第21話 大会前日
土曜日スイーツエンジェルにて。
昨日から入り始めた新人の男性店員が帰るお客さんに向かって挨拶をする。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
男性は完全にお客さんが行ったのを見送ると、軽いため息をつく。
「やっぱりサイトの効果があるとはいえまだまだか……」
元々親友の頼みで作ったサイトだが、やはり知名度の関係だろうか、一応お客さんの数は増えているとはいえ本当に少しだ。
それを見てくれた人がいたのか、それとも念のためと拡散したのが良かったのかはわからないけれど、少なくともこのままではダメだろう。
俺は厨房の方へと視線を移す。
そこには一生懸命にケーキを作る愛優ちゃんの姿。
ホールの方へと視線を移せば、凛菜ちゃんと今日も助っ人に来てくれた凛菜ちゃん達の友達が二人。
「なんとかしてあげたいよな……」
愛優ちゃん達は何も言わないし、あっちも二人は知らないだけだろうが、なんとなくでもわかる。きっとこの店は長くはないのだろうと。
だからこそアイツは今頃必死になって、普段は一人でなんでもやるようなやつが俺に頼んだり……。
「……ふむ」
俺は考える。俺の持ち合わせている情報、推測、全てをかき集めて。
(アイツのことだ。俺の持ち合わせているゲームの知識などの解決策はやったか、それとも既にやっていたかのどちらかだろう)
そこのところは昔からの付き合いだからなんとなくでもわかる。
だからこそ、アイツが思い至らないアイツが苦手で俺が得意な分野で攻める。
そしてそのための基盤でもある、サイトを他の誰でもない俺が作った。
それに気付いた俺は思わず空を仰ぐ。
「なんだか全てを計算されているような気さえしてくるな……」
「宮野さんどうかしました?」
「愛優ちゃん?」
突然背後から声がしたので振り返るとそこには愛優が立っていた。
彼女は不思議そうにこちらを見つめていたが、何か合点が言ったらしく少し困ったような笑みを浮かべる。
「気付いてしまったんですね」
「……やっぱりそうだったんだね」
「はい、そもそもこれは私達から話さなければいなかったんですが……」
「そんなに気を使わなくても大丈夫。俺は夜空と同じで甘いからさ」
「どうして……」
「ん?」
「どうしてお二人はそんなに優しいんですか? ソラさんもこの事を知ってすぐに助けてくれましたし、宮野さんに関してはその事を隠して手伝ってもらっていたのに……」
「うーん、どうしてかぁ。そうだな強いて言うなら親友──夜空が助けを求めたから」
俺は胸を張ってそう答えた。
だけどそれが意外だったのか、質問した本人は、
「そ、それだけ、ですか?」
「ああ。夜空にとって君達はきっと特別な存在だ。そんな君たちを夜空は助けたいと思っている。そして俺に助けを求めた……。なら俺は親友を助けるそれだけだよ」
「…………」
「どうして優しいのかって聞いたよね?」
「はい」
「俺はさっき言った通りだけど、夜空の場合は……恩返しってところかもな」
「恩返し、ですか?」
「うん。夜空のことはどれくらい知ってる?」
「どれくらいと言われても……記憶のことくらいしか」
「やっぱりみんなにはそのこと言ってるんだな」
その言葉を彼女から聞いた瞬間、自然と俺の頬は緩んでしまう。
自分の事なんか滅多に話さないのに、愛優ちゃん達には話している……それだけで夜空の中での彼女達がどれくらい大切な存在なのかがわかる。
そして今、俺はそんな
「元々やる気はあったけど、それを聞いたら何がなんでもって気になってくるな……」
「宮野さん?」
「よし、愛優ちゃん!」
「は、はいっ!?」
「俺を正式にここの従業員として雇ってくれないかな?」
「……はい?」
