第12話 メイドな彼女が可愛い件
朝、それもまだ日がのぼるかどうかという頃。
あらかじめセットしていたアラーム音ではない音に目が覚める。
「……ん、んぅ?」
思いまぶたを擦りながら鳴り止む気配のないスマホへと手を伸ばす。
画面には親友、聡志の文字と通話ボタン。
あいつはたまに非常識なことをやらかすが、朝テロはしてこなかったはずだが……。
そう思いながら通話を開始する。
「もしもしソラか!?」
「もしもし……今、何時だと思ってるんだ……」
「わ、悪い。ってそんなことよりもだ!」
「そんなことって……いったいどうしたんだ?」
「なあソラ、良い報告と悪い報告……どっちから聞きたい?」
「……は?」
「いや、『は?』じゃなくて、良い報告と悪い報告どっちから聞きたい?」
「ごめんちょっと何言ってるか分からない」
「なんでだよ!? お前わかっててとぼけてるだろ……」
「本気かどうかは時間を見て判断してくれ」
「……まだ寝ぼけてるのね。それは悪かった。それで、戻るんだがどっちの報告から聞きたい?」
「んー……なら良い報告から?」
余り考えずに答えたのだが、それを聞いた聡志は電話越しでもわかるくらい嬉しそうに、
「まず良い報告だな! えっとだな、俺お前に依頼されてからずっと思ってたんだ。確かにサイトなどのネットを使うのは確かに今後は必要だ、だけど今本当に必要なのはソレなのかって」
「……それで?」
「親友の恩人は俺の恩人、というわけで俺もなにか出来ることがないか探していたんだ。そしたらあったんだよ」
「あったって……なにが?」
「本当に今さっき公開されたばかりだったんだけど、ここら辺の近くで行われる大会を見つけたんだ!」
「たい……かい……大会!?」
その言葉で僕の目は一気に覚める。
「マジで!?」
「マジだ!」
「そ、それで場所は、場所はどこなんだ!?」
「まぁまぁ落ち着け、場所はここ、塩崎市だ」
「……え?」
僕は少し間の抜けた声を出してしまった。
こんなに良いチャンスが地元で行われるなんて……こちらにとって都合が良すぎるほどだ。
「どうやら市長が主催者となって開くそうだ」
「市長が直々に? まぁこの際なんでもいいか」
「それで良い報告はここまで、ここからは悪い報告なんだが……」
「……聡志?」
どういうことか、聡志はそこから先を言葉にするのを渋る。
「教えてくれ聡志。後々になって知るよりは今知っておきたい」
「……ああ。でもこの悪い報告ってのはあくまでも俺の解釈であって、もしかしたらお前達には良い報告なのかもしれない」
「……それで、それはなんだ?」
「その大会に、スフィールの現トップパティシエの
「…………」
この街で開催される時点である程度は予想できたはずなのにそのまま固まってしまう。
「とにかく報告はこれでおしまいだ」
「うん、ありがとう聡志」
「っとこの後予定とかあるか?」
「ないけど、どうしたの?」
「いいや。俺もそのスイーツエンジェルのみんなに会いたくてな。ほら一応協力した側としては一度は見ておきたくて」
「……了解だ。ならお昼頃来てくれ」
「今行くのはダメか?」
「どうして?」
「そりゃみんなの寝顔──」
──ピッ。
僕は親友の言葉が言い終わらないうちに、無言で通話終了ボタンを押してカーテンを開ける。
するとこのなんとも言えない気持ちを吹き飛ばすかのような爽やかな朝の日差しが──ないけど、あるということにしよう。そうじゃないとやっていられない。
……それでもやることが見つかった、その実感が手にこもっている。
「ここからだ」
僕は明るくなっていく空に向かってそうつぶやいた。
きっと大会にはスフィールだけでなく、色々な人が参加するだろう。
それを相手にしなくてはいけない。果たしてそんな相手に僕達は勝てるのか……いや、やる前から諦めたらダメだよな。
僕は深く深呼吸をして、近所迷惑にならないように小さいけれどはっきりと「頑張るぞ!」と言って小さくガッツポーズをした。
──それがつい三時間くらい前の出来事。今はと言うと……。
「いいよいいよー、いいねー!!」
「……どうしてこうなった」
スイーツエンジェル本日は臨時休業。
代わりに行われていたのは……撮影会だった。
とは言っても最初はただの衣装合わせだった。
親友からの電話をもらった後、僕はみんなにこのことを話し参加することが決定したのだが、どうせならと大会用の衣装を……という話になり奈美さんのところへ電話をしてしまい、今に至る。
現場には奈美さんの他に、元々呼んでいた聡志や先生の姿もあった。
「確か衣装合わせの為の撮影ですよね、これじゃただのコスプレ撮影会じゃないですか……」
「ん? いいじゃないか。それに、キミも愛音ちゃん達の可愛い姿見たいでしょ?」
「はぁ、確かに見たいですけど……」
そう言ってチラリと愛音さん達の方を見る。今はお店の制服ではなく奈美さんが持ってきた服、詳しく言うとメイド服を着ているのだ!!
