第7話 二人の距離


 ──ピピピピピピピピ。

 目覚まし時計のアラームが部屋全体に鳴り響く。カーテンの隙間からは眩しい日差しが射し込んでいた。


 「ん……もう、朝か。ふわぁー」


 大きなあくびをしながら、目覚ましを止める。

 さっきまで寝ていた……寝たはずなのに体は妙に疲れているのは何故だろう……。それに対し、気持ちの方は随分と軽くなった。

 この状況を変えられる最初の一手。恐らくこれの影響が大きいのだろう。

 しかしこの一手は最初で最後の手、一度失敗したらもう次はないという最終手段にも近い一手だから不安が無い……と言えば嘘になる。


 「とりあえず愛優さんにそっちは任せたし、僕は僕で出来ることを……」


 僕はスマホを開き、ある人物へとメッセージを送ると昨日愛優さんが貰ってきてくれた服に着替えリビングへ向かった。




 リビングの扉を開けるとそこには三人の美少女。

 どうやらみんな起きているみたいで僕が一番最後のようだ。


 「あ、ソラさん。……お、おはよう、ございます……」

 「ソラくんおはよー」

 「ソラ、おはよう……」 

 「みなさんおはようございます」

 

 リビングに入ると元気な挨拶が飛んできた。

 二名を除いて。

 まあ事故とはいえ僕は二人の裸を見てしまった。あの後必死に謝り倒して赦してもらったものの、流石に恥ずかしさというものは消えないらしい。


 「どうしたのみんな?」

 「う、ううん! なんでもない、ねっ?」

 「は、はい」

 「そうですね!」


 いくら家族みたいなものと言えど裸を見られたのは伏せたいらしく少し焦ったように促す。

 ……そう言えば凛菜さんにも昨日のことを伝えようと思っていたけれど、既に伝わっているみたいでもう昨日のような少しどんよりとした空気はもうない。


 「あ、そうだ。ソラくん愛優姉たちから聞いたよ。ありがとう」

 「いえ、僕が出したのはちょこっと詳しければ思いつくようなことですし。まだ成功したとは限らないので……」

 「ううん、それでもだよ。だってボク達じゃあんな方法思いつきもしなかったからね」


 凛菜さんの言葉に同意するようにうんうんと頷く二人。

 ここまで素直に感謝されているのを否定するのは何か違う気がするから今は僕も素直に受け止めよう。


 「それで愛優さん、昨日の件はどうなってますか?」

 「奈美さんには明日……だから今日伺いますって言ってあるけど……」

 「なら僕が行きますよ。元々これは僕の発案でもあるのでそっちの方が色々と話し合いもできるので」

 「はあ……。ねえソラ、ひとつ聞いておくけど奈美さんのお店どこかわかる?」

 「え、そ、それは……」

 「知らない、でしょ?」


 図星だ。あまりみんなには負担をかけまいとカッコつけたものの、やはり上手くいかないものだ。


 「私が案内する──って言いたいけど私は今日学校に来て欲しいって電話が来たから……」

 「そうなんですか?」

 「うん、生徒会の関係でね。だから愛音達と一緒に行って欲しいんだけど……」


 そう言って愛優さんは二人の方を見る。


 「ボクは大丈夫だよ!」

 「はい、私も大丈夫です。それに脱衣所の電球が今朝切れてしまったのでそれもついでに」

 「ありがとう二人共♪ ──あ、もうこんな時間、私行くからあとはよろしくねっ!」


  言いながらそそくさと出て行ってしまう。


 「あ、そういえば愛音さん。これお店の方はどうなるんですか? 愛優さんが学校となるとケーキを作れる人がいないと思うのですが」

 「それはですね、愛優さんが学校の時はソラさんが言った通り、ケーキを作れる人がスイーツエンジェルには居ないので営業しないようにしています。こういったのは本当は良くないとはわかっているのですが」

 「でも作れないのに開けて万が一ホールとかの注文が来たら大変ですもんね」

 「え、ええ……」


 そうは言うものの今のスイーツエンジェルにそんな注文が来るわけもない。

 ……だけどそれはあくまでも今は、だ。


 「さてそろそろ僕達も行きますか?」

 「そうですね。朝からお風呂場の電球の調子も悪いみたいで買い換えないといけないですし」

 「てことは古倉のおじいちゃんのとこに行くの?」

 「はい、そうなりますね。えっと……」


 そこで僕を見つめる。

 今日出かける一番の理由は奈美さんのところに行くなのだが、早いに越したことは無いが結局早くソレを受け取っても僕達では何も出来ないからどちらにせよ待つ必要がある。


 「僕は大丈夫ですよ。どちらにしてもまだ準備は整っていないので」

 「それなら他のお買い物もいいですか? 調味料も買いたいと思っていたので」

 「わかりました。荷物持ちは任せてください!」

 「うーん、それならボクは待っていようかな」

 「それはどうして?」

 「ボクが居ない方がカノちゃん的には嬉しいかなーって」


 凛菜さんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 凛菜さんが居ない方がいい? どういう事だろう。人数は多いに越したことはないのに。まぁ本人が行きたくないと言うのなら、いいけど。


