第2話 一難去ってまた一難


 衝撃的な提案をされてから数十分……僕は正直に言うと頭を痛めていた。

 もちろんその提案はとても嬉しいし、この状況ならば真っ先に飛びつくべきであろう。

 しかし、しかしだ、よく考えて欲しいのは僕が住まないか? と言っているのは僕より明らかに年下の少女で、それも今日会ったばかりのそんな子の家に泊まるだけでも問題なのに住むということだ。

 この子の親御さんはどうなのだろうか。

 どこの馬の骨ともしれない男が急に住むことになる……そんなの受け入れてくれるはずがない。

 そんな事を思っていたのが全て顔に出ていたみたいで、少女は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


 「あ、あの、もし既に泊まり先が決まっているのでしたら無理に頷かなくても大丈夫です……。私も、みんなも困っているなら助けたいと思っただけで困らせたいわけではないので」


 そう言って少女は静かに微笑む。

 しかしそれは昼間のような純粋なものではなく、どこか無理をしているように見えた。

 ──ズキン!

 そんな少女の顔を見て、まるで大切な人を傷付けてしまったように胸の奥がズキリと痛む。


 「……じゃない」

 「えっ?」

 「迷惑じゃないよ。むしろ僕としてはかなり助かるわけで……でも、愛音さんの方は大丈夫なのかとか考えていたら返事に困って……。ほらご両親とかの関係もあるし」

 「そ、それは大丈夫です。両親共に海外へ行ってしまっていて、いつ帰ってくるのかもわからないので」

 「…………」


 (……これは大丈夫、なのか?)


 そんな疑問が浮かぶ。

 つまり彼女の言ってることを僕なりに解釈すると、両親は海外に行っているから僕のような人でも住んでも大丈夫と。

 ……うん、全く大丈夫じゃないよなこれ。

 とはいえ断ろうにも先ほどの笑顔が脳裏にちらつき、その度にズキリと胸の奥が痛む。

 それに今ここで断ったら本当にどうしようもなくなってしまうかもしれない。


 「……色々ツッコミどころはあるけれど。お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 「ほ、本当ですか!?」

 「うん。これからよろしくお願いします」

 「こちらこそよろしくお願いします♪」


 色々な不安を抱きながらも僕が彼女の家に住むことになったのがつい三十分前。


 ──そして今は彼女の家に向かう途中。

 特に話すこともなく、ただ単に歩いていた僕達だったが、折角なので僕はずっと気になっていた事を聞くことにした。


 「ところで愛音さんって……いくつですか?」

 「えっ?」


 突然話を振ったから驚いたのか、彼女は目を丸くしてこちらを見つめる。


 「べ、別に特に深い意味はないんだけど、ちょっと気になって」

 「年齢……ですか、今は十三歳です。今年中学二年生になりますけれど……あれ、ソラさん? って、頭を抱えてどうされたんですか!!?」

 「あ、いえ……」


 両親がいない、つまり中学二年生の女の子と高校一年生の男女がふたりひとつ屋根の下……これはどうなのだろうか?

 ひとつ屋根の下と言うことは、ご飯はもちろん一緒だろう。これはまだいい。

 だが、お風呂……つまりどちらかが使ったお湯にどちらかが入る。

 僕が先に入れば問題ないだろうが、流石にそれは気が引ける。かと言ってこんな小学生みたいな少女の浸かった残り湯に入るのは。

 あ、いや別にペットボトルにつめたり、残り湯を飲もうとかそんな事は考えてないよ?