「俺はアイツが、夜空が守りたいと思えるここを守りたいんだ。それに俺もたった二日間しか働いていないけどさ、スイーツエンジェルのこと気にいったから」
「それは私達からしたら嬉しいですが、明日の大会で全部が決まるんですよ?」
「それはわかってる。だけど夜空ならなんとかしてくれる、そして俺も夜空がなんとか出来るように全力でサポートする」
俺は昔から考えていた。アイツのために俺には何が出来るのだろうと。
人のことは放っておけないくせに自分からはあまり助けを求めない……そんな親友のためにやっと動ける。
「それでなんだけど──」
「お邪魔するよ〜、明日の衣装を届けに来たよ」
そう言って聡志の言葉を遮った女性が一人入ってくる。
「あ、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ奈美さん」
「うんうん、ありがとう。っと、彼以外の男性店員とな?」
「一応臨時の──いえ、新しく入ってくれた方です」
「愛優さん……」
「そうかいそうかい」
奈美さんは嬉しそうに頷くと、俺の目をしっかりと見添える。
その真剣な眼差しに少し驚いてしまうが、奈美さんはニコッと微笑む。
「これから愛優ちゃん達のことよろしくね。えーっと……」
「さ、聡志です! 宮野聡志!」
「おぉいい名前だねぇ。それじゃここのこと夜空君と一緒によろしくね聡志君」
「はい!」
言われるまでもない、けれどこうして改めて言われると更に気が引き締まるってもんだ。
「ああそうだ、聞いたよ愛優ちゃん。明日の大会にここも出るんだって?」
「はい、と言っても出るのはソラさんと愛音ですけどね」
「それは悪いことを聞いちまったね……」
「いえ! 別に奈美さんのせいではないです。私よりあの二人の方がふさわしい、それだけの話なので」
「…………」
なんとか笑みを作っているが、それが無理して作られていることくらい出会って間もない俺でさえわかる。
だけど俺には彼女にかけられる言葉を持ち合わせてはいなかった。
悔しさのあまり拳を強くにぎりすぎて手が痛くなる。
しかしそんな俺とは対照的に奈美さんは愛優ちゃんの頭に優しく手を置くと、優しくまるで母親が愛しい娘にかけるような笑みを浮かべる。
「愛優ちゃん。大丈夫、まだまだこれからさ」
「奈美、さん……」
「……ちょっとバックに行こうか、君も」
「俺も、ですか?」
「そうさね、君もスイーツエンジェルの店員なんだろ?」
「……はい」
「ならお願いするよ。これは君にしか出来ないことだから。それと持ってきた衣装は凛菜ちゃんに渡しておくから」
奈美さんはそう言うと、近くにいた助っ人の子を呼ぶとそれっぽい言葉を繋げて荷物などを凛菜ちゃんに託し、俺達は今にも泣き出しそうな愛優ちゃんと共にバックへと場所を移す。
すると俺達しかいなくなったからか、なんとか留めていたが可愛らしい瞳から透明な雫が、心のうちに秘めていた想いが溢れてくる。
「奈美さん、奈美さんっ!」
「うんうん、よくやってるよ愛優ちゃんは。今まで一人でスイーツエンジェルのパティシエをやって……」
「でも……でも、私じゃダメなんです。いつもみんなのお姉さんとして振る舞っていても、結局私は何も出来ないまま……」
「愛優ちゃん……」
「私はみんなが笑顔で過ごせればいい、それだけが望みだったのに、何も出来ない。私の力じゃみんなを笑顔になんて出来ない……」
一つ一つの言葉が、ズシンと心に重く響く。
俺には彼女の痛みや苦しみはわからない、それでも……。
「今回だって、私より愛音達の方が──」
「愛優ちゃん!」
「──ッ!?」
「え、ちょ、聡志君!?」
俺は気が付けば愛優ちゃんの事を抱きしめていた。
みんなのお姉さんだと思っていたその身体は、こうして見ると小さくて臆病に震えていた。
俺は抱きしめたまま、さっき奈美さんがやったのと同じくらいにそっと頭を撫でる。
