スイーツエンジェルへようこそ♪
空恋 幼香
恋する気持ちをケーキにのせて
第1話 始まる物語
人生はいつ何が起こるか、それは誰にもわからない。
仮に良いことがあると、それと同じくらい悪いことが起こる時もあるとしよう。
ならば逆に良いことが起こってそれで終わりの時もあれば、悪いことしか起こらず良いことなんて起こらないこともある。
僕の場合はどうなのだろうか……良いことがあった、うん、確かにいいことはあった。しかし間違いなくこの悪いことに比べたら本当に些細な良い事だ。
こんな時、僕の好きな小説や友人の好きなゲームでは、主人公の前にどこからか美少女が現れ、主人公を助けてくれる。そしてそのまま仲良くなって恋人になり、そのまま結婚などをしてハッピーエンド……。
「……って、そんな事あるわけないよな」
真っ暗な夜空に星々が綺麗に輝く春の夜。一人公園のベンチに座る少年は途方に暮れる中、そう呟いた。
こんなにも悪い事が起こったのなら、それに見合う良い事が起こってほしい……そう思うが現実はとても非情だ。
「それよりもだ。本当にどうしてこうなったんだ……」
いくら考えても答えは出てこない。いやまぁどうしてこうなったのかはわかっているのだが、どうすればいいかわからなさすぎて色々おかしくなっていた。
その後色々考えたが、結局いくら考えても答えは出ない。
「……本当にどうしよう」
こんな時、僕に主人公補正があれば……きっと商店街で出会ったあの不思議な少女とか来てくれるんだろうな。
「……って、そんな事無いよね」
自分の有り得ない妄想に思わず笑ってしまう。
もしも本当にこの世界がそんな風に出来ているのなら、僕はこんな不運でさえも簡単に受け入れてしまうだろう。
だが考えて欲しい……そんな事あるわけない!!
というかもしそんな世界であれば今こうして僕が悩んでいるはずないのだ。
「とは言っても、何か出来るわけでもないし……はぁ……」
僕はため息をつきながら目を閉じ、今日の事を振り返る。
──全ての事の始まりは今から少し遡り、太陽が完全に上りきった昼の事。
今は三月の終わり──春休み。四月から僕は、海と山に囲まれた自然豊かで街の中央に聳える大きな時計塔がシンボルとなっている街──
通うのは四月からなのだが、前に住んでいた所からだと、遠くて大変だからという理由で、僕は寮生活を送ることになっていた。
初めての寮生活というのもあって、少し早めに引っ越し少しでも環境になれるようにと早めにこっちに来ることにした僕は部屋に届いている自分の荷物を邪魔にならない所にひとまず移動させる。
「よいしょっと。とりあえず荷物はこんなもんかな」
ほとんど大事な物は実家に置いてきてあるからそんなに荷物はないのだが、どうせならと一つのダンボールに荷物を詰め込んだせいでかなりの量になっていた。
軽く一息つこうと、閉まっていた窓を開ける。その瞬間心地の良い春の風と共に桜の花びらが部屋に入り込む。
「ふぅ、いい風だな。建物が多すぎず少なすぎず、近くに山や海もあって……僕の住んでいたところとは大違いだな」
ここに来る前に住んでいたところは山こそあれど、海はなくこの街みたいにシンボルというものが何も無い。つまり山の中にある田舎だった。
そのせいか、窓を開けたら海が見えたり、大きい建築物があるのは新鮮に思えたのだ。
学校は山の中腹辺りにあり、その隣に建っているこの学生寮の窓からは塩崎市を一望出来た。
そしてこの学校の特徴は、何よりも桜だ。校舎の周りには沢山の桜の木が植えられており、この時期になると学生達はここら辺でお花見を楽しむとかなんとか。
「ここから僕の高校生活が始まるのか……」
そう思うだけで気持ちが高まる。高校に入る人の中に知り合いも居なくはないのだが、ここは地元から遠いのでこちらに来た人は少なく、ほとんどが初めて会う人だろう。
ちなみに知り合いはこの街に親戚がいるとかで、そちらに住み込んだり、一人はアパートを借りて一人暮らしをしたりするらしい。なので少なくともこの寮には僕の事を知っている人物は誰もいない。