 とにかく色々共有することになるだろう。

 しかしどれをとっても…………うん、ダメだな。仮に法律とかが許してくれても社会が許してくれない。

 ……でもここは小学生とかじゃないだけまだ良かったと安堵するべき……だよね、うん、そう考えると少しは気が楽になったかもしれない。

 僕が安堵の表情を浮かべる。

 その時彼女は何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げる。


 「大切なことを言い忘れていました」

 「大切なこと?」

 「はい。実は私の家両親はいないんですが、その……一緒に住んでいる人がいるんです」

 「……え?」

 「とは言っても私と同じ歳の人と、私の一個上でお姉さんみたいな人なのですが……」

 「そ、そうなんですか?」


 その言葉に僕は胸を撫で下ろす。

 他にも一緒に住んでいる人がいると聞いて、その人が彼氏とかだったら僕物凄くおじゃま虫になっていたからね。

 ……ん、でも待てよ。


 「あの愛音さん」

 「はい、なんでしょうか?」

 「これは純粋な質問なんだけど、その一緒に住んでいる人って……女の子?」

 「はい、そうですね。一人は私と同じ歳の方は凛菜さんって言うんですが、いつも元気いっぱいで私も元気を貰ったりしてて」

 「もう一人はお姉さんみたいな方は愛優さんと言って、実のお姉さんなんじゃないかって思うほど面倒見もよくて私の憧れなんですっ!」

 「は、はい」


 余程その人たちの事が好きなのか、気がつけば立ち止まって嬉しそうに熱く語る。

 ……熱く語りすぎて僕が少し後ずさってしまうほど、前のめりになって。

 ただ僕はそれ以上に彼女に家に行けばハーレムになるという事実に嬉しさと不安がごちゃ混ぜになって複雑な気持ちになっていた。

 ハーレムは確かに嬉しいし、これは喜ぶべきなのだろうが……話を聞くに相手はみんな中学生。

 年齢的な差は余りないのだが、やはり中学生と高校生という部類の差はとても大きい。


 「愛音さん」

 「はい、なんでしょうか?」

 「もう一度お聞きします。本当に僕なんかが一緒に住んでも大丈夫……なんですか?」

 「大丈夫ですけれど……改まってどうされたんですか?」

 「いえ……」


 僕がこうやって聞く理由はもう言うまでもない。

 てっきり一緒に住んでる人は僕と同じ……もしくは最低でも二十歳近くだと思っていた。

 しかし蓋を開けてみればふたりとも中学生とな。

 友人達が聞いたらさぞ羨ましがるだろう…………じゃなくて。


 「その愛音さんとは少しだけどこうやってお話はしていますが、他のふたりは大丈夫なんですか?」

 「はい、大丈夫ですよ」

 「実はさっき二人に電話で確認を取ったので♪」


 確かにさっき電話をするからって言ってたけど、まさかその相手が同居人の二人だったなんて。

 中学生だからと思っていたが、実は僕よりもしっかりしているのではとか思ってしまう。


 (でもこれくらいしっかりしているのなら僕が特に何かを心配する必要もないのかな)


 それから僕達は移動中会話を楽しみつつ、彼女の家へと向かったのである。



 

 公園からしばらく歩いたところ……場所的には商店街のすぐ近くにある店の前に来たところで彼女は足を止める。


 「着きました。ここが私達の家とお店でもあり、今日からソラさんの家にもなるスイーツエンジェル、です」


 彼女はくるりとターンし、こちらを向く。

 こちらを向く際、月の光に当てられた彼女はどこか幻想的で、少女という事すら忘れてしまいそうになるくらい美しく見えた。


 「ここが僕の新しい家で、愛音さんのお店……」

 「はい、でも正確には私達のお店ですが」


 少し恥ずかしそうにはにかむ彼女に後ろに見える建物。

 見た感じでは三階建ての建物で、一階部分がお店で二、三階部分が住居になっているようだった。

 お店の正面に飾られている看板にはケーキのイラストが描かれてるところを見ると、ここはケーキ屋なのだろう。


 「ここが家の入口です」


 気が付くと彼女はスイーツエンジェルの横の道の方に行っていた。


 「あれ、お店の中から入れたりとかしないの?」

 「お店の方からも入れなくはないですが、今は閉店してるので流石にそこから入るのは……」


 それもそうか。閉店したはずのお店に、店員でもない僕が入るのは見られたら色々問題がありそうだな。


 「余計な事言ってすみません」

 「い、いえ。それとお店が開いてる時ならお店の方から入っても……と言うより、お店の方から入ってもらいたいです」

 「わかりました」


 そして彼女はドアを開ける。


 「お、お邪魔します」

 「ふふっ、一応今日からソラさんのお家でもあるんですから、お邪魔しますじゃなくてただいまで大丈夫ですよ」

 「は、はい! ただいま……です」

 「はい、おかえりなさい♪」


 優しく微笑む愛音さんの暖かい言葉に迎えられながら家に入ると、甘いお花の匂いがする。

 やはり、女の子しか住んでいない家となるとこんなにもいい匂いがするのか。

 そう考えるとなんか緊張してくる。

 入り口から少し入った所で愛音さんは立ち止まる。


 「ソラさん、こちらのリビングでみなさんがお待ちです」

 「はい」


 僕の心臓はドクンドクンと高鳴っていた。

 ここで失敗したら……という不安とこの女の子のみだった空間に踏み入れてしまった事実のダブルパンチ。

 しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。


 (ええい、なるようになれっ!)


