第9話 誰の為に頑張りたいのか
次の日。
外では小鳥たちのチュンチュンと朝を知らせるコーラスが聞こえ、次第にカーテンの隙間から部屋の中へと眩しい日差しが差し込む。
「ん、んぅ……」
もう朝かとスマホを手に取り時間を確認する。
「……五時半か」
まだ少し眠いが、やることもあるしそれに……。
僕はそのまま隣ですーすーと心地よい寝息を立てている少女を見る。
「彼女が起きてまたそのまま着替え出されても困るからね」
というかどうして僕は当たり前のように愛音さんと一緒のベッドで寝ているんだろうか……。
いや、あまり深くは考えないでおこう。
とにかく僕も早く着替えてしまおう。
「……とはいえ、流石に彼女が寝ている隣でってのもなぁ」
ならばあの物置……いや、流石に勝手にほかの部屋を使うのは不味い。
廊下は論外として脱衣所……ならばおかしくはないけれど遭遇率は高めだろう。
「…………」
チラリと横目で彼女を見る。
うん、ぐっすり眠っているな。
「……ごめんなさい」
僕は小さくそう呟くとそのまま着替えを始めた。
「──ふう」
着替え終わり寝間着をたたむ。
なんとか音を立てずに着替えることは出来た。
しかしあれだな、同じ部屋に女の子がいるという環境も大変だ。
この女の子の部屋特有の香りというのかな、普段本当に男というのが入っていない花園は少し浮かれてしまうのと同時に理性を保つのに必死になる時もある。
例えば今のように愛音さんのような可愛い子の顔が朝起きたら目の前にあったら物凄くドキドキしてしまう。
幸いにも彼女は寝起きが弱点なだけで寝相などは良く、服が乱れていたりしないだけいいがもし朝イチで目にするのが服が乱れている彼女だったらと考えるだけで恐ろしい。
今はこの程度で済んでいるけどこれから先のことを考えると少し思いやられる。
「でもこんな悩みってのは贅沢な悩みなんだろうな……」
言いながら静かに部屋を出る。
まだ他の人は起きていないのか下の階のリビングにも洗面所にも明かりは無い。
スマホを確認してみるが、親友からの通知は来ておらず予想以上に手間取っているみたいだ。
「…………」
とは言ったものの再び布団に入るのもアレだし、第一あの布団に愛音さんがいるとわかっているのにもう一度入り直すのもなあ。
「とりあえず顔を洗うか……」
そう思い洗面所へと向かう。
「……ふはぁ」
冷たい水で顔を洗うとすっきりするからいい。
少し残っていた眠気も完全に飛ぶ。
いくら四月とはいえ朝は少し寒いだろうか……。
とかなんとか思いながらも外に出てしまう。
すぐに外に出たことを後悔するかと思ったがそうでもないらしく、雲一つない青空が広がる今日は意外と暖かかった。
「これなら少し歩いても良さそうだ」
特に行く場所もなく歩き出す。
置き手紙でも書いた方が良かったかと思ったけど別に長い時間外にいるわけでもなく、少しその辺をブラブラするだけだからいいだろう。
それにしても朝の街というのはまた昼や夜とは違った顔を見せる。
人間が眠って起きるように、少しずつお店が開いていく様子を見ているとまるで街も眠って起きるという行為を取っているみたいだ。
そんな生きている街にあるスイーツエンジェルが死んでいるわけがない。
「あれ? 昨日の兄ちゃんじゃねぇか」
「古倉さん?」
特に意識せずに歩いていたせいか、気が付けばしおさき商店街にある古倉電気の前まで来ていたようだ。
珍しいものを見たと言わんばかりに開店準備をしている古倉さんが寄ってくる。
「どうしたんだよ、こんな朝早くから……。もしかしてまたどこかの電球が切れたとかか?」
「いえそういう訳じゃないんですが。ちょっと早く起きすぎてしまったので、せっかく今日はいい天気なので朝の散歩でもと」
「かー、そりゃいいねぇ! 朝の散歩ってのはするだけでその日は寝るまで元気になれるってもんだ」
「古倉さんはしないんですか?」
「あー俺か、昔はしてたんだけど……見ての通り最近は何かと新しい商品が入るのが多くてな……中々そっちに時間が避けないんだ」
「それ僕が手伝っても無理ですか?」
「兄ちゃんがかい? あっはっはっ、面白いことを言うねぇ」
「そうですかね?」
「おうよ。最近は困っていても見て見ぬふりが多いから……兄ちゃんもその気持ちを忘れるなよ」
「はい」
「でも、今手伝うべきなのは俺のとこじゃなくてお前さんのとこだろ? 俺達も本当は愛音ちゃん達のとこでケーキを買ったりしてやりてぇんだけど……」