 「もう、凛菜さんたら……あんまりそういう事言ってるとお昼抜きにしますよ」

 「ごめんごめん、冗談だから! お昼抜きだけは!」


 反省したと手を合わせ頭を下げる凛菜さん。

 それ見て愛音さんは「はぁ」とため息をつくと。


 「今回だけですよ……。あの、ソラさん少しだけお時間いいですか?」

 「それは構わないけど」

 「流石にこの格好で外に出るわけにはいかないので」


 そう言いながら彼女は自分の服装を見る。

 今着ているのはライトグリーンのワンピース。

 別にこのまま出かけてもおかしくはないと思うし、調味料のこともあるから既に着替えていたと思ったんだけど。


 「その服装は外に出掛けるようではないので?」

 「は、はい。これは……その、寝巻きですね」

 「えっ!? こんなに可愛いのに!?」

 「そ、ソラさんっ!」


 からかわれたと思ったのか凛菜さんの時以上に顔を赤くさせる。


 「可愛いって言ってくださったのは嬉しいですけど、その……不意打ちはダメです」

 「ご、ごめんなさい?」


 後ろでくすくすと凛菜さんの笑う声が聞こえてくる。


 「もう。少し準備するのでここで待っていてくださいね」


 そう言うと、愛音さんは部屋へと向かっていった。

 ちょうど同じタイミングでスマホが振動する。

 朝に送ったばかりだというのにこんなに早く返事が来るのは珍しいな。

 きっとアイツの事だからお昼過ぎまで何もこないと思っていたのに。

 そんなことを思いながらスマホに表示されている見覚えのある名前を確認すると通話ボタンを押す。


 「もしもし? 夜空?」

 「もしもし、潮乃です。どちら様でしょうか?」


 もちろん名前が表示されているのでわからないはずがない、しかしこれは僕とコイツの間では鉄板のネタなのだ。


 「どちら様って……俺だよ俺!」

 「オレオレ詐欺は間に合っているので大丈夫です」

 「相変わらず冷たいねぇ、って! オレオレ詐欺が間に合っていたらダメだろぅ!! それと、その反応って事はわかっててやってるんだろ?」

 「あはは、悪い悪い。それで聡志さとしがこんなに早く返事を返すなんて珍しいな」


 電話の相手は宮野聡志みやのさとし、僕と同じ今年から塩崎高校に通う生徒で、古くからの親友だ。

 頭は良いが、変態であり変人でもある。そのせいで昔は……いや、今は思い出すのはやめておこう、泣きたくなるから。


 「いやさ、あの火事の後お前だけ連絡取れなかったから心配だったのに、朝いきなりあんなメール寄越して」

 「あぁごめんごめん、あの後色々あってスマホいじる暇も無かったんだよ。それでやっとスマホいじれる時が来たから親友である聡志にメールしたってわけ」

 「夜空……。って騙されんぞ! なんだあのメール! 『ブログ立ち上げることは出来るか? 出来るならお願いしたい』。こちとら心配してたのにそれだけかよぉ!?」

 「あーー」


 あの時は寝起きだったしなぁ。


 「まあ要件はわかった。でもブログとか立ちあげるのはいいけどお前そんなものに興味なかったよな? 一体どんな風の吹き回しだ」

 「色々あってね」


 愛音さんに連れられてスイーツエンジェルに住むことになったり、そこで働く事になったりしたけれど、それをコイツにいうとめんどくさい事になるのはわかりきっているのでここは伏せる。

 少しの間とはいえ女子中学生と同居することになったなんてこのロリコンにバレたらとんでもないスピードで拡散しそうだしな。


 「ま、いいけどさ。とにかくこっちは下地は組み立てておくから後で必要なものを一覧にして送るから」

 「ありがとう、恩に着るよ」

 「なに親友の頼みだどうってことないよ。……それよりもお前住むところは大丈夫なのか?」

 「あー」


 そんなことを思っていた矢先、聡志がそんなことを聞いてくるので少し驚いてしまう。

 でもよくよく考えれば当たり前の質問だよな。


 「ん? どうしたんだ夜空?」

 「……いや、なんでもない。そっちは学校の方が用意してくれたよ」


 愛音さんに連れてこられたとはいえ、一応学校も絡んでいるので嘘ではない。


 「そうか、それは良かった。俺はこの町に祖父母がいるからそこにアイツと一緒に住んでるんだけど、誘おうとしたらお前が居なくなっていたし」


 僕の心配をしてくれていたのか……変態で変人だけど、聡志はこういう所もあるんだよな……。僕少し涙が出てきたよ。


 「ごめんごめん、あの時少し違う所にいて」

 「そういうとこ相変わらずだな~。それで本題なんだけど……今からロリっ娘が集まりそうな所を探しに行かないか? 噂ではこの時間公園に行けば沢山いるらしいが……」


 前言撤回。

 というかロリが集まりそうな場所を探そうってどんなお誘いだよ、てかさっきの僕の涙返せよ。泣いてないけど。


 「というか、さっきのが本題じゃなかったのかよ……」

 「心配していたのは本当だぞ。で、これから探しに行けるか?」

 「……は?」


 こいつ本気だったの? てか何言ってんの? バカなの?