 僕は思い切って扉を開けた。


 「あ、カノちゃんおかえり~。このお兄さんがソラくん?」

 「愛音おかえりなさい。そちらがソラさん……で合ってるかな?」


 扉を開けた先には椅子に座りお茶を楽しむ二人の美少女が。

 二人は僕と愛音さんの姿を確認するとこちらに寄ってきた。


 「愛優みゆさん、凛菜りなさんただいま帰りました。もうわかっていると思いますが、こちらが先程お話した、ソラさんこと潮乃 夜空さんです」


 愛音さんに紹介され僕は軽くお辞儀をする。

 緊張の余りに一つ一つの動作にぎこちなさが出てしまう。


 「初めまして、潮乃しおの夜空よぞらです。呼び方はソラでもなんでも大丈夫です! 今日からお世話になりますっ!」


 溢れる緊張を押さえ込みなんとか自己紹介をすます。

 自分の中では頑張った方がだがきっと声が上ずっていたりしていただろう。

 完全に失敗した……そう思った時だった。


 「あはは、ソラくん僕達はもう家族なんだからそんなに固くならなくたっていいんだよ♪」


 どうして大切な時に限って失敗を……と、自己嫌悪しそうになっていた僕にはそう言ってくれたのは、愛音さんと余り身長は変わらない (とは言ってもみんな同じような身長) が、黒髪ショートで笑顔が愛音さんとはまた別の意味で一番似合う元気そうな美少女。


 「うんうん、私達とソラさんは初対面だけどそんなことは関係なしにもう家族だもんね。凛菜もたまにはいいことを言うじゃん♪」


 そんな元気っ子にツッコミいれた彼女。

 身長は二人と余り差はないが、二人に比べると少し高い。茶髪で髪の長さは腰まであり、後ろにリボンを付けているのか時折リボンが見え隠れする。

 からかいながらもどこか大人の雰囲気があり、一目で彼女がこの家の最年長だということがわかる。

 まさにみんなのお姉ちゃんみたいな美少女だ。


 「あっ、愛優姉ひどい! ボクは『たまに』じゃなくて『よく』いいことを言ってるじゃん!」

 「えー、そうかなー?」

 「──ふっ」


 目の前で突然広げられた仲良しコントに、こんなにもガチガチに緊張していた事が馬鹿らしくなり頬が緩む。


 「あ、やっと笑ってくれたね♪」

 「え、あっ……はい」

 「ごめんね、この子暗かったり固い雰囲気は苦手だから」

 「いえ、僕も凄く緊張していたからとても助かりました。えーっと……」


 お礼を言おうとしたところで、僕はまだ彼女達の名前を聞いていないことに気がつく。

 この暖かさのせいか、ついさっき会ったばかりということを忘れてしまっていたのだ。

 やっぱり優しい人の周りには優しい人が自然と集まるんだなとここにきて改めて感じさせられた。


 「あっ、そうか私たちの自己紹介はまだだったね」

 「あはは、ボクもしてないの忘れてたよ……。それじゃあボクからするね、ボクは折山おりやま凛菜りな。歳はカノちゃんと同じで今年から塩崎中学の二年生。呼び方はりーちゃんでもりなたんでもお好きな呼び方で!」

 「は、はい。では、凛菜さんよろしくお願いします」

 「ソラくんもカノちゃんと同じタイプか~……まぁいいけどね、ソラくんよろしくねっ!」


 そして凛菜さんと軽く握手を交わす。


 「次は私かな。初めまして、私は白崎しらさき愛優みゆです。歳は愛音達の一個上で今年から中学三年生です。ソラさん改めてよろしくね」

 「こちらこそよろしくお願いします」


 愛優さんとも握手を交わす。


 「では、最後は私ですね」

 

