第8話 動き始める物語
時計塔の公園の入口にて。
「もう公園に着いてしまいましたね」
「そう、ですね」
手を繋いだまま公園の入口で立つ二人。空はすっかりオレンジ色に染まっていた。
(……なんというか、物凄く綺麗だ。なるほど確かにここがデートスポットだというのも頷ける)
僕は夕日色に染っていく時計塔や公園を見ながらそんなことを考えていた。
そして同時にこの光景を懐かしく思うのと懐かしく思いながらも何一つとして思い出せない自分に嫌悪感を抱きそうになる。
「とりあえず、座れるところを探しましょうか」
「あ、う、うん」
そう言って彼女は手を離し、公園に入っていった。僕は考え事していたため、少し出遅れて公園へ。
僕は少し体を伸ばして気持ちを切り替える。
そして愛音さんと座れるところを探しに行こうと思ったその時、彼女は一旦立ち止まる。
「あのソラさん」
「は、はい」
「その、私の勘違い……かもしれないですが、ソラさんって昔この街に来たことがありますか?」
「えっ?」
そう言いながらこちらを向く、そのとき風が吹き彼女の長い髪がなびいた。
(まただ……)
僕は前にもこの光景を見たような気がするけど思い出せない。
見たという確信はあるのに、その一つ一つのシーンにノイズがはしってしまう。
(……このことは隠さなければいけないな)
考えを振り払うように1度首を振る。
「僕が来たのは試験の時とか入学説明会の時くらいなのでそこまで昔じゃ──」
そこまで言って突然僕の目の前がどんどん暗くなっていく。
「ソラさん!?」
「あ、れ……」
そしてついに視界は全て真っ暗闇に……なるはずだった。
ブラックアウトしたと思ったもののそこにあるのはついさっきまで見ていた、夕日色に染まっている時計塔と公園。
ただ一つ違うのはそこにいたのは愛音さんではなく、知らない小さな女の子がいたこと。
その少女は優しく僕に微笑みながら手を伸ばしていた。
僕は昔この街に来たことがある。
だけど僕はその後事故にあい、それ以前の記憶のほとんどを無くしてしまった。
それなのに僕よりも小さい目の前の少女の事はとてもよく知っている気がする。
確かこの子は内気で最初は仲良くなるのに時間がかかったっけ。
だけど仲良くなれた頃には帰らなきゃいけなくて。
そういえば最後にあの子からなんか言われたんだっけ。
それでその子の名前は──。
くそ! なんで、こんな大事な事を思い出せないんだろうせめて、せめて名前さえわかれば…………。
とてつもない罪悪感に押しつぶされる。僕の視界はそれに飲み込まれるかのように再び暗くなっていく。
心做しか目の前の少女の表情もとても暗い。
まるで思い出してくれない事への寂しさを表すように。
(ごめんなさい……思い出せなくて、ごめんなさい……)
僕は彼女に向かってなんどもなんども謝る。
事故さえ無ければ……。
そんな風に考えるのはいつ以来だろうか。
ああそうだ、あの事故で家族を失ってからだ。
「…………さん」
暗闇の中で何か聞こえる。
「…………ラさん」
声がする方向には小さな光が見えていた。
「愛音、さん?」
僕は無意識のうちにその光の方へと走っていた。
そして光に手が届いたと思った瞬間、僕は暖かい光に包まれる。
「────はっ!?」
僕が目を覚ますと、そこには心配そうにこちらをのぞき込む愛音さんの顔が映る。
「ソラさん、大丈夫ですか!? 私が振り返った時に、少し倒れていたので……もし無理をしているようならっ!」
「い、いえ大丈夫です」
不安そうな表情を浮かべる愛音さん。
いかんいかん、愛音さんに余計な心配をかけてしまった……って、この頭の下にある適度に暖かく、とっても気持ち良いこの感触。これはもしかして……。
僕は今の状態を改めて確認する。この天国を思わせる寝心地を作っているのは……そう、愛音さん太もも!!
僕は倒れたらしく、その後愛音さんがよこの草むらまで運び、そこで膝枕をしてくれていたのだ!! わざわざ運んでくれたなんて……大変だっただろう。しかしこんな美味しい神シチュがあったなんて……お父さん、神様は本当にいたんだ!!
