とその側近達だけが残る赤峰軍の本陣の天幕内。そこで深緋久英は今回の戦の最後の命令を皆に伝える。

「後は手はず通りに動け。狼煙が上がるのを万全の体制で待ち、総攻撃の合図を待て」

 深緋久英の頭脳を信じる側近達も勝利を信じて疑わない。彼らは一言も異議を唱えることなく、命令に忠実に動き出した。

「さて、灰原昇太郎。お前の首と対面するときが楽しみだ」

 勝利を確信した武者震い。そして拳を強く握りしめた。

「狼煙はいつでも上げられるように準備しておけ」

 深緋久英はそう指示を出すと自らの目でも灰原軍の様子を確認しに行く。絶好の機会で狼煙を上げるため、その判断を下す重要な好機を見逃すまいと自らの足で動き出した。




 包囲して有利なはずの灰原軍だが、予想もしていなかった狼煙に指揮官達は狼狽えていた。

「なんだ、あの狼煙は」

「何かの合図か?」

「まさか援軍では?」

「いや、物見の報告によれば援軍など影も形も見当たらなかったぞ」

 深緋久英という策士が何かしらの策を弄している。それだけはわかる。わかるのだが、その策が何かわからない。決戦前に漂っていた戦勝ムードは一瞬で凍り付いた。

「我らの動揺を誘うための小細工ではないか?」

「確かに、我らの動揺を誘い奇襲でも仕掛ける気かもしれぬ」

「本陣の守りを固めた方が良いかもしれぬな」

 狼煙が上がった事による不安と恐怖。しかし誰もがまだ心に余裕を持っていた。圧倒的な兵力差が心のどこかで安心させてくれているのだ。

「圧倒的な兵力差・・・あっ! まさか・・・」

 深緋久英の策に昇太郎は気が付いた。陣を張ったまま逃げなかった理由や、布陣した場所など、全てがその策を実行するのに必要な状況であった。深緋久英の策を実行して最大限の効果を得るための条件。それが全て揃ってしまっている。それに今、気が付いた。

「いかが致した?」

 昇太郎の異変に気が付いた指揮官の面々。彼らに昇太郎は今気付いたことを話さなくてはならない。それもできるだけ短く、はっきりと。

「偽装投降です!」

 深緋久英の策。それは灰原軍の完璧な布陣を内部から瓦解させ、灰原軍の全部隊の連携を引き裂き、混乱の渦に落とし込むものだ。

「偽装投降?」

「はい、昨夜の赤峰軍の降伏はあらかじめ用意されていた作戦です。相手の狙いは灰原軍の中に赤峰軍の人間を組み込ませること。そしてそれが合図と共に一斉に蜂起すれば灰原軍は統制を失ってしまいます」

 昇太郎が読んだ深緋久英の策。その説明を聞くにつれ、指揮官の面々の表情が強張り青ざめていく。

「そこに統制された赤峰軍五百が本陣に突っ込んでくれば、この状況を一気にひっくり返すことができます」

 そう考えれば全て合点いく。守りやすい土地で、しかし周囲に獣道や脇道が多い場所に陣を敷いたのは、逃げ道を塞がせるため。包囲策を取ればそれだけ本陣の守りが手薄になる。そしてあっけなく赤峰軍が投降したのもこのための布石。そしてこれはもう一つ、心理戦において大きな意味を持つ。

「ですが投降した赤峰軍の者はこの本陣にはほとんど居りませぬ。包囲の方に回しております」

「問題は投降した赤峰軍だけでなく、そこから広がる青森軍への疑心暗鬼です」

「し、しかし青森軍は味方になっております」

「ですが元々は赤峰軍と手を組んで動いていました。青森軍も偽装投降だったのではないか、そう思わせるだけで灰原軍は組織として成り立たなくなります」

 赤峰軍だけでなく青森軍まで疑ってしまう状況を作り出されてしまった。蜂起した赤峰軍だけでなく、本来戦わなくてもよい青森軍とも諍いが起きれば灰原軍は崩壊。軍隊としての機能を全て失う。