 最後は愛音さんだ。身長は僕の首の高さくらいで、髪は銀髪、長さは愛優さんと同じで腰くらいまである美少女。


 「改めまして。私の名前は櫻宮さくらみや愛音かのんです。歳は凛菜さんと同じで、今年から二年生になります。ソラさん改めてよろしくお願いします♪」

 「こ、こちらこそよろしくお願いします!」


 二人と同じく軽く握手をする。


 (どうして女の子の手ってこんなにも柔らかいのだろう……)


 柔らかいという一点に置いてはみんな同じとも言えるが、その柔らかさなどに違いがある。


 (これから一緒に住むことになるというのにこんな事でドキドキしていたらこの先もたないかもしれないな)


 これからの新しい課題を見つけたところで、僕は愛音さんに案内され違う部屋へと向かった。



 スイーツエンジェルの三階。

 先程までいた二階のリビングから階段を上がるとそこには彼女達の自室が並んでいた。

 どうやらこの家は二階にリビングやキッチン、トイレにお風呂場などがあり三階には個人部屋とトイレのみあるみたいだ。

 どうして説明にトイレを入れたのかというと、美少女ゲームなどではよくあるトイレハプニングが非常に起こりにくいということを説明したかったからだ……誰に説明しているのかはわからないが。

 トイレが二つあるということは時間帯に合わせて上と下を使いわかればハプニング回避しやすくなる。

 恐らくそういった目的でつけられたわけではないのだろうが、この家を作った人には感謝の意を込めて心の中で敬礼をした。


 「着きました。まだソラさんの部屋の準備が出来ていないので、少しの間ソラさんの部屋はここでお願いします」

 「あ、いや。僕も急にここに住むことになっちゃったわけだし、全然気にしなくてもいいよ。僕からしたら部屋まで貸してくれるだけで物凄く嬉しいから」


 まだ準備が出来ていないけれど部屋はある……という事に少し疑問を抱きつつ僕は部屋を開けると、そこにはとても女の子らしい可愛い空間が広がっていた。

 物は散らかっておらず、隅々まで掃除が行き届いていたりとまさに男性が想像する女の子の部屋という感じだ。

 おまけに女の子の部屋特有の花のような香りが部屋に入った瞬間に僕を包んで…………ん、女の子の部屋?

 そこで僕はある事に気がついてしまう。


 「えっと、愛音さんここは僕がこれから暫く使う予定の部屋ではなくて、準備が整うまで使うんですよね?」

 「はい、そうですね。……あの、もしかして嫌、でしたか?」

 「ううん、嫌なんてことはないけど、もしかしてこの部屋って……」

 「私の部屋ですが?」

 「…………」


 その一言で僕の心拍数は一気にマックスまで上がる。


 (予想的中ううううううううう!!! と言うか簡単に自分の部屋に男の人を入れちゃダメでしょ!)


 心の中で全力のツッコミを入れつつあくまで平常を保ちながら。


 「え、えーっと……」

 「あ、恐らくベッドは私サイズなので、足がはみ出してしまうと思います……ですので別室からお布団持ってくるので安心してください」


 言われて部屋の中にあるベッドへと視線を向ける。

 確かにここからでもわかるくらい小さめの物で僕が寝たらくつろぐには程遠いくらい窮屈なものになるだろう。

 しかしそんなことはどうでもいいのだ。

 今一番の問題は今日から少しの間、僕は女の子の使っていた部屋で過ごすことになるということだ。

 一緒にいるだけで緊張して、少し触れ合うだけで胸が高鳴り、部屋に入っただけで鼓動が抑えきれなくなってしまうというのにだ。


 (……慣れるまで大変そうだな)



 一通り布団の場所や片付けの説明を受ける。


 「では布団は畳んで邪魔にならない場所に置いておけばいいんですね」

 「はい、それで問題ないです。もしどこも邪魔そうに思えたらクローゼットの中でも構いません」

 「クローゼットですね、わかりました」

 「あとは……大丈夫ですか?」

 「今のところは大丈夫です。また何か分からないことが出てきたら聞きますね」

 「わかりました。そろそろお夕飯の準備も出来てると思うので戻りましょう」


 そう言って彼女がドアノブに手をかけた時、何かを思い出したように振り返り、


 「それと少しくらいなら置いてあるものを好きに使ったり漁ったりしてくれてもいいですが、机の引き出しとタンスの上から二段目だけは絶対に、開かないでくださいね」

 「机の引き出しとタンスの上から二段目ですか? わかりました」


 タンスの二段目指定と言うが少し気にはなるが、開けるなと言われたのなら開けてはいけないのだろう。

 だからと言って他のところを漁ったりもしないよ??