──って、いかんいかん! 僕は気持ちを切り替え、起き上がる。
「もう少し休まなくて大丈夫ですか?」
心配そうにする、愛音さんの手を取り。
「大丈夫です! 愛音さんの膝枕のおかげでこんなに元気になりました!」
少し大げさすぎたかなと思うものの、愛音さんは安心したようで安堵の溜息を零す。
しかし起きたばかりで立ち上がったのがいけなかったのか。
「──っとと」
「ソラさん!?」
「あ、ううん。大丈夫大丈夫」
「……もう少し休まれてください」
「……はい」
バランスを崩してしまったので言い訳が出来ない。
僕は大人しく再び膝枕されることに。
「……なんかいいですね」
「そうですか?」
「はい。僕の出てきたところもこんな感じの公園があったんですけど、山にかこまれていたせいかこんなに長く夕焼けが楽しめなかったので」
「ふふっ、それならこの街がもっと好きになりましたか?」
「もちろんだよ。みんな優しいし暖かい」
「ソラさんの地元もそうじゃないんですか?」
「まあ、そうだね。みんな優しくて暖かい……。でもどうしてそう思ったの?」
「それはですね、ソラさんが優しいからです」
「僕が優しい?」
「はい」
言いながら嬉しそうにえへへ。と笑う愛音さんに僕は一瞬ドキッとしてしまう。
「優しさ加減で言ったら愛音さんも負けてませんよ」
「そ、そうですか?」
「はい。だって初めて会う人……ましてや異性を自分達の家に住まわせるなんて普通じゃ絶対に有り得ませんからね」
「確かにそうですね。でも私はあなただから選んだわけで……」
「えっ?」
最後の方は声が小さくてよく聞こえなかった。
「……昔とても仲が良かった男の子がいたんです」
すると彼女は遠くを見ながらまるで大切な何かを思い出すように語り始める。
「その人は春休みを利用して両親と一緒に家族旅行でここを訪れました。時間は一週間くらいで……たまたま公園で一人遊んでいた私にその人は声をかけてくれました」
「最初は私も戸惑いましたが、その人は少し強引な人で私がどんな態度を取っても変わらずに声をかけてきてくれて……気が付けば半日も経たないうちに仲良くなっていました」
懐かしむ彼女の中に少し暗い部分が見え隠れする。
「一週間経った時、彼は故郷へと帰っていきました。別れ際に私達はお互い文通出来るように住所の交換をしたりして、次の夏にまた会うまで何通も文通をしました」
「そして夏に彼はまた約束通り来てくれました。今度は少し長い期間ここにいてくれるということで私達はほぼ毎日遊びました」
僕は彼女の話を黙って耳を傾ける。
これは彼女の思い出であって自分の思い出ではないのに、何故か懐かしく思えてしまったから。
「もちろん夏休みはいつまでも続かないので、彼は帰ります。でも今度は私に彼の口からまた冬休みに来る……そう伝えられました」
そこで空気が変わるのを感じた。
なんとなくこの変わりようから予想はつく。
「……だけど、彼は冬には訪れませんでした」
「…………」
その言葉に僕は胸をギュッと締め付けられた感覚に襲われる。
「もちろん手紙も何回も書きました。でも返ってはきませんでした。多分何か事情があったのか、それとも彼に何かあったのかはわかりません。ですがなんとなく、なんとなくですがまた会えるような気がして待っていたんです」
「……その時に僕が現れた」
「はい。最初に商店街で会ったときは何も思いませんでしたが、学校からの連絡で写真を見せてもらった時、商店街で会ったあの人だというのと、どこか彼に似た雰囲気を感じて」
「なるほど……。それで僕が選ばれたと」
彼女はゆっくりと頷く。
「でも僕は……多分その彼じゃないよ」
「そのようですね。……すみません、私の都合で」
「愛音さんが謝る必要はないです。むしろ感謝してます。例えそういった理由があったとしてもあのまま野宿することになっていた僕を助けてくれたのはほかの誰でもない愛音さんなのですから」
「やっぱりソラさんは優しいですね……」
そう、例えばだ。
「そうかな?」
「はい、こんなことを聞かされても私のことを思ってくれる……それは優しい人にしか出来ませんから」
もしも彼女の探している相手が僕だとしたら彼女はどんな顔をするだろうか。