 「まぁ本当の事を言うとさ、久しぶりにお前と話したくてさ……どうよ?」

 

 なら最初からそう言えよ……僕は心の中で全力のツッコミをする。


 「どうよって……僕はこれから──」

 「これから?」


 出掛けると言おうとしたが、まぁ聡志の事だ、そんなもん放っておいてこっちに来いとかうるさいだろうなぁ……。

 しかもその相手が女子中学生と知られたらむしろ聡志がこちらに来る可能性だってありえる。

 

 「これから……デート、そう、デートだから行けないんだ、ほんと色々ごめんな?」

 「ぬわぁんだってぇぇぇぇ!!!??」


 スピーカー越しに聡志の叫び声が聞こえた。ここまで言えば大丈夫だろうし切るかうるさいし。


 「ま、そゆことだからばいちゃ」

 「ちょ待っ!」


 ピッ──。僕は通話終了ボタンを押した。むりやり通話を切った。


 「あの、楽しそうに話していられたみたいでしたが」


 準備が終わったのか、愛音さんが部屋から出てきた。


 「いえ、ちょっと友人から安否確認されただけですよ」

 「安否確認?」

 「火事のことです。そんなことよりデー……こほん、買い物に行きましょうか」


 丁度出てきた愛音さんに対して思いっきしデートと言いそうになったが、何とか誤魔化せたよな?


 「はい。早めに行きましょう♪」


 うん、大丈夫そうだ。僕なんかとデートなんて愛音さんに失礼だもんね。

 ……おかしいな、自分で言ってて悲しくなってきたぞ。

 

 「ソラさん? そんな所で立ち止まってどうしたんですか?」

 「い、いえ! なんでもないです」


 心の中で涙を拭い愛音さんの後を追った。




 ──スイーツエンジェルを出てすぐの通り、そこは通称『桜通り』と呼ばれているらしい。

 この通りには桜の木がたくさん植えられているため、この桜が咲いている時期はここを通る人が沢山いるらしい。


 「そういえば買い物って、ショッピングモールとかに行くんですか?」

 「いえ、ショッピングモールは確かに色々揃ってますがもし多く買いすぎてしまった時に、移動が大変なので今日は商店街でお買い物です」


 言われてみれば確かにそうか、ショッピングモールの説明は少し省略するとしてあそこは『あなたのお探しの物がきっと見つかる』と言う宣伝をしているくらいだから、そこに行くのかなと思ったのだが、荷物が多くなってしまった場合移動が大変だもんね。

 ──それにしても本当に通行人が多いな……これはアレに使えるかもしれない。僕はそんな事を考えながら愛音さんと商店街へと移動した。




 ──今思えばここで愛音さんに会ったのが全ての始まりだったな……。僕はしおさき東商店街の看板を見て、ふとそんな事を思う。

 だけど本当に彼女と会ったのはここが初めてなのか……そんな疑問すら抱いてしまう。

 もしかしたら昔……いや、考えるのはよそう。彼女が昔文通をしていた人だとは限らない。

 そもそも僕には昔の記憶はない。名前しか知らない人と知らない記憶の話を出来るだろうか。

 ……無理だな。


 「着きました、東商店街唯一の電気屋さんの古倉電気です。……ソラさん?」

 「ん、あぁ着いたんですか」


 気が付けば彼女は立ち止まってこちらを見ていた。


 「何か考えごとをしていたみたいですが……気になる事でもありましたか?」

 「あ、いえ……」


 思わず言葉を濁す。

 これは僕の問題であって彼女の問題ではない。それにもし彼女達が記憶喪失このことを知ったらまるで自分のように考え込んでしまうだろう。

 そうなってくるとスイーツエンジェルの方に影響が出ないとも限らない。

 ただでさえ崖っぷちの今、更に追い討ちをかけるような事だけは避けたい。

 話題転換のためにもさっさとお店に入ってしまおう。


 「さ、早く入りましょう」

 「あ! ソラさん待ってくださいよ」


 僕達は少し急ぎ足でお店の中へと入っていった。


 「いらっしゃい! おや、愛音ちゃんじゃねぇか久しぶりだな!」

 「古倉さんお久しぶりです」


 中に入ると元気のいい初老のおじいさんが出てきた。どうやらこの人が古倉さんらしい。

 古倉さんは彼女の隣にいる僕を見ると、


 「おや、そっちは見ねえ顔だな」

 「初めまして、潮乃 夜空といいます」

 「おう! よろしくな!」


 スッと手を出される。

 初めて会う人と握手なんてするのは初めてだが、これはこの人なりのコミュニケーションなのだろう。

 僕も手を出し握手を交わす。


 「こちらこそよろしくお願いします」


 そう言うとうんうんと頷く古倉さん。


 「で、おふたりさん、今日は何をお探しなんだい?」

 「お風呂場の電球が切れてしまったので、それをお願いします」


 と、それだけ言う。


 「あの愛音さん流石にそれだけだと難しいのでは」


 普通のお店なら、それだけの情報では足りなくお目当ての電球が出てくるわけがない。が、


 「いつものだな、ちょっとばかし待っててくれや」

 「ありがとうございます」

 

 通じた。常連って凄いね。


 「……ん?」


 と、その時僕はあることに気が付いた。

 ここのお店、個人でやっているからか決して大きな店ではないのだが、商品がめちゃくちゃ安いのだ。


 「ふ、古倉さん」

 「ん? どうしたんだ?」

 「これ、本当にこの値段なんですか?」

 「あったりめーよ! 書いてある値段より安くすることはあっても高くするなんてことはやっちゃいけないからな!」


 思わず聞いてしまった質問に笑いながら答える。

 なるほど、確かにここならショッピングモールに行くより全然いい。せっかくめちゃくちゃ安い電気屋さんに来たのだから、色々と見ておきたいな。


 「愛音さん、丁度いいので少し見ていきませんか?」

 「何か気になるものでも?」

 「いえ、ただここのお店に何があるかとか把握しておくだけで後々役に立つかもなので……と言うのは建前で、単に僕が少し見たいだけです」

 「ふふっ、そうですね、わかりました。では折角なので少し見ていきましょう」


 そう言って店内探索に出る。真っ先に目に付いたのがデジカメ。これも値段が安く、普通に買うよりも何割も安い。


 「ここはかなりお手頃価格でいいですね。普通ならもっと高いですよ」

 「そうなんですか? 小さい頃から電気屋さんといったらここしか行ったことないので、これが普通だと思っていました」


 慣れって恐ろしいね。と、そこで店主イチオシっぽいデジカメを見つけた。


 「何か書いてあるな……なになに」


 『気になるあの子の盗撮用に! 防水機能はもちろん、ピントがすぐに合うから一瞬の隙も逃さない! さぁあなたもレッツ盗撮☆』


 「……って何書いてんだ!! しかもレッツ盗撮☆って!!」

 「ソラさんどうかされました?」


 つい大きな声でツッコンでしまったため、愛音さんが駆けつけてきた。(とは言ってもそこまで大きい店じゃないから小走り程度だけど)


 う~ん。こういったのは、愛音さんに見せない方が良さそうかな、この娘ピュアだもん。


 「い、いえ。何でもないです気にしないでください」

 「そうですか、私はもう少し別のところを見てくるので」

 「は、はいっ! 僕はここら辺でウロチョロしてます」

 

 こうして再び別々の所を見て回る。すると、部屋の一角に他とは明らかに違うオーラを放っているコーナーが。僕は気になってしまい、何が置いてあるか確認しに行った。


 「……ピンク、ですね」


 最初に出てきた感想はそれだった。そのコーナーはいわゆる大人のおもちゃが置いてあった、とだけ。


 ここの電気屋さん本当に大丈夫なのか……まぁここまで来る人はあんまりいないと思うが。あまりよろしくない物まで置いてあるのはどうかと。


 「ソラさーん、そろそろ行きますよ」


 その時、入口から愛音さんの呼ぶ声が。僕はそのコーナーを後に彼女の元へと向かった。


 「いつもありがとうございます」

 「いいってことよ! また何か困った事があったら来なよ!」

 「はい。それでは、ソラさん行きましょうか」

 

 僕が去ろうとした時──。


 「あ、兄ちゃん」

 「はい?」


 突然古倉さんに呼び止められた。


 「兄ちゃんには、これからよろしくって事で、俺からはこれをプレゼントだ」

 「あ、ありがとうございます?」


 僕は古倉さんから手渡されたものを見る。


 「古倉さん? これは一体……」

 

 渡された物……それはピンク色の小さい袋に入っている、薄くて丸いゴムだった。

 僕は困惑した様子で古倉さんを見ると、古倉さんは親指を立てて『上手くやれよ』とでも言いたげにウィンクしながら僕を見ていた。


 「……これをどうしろと?」

 「ソラさん?」

 「あ、すみません。今行きます」


 今から返すのもあれだし、万が一ブツを愛音さんに見られたら非常にまずいため、僕はブツをポケットにそっとしまった。


 「あのじいさん最後の最後でとんでもない爆弾よこしやがったよこんちくしょう!!!!」と、僕は心の中で叫んだ。その叫びは誰の耳にも届くことは無い。



 「ここまで来たので先に奈美さんのところに行きますか?」


 古倉電気をあとにした僕達は、とりあえず商店街を歩く。


 「あの……ソラさん」

 「ん?」


 暫く歩いていると、突然袖を引っ張られる。


 「どうかしました?」

 「その、こちらが奈美さんのお店になるんですが、先に行きますか?」

 「え、ここが?」


 僕は目を丸くした。

 いやまあ服屋というのはわかっていたが、それでも驚いてしまう。

 何せ商店街にはあまり似合わない立派なショーウィンドウにメイド服からチャイナ服、何故かまだ早いスク水の展示がされていた。

 しかしどれもこれも素人の僕でさえ丁寧に作られているのがわかるほどの完成品だった。


 「いらっしゃいませ~」


 中に入ると、奥から二十代後半くらいだろうか、若い女性が出てきた。


 「おやおや、愛音ちゃんじゃない久しぶりだね。まーた凛菜ちゃんが制服を破いたとか?」

 「奈美さんお久しぶりです。今日はそういったのではなく、こちらのソラさんの服を買いに来たのと昨日愛優さんが頼んでいたものの確認に」

 「おや愛音ちゃんはいいのかい? そちらのお兄さんももっと可愛い姿が見たいよね?」

 「は、はい」

 「ソラさんまで……」


 突然こちらに振られたせいでとっさに頷いてしまった。

 すると彼女がこちらを向いたのでまた怒られるのかなと思っていたが、


 「……そんなに見たいんですか?」


 と、上目遣いでいじらしく言う。

 この仕草だけでもう満点なのにこれ以上可愛くなると言われたらそれは是非とも見てみたいものだ。


 「もちろん。元が可愛いからちょっと楽しみかな」

 「もぅ……。では奈美さんすみませんが私の分もお願いします」

 「ふふっ、あいよ」

 「……ん?」


 今ほんの一瞬だが計画通りと言いたげな表情を浮かべたような気がするけど……。

 いやいや、こんないい人がそんな顔するわけないよな。


 「っと、そう言えば自己紹介をしてなかったね。初めましてアタシの名前は高梨奈美たかなしなみって言うんだ、以後お見知りおきを」

 「こ、こちらこそ、高梨さん初めまして、潮乃 夜空です」

 「はい、よろしくね。あぁあと、お姉さんは名前で呼ばれるのが好きだから気軽に『奈美お姉さん』と呼んでもいいんだよ?」


 そんな無茶ぶりに対し、僕は「あは……」と、愛想笑い。

 別に見た目的にもお姉さんで十分通る気がするけど、このお願いにのったらなんか負けた気がする。


 「あ、そうそう。あの件については今データを移してるからちょっと待ってておくれ。それまでは……好きに服を選ぶといいさね、気にいったのがあれば試着でもしてて」

 「わかりました」

 「ちなみに、お姉さんは注文があれば服だけじゃなくて下着の方も作っているよ。愛音ちゃん、少し大きくなってきたみたいだから新しい下着作っておくから、また取りに来なね」

 「は、はい……わかりました。ですが奈美さん、出来たらそういった話は……」


 言いながらこちらをチラチラ見る。

 まあそうだよね、いくら下着とはいえサイズうんぬんの話になってくると勝手が違ってくる。


 「はっはっはっ、こりゃ失礼」


 愉快そうに奈美さんは笑う。一方愛音さんは……やはり、少し恥ずかしかったのか顔は少し赤い。それにしても──。


 「おや、その顔はなんでそれがわかるのか? と言う顔をしているね」

 「あ、い、いや……」

 「実はお姉さん、人を見ただけで、その人の身長はもちろん、スリーサイズとかもわかっちまうんだよ」


 見ただけでそこまでわかる? 確かにそんな力があれば服屋にはもってこいなのだが……にわかには信じ難いな。


 「信じられないって顔をしているね」


 図星を突かれ、ドキッとする。いやだって誰でもそう思うでしょ? 見るだけでその人の色々がわかるなんて、なんともうらやま……こほん。けしからん特技なんだと。


 「よしっ、それならそれが本当だって、証明するしかないようだね」

 「証明?」

 「そう証明……今から愛音ちゃんのスリーサイズ言ってみせようじゃないの。愛音ちゃんのスリーサイズは上からろくじゅう──」

 「わー! わー! わー!」


 そこで、愛音さんが割って入る。


 「っ!!! ダメですダメですっ! ソラさんがいるのに……奈美さん、それだけは言ったらダメですっ!」

 「必死だね~。いくら彼でもそこまでは教えられないって事かい?」

 「ん、彼?」


 今思ったが、この人も何か勘違いをしてやいないか? と言うかこの流れ、どこかで……。

 

 「やだねぇ、君だよ君。あんた愛音ちゃんの彼氏なんだろ?」

 「えっ!?」


 やっぱり勘違いしてたーーー!!!


 「あの、僕と愛音さんはそんな関係では……」 

 「いいっていいって、そりゃ最初は恥ずかしいだろうけどそのうち慣れてくるからさっ」

 「奈美さん、本当に誤解です。それに私が相手なんてソラさんに失礼です」


 「失礼だなんて、それはこちらのセリフですよ……」と、小声は僕は呟く。


 「そうなのかい? こりゃ早とちりしちゃったみたいだね、失敬失敬。それじゃアタシはアレとちょっと着てもらいたい服の準備をしてるから何かあったら呼んでくれよ。あ、あと試着する時もね、特に愛音ちゃんは」

 「は、はは……」


 奈美さんはいたずらっぽい笑みを浮かべ奥へと消えたかと思うと、暫くすると沢山の服を持って戻ってきた。


 「ほいよ、こっちが夜空君。それでこっちが愛音ちゃんね」


 そう言って僕と愛音さんは服を渡される。


 「……奈美さんこれは」

 「ごめんね~お姉さん、久しぶりの愛音ちゃんの着せ替えでテンション上がっちゃって」


 これまた愉快に笑う奈美さんに対し「もう……」と、少し呆れ顔を見せる愛音さん。


 「仕方ないですね。ソラさん、早速試着してみましょうか」

 「そうそう、試着室二つしかないんだけど、今片方使っているはずだからそこだけ気を付けてね」

 「わかりました。私は着替えるのが多いので先にソラさんから入ってください。それと奈美さんに頼みたい物もあるので」

 「では、お先に失礼しますね」


 僕は渡された服を持って試着室へ。

 奈美さんはアレの準備のために再び店の奥へと入って行った。




 試着室はカーテン式になっており、鍵とかがない形になっていた。

 恐らく使用中にはこの札をかけることになっているのであろう、片方には使用しているという目印の札がかかっていた。


 「こっちには使用中の札がかかっているからもう一つの方に入ればいいんだな──って!」


 僕はそのまま試着室へ行こうとしたが……この時悲劇が起こった。足元を注意していなかった(と言うか服を持っていて見えなかった)ので、足元に何故か置いてあった布を踏んでしまい、足を滑らせてしまった。そしてそのままバランスを崩しあろう事か飛び込むような形で札のかかっている試着室の中へ……。


 「うぅ……」


 なんとか転ぶ前に、壁に手をついたため、怪我とかは無かった。が、


 「あ、あの……」


 目の前には、背丈は愛優さんと同じくらいの綺麗な金髪の女の子がいた。

 年齢は恐らく中学三年生くらいで肌も白くとても綺麗だ。

 もちろん彼女は言うまでもなく着替え中だ。

 今まさに服を着ようとしていたところで、着けているのは下着のみ。


 「ご、ごめんなさい! そこでバランスを崩してしまって……でも、決して悪気があったわけじゃないんですっ!」


 身振り手振りして状況を説明する。

 しかし彼女はまだ理解が追いついていないらしく、きょとんとしている。


 「えーっとだから、その、出来ればこの事は単なる事故という事で水に流していただければなぁと」


 彼女はジト目を向ける。


 「……とりあえず、服だけ着たいので外に出てもらっていいですか?」

 「は、はいっ! 今出るので!」


 その視線に耐えられないので、ここから出ようとカーテンに手を伸ばしたその時だった、


 「ソラさん、もう終わりましたか?」


 外から愛音さんの声が聞こえた。

 これは非常に不味い。いくら事故とはいえ着替え中の女の子がいる方へ入ってしまったなんてバレたら間違いなく冷たい視線を送られてしまう。

 とは言ったものの、このまま僕が入っているのも問題なわけで……。

 ああもう、と僕がどうするか迷っていると。


 「もしかして、今外にいるのって貴方の彼女?」


 彼女は小声で耳打ちをしてきた。僕も小声で返す。


 「い、いえ。彼女ではないんですが、買い物に付き合っていると言うか付き合ってもらってるというか……」

 「つまり、私とここにいるってバレたら不味いと?」

 「……かなり」


 僕の答えを聞き、「ふむふむ」と言いながら顎に手を当てる。


 「じゃあさ、私はもう出たって事にして、彼女にはもう片方の試着室に入ってもらう。そしてその間に私がここから出るとか?」

 「それが一番現実的ですけど……」

 「私はもう買うもの決まったから別にいいよ」

 「ありがとうございます……」

 「じゃあ後は上手くお願いね」


 僕は頷くと外にいる愛莉向かって呼びかける。


 「あの、愛音さん。隣も空いてるみたいなので試着しててください。僕はもう少し時間かかりそうですし、一緒に出てお互い見せ合うのも面白いかなー、なんて」


 我ながらいい感じの口実だと思う。

 しかし現実は甘くない。


 「いえ、先にソラさんのから決めたいです。それに、私のはソラさんにじっくりと見て決めてもらいたいので。ダメ……でしょうか?」

 「ダメなんてことはないですよ!」


 はっ! と気付いた時には既に遅し、隣にいる金髪少女が今にも何やってるのと怒鳴りそうになっているのをなんとか堪えてるのがわかる。

 でもその言い方はズルいよ……そんな事言われたら大体の男なんて断れるはずがないじゃないか!

 僕は手を合わせ「ごめんなさい!」のポーズを取る。

 彼女ははぁと小さくため息をつくと小声で耳打ちをする。


 「で、どうするのよこれ」

 「どうするって言われても……どうしましょうか」

 「どうしましょうかってあなたが変に了承したからでしょ!」

 「おっしゃる通りでございます……」

 「あの、ソラさん今誰か声がしたような?」

 「──ッ!?」


 お互いにしまったと口を塞ぐ。

 って、僕まで塞いでいたらダメじゃないか。


 「いえなんでもないですよ! それより愛音さん少し待っていてくださいっ! まだ出来ていないので!」

 「は、はい?」


 ともあれともあれ、これで少しは時間を稼げるぞ。問題はここからどうするか……。


 「カーテンを半分だけ空けて、かかっている方に私が隠れてやり過ごすってのは?」

 「出来そうですが、かなりハイリスクですね……」

 「確かにそうだけど、今はそんなハイリスクとか言ってる場合じゃないと思う。第一これは貴方の為なんだからね」

 「うっ、おっしゃる通りです。でも後ろにある鏡で反射してしまうのでは?」

 「あっ……」


 試着室のカーテンを半分しか開けないとしても鏡から中が見えるのには十分なのだ。


 「どうするのこれ」

 「え、えーっと……どうしましょうか?」

 「どうしようって……あっ」

 「何かいい案が思い浮かんだのですか?」


 希望が見えてつい後ろを振り返ってしまう。

 が、彼女は既に着替えを終えていつでも出られるようになっていた。


 「奈美さんに言えば帽子のレンタルもしてくれるから、それを貰ってきてもらうように頼む」

 「なるほど……やってみます」


 僕は再びカーテンの方へ向く。


 「愛音さん、服に似合う帽子も見てみたいので、借りてきてくれませんか?」

 「いいですが……帽子をレンタル出来るなんてよく知ってましたね。驚きです」


 しまった、そういえば僕はここに始めてきたのだから、そんなこと知っていたら不自然じゃないか。ここは適当に言って誤魔化すしかないか。


 「さ、先ほど出ていった方が、店舗備品の付いた帽子を被っていたので、もしかしたらと思って」

 「なるほどです。では、取りに行ってくるので少しお待ちください」

 「わかりました」


 愛音さんが奈美さんの所へと行ったのをカーテンの隙間から確認すると、僕達は一旦外へ出た。


 「はぁ、どうなるかと思いました……」


 安堵のため息が出る。


 「それはこっちのセリフ……でも、まぁ少し楽しかったけど」

 「あはは……僕はドッキドキでしたけど……」


 愛莉にバレないかという不安と美少女と狭い試着室でふたりきりという両方の意味でだけど。


 「それじゃあ私はここで……」

 「はい、本当にすみませんでした」

 「まあ事故だったわけだしあまり気にしないで。あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私はたちばな久怜羽くれはと言います」

 「僕は潮乃しおの夜空よぞらと言います」

 「ふふ、ご丁寧にどうも♪ っと、そろそろ帰ってきそうだね。それじゃあ私はこの辺で失礼するね。バイバイ、貴方とはまた会える気がする」


 久怜羽さんは手を振ると、商品をもとの場所に戻し店の外へとかけて行った。


 「……結局決まってなかったのか」


 彼女の背中を見てなんだか悪い気もした。


 「あ、愛音さんが戻ってくる前に、着替えないと……」


 僕は試着室の中へと入り、試着を済ませる。服は何着かあったが、とりあえずパッと見で一番気に入った黒っぽい服に着替えた。


 試着室から出ると、そこには愛音さんが色々な帽子を用意していた。愛音さんは試着室から出てきた僕を見ると目を輝かせる。


 「……カッコイイです」

 「そうですかね?」

 「はい、とてもお似合いですよ♪」


 気付くと僕の顔は少し赤くなっていた。僕は照れ隠しにそそくさと元着ていた服に着替え直す。


 「僕のは決まったので、次は愛音さんのを選ぶ番です」

 「そうですね、では試着してきます」


 愛音さんはそう言って、隣の試着室へと入っていった。



 ──数分後。試着室のカーテンが開いた。


 「どう、でしょうか?」


 そう言って白色のワンピースを身にまとった愛音さん。

 それを見た僕は。


 「……天使だ」


 思わずそんな感想が口から出ていた。

 キャミソールのようなワンピースの上に同じ色の花模様のついた薄い生地が羽織る形で着合わせされている。

 ワンピースは子供っぽいという印象がありがちだがとんでもない。

 このワンピースは確かに少し幼さが残るものの、それでも普段こういったのを着ない人が着たらギャップに加え実感の幼さとそれでいて大人の魅力がいい感じに混ざりまさにベストマッチといったところだろう。

 そんなものをただでさえ可愛い彼女が着たものだからこれくらいの感想は許して欲しい。


 「天使、ですか?」

 「あっ、いえ。とても可愛くてもお似合いですよ」


 きょとんとする彼女。

 あまりの神々しさに思わずお祈りしそうになるくらいだが流石にそれは自重しよう。


 「あ、ありがとうございます。ふふっ、たまにはこういった服を着てみるのもいいかもしれませんね」


 恥ずかしそうに笑う彼女を見た時、僕はドキッとした。あ、これはもちろん変な意味じゃないよ? 僕はまだロリコンじゃないからうんうん。


 「へー、いい感じに似合っているじゃないか」

 「奈美さんっ!?」


 いつの間にか隣にいた奈美さんに驚く僕達。

 その手にはSDカードがにぎられているから準備が出来たからこちらに来たというところだろうけど……。


 「いつの間に来たんですか?」

 「ん? 今さっきさね。愛音ちゃんの可愛さにアタシまで虜になってしまっただけさ」

 「そ、そうなんですか」


 と、あくまでもふーんというような態度を取ってしまったが、心の中ではワカルボタンを何百回も押したいくらい同感だ。


 「ほら君に頼まれた物だよ」

 「ありがとうございます!」

 「アタシも趣味の範囲だからあまり過度な期待はしないでもらえると助かるよ」

 「いえ頼んだのはこちらなので……。それになんとなくですが奈美さんなら腰を抜かすくらいの物を作っている、そんな気がするんです」

 「言ってくれるねー」

 「言いますとも。これがスイーツエンジェルの巻き返しの第一歩ですから」

 「ならアタシは君に期待しておくよ。ということで今回の服代はいいさね」

 「えっ? そんな悪いですよ」

 「いいっていいって、その代わり……」


 バシッと背中を叩かれる。


 「みんなの事を頼んだよ」

 「……はいっ」


 愛音さんには聞こえない声でそっと耳打ちをする。

 あぁやっぱりスイーツエンジェルとスイーツエンジェルで働いているみんなは色々な人から愛されているんだと感じた。

 そして同時に次なる一手の手がかりを掴んだ気がした。




 「……ふふっ♪」


 奈美さんのお店からの帰り道。

 嬉しそうに微笑む愛音さんと並んで歩く。

 手には奈美さんから貰ったSDと服に電球を持って。

 流石に下着の方は後日にまた行くらしい。(僕としてもその方がありがたかった)

 それにしてもあの貰ったワンピースがとても嬉しいのかお店を出てからずっとニコニコしている。


 「その服気に入ったんですね」

 「えっ!? は、はいっ。今着ている服もお気に入りの服なんですが、この服はそれ以上の……」

 「それ以上の?」


 僕は横目で彼女を見ると、彼女の顔は赤くなっていた。


 「い、いえっ! なんでもありません! そうです、よろしければこの後時計塔の公園に行きませんか?」


 さっきの続きが気になるけれど、無理に聞き出すのはちょっと気が引けるし、気分を悪くされたら嫌だから聞かなかった事にしよう。そして、僕はスマホを開いて時間を見て、


 「この時間ならまだ大丈夫そうなので、僕は大丈夫ですよ」


 と、僕が答えると彼女の顔はもっと明るくなった。その後すぐに彼女は自分の指と指をくっつけ少しもじもじしながら上目遣いで、


 「そ、それと……お願いがあるんですけど……」

 「愛音さんのお願いなら僕が出来る範囲ならなんでも」

 「あ、ありがとうございます。では公園に行くまででいいので、わ、私と手を繋いでくれませんか」


 恥ずかしいけど、頑張って言葉にしたのがひしひしと伝わってくる。そんな愛音さんを見て、僕は今まで以上にドキドキしていた。


 一瞬僕なんかが愛音さんと手を……なんて思ったが、彼女がそうしたいと言うのなら、してあげるべきかなとすぐに思い直す。

 そしてこんなに可愛い女の子を相手にするのだから僕だって少しはカッコつけたい。


 「僕でよければ」


 そう言って紳士のように手を差し伸べる。こんなことをやっていているが、未だに僕の心臓はドキドキしていた。


 「ありがとうございます」


 そう言って、少し恥ずかしがりながら僕の手を取る。手を繋いだ時、愛音さんの手から子供特有の高い体温を感じる。


 「では愛音さん、行きましょうか」

 「……はい」


 そう行って僕達は公園へと歩き出す。歩いている時も彼女の体温を感じる。僕は手を繋ぐ前や繋いだ時よりも、今はもっとドキドキしていた。

 彼女にこのドキドキが気付かれていないか心配になるくらいに。

 僕はこの時、何故ここまでドキドキしているのか何回も考えた、その結果「いつもより可愛らしい愛音さんを見たから」と言う結論に至ったのだが、僕は心のどこかで何かが引っかかっていた……。

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