ともあれ、仲良くなるにしても第一印象は大切。いつでも部屋に迎えいれられるようにしなくては。「よし!」 と、僕は気合を入れ直し、荷解きを始める。
……それから少し時間が経つ。
「まぁこんな感じだろう」
荷解きや持ってきた物の配置などを終えた僕はスマホを開く。
時刻はまだ三時……寮の夕飯、八時まで時間はかなりある。
ただボーッとしていてもいいのだが、せっかく時間もあることだし。
「街でも見に行くか……暫くの間この街に住むんだから、知っておかないとだし」
再び視線を窓の外を移す。
そこには先程と変わらぬ街の景色。
「……うん、そう思ったら即行動だよね!」
スマホや財布など必要最低限の物をカバンに入れて外へ出た。
「──それで、外に出たのはいいけど。どこから行くか」
何せここに来るのはまだ二回目なのだ。
正確に言えば違うのだが、前に来たのは本当に数年前という単位なので街の雰囲気などもかなり変わっていたのだ。
なので覚えている場所もあれば、全く知らない場所もある。
つまりそれは何度か来たことのある僕も知らない場所にフラッと迷い込んだら一発で迷ってしまう可能性もあるだろう。
なんにせよ、とりあえずスマホでマップを開いてみて、ここら辺のお店とかの場所だけ把握せねば。
スマホアプリでマップを開く。
「────うん。これは結構下まで行かないとお店どころかコンビニさえないか……」
どうやらここら辺は山の中腹だが住宅街になっているみたいだった。
つまり近辺の探索よりもまずは重要な場所……よく使いそうなお店の場所から把握しておいた方が良さそうだ。
「となると、善は急げってね」
僕はスマホをカバンにしまうと、とりあえずコンビニなどがある商店街近くに向かった。
──寮から少し歩いた所に店がずらりと並んだ通りに出た。その入り口らしき所には、歴史を感じさせる大きな看板に「しおさき東商店街」と書かれていた。
「しおさき東商店街……?」
当初の目的であるコンビニはここよりもうちょっと先に行ったところにあるわけだが少し興味をひかれた。
それに商店街というのだからもしかしたら上手く利用すればコンビニより便利かもしれないし、合わないと感じたらすぐにコンビニへ向かえばいいだろう。
僕はそのまま足をコンビニの方ではなく商店街の方へと向けた。
中に入ると外からは感じさせない賑わいがあった。
どうやら僕が入ってきた方はたまたま出入りが少ない所だったらしく、中には小さい子供から……若い人はそこまでいないものの、年齢層が高めの人達が沢山買い物をしていた。
こういった賑わいは僕自身好きな方なので自然とテンションも上がってくる。
僕はまるで未開の地に踏み込んだ勇者のように色々な場所を見ながら歩く。
服屋にパン屋、更には何か怪しい雰囲気を漂わせている電気屋など……。地元にはこんな商店街なんて無かったので次から次へと目移りしてしまう。僕が完全に周りに意識を取られていると────。
「きゃっ!」
ライトグリーンのワンピースを着た銀髪の少女にぶつかってしまう。
少女はぶつかった勢いで尻餅をつく。
「いたた……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ありがとうございます……」
すぐに体勢を立て直した僕は、そう言って少女に手を伸ばす。
少女は伸ばされた手を取り立ち上がると汚れを払うために地に着いた部分を少し叩く。
「ごめんね、少し周りに気を取られていて」
「い、いえ。私もよそ見をしていたので……」
どうやら怪我とかは無かったようだ。
ほっと胸をなでおろし、僕は再び少女に目を向ける。
──天使だ。
こうして向き合った少女を見た第一印象はそれだった。僕もそんなに身長が高い方では無いのだが、それでも彼女の身長は僕の首の高さくらいしかなかった。
出ている所や引っ込んでいるところはパッと見た感じは無い。顔つきも幼さを十分に残しているところから見て小学生と思わせる。