 ──本当だぞ?




 「あ、やっと戻ってきた! 二人共もう晩御飯の準備できるよ~」


 僕達が愛音さんの部屋から帰ってくると、既に夕飯の準備が出来ていた。

 美味しそうなソースがかかったハンバーグにポテトサラダ、スパゲティなどもある。


 「あ、ソラさん」

 「愛優さん、なんでしょうか」

 「まだ食器とか箸の準備が出来ていないから、今日だけは適当な食器と箸は割り箸になっちゃうんだけど大丈夫かな?」

 「全然気にしなくて大丈夫ですよ。そもそもお世話になる身なので」

 「こ〜ら、そんな言い方はあまり関心しないよっ」


 ちょっとした社交辞令のようなものだと思っていたが、それでも軽く怒られてしまった。


 「あなたも、もう家族なんだから、ね?」


 ああ、なるほど。

 僕は一人で納得し、それと同時に心が少し温まる。

 愛優さん……いや、ここのみんなは本当に優しいんだな。こんな僕でももう家族みたいに扱ってくれるなんて。

 いやこんな考えは逆に彼女達に失礼だな。


 「すみません」

 「うんうん、わかればよろしい♪ それで、あなたの食器とかは明日買いに行くから、今日だけ本当にごめんね」


 僕達がキッチンで話していると、リビングから声が。


 「二人共~早くしないとご飯が冷めちゃうよ~!」

 「はいはい、今行くからちょっと待ってね」

 

 凛菜さんに呼ばれ、僕達はリビングへと移る。


 「みんな揃ったね? それじゃ、いただきまーす!」

 『いただきます!』


 凛菜さんの合図で僕達はご飯を食べる。


 僕はまず、ハンバーグから食べる事にした。


 「……美味しい」


 噛む度に肉汁がハンバーグから溢れる。それに加えこのデミグラスソースはハンバーグの味を更に引き立てている。お店の味……いや、それ以上かもしれない。

 

 「ソラさん……それ、私が作ったんですが、どうですか?」

 「え!? これ愛音さんの手作りなんですか?」


 僕は思わず愛音さんの方を見る。

 

 「愛音は昔から料理が好きで、ことある事に料理の研究してたりしてたもんね~」

 「カノちゃんの料理はプロも顔負けの絶品だよ♪ おかげでついつい食べすぎちゃうんだけどね……あはは」


 二人からも褒められ、愛音さんは少し顔を赤らめる。


 「そ、そんな……みなさん褒め過ぎですよ……。それに出掛ける前に作ったので冷めちゃってますし……」

 「それでもかなり美味しいよ」

 「あ、うぅ……」

 「カノちゃんが照れてる。可愛い~」


 確かに照れてる愛音さんはとても可愛いかった。

 ん? そこで僕は一つの疑問が浮かんだ。


 「あの一つ質問だけど」

 「はい、なんでも言ってください」

 「ここってケーキ屋さんなんだよね? ならみんなここで働いてるの?」

 「はい、そうですね。私が一応オーナーで、凛菜さんがホール担当、愛優さんがパティシエですね」

 「そうなんだね……ってあれ? 愛音さんは料理が上手なんだよね?」

 「うん、愛音にかかれば、食材さえあれば大体料理でも出来ちゃうね」

 「でもスイーツエンジェルのパティシエは愛優さんって……」

 「そ、それは。ただ単にケーキ作りが苦手なだけです」

 「そうなんですか、意外です」

 「あはは……」


 意外だった。こんなにも料理が上手ならケーキ作りも上手いとばかり……。


 「ま、そんな事は気にせず早くご飯食べちゃいましょうね」


 愛優さんがそう言うと止まっていた、箸が再び動き出した。


 それから数十分後。

 僕は一人、みんなに見つめられながら夕飯を食べていた。


 (うぅ……食べにくい)