そう言いながら横目でテレビを見る。
そこに映っていたのは隣町に出来たというショッピングモールの特集だった。
「あれが出来てからここら辺の人達もあっちに行くようになっちまって……俺達も必死なんだ。本当にすまねぇ」
「いえそれは古倉さんが謝ることじゃないですよ。もちろん他の商店街の人達もですが」
「ま、お互い落ち込まずやっていこうや。くよくよしていたって変わるもんも変わらんからな」
「そうですね。僕もここでくよくよしてられませんね……。古倉さんありがとうございます」
「おう、まあお嬢ちゃん達のお店が大丈夫になったらこっちもよろしくな」
「はい」
古倉さんはそれだけ言うと仕事仕事と言いながら店の奥へと消えていった。
辺りを見ればここだけではなく、色々なお店が開店の準備をしている。
「僕もそろそろ帰らなきゃな」
そう思いお店の方へ戻ろうとしたその時、トークアプリココアからメッセージが届いた音が。
「こんな朝早くに……まさか!?」
この時間にメッセージを送るヤツなんて一人しか心当たりがない。
僕はそう思いスマホの画面を開く。
そこには僕が待ち焦がれていた人物からの完了のメッセージが。
「ありがとう聡志、と」
早速返信をすると、みんなに一刻でも早く報告するために走り出した。
「……ん、あれは」
スイーツエンジェルの前に着くと、そこには知らない男が……男は僕に気が付くと、
「──おぉ君が夜空くんだね?」
「えっ?」
「今日からスイーツエンジェルを手伝う事になった者だ」
と、いきなり僕に手を伸ばしてきた。まぁ握手するうもりだっのだろう──が、僕は少し一歩引いて確認をとる。
「あの、どちら様ですか?」
「おいおい、そんなに警戒しなくてもいいだろ。と、言いたいところだけどまあ知らないおっさんが店の前にいて、いきなりお店を手伝うことになったって言っても信じられないわな」
僕はゆっくりと頷く。
「あはは酷いな。ってまあ自己紹介もしない俺も俺か……。俺の名前は……あー」
「?」
「いや、本名で呼ばれるのは好きじゃないから、『先生』とでも呼んでくれ」
「呼んでくれって……そもそも本名すら知らないのに?」
「謎の男っぽくていいだろ?」
「むしろ不審者ですね。それに例え不審者じゃなくても正体がわからない人を彼女達に会わせるわけにはいきません」
「おー、カッコいいね。でも安心しな、俺は愛音ちゃんの両親からお願いされてここにきた」
「愛音さんの両親から?」
どういう事だ……? だって彼女の両親は今海外に行って連絡がつかないはず。
「その顔をするってことは彼女の両親の事を知っているんだな。なら手短に説明するとこれが送られてきたんだ」
「……手紙?」
男が取り出したのはエアメール。
差出人は『櫻宮』愛音さんと同じ名字だ。
「中身も見るか?」
その問に僕は無言で頷く。
警戒心を強めながら男の出した手紙をのぞき込む……が。
「……どうだ、読めないだろ?」
「……はい、さっぱりです」
全て謎の言語で書かれており、単語を読み取ることすら出来ない。
「どうやらフランス語らしいんだが、俺にはさっぱりだ」
「それなのにどうしてわかったんですか、お願いのこと」
「ああ、それはな……ほれ」
男はそう言ってもう一枚の手紙を取り出す。
「こっちは読めるだろ?」
「あ、ローマ字ですね」
「後々フランス語に詳しい奴に聞いたけど、内容は全く同じらしい」
「つまり?」
「同じことをフランス語とローマ字で書いたってことだ。ったく、こんなめんどくさいことしないで最初からローマ字にするか日本語で書けって話だ」
この男の反応からしてこの差出人はこういった性格らしいが……。
話に聞く愛音さんの両親と何故かどこか繋がるところがあるせいか、本当にそうなのかもと思えてきてしまう。
「とりあえず読んでみろ、これで納得するだろうし」
「……」
僕は無言で頷き、ローマ字で書かれている方を受け取る。
量はそこまでないため、すぐに読み終わる。
「……疑ってすみませんでした」
「いやいいって、誤解がとけただけで」
僕が頭を下げると遠慮がちに答える。
「でも先生は一体何者なんですか? 愛音さんの両親の知り合いなのはわかりましたが……」
「うーむ、そうだな。話せば長くなるから手短に言うと俺はスフィールのトップパティシエだった男だ」
「……は、い?」
「ん? どうした?」
この人が元スフィールのパティシエ? しかもトップ?