それなのに落ち着いていてどこか大人びて見える……気がする。
そんな幼女に対して天使だと思ってしまったのは恐らく幼い顔から覗かせる大きな瞳、そして彼女が放っているオーラみたいなもののせいだろう。
僕は自分のことをロリコンだとは思ってもいないし、事実ロリコンではないのだがそれでもこの少女には似たような感情を抱いてしまいそうだ。
「あの……」
「え、あ、はいっ!?」
突然声をかけられ思わず声が上ずってしまう。
「あ、す、すみません驚かせてしまったみたいで……」
「う、ううん。ただ僕が勝手に驚いちゃっただけだから気にしないで。ところでどうしたの?」
「初対面の人にこんなこと言うのもどうかなと思ったんですが、お兄さんはもしかして最近引っ越してきた方ですか?」
「え? そうだけど……どうして?」
「なんとなくそう思っただけです。ただ……この街はとても素敵なところなのでお兄さんも好きになってくれたらいいなって♪」
屈託のない笑顔を浮かべる。
僕には別に人の心を読めるとかそういったことは出来ないけど、でもこの笑顔を見たらそんな僕でも確信を持って言える……彼女はこの街が心の底から大好きで、この街はとても素敵な街だということ。
そしてそんな照れくさい事が心の中とはいえすぐに出てきてしまった事が意外すぎて思わず笑ってしまう。
「あ、え、私なにかおかしなことを……?」
「ううん。ただ君のその笑顔を見ただけでこの街は素敵な街なんだと確信を持った自分がおかしくてさ」
「おかしくないですよ」
「えっ?」
「だって、この街は本当に素敵な街ですから♪」
「……そうだね、間違いない」
彼女の笑顔につられて僕も自然と柔らかい笑顔を浮かべた。
それから僕達はその場で楽しく会話を続ける。
彼女は本当にこの街が大好きみたいで、特にこの街のシンボルとも言える時計塔が一番のお気に入りらしい。
時計塔とは、塩崎市内からどこからでもその存在を見ることが出来るくらい大きな時計塔。
その周辺は公園になっていて、どうやらデートスポットらしく何も無い時でもカップルが多いのだが、クリスマスになると時計塔のイルミネーションを求めて更にカップルが増えるらしい。
しばらくして彼女は買い物の途中だった事を思い出したらしく、そのまま買い物へと行ってしまった。
色々とこの街について教えてもらったお礼に買い物に付き合おうかと思ったが、今日会ったばかりなのにそこまでしたら流石におかしいと思い僕は彼女のお気に入りの場所の時計塔へ向かうことにした。
彼女と分かれてから数十分。
名前を聞くのを忘れたなと少しばかり後悔しながら歩いていると、公園の入り口らしき場所に辿り着いた。
周りは柵みたいなもので囲われていて、中を少し覗いてみるとお年寄りから小さい子供まで様々な人がいるのがわかる。
中に入りとりあえず公園を一周しようと思い歩き出して半周くらいした時の事。
「それにしても、本当にカップルが多いな……」
入り口の方では子供やお年寄りが多いと思っていたが、ベンチのあるところや時計塔の周りの池の近くにはカップルが沢山。
デートスポットとは聞いていたがまさかここまでとは思ってなかった。
「とは言っても、本当にここはいい公園だ」
子供が遊ぶスペースもあれば休憩するスペースもあるし少ないながらも小さいお店もある。
普通の公園には無いものが沢山あるのに不思議とそれらを含めた全てがこの公園だと言いきれてしまう。
「さすが塩崎市大好きっ
そんな風に感心しながら歩いていると、ふとあるお店が目に止まった。
それは他の店より少し大きいだけで他は余り変わった場所はない。
……いや、一つだけあるか。
「なんだこの行列はっ!?」
そのお店の前にはイベント開始前の会場を思わせるような人の列、パッと見だが公園に入ってからここに来るまでに見た人の倍以上はいるように見える。
一体何のお店なのだろうと近付いてみると、チラシが貼ってありそれを読んだところどうやらここは『スフィール』と洋菓子店の支店らしい。