 そう思いながらも最後の一口を口へと運ぶ。


 「ご、ご馳走様でした……」

 「お粗末さまでした。すみません色々と」

 「いえいえ、お気にならさず……」


 とりあえず晩御飯はこれで全て片付いた……片付いたのだが、僕はギブアップ寸前だった。

 あの後、ペースよく箸が進んだのはよかったが、周りはやはり女の子。

 たくさん作ってしまったらしく、残ったりした中で早めに片付けないといけないものは全て僕の方へと回ってきた。

 僕もそこで断れば良かったのだが、みなさん澄んだ瞳でお願いしてくるんだもん! 男ならあれを断るなんて出来ない……。

 と、まぁそんな事があり今に至る。


 「すごーい! ソラくん本当に食べきっちゃった! あはは、お腹も凄いねっ」


 そういいながら、少し膨らんだお腹を叩いてくる凛菜さん。

 やめて! 何かが出てきちゃいそうだから!


 「こーら。凛菜そんな事したらソラさんに迷惑でしょ」


 愛優さんが止めに入る。


 (た、助かった……)

 「だけど本当に立派なお腹だね~。耳を当てたら何か聞こえそう」


 いたずらっぽく微笑む愛優さん。


 「何も聞こえないですからね? って言ってる側から愛優さんお腹に耳を当てないでくださいよ」

 「ふふ、ごめんごめん。余りにも貴方のお腹が立派だったからつい♪」


 そんな舌を出して、てへ♪ ってやったって僕は騙され……まぁ、可愛いから許すんだけど。

 ちょろいな~僕。


 「お二人ともお腹に耳なんか当ててどうされたんですか?」


 そこに愛音さんがやって来た。


 「いやね~。余りにもソラさんのお腹がポッコリしてたから耳を当てたら何か聞こえるかも~って」

 「本当に何やってるんですか……。とにかく、お風呂の準備が出来たので早く入ってください」


 こう見ると、やっぱり愛音さんが一番しっかりしてるように見えるな……。

 愛優さんは三人の中ではしっかりもののお姉さんだけど少し悪戯好きというか……。

 凛菜さんは三人の中で一番元気で、こうしてみると凛菜さんが一番妹みたいだ。

 愛音さんは愛優さんとはどこか違うしっかりもの。だけど、時折見せる年相応の表情とかは一番可愛い……って何考えてるんだ僕!?

 僕はロリコンじゃない、僕はロリコンじゃない、僕はロリコンじゃない、僕はロリコンじゃない──。

 なんてことを考えていると、思い出したように愛優さんがパンッと手を合わせる。


 「あ、そうだ。ねぇみんな明日の夕方って空いてるかな?」

 「明日ですか? 私は大丈夫ですよ」

 「ボクも大丈夫だよ〜」


 そしてみんなの視線は僕の方へ。


 「僕も明日は特にやることはないかな」

 「それなら明日みんなでお出かけしようよ♪ ソラさんともっと仲良くなるためにもねっ」

 「なるほどお出かけですか、いいですね」

 「ボクもさんせー!」

 「それにソラさんには着替えとかも必要でしょ?」

 「あっ、確かに……」


 服なんて特に気にしたこともないからすっかり忘れていた。

 やっぱりこういった気遣いとかに関しては勝てる気がしないな。


 「ちなみに今日の分の着替えは商店街にある服屋さんの奈美なみさんって人に急ぎで持ってきてもらったから。サイズも色々あるみたいだから自分に合うのを取ってね」

 「何から何までありがとうございます」

 「こういった事はお姉ちゃんに任せて♪ って、ソラさんの方が年上なんだけどね」


 言いながらてへっと舌を少し出す。

 純粋に年齢だけ見れば僕の方が上だが、僕からしたら愛優さんは本当にお姉ちゃんみたいに思えてきた。


 「っと、そろそろお風呂の準備が整う頃かな……今日は疲れてるだろうしソラさんが最初でいいよね?」

 「ボクは全然構わないよー!」

 「はい、私も大丈夫です」

 「というわけで、これ。ついでにその奈美さんにタオルとかも用意して貰ったから使ってね♪」

 「ありがとうございます!」


 僕は渡されたタオルを受け取り、そのまま浴室へ。



 「ふぅ〜……」


 浴槽に浸かった瞬間、今日一日の疲れが押し寄せてくる。

 今日この街に引っ越してきて、街を観光して、愛音さんに出会い、時計塔に行ったら学生寮が火事になって、途方に暮れていたら愛音さんに助けられ、今はこうして住む場所を決まりゆっくりとお風呂に入ることが出来ている。