「もしかしてスパイとかなんでトップがここにとか考えてるな」
「……よく、わかりましたね」
「そりゃスイーツエンジェルとスフィール……スフィール側からしたら、今のスイーツエンジェルなんて敵じゃないが、スイーツエンジェルからしたらそうでもない」
「そんなスイーツエンジェルの所へスフィールの自称トップパティシエが来たらそう思うのは自然な事だ」
「それもそうですね」
「ちなみに言っておくが元だからな、俺はもうスフィールを辞めた」
「辞めた?」
「ああ。元々あそこには技力を上げるために入っただけだ。思い入れも何も無い。それに親友のお願いだ、親友のお願いと会社の地位どっち取るかなんて言われたら親友のお願いを取るのが普通だろ」
「親友のお願い……」
「あぁ。ただ、いきなりこんな事言われて完全に信用しろってのは難しいだろうから少しずつでいい。俺だって最初から信用してもらえるなんて思っちゃいないさ」
そう言って肩をすくめる。
「あ、そうそう。それとは別なんだが……お前さん昔は春野って名字じゃなかったか?」
「──ッ!?」
その名が出た瞬間、僕の身体はわかりやすいくらいにビクッと震えさせる。
それもそのはず、春野というのは僕が記憶を失う前に使っていた名字なのだから。
「その反応ってことはビンゴか……」
「……はい」
もうその名字で呼ばれることはないと思っていた。
「夜空って名前を見てまさかと思ったが名字が変わっていたからな、確信は持てなかった」
「母さんが再婚して、それで名前が潮乃に」
「そうだったのか……」
「あの、先生と父さんとはどんな関係が?」
「ああ……ただの親友だ。春野大輔、昔から頭は良かったのに俺達と馬鹿ばっかやってた……」
その時のことを懐かしむように先生は空を見上げる。
「その先生、お願いがあるんですが」
「うん?」
「僕の父さんのことを聞いてもいいですか?」
「それは構わないが……どうして?」
「……これは他の人に言わないと約束してくれますか?」
「なにか知られると不味いことでもあるのか?」
「いえ、そういう訳では無いんですが実は──」
僕は先生に自分のことをなるべく簡単に説明した。
あの事故以前の記憶が失われてしまったこと、そして今でもたまに記憶が飛ぶことがあることを。
僕が話している間黙って相槌を打っていたが全て聞き終えると先生は真剣な眼差しをこちらに向ける。
「そうか……それは今まで辛かったな」
「いえ、もう慣れましたから」
確かに昔の記憶がないのは父さんとの記憶が無くなったのと同じわけで悲しいことに変わりはない。
それにあの子の事さえ……。
「ただこの事はみんなには内緒でお願いします。今はみんなこのお店のことでいっぱいいっぱいなので……」
「余計な心配はさせたくないか」
「……はい」
「ま、お前さんがそうしたいってなら俺は別にそれでいいと思うよ。……っと、あんまり立ち話していてもダメだな。そろそろ中に入ってもいいかな?」
「あ、はい」
気が付けば通行人も徐々に増え、そのたびにこちらを見るのを気にしたのだろう。
僕達はその視線から逃げるようにお店の中へと入っていった。
「──とまあ、そんな事があって、先生をここに連れてきてしまったんですが……」
店に入った僕はすぐさまみんなの所に行き、軽く事情を説明してお店の方へと来てもらった。
「つまりこの……先生? が助けてくれるってことでいいんですか?」
「そうらしいよ。一応愛音さんも確認してくれるかな?」
「は、はい」
僕は先生から受け取った先ほどの手紙を愛音さんに手渡す。
愛音さんは受け取ると数行だけ読み取ると。
「確かにこれは母の字ですね」
その瞬間、少しばかり空気が和らいだ気がした。
空気が和らいだところで僕は気になっていた質問を投げかけてみる。
「それで先生は何を手伝ってくれるの?」
「ん、俺か? 俺はこっちの業界じゃあ結構有名な方だと思っている。だから、その俺がここでケーキを作っていると知られれば」
そこでチラリとみんなを見る。しかし、これはただの提案だけではなく、こちらの出方を伺っているようにも思えた。