 青森軍も赤峰軍と行動を共にする者が出るかもしれない。灰原軍に味方した者がそのまま全員味方のままとは限らない。もはや誰が敵で誰が味方かもわからなくなる。そうすると同士討ちも起こりうる。

 戦いにおいて最も難しいのは退却だ。その退却を不完全な状態で行えば、数は少なくても追撃する方が有利となる。深緋久英の狙いは灰原軍を組織として成り立たないようにした後、五百の兵で灰原軍の本陣を急襲することだ。

「本陣の守りを固めろ! 退路を確保するのだ!」

「手の空いている者は伝令として各陣へ走れ!」

「殿部隊を急ぎ編成するのだ!」

 灰原軍本陣は急激に慌ただしく動き始めた。戦勝ムードという油断もあり、完全に深緋久英の策にはめられてしまった。

「まさか・・・こんなことになるなんて・・・」

 うなだれる昇太郎。その背筋には冷たいものが流れた気がした。自分の指示で動いた人達が大勢死ぬかもしれない。そして自分もまた死ぬかもしれない。その恐怖から身体が震え、本陣の天幕の中で動けなくなっていた。

 まるで死刑執行を宣告された死刑囚。そんな気分だった。




 狼煙を上げてしばらく経った。灰原軍内部が混乱し、戦いが各地で起こる。それを今か今かと待ちわびていた深緋久英。しかし、いつまで経っても彼の望む景色が目に映ることはなかった。

「なぜだ? なぜ混乱が起こらない? なぜ何も起こらぬのだ? いったい何がどうなっている?」

 自分の策は完璧だった。全てが完璧だった。何一つほころびることなく最後の策を実行に移せる状況になっていた。それなのに、策が成功した様子はなかった。

「まさか・・・事前に看破されていたとでもいうのか?」

 偽装投降まで読み切られていたとするなら、狼煙を上げても何も起こらないのに納得がいく。しかし事前の状況や灰原軍の行軍の様子など、得られる情報から推察するに看破されているはずがない。もし看破されていたなら、偽装投降を見破った上で気付いていないふりをしていたことになる。

「馬鹿な・・・あり得ぬ・・・」

 もし看破されていたなら、灰原昇太郎は自分を遙かに上回る人間ということになる。完璧な策を完膚なきにまで見破られた。しかも灰原軍にとって都合が良いところまで罠にはまったふりをして、ということになる。

「申し上げます!」

 家臣の一人、それも灰原軍に潜り込むために偽装投降役を買って出た。その者が灰原軍本陣から赤峰軍の本陣へと馬を走らせやってきた。

「な、なにをしているのだ?」

 先ほどまでの笑みはもう深緋久英にはない。表情にあるのは焦りの色だけだ。

「申し訳ありませぬ。偽装投降からの蜂起に失敗致しました」

「な、なんだと?」

 失敗した。その報告が深緋久英に重くのしかかる。

「なぜだ? わしの策が看破されたのか?」

 完璧な策を見抜かれたのかどうか、策士として敗北したのかどうか、深緋久英はそれが気になってしかたなかった。

「いえ、それが・・・」

 家臣は懐から一枚の紙を取り出し、深緋久英に差し出した。

「これが理由でございます」

 差し出された紙を奪い取り、書かれている内容に目を走らせる。

「こ、これは・・・」

「これを見た我が軍の兵、とりわけ農兵達がことごとく蜂起を取りやめ、狼煙が上がった際に蜂起しようとした部隊長を取り押さえました」

 赤峰軍の勝利のための策。それを潰したのは他ならない赤峰軍の兵士達。その報告に驚きと動揺を隠せない。

「その後、灰原軍の指揮官の面々に部隊長達を突き出して全てを話し、蜂起は失敗に終わり、今に至ります」

 深緋久英は自らの身体から力が抜けていくのを感じた。しかし踏ん張ることも耐えることもできず、地面に倒れ込んだ。

「深緋様!」

 地面に倒れ込んだ深緋久英は無言のまま、空高く立ち上っていく狼煙をむなしく見つめていた。

「わしは・・・敗れた・・・のか・・・」

 無意識の中で漏らした一言。それは敗北を認めざるを得ない状況を自覚して漏らした一言だった。


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