「それを言うなら愛音だってそうですよ」
「ふふっ、それはせめてもの仕返しですか?」
今みたいに優しくて笑ってくれるだろうか。
それともあの時みたいに自分の事のように感じで辛い想いをしながらも心配させまいと無理して笑うのか。
前提からして間違っているとわかりながらもそんな事を考えてしまう。
「……さてと、そろそろ移動しますか」
言いながら僕は立ち上がる。
辺りは既に暗く、街頭も付いていた。このままここにいては風邪をひいてしまうかもしれないな。
「愛音さん、そろそろスイーツエンジェルへ戻りますか?」
「えっと……そうしたいのは山々なんですが……」
そう言いながら彼女は自分の足元へと視線を動かす。
「すみません少し痺れてしまっているようで……もう少しだけここにいてもいいですか? すぐに治ると思うので」
「それなら僕が抱っこなりおんぶなりしますよ。任せてくださいこう見えて結構力あるので!」
「あ、いえ大丈夫です! 本当に少しなので……ベンチまで運んでいただければそれで」
「そ、そうですか?」
出来るはずのない力こぶを作って見せたものの、遠慮されてしまった。
まあ確かにいくら人通りが少なくなってくるとはいえ、そんな姿を見られるのは恥ずかしいか。
とはいえまだ四月の頭ということだけあって少し肌寒い。
「あっ」
その時。ここから少し戻った所に自動販売機があったのを思い出す。
「そこの自販機で暖かい飲み物買ってこようと思うんですが、何か飲みたいものはありますか?」なんて聞いてもきっと彼女は悪いですよと言って断るだろう。
ならばここは言い方を変えて。
「すみませんさっきの場所に物を落としたみたいなので取りに行ってきますね」
「そ、それなら私も……ッ!」
「ああ、愛音さんまだしびれてるなら無理しないでください。大丈夫です結構大きい物なのですぐに見つかりますから」
「そ、そうですか?」
「はい、なので愛音さんはそこでじっとしていてくださいね」
そう言って僕は自動販売機へと向かった。
──自動販売機の前にて。
「えーっと、僕はコーヒーでいいとして、愛音さんは何がいいんだろう……」
とりあえず自分の分のコーヒーを買いポケットに入れる。
今更すぎるのだが、それとなく飲みたいものを聞いておけばよかったな。
「……カフェオレ」
何故か自然とそう口にしていた。
どうしてかはわからないが、彼女ならきっとこれを選ぶだろう……そんな気がした。
不思議に思いながらもカフェオレを押し手に取ると、それとほぼ同時に肩を叩かれる。
「ちょっと君いいかな?」
「えっ!?」
突然の事にびっくりして買った物を落としそうになる。
この声のかけ方は振り向かずともなんとなく予想はつく。
国家のためのポリスメン。だが僕は特になにかした訳でもない。
しかしここで答えないわけにもいかないのでおっかなびっくり振り向く。
「よっ!」
「さと、し?」
しかしそこにいたのは青い制服を身にまとうおまわりさんではなく、全身ウニクロで統一された服を着ている親友の聡志だった。
「お前のデート見ていたぞ、あれが彼女か?」
「……いや、違うよ」
そういえばそんな言い訳を使ったなと思いながら答える。
「ま、お前が彼女なんて最初から信じてなかったけどな」
「酷いなそれ」
「そりゃそうだろ。俺達何年の付き合いだと思ってるんだ、それくらいの嘘なら見抜ける」
「……そうだな」
確かにこいつとは保育園からの付き合いだと聞く……。しかし僕は事故で記憶を無くしてしまっているためそこまでの感覚はないので一番の親友であるのは間違いないのだが、それでも少し戸惑ってしまう。
「それであの子が例の子なのか?」
「……わからない」
「……そうか。見つかるといいな」
「ああ」
聡志も僕の事故の事やそれ以前からこの街で出会い仲良くしていた子がいるのは知っている。
だが、あのときは恥ずかしくて名前を教えていなかったのが今は裏目に出た。
あのとき教えていれば今頃は苦労しなくても済んだのに……って今更だよな。
「しかし文通していたなら残っている……と言いたいけど、そういえば昔の家は学生寮と同じで」
「……ああ。全て燃えたよ。ほとんどの手紙と一緒に」