ただそれは無意味なものだと僕は知っている。何故なら彼女の答えは聞くまでもなくわかっているから。
「……確かに、そっちの方がスイーツエンジェルを存続させるのにはいいのかもしれません……ですが、すみませんお断りさせてもらいます」
その言葉を聞いた男の顔は何故か笑っていた。そして、
「……やっぱり似てるな」
「似てる?」
「あぁ、愛優ちゃんと凛菜ちゃん……あの二人にも同じ事を言ったが、み~んな愛音ちゃんみたいに断ったからきっと愛音ちゃんもこういった結果になるんだろうなと、ある程度予想してたからな」
「だったらなんで聞いたんですか……」
「まぁ細かい事は気にするな少年よ! で、お前さんは俺に改めて何か話したいことがあるんだろ?」
「……あります。ただ、その前に」
僕は愛音さんの方を見る。
「ソラ、さん?」
「あの、こんな事言うのも失礼ですが、この人と大事な話がしたいからみんなの所に先に行っていてください」
愛音さんは「わかりました」と、言ってみんながいるであろうリビングの方へと消えていった。
正直ここで愛音さんが行ってくれなかったら少し計画が狂ってしまうところだった……。そんな事を思いながら僕は愛音さんがリビングへ入るのを見届けた後、
「先生」
「ああわかってる。お前さん俺に何か頼みたい事があるんだろ? そうだな……ここじゃアレだからスイーツエンジェルの厨房を少し借りるとするか。お前さんもそれでいいな?」
僕は無言でこくりと頷く。それを確認した男は「それじゃ行くか」と言って僕と厨房へ入った。
その頃、夜空に言われるがままリビングの方へと行った愛音は──。
「ソラさん大丈夫でしょうか……」
言われるがままリビングへと来たはいいけど、やっぱり夜空の事が心配で少し扉を開けて覗いていた時、二人が厨房の方へと入っていくのが見えた。
「二人してどうして厨房へ……?」
色々考えたけれど、結局何をするつもりなのかわからなかった。
「こ、これはあくまで『あまり勝手に厨房に入らないでください』と言うためにいくわけであって、決してお二人がどんな会話をしてるのか気になるわけじゃないです……」
愛音さんは自分のそう言い聞かせ、厨房に入っていった二人に気付かれないように後を追った。
──二人が厨房へ入ると男は突然何かを探るように少し周りを見渡していた。暫く「ふむ……」と言いながらあちこち見ていたが、一通り見終わったのか、気付くと僕の方へ顔を向けていた。
「で、まどろっこいのは嫌いだから単刀直入に聞くが……俺になんの頼みだ?」
「……僕に、ケーキ屋としてのノウハウといいますか、経営とかケーキのつくり方とか色々教えてください」
「なんで教えて欲しいんだ、とは聞かない。大方、愛音ちゃんへの恩返しと、いったところだろうからな」
「はい」
僕は軽く頷きながらはっきりと答える。
そして少し照れながら言葉を続ける。
「あとは愛優さんや凛菜さん……そして何より愛音さんにはずっと笑っていてほしいんです。でも今の僕には出来ることがない。一応自分なりに考えて行動してみたけど実際にそれが良いかなんてわからない……」
「だから俺に協力を頼んだと」
「はい。都合がいいのはわかってます、でもお願いします、僕は彼女達の笑顔を守れる力が欲しいんです」
それは間違いなく本心だった。少しだけカッコつけたけれど、僕は恩返しうんぬんを抜きにしても彼女達の悲しむ姿は見たくなかった。
「別に教えるのはいいんだけどよ……なあお前さん、本当は誰のためなんだ?」
「えっ?」
「ひょっとして気付いていないのか?」
先生が驚いたように目を大きく開かせる。
「お前さんは今言った三人のためじゃなくて一人のためにここまでしようと思ってるんだろ」
「たった一人のため……」
自分の胸に手を当てて考えてみる。
今の僕は誰の為に頑張っているのか、一番悲しませたくないのは誰なのか……。
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