第10話 誰のために
「……愛音」
そうはっきりと力強く答え、先生の目を見る。
これが僕の出した答えだった。
この街に来て、初めて出会ったはずなのにどこか懐かしく思えるそんな不思議な女の子。
頑張り屋で優しくて、でもやっぱり年相応なところもあって見ていて守りたくなるそんな子。
気がつけば見た目も含め全部が好きになっていた。
こうしてみると何故今までこの気持ちに気付かなかったのか、自分の鈍感さに思わず吹き出してしまいそうだが。
「そうか……」
その答えを聞いた先生は何故か嬉しそうに……。
「ならばお前は彼女のために頑張れ。人はみんなのためよりも誰かの為の方が頑張れる! それが大切な人であればあるほど尚更に。……お前さんが愛音ちゃんのために頑張ると決めたのなら俺も男としてお前さんに出来ることを教えてやる」
「先生……」
心強い人生の先輩からのエールに胸が熱くなっていると、
「──ところでお前さん」
「はい?」
「いつからここに住んでいるんだ?」
「確かまだ三日とかそれくらいですが」
「ははっ、その短い期間で愛音ちゃんに惚れたのか」
「そう、ですね。愛音は僕からしたらこんなに短い期間で惚れてしまうくらい素敵な女の子なので」
「なるほどな。それは頑張らざるを得ないな」
「はい。僕は愛音のために頑張ります。愛音の笑った顔が何よりも好きだからそれを守りたいので」
今はこの場限りの伝えられない僕の本心に、先生はまるで自分のことのように嬉しそうに笑みを浮かべ。
「んじゃ、お前さんの覚悟も見れたし、やるとしますか……。でも色々始めるのは明日からだ、準備というものがあるからな」
「はい!」
「お前さんの恋、叶うといいな」
先生はそう言い残すと早足で店を後にした。
──そしてその頃、この会話を二人に気付かれないようこっそり聞いていた人物が他にも一人だけいた。
少女は驚きの余り、声の発し方を忘れてしまったように口をパクパクさせているだけだったが、やがてそれも落ち着いてきた頃やっと言葉が音に変わる。
「ソラさんが……私のことを……?」
それでも少女の頭の中は混乱していた。
彼の事が心配で来てみたら突然自分のことが一番だと言うのだからそれも当然といえば当然なのだがそれ以上に。
「あ、れ? 私、どうしてこんなにもドキドキしているんでしょう。それに顔も……」
自分の胸に手を当てなくてもわかるくらい心臓が鳴って、顔もとても熱くなっていた。
どんなに意識しないようにしようとしても、彼の言葉が頭の中を何度もぐるぐると回る。
今思えば不思議な人だと思う。たまたま商店街で出会ったのに、そこで初めて会ったはずなのに、何故か前から彼の事を知っていた気がした。
それにまだ数日しか経っていないのに、知らず知らずのうちに彼の事を意識してしまっている。
私にはちゃんと他に好きな人がいるはずなのに、まるでそれは過去の人と言わんばかりに自分の中での潮乃夜空という一人の男の存在がとても大きくなる。
その証拠に今、私はソラさんを────。
「もし私の気持ちが変わってしまったら、その時は責任……取ってもらいますからね」
彼には聞こえないよう、だけど彼に向けて……。
──そして、その日の夜。
男は時計塔の最上階から街を見下ろしながら携帯を取り出す。
「俺には俺の出来ることをしてやる義務があるからな。それにしてもまさか、今になってお前に電話する事になるとは……」
呆れたようにそう呟くと、男は電話帳の上から二番目に登録してある人物に電話をかける。
「……よっ、久しぶり。俺だよ俺。ってオレオレ詐欺じゃねぇよ!! ったく、その態度、大人になっても相変わらずだな折山。……いや、市長と言うべきか。ああいやいや、別に冷やかすために電話をしたわけじゃない」
男は、相手と少し話をしてから本題を切り出す。
「昔馴染みとして、ちょいとお願いがあるんだが……」
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