そのせいで今残ってるのは自分の荷物の中にある一枚の手紙だけ。
もちろんそれにも名前や住所は書かれていない。
「お前本当に……」
「運が無いのはわかってるよ」
笑いながらそう答える。
本当はこんなこと笑えるわけないのに。
でもこうして笑えてるのは一番辛い時に支えてくれたこいつらと、記憶を失った後に届いた彼女からの手紙だ。
「で、話は変わるけど朝の話ってあの子に関係する話なのか?」
「まあ半分正解かな。今住まわせて貰っているところ、そこがお店なんだけど──」
僕は聡志にスイーツエンジェルに住まわせてもらっていること。
そしてそのスイーツエンジェルは今崖っぷちにいることをかいつまんで話す。
もちろん住み込み先が女の子しかいない事は伏せて。
「なるほどな……。確かにそれなんとかしたい気持ちになる」
「うん。だからどうにかしたいんだけど……」
「例えどんな結果になろうともそう思うのか?」
「……どんな結果なんて考えないさ。考えるのは常に……」
「成功した時の事、だろ? だけどなそんな風に考えられるのはお前だけだよ天才」
「そうかな?」
「そうだよ。普通の人は失敗に怯えながら生きてるんだ。常に成功した時のことなんて考えられない」
「……わかっているつもりさ」
「ならいいんだけどな。お前頭の回転は早いのに人の心はわからないから」
「あはは……」
思わず愛想笑い。
「で、どうせお前のことだからもう何かあるんだろ?」
「さすが親友わかってるね」
言いながら僕は奈美さんから受け取ったSDカードを手に取る。
それを見た聡志は何かを察したように怪しげに笑うと。
「もう準備は出来ているってわけか」
「ああ」
「言っておくが俺もプロじゃないから限界はある。もしかしたらお前の理想に届かないかもしれない」
「大丈夫だ、お前だってその道じゃ天才、だろ?」
「言ってくれるね……そう簡単じゃないのに。ま、何とかしてみせるさ。一日……いや明日の朝までには仕上げるから」
「あんまり無理するなよ、そもそもこれはこっちが一方的に頼んでることだし」
「いいってことよ。どうせ宿題も終わってやることも無かったからな。ま、これは貸しってことで」
「……わかったよ」
「ふっ、交渉成立ってことで」
「恩に着るよ」
言いながら聡志は僕の手からSDカードを取ると、そのまま家へと帰っていった。
「……さて、僕も早めに戻るとしますか」
僕は親友とは真逆の愛音さんが待っている方へと歩き出した。
「お待たせしました」
「遅かったですが……見つかりましたか?」
「えっ?」
「探し物ですよ、そう言っていたじゃないですか」
「あ、ああ! うん、あったよ!」
そういえばそんな事言って買いに行ったの忘れてた。
っと、それはそうと。
「はい、これ良かったらどうぞ」
「えっ? あ、暖かい……」
僕はカフェオレを手渡すと彼女は嬉しそうに手に取る。
「すみません……あの、お代は」
「あ、いいのいいの。これ自販機のオマケで当たったやつだから」
「そうですか?」
「うん、だから気にする事はないよ」
「…………」
彼女は受け取ったカフェオレを見つめる。
この子妙に鋭いところがあるからなぁ……。
「……ふふっ、そうですか」
そう思ったのだが、そうでもなかったみたいで彼女は優しく微笑む。
「では当たったのであれば遠慮なくいただきますね」
そう言うとカフェオレに口をつける。
「……美味しいです。暖かくて優しい味」
「そうですかね?」
「はい。……でもソラさんよく私がカフェオレが好きって知ってましたね」
「え、あぁ、たまたま……かな。うん、たまたま」
なんとなくそんな気がしただけなのだが、まさか本当に好きだったとは。
僕の勘はなかなかに冴えているらしい。
「はぁ、心まで暖まります」
「もう足の方は大丈夫ですか?」
「はい。今すぐにでも歩けますよ──ッ!?」
そう言って立ち上がるが、まだ完璧じゃないらしく少しふらついてしまう。
「抱っことかはダメでも、これくらいならいいですか?」
そう言って僕は手を差し伸べる。
すると彼女は頬を赤らめながら。
「……はい」
静かに僕の手を取った。
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