 「これが今日一日で起こったんだもんなぁ……」


 まさに波瀾万丈という言葉がしっくりくる。

 こんなのは小説やゲームの中だけかと思っていたから実際に起こってしまうなんて夢にも思わなかった。

 このままいくと近いうちにあの三人のうちの誰かと入浴とか、そうでもなくても何かのハプニングが起きそうな……そんな気がしてしまう。


 「って、僕まであいつみたいに妄想脳になってるな。自重しなきゃ」


 そう思っていたまさにその時だった。


 (……おや?)


 とつぜん脱衣所の扉が開いたのだ。

 そこには洗面台もあるし、歯ブラシなども置いてあるのを確認してるから歯を磨きに来たのかとも思ったが、すぐにそれは違うとわかってしまう。

 何故ならお風呂場の扉は向こう側の様子ははっきりとは見えないものの動きくらいはわかる。

 で、そのわかる範囲の動きからすると今脱衣所に現れた人は歯磨きをしているというよりは服を脱いでるように見えて…………。


 「──って!?」


 脱いでらっしゃる!!?

 いや落ち着け僕、ついさっき変な妄想は自重しろと言ったはずだ、それにあれが脱いでいるとは限らないだろ? ほ、ほほら、あれだよあれ、洗面台の隣に洗濯機も置いてあったし自分の服を洗濯しようと……ってそれ脱いでるよねっ!!?

 そうこうしている間にも影は動く手を止めない。


 これはますい、非常にまずい。

 この状況……ご近所さんなどに知られたら良くて通報、悪くて死だ。

 声をかければまだ間に合うのか……いや、ダメだろう。シルエットの動きからわかる、大きな口を開いて汚れた物を放り込まれるのを待っている洗濯機という奴の中にゴールしている事は。


 ……つまり、もう後には戻れない。


 だがここで無理に待たせて風邪を引かれても困る……しかし一緒に入浴は色々とアウトだ。

 かと言って僕が出ればその場で露出の現行犯……。


 「ならば別のルートでここから逃げる事は……」


 僕はチラリと窓の方を見る。

 ──が、窓は少ししか開かないタイプのやつで、どう頑張っても人が通れるような幅ではなかった。

 と言うより仮に出られたとしても家の入口は大通り側に面しているところを通らないといけないので下手をしなくても逮捕はまのがれない。


 僕は再び脱衣所の方を見る。


 「って、もう入る所じゃん!」

 

 シルエットがお風呂場の扉に手をかける。


 「ああ……もう終わりだ……」


 全裸の女子中学生と一緒に入浴。

 これが兄妹ならまだギリギリセーフだろう……セーフだよな? うん、セーフだ。

 しかし、彼女は妹では無い、ましてや今日知り合ったばかりだ。

 それなのに一緒に入浴とか……なんて犯罪的!

 確かに嬉しいか嬉しくないかで聞かれたら間違いなく嬉しいと答えるであろう。

 言っておくが僕はロリコンじゃないぞ?

 これはその、あれだ。

 男の本能というやつで、相手がどんなにロリロリっ娘でも、それが可愛ければ理性を保つので精一杯だ。

 それなのに一緒にお風呂? なに? 明日、僕は社会的に死ぬの? それとも今日死ぬの?

 新聞の一面に『宿泊先の女子中学生と淫行』とかありもしない事を書かれて、その上知り合いでもない、ただ一度顔を合わせたかどうかってレベルの人達に『いつかやると思ってました』とか『(初めて見た時から)この人、ちょっと危ないな……と思いましたね』とか『小学生こそ至高! 中学生は対象外! おお、同志よ! 中学生に手を出すとは情けない』とか言われちゃうのかな。

 いや最後のは少し違うけど、と言うか誰が同志だ僕はロリコンじゃない!

 ──本当だからね?

 と、そこでついに風呂場の扉が開く。


 「──失礼、します」


 そう言って中に入ってきたのは間違うはずもなく、愛音さんだった。

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