「支店でこれだけの行列って……」
相当美味しいところなんだろう。
今日は余り持ち合わせもないし、まだ色々と行きたいところもあるから諦めるが次来た時は、是非寄ってみたいものだ。
そしてスフィールを後にした。
それから僕は本命の時計塔の近くまで行くことに。
一歩、また一歩と時計塔に近付くにつれてその存在は大きくなっていく。
近付いているのだから当たり前だと思いながらも一歩近付くにつれて時計塔はその倍の存在感を出しているように思えた。
その存在感に圧倒されながら周囲を歩いていると、一ヶ所だけ他とは違う場所を見つける。
そんな場所を見つけてしまっては調べてみたくなるのは男の性というやつなのだ。
「……ここは入り口?」
その怪しい場所に行くと、そこには取っ手の無い扉のようなものが。
いくら考えてみてもどうやったら開くのかわからない。
そとそもここまでしてるのだから入ってはいけないんだろうけど。
「……あれ?」
そのとき僕の眠っていた記憶が蘇るように僕は扉の隣の壁を強く押してみる。
すると扉の内側からガシャン! と音がし、そのまま扉はまるでこの鍵を開けた僕を歓迎するみたいに勝手に開いた。
この扉の仕掛けというよりも、その開け方を知っていた僕自身に驚き、声も出なかったがその足だけは確かに時計塔の中へと進んでいった。
中は想像していたような複雑に機械達が絡み合っていた。
しかしそれはそれで一つの作品として見えてしまうからこういったものは凄いと思う。
中に入りしばらく歩くとそこにはよくデパートなどで見るようなエレベーター……ではなく、リフトのような感じのエレベーターがあった。
どうやらボタンは最上階と一階しかないみたいだった。
そうなると選択肢は一つしかないわけで、僕は迷わず最上階のボタンを押した。
最上階に着き、そこから外を見る──。そこには、夕日を浴びてオレンジ色に染まる塩崎市。ただ高いところから街を見渡しているだけのはずなのに、その光景に僕は心を奪われていた。
「……あれ?」
一通り見渡した時、僕はある異変に気付く。それはある場所から煙が上がっていた。山の中腹辺りだったので、山火事かと思ったがそうでもないらしい……と、言うのも確かあの場所は────。
「ま、まさかな?」
防災サイレンまで聞こえてきた。僕は嫌な予感がして、急いで時計塔を降りるためにエレベーターに乗り込み一階へ。
丁度エレベーターの扉が開くと同時に、スマホに一通のメールが届く。そのメールは予想を事実に変えてしまう……なんとなくそんな気がして、一瞬見るのをためらった。が、よくよく考えればもしかしたら違うメールかもしれない。
僕は恐る恐るメールを開き、内容を読み上げる。
「なになに。学生寮で火災が発生しました、もしまだ中にいる生徒がいたらすぐに学生寮から出るように……そうか~学生寮が火事なのかぁ~てっきり学生寮が火事にでもなったのかって心配しちゃったよあはははははははは────って、学生寮が火事!!?!?」
思いっきり悪い予想当たってるじゃないですかやだ……。
気付くと僕は今までに出した事が無いくらいの速さで学生寮へと走り出していた。これが火事場の馬鹿力ってやつなのかな。
と、それよりも一応大切な物は全て持ってきてはいるが、あそこには色々と物を置いたままだから早く戻らないと。
「はぁ……はぁ……」
やっとの思いで学生寮の前まで走りきる。
ここまで地味に坂道なので今までずっと走ってきた人にはかなり辛かった。
「はぁはぁ、それで……学生寮は?」
僕は学生寮を探す。目の前には真っ黒な建物……そして、その近くにはしおみ高校。いくら探してもあの学生寮は見つからない。いや、わかっている。だけど僕はそれを認めたくなかった。
学生寮が無くなった? 僕の荷物は? いや、それだけじゃない、僕が今日から住む所も?
「はっ、ははは……嘘……でしょ?」
気が付くと僕は来た道をそのまま走っていた。
どこに行っても学生寮が火事で無くなったという事実は消えない