「俺には愛優ちゃんのこと全てわかるなんて言わない、だけど愛優ちゃんが裏で一生懸命になって頑張ってることくらいは知ってる」
「宮野、さん?」
「愛優ちゃんはいつも通りにしてるだけだからわからないかもしれない、でも俺からしたら愛優ちゃんも凄いよ」
「私が……ですか?」
「うん。だってスイーツエンジェルを今こうして守ってるのは愛優ちゃん達なんだよ。さっき来た人も今までに来てくれた人も、これから来る人も、みんなみんな愛優ちゃんの作ったケーキが食べたくて来てるんだから」
「私のケーキを食べに?」
「そうそう! だから自信を持って、大丈夫だよ」
「宮野さん……」
「いまは、こうしてあげるくらいしか出来ないけれど……。愛優ちゃん?」
抱きしめている肩がぷるぷると震える。
やがて愛優ちゃんからすすり泣く声が聞こえてくる。
「ぐすっ。ありがとう、ございます……」
それから俺は小一時間、彼女が落ち着くまでこのまま静かに抱きしめていた。
「──というわけなんだ」
休憩室の方から出てきた奈美は凛菜に一通り説明をする。
「そっか……。ありがとう奈美姉」
「凛菜のその呼び方、久しぶりに聞いた気がするよ」
「今は奈美姉って感じがするからね。っと、いらっしゃいませっ!」
そう言うと凛菜は入ってきた客の方へと駆け寄る。
「……おや?」
入ってきたのは一見すると普通の若いサラリーマンのようだが、奈美には見覚えがあった。
「確かあの人は……」
何を買うか迷っているその人に対し、必死に思考を巡らせる。
そして奈美がその男性の心当たりに行き着くと、その男性は凛菜に向かって一言。
「ここにあるケーキ、全部買っても構わないかね?」
──夜空サイド。
先生との練習も終わり、僕達はまたいつものように時計塔の最上階で座っていた。
下を見れば既に明日の準備が整っており、リハーサルが行われている。
「本当に明日、なんだね」
「はい」
「……なんだか信じられないな」
「大会に出ることですか?」
「それもあるけど、なによりもこっちに来て初日に寮が燃えて、それから愛音さん達みたいな可愛い女の子と一緒に住むことになって……」
思い返すだけで、この一週間と少しの間に起きたことは僕の記憶の中でも大変で、楽しくて、キラキラと輝いていただろう。
──いや、違う。輝いていたんじゃなくて、これからもっと輝くんだ。愛音さんや愛優さんに凛菜さんと僕で……。
果たして僕はちゃんと彼女達を笑顔に出来るのだろうか、そんな不安が明日への緊張となってしまう。
「…………」
「ソラさん?」
「うん?」
そんな僕のことを察したのか、愛音さんが心配そうにこちらを見つめてくる。
「もしかして、緊張しているんですか?」
「実はそうなんだ。僕達のケーキのこと、スイーツエンジェルのこと、全て明日で決まる、それが緊張になったり不安になったり……」
「それは、わかります。私もソラさんと同じように思っているので。もし明日失敗したら、もし負けてしまうようなことがあったら……そう考えるだけで不安で胸が締め付けられます」
「……だけど、僕達は一人じゃない」
「……はい」
僕はそっと愛音さんの小さな手を握る。
そうしているだけで、不安や緊張が消える気がするから。
やがて愛音さんも、優しく僕の手を握り返してくる、満面の笑みを浮かべながら。
「これでおあいこですっ♪」
「ありがとう愛音さん」
「こちらこそありがとうございます」
「明日もこんなふうに手を繋いで、緊張や不安を消して……それで僕と愛音さんの二人の力で絶対に優勝しようね!」
「はいっ!」
今はゆっくり心と身体を休ませて、万全の体制で挑めるようにするんだ。
最後の戦いはもう明日なのだから……。
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