みんな同じメイド服を着ているのに着ている人によって印象がかなり変わる。
例えば愛優さんの場合、三人の中では一番身長も高く、スタイルも抜群で、凹凸に関してもかなり大きめとまではいかなくとも、出るところはちゃんと出てるし引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。それに、仕草や言葉遣いまで完璧にこなしている。
と言うかどこで覚えたんですかね……まぁともかく愛優さんはまさに本場のメイド服さんって感じがするのだ。
それに対し、凛菜さんはなんというか、元気すぎる。いや、元気なのがイケナイとはいわないけれどね、もっとこう、メイドさんって言うと大人しいイメージがあるから……わかるよね? わかってくれて嬉しいよ。つまりそんなイメージもあって凛菜さんの場合はコスプレにしか見えない。
そして愛音さんだけど、なんというか、無駄な凹凸が無いからメイド服本来の味が出てると言いますか……可愛さ基準でいくとダントツで愛音さんが可愛い、うん。このままこっそりと写真に収めたいくらいに。
そんな事を思って愛音さんを見ていると、愛音さんと目が合う。
昨日先生の前のみとはいえあんなことを言ってしまった手前、まともに目を合わせられず、思わず逸らしてしまう。
だけどやはり見てしまうわけで……。
「ソラさん……?」
「か、愛音さん!?」
どうやらこんな自分の事が心配になったのか、僕の顔を覗き込むように見つめる。
「元気が無いように見えるんですが、大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫だよ?」
「それならいいんですが……。あっ、その、この服どうでしょうか、似合ってますか?」
言いながら彼女は軽く一回転すると、嬉しそうだけど少し照れくさそうにそう言った。
そのあまりの可愛さに僕は思わず抱きしめそうになったが、なんとか踏みとどまる。
「とても似合ってますよ。それにいつもより何十倍も可愛い」
「な、何十倍も可愛いだなんて……」
彼女の頬はみるみる桜色に染まっていくのがわかる。
するとそんなやり取りを見つけたのか、今度は凛菜さんと愛優さんがこちらへと向かってきた。
「あー! カノちゃんばっかり褒めてもらってる!」
「まぁまぁいいじゃない凛菜。私達も後でソラに感想聞けばいいだけの話なんだから。それに可愛いのは本当なんだし」
凛菜さんはやや駆け足気味に、愛優さんはゆっくり歩きながらこちらへやってきた。
「愛優さんまで……」
「あはは、ごめんごめん。それで、奈美さんが呼んでるから早めに戻ってきてね」
「まだ着るんですか……」
朝からずっとやってるけれど、一体何着持ってきたんだ奈美さん……。しかも持ってきたのは何故かどれもこれもツッコミどころしかないものばかりだし……。
奈美さんが持ってきた服でこれまでに見たものは、普通のワンピースとか奈美さんが昔着ていた制服とかだったのだが、時間が経つにつれて、チャイナ服やブルマ、そして何故か旧式スク水など色々だ。
ただ僕はその中に二つだけ、どう考えても理解できないものを見た。それはやけに長く太いリボンと絆創膏だ。
まぁ絆創膏は万が一怪我した時……怪我なんかする要素があるのかは不明だがまぁいいとしても、リボンは本当にわからない。
こっそり聡志に聞いても「何!? リボンだと!!? ふっふっふっ、奈美さんとやらはわかっているじゃないか……じゅるり」とか言って話にならなかったからとりあえず一発蹴っておいた。
まぁ頭に付けたりするんだろうな、うんうん。
「それじゃあ少し行ってきます」
「うん」
こうして三人が奈美さんの元へ戻ろうとするのだが、僕は一人だけ呼び止めた。
「愛優さん、少しいいですか?」
「うん、いいけど……」
言いながら愛優さんは二人の方をチラリと見る。これは「二人も一緒に?」という意味だと解釈した僕はゆっくりと首を横に振る。
「わかった。二人とも先に行ってて、私はちょっとお話しなきゃいけないことがあるから」
「ありがとうございます」
「ううん、いいの。一応私もあなたのことは信用してるから」
「それはいいんですが……いいんですか?」
「いいってなにが?」
「僕が何を話すかもわからないのに」
「そのこと? うーん、確かに知らない人なら危ないかもしれないけど、あなたはもう家族でしょ。それに私に話してくれるってことは私のことをそれだけ信用してくれているってことだから、私も同じように信用するのが道理ってやつじゃないかな」
「……」
「ま、私はそういうの抜きにしてもあなたを信用してるけどね♪ 一緒に住んでいるんだもん」
その屈託の無い笑顔に僕は心底思う。
あと少し……彼女に早く会っていたら僕は彼女に惚れていたんだろうなって。
そんなことを思いながら本題へと移る。
「愛優さんにお願いがあるんですが、お店閉めた後、厨房を貸してください」
「……それは構わないよ」
「えっ?」
それは僕の予想していたよりあっけなかった。
愛優さんにとって思い入れのあるであろう厨房に、こんな素人の僕が使わせてほしいと言ったら普通はもっとためらう……そう思っていたのに。
「でも、一つだけ聞かせて、どうして厨房を使いたいの? その理由だけ聞かせて」
「……はい。厨房を使わせてほしい理由は──みんなの笑顔を守りたいからです」
我ながら本当にカッコつけた言い方をしたと思う。しかし、詳しい内容は言ってないが最終目標はそこなので嘘ではない。
それを聞いた愛優さんは少し驚きながら。
「みんなを笑顔にって……スイーツエンジェルを今の状況から良くするってこと?」
「はい。スイーツエンジェルを昔のように復活させ、みんなを笑顔にする……それが僕の最終目標です!」
僕は決意を再び口にする。
それを聞いた愛優さんは嬉しそうに口元を緩める。
「……その言葉、ちゃんと聞いたからね。だから成功させてよねっ! そして、私達を笑顔にさせてっ」
「はいっ!」
僕は力いっぱい返事をした。
それから愛優さんは凛菜さん達のところへ戻り、それと入れ代わるように愛音さんが戻ってくる。
「どうしたの?」と言おうとした時だった、彼女は顔を少し赤らめると。
「ご、ご主人様だいすきっ……です♡」
「──ッ!!?!?」
その瞬間、クリティカル音が響く。
愛音さんの言葉は僕の心を真っ直ぐにど真ん中を射抜いた。
こんなことを言われて落ちない男がいるだろうか……いや、否だ!
そんな風に心の中でガッツポーズをしていると、彼女は僕の服の裾をちょんと掴み上目遣いで。
「ご主人様、どこにも行かないですよね? 勝手にいなくなったら、やぁですよ……」
「──ッ!!!?!?!?!?」
「ご主人様は私とずっと一緒です♪」
「う、うん、一緒……ずっと……うん」
その言葉に僕は……もう死んでもいいかもしれないと心の底から思ってしまった。
そしてその言葉の効果は直に向けられた僕だけでは収まらず……。
「ぐはっ! ふ、ふふ……今のはいいパンチだったぜ……」
何故か後ろにいる聡志にもダメージが入り、そのまま聡志はノックアウト。
特に何かしたわけでもないのに、先生の手により強制帰宅することに。
しかしそれでも愛音の攻撃は続く。
今度は甘くねだるような声を耳元で……。
「私、ソラさんにならなんでもしてあげちゃいます」
「な、なんでも!?」
「はい♡」
なんでも。なんでもってことはつまり…………なんでもってことだよな!?(語彙力)
しかしそんな事より気になるところを見つけてしまった。
「あぁいいねー、若き少女の奉仕姿ッ!!」
「…………奈美さん?」
「ん? 私には構わずどーんと何かお願いしていいよ」
「いやそうじゃなくてですね?」
そう言いながら彼女は隣で結構本格的なカメラを片手にこちらにずっとレンズを向けている。
うん、なんか最初からわかっていたけどね。だってこの人「ご主人様だいすき」の時から居たし。
流石の愛音さんも限界を迎えたのか、耳まで真っ赤になっていた。
「うぅ、奈美さんやっぱり恥ずかしいですっ」
「あと少し! あと少しだから!」
「で、ですが……」
「最後にゴニョゴニョって言って! これで最後だからお願いっ!」
必死に最後だからとせがむ奈美さん。
何を言わせたいのかはよく聞こえなかったが愛音さんがあの様子だとこれ以上は大丈夫だろう……と、思っていたのだが。
「本当に最後ですからね?」
「ありがとうございますっ!!」
「…………」
どうやら推しに弱いらしく最後の一回が決まってしまった。
そこで二人の視線がこちらに向けられる。
奈美さんのあの笑みを見る限り逃げだしたい気持ちがあるものの……メイド服姿の愛音さんをなるべく見ておきたい気持ちもあるわけで、天秤にかけたらどちらが勝つかなんてものは考えるまでもなく。
「……わかりました」
この言葉に奈美さんはもちろんのこと、何故か愛音さんも少しだけ嬉しそうにしていた。
最後の一回はすぐに行われることになり、僕達は見つめ合う。
愛音さんは胸に手を当て、少し深呼吸をすると。
「ご主人様は私のこと好きですか」
「…………」
予想外の質問だった。
てっきり甘い言葉とかを想像していたのと、まるで昨日のアレが本当なのか確かめるような問いに、面をくらってしまう。
「……ご主人様?」
「あ、ご、ごめん。愛音さんのことだよね」
心配そうにこちらを見つめる彼女。
ひとつひとつの事にドキリとしてしまう。
……落ち着け、これはあくまでも友達とかとしてだ。そう何度も心の中で自分に言い聞かせる。
それに昨日のアレは先生にしか聞かれていないから大丈夫。
つまりこれは素直に答えるべきだ、例えその好きの意味が受け取り側と違ったとしても。
気持ちを落ち着けさせ、僕も軽く深呼吸をし彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「……僕は愛音さんのこと、好きだよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
「そうじゃないでしょ愛音ちゃん!」
「あっ、そ、そうでした」
奈美さんの声にやることを思い出したのか、若干前かがみ気味になる。
「ご主人様、いきます……」
「いくって──」
「えいっ!」
次の瞬間、ふわっとした花の香りと柔らかい何かが僕の元に飛び込んでくる。
それが愛音さんだと気付いた頃には突然の事に反応しきれなかった身体がバランスを崩し尻もちをついてしまう。
そのせいで僕達の顔はぐっと近くなり、あとほんの数センチでぶつかり合うくらいに。
「ご、ごめん!」
いくらなんでもこれはマズイ。そう思った僕は急いで離れようとした時だ。
「私も──ですよ」
「えっ?」
その言葉と共に、頬には優しい感触。
言葉も途中聞こえなかったし、その感触も一瞬だけのものだったはずなのに、いつまでも残り続けていた。
いきなりすぎて処理が追いついていない中、愛音さんは何事もなかったかのように。
「いきなり抱きついてしまってすみません」
と、言い残すとそのまま早足で愛優さん達のところへと戻って行ってしまった。
──その後、撮影会は無事に終了し、残りの作業は奈美さんに任せる形で終わった。
その事を聡志にメールをし、奈美さんもお店を出ようとした時。
「あっ」
「奈美さん、どうかしましたか?」
「凛菜ちゃんに頼まれていた湯浴み着渡すの忘れてたよ。はい」
そう言って四人分の湯浴み着を渡される。
「奈美さん……」
「はい?」
「一応確認しておきますが、これって愛音さん達の分と誰の分ですか?」
「んっ」
そう言って指を指される。
「んっ、って僕!?」
「そうだけど?」
とてつもなく嫌な予感しかしない……。ってか湯浴み着を用意するって事は間違いなくこの後も一緒に入浴する機会が……あって欲しくないがあるんだろうな。
「あの奈美さんこれは──っていないし」
僕がもう少し詳しく聞こうと思ったが、既に奈美さんの姿は無かった。
「はぁ。こんな事してる場合じゃないのにな」
僕はそんなことを呟きながら、厨房へと向かった──。
厨房へと入ると、甘いいい匂いで包まれる。
確か今日は開店前から開かないって決まったはずなんだけど……。
初めてここに入った時はクッキーを作ったっけ……でも、あれ以来作ってないな。そんな事を思いながら深く深呼吸をする。
「すぅ……」
息を吸うと、肺はすぐに甘い空気で満たされる。この空気をいつまでもここに留めておきたいが、そんな事をしていたら死んでしまうので、仕方ないから溜まった空気を吐き出す。
「はぁー」
僕の深呼吸が丁度終わった時、
「そんな事したって、愛優ちゃんの香りは楽しめないぞ」
「なっ!?」
不意に背後から誤解を招く声がして、僕はすぐさま振り返る。そこには、
「先生、そこに居たのなら言ってくださいよ……」
「はっはっはっ、悪い悪い。いやお前さんがあまりにも愛優ちゃんの香りを吸うのに必死だったもんで」
「だからそれは誤解ですっ!!」
「そうだよな、どうせなら愛音ちゃんのを楽しみたいよな」
「それは……」
愛音さんのを……そんなそそる言葉があったのか……。僕はごくりと喉を鳴らす。それを見て先生は愉快に笑いながら、
「はっはっはっ、やっぱりお前さんはロリコンだったんだな」
「僕はロリコンじゃないです。確かに愛音さんは少しだけ見た目は幼いですが……」
そんな言葉選びに迷っている僕を見て先生は小声でそっとささやく。
「心配するな、ほとんどの男はロリコンであり、紳士なんだからよっ」
「くっ!!!」
何故だろう、慰められているのに物凄く悔しい……。昔の僕なら迷わず違うと言い放つことが出来るのだが、今の僕にはそれが出来なかった……それがとても悔しい。
「まぁ、そう気を落とすな」
「落とさせた先生に言われたくないです……」
「それを言っちゃあおしまいよ。と、そんな事よりちゃっちゃと練習しようぜ、時間……無いんだろ?」
僕は我に返る。そうだ、時間がない……大会は今週の日曜日、今日は月曜日だから今日を入れてあと六回しか練習出来る日がない。
「先生お願いします!」
「おう、任せろ! と、言っても今のお前さんは素人以下だろうから本当は基礎の基礎からみっちり教えてやりたいところだが……」
そこで僕をちらりと見て、
「わかってるわかってる。だからこそ俺がすぐに上手くなる方法を教えてやるよ」
「ありがとうございます」
こうして最初の特訓が始まり、記念すべき第一号が出来た。
自己評価でいくと見た目はそこそこ、味は……多分大丈夫だろうと言ったところだが。
「……やっぱりそうか」
先生は一口だけ食べると意味ありげに呟いた。
「やっぱりって何がですか」
「お前さん、昔ここでケーキの作り方習ったことがあるな」
「……へ?」
思わず間の抜けた声が出てしまう。
僕は昔ここでケーキ作りを習ったことがある?
確かに僕は数年前より以前の記憶が無い。
いやでもそんなことが……。
「ありえるん、ですか?」
「……無くはない、と思っている」
「先生にしては曖昧な返答ですね」
「そこに関しちゃすまない。だが俺の親友……つまりここの店のオーナー、愛音ちゃんのお父さんとケーキを作ってる時の雰囲気が同じ気がしたんだ」
先生から発せられた衝撃の言葉に僕は驚きを隠せないでいた。
そして同時にそれは何かのスイッチが入ったように。
「うっ!」
突然何か何重にも鍵がかけられた扉が無理やり開かれるような、激しい頭痛に襲われ……。
「お、おい! 大丈夫かっ!?」
そのまま僕は意識の糸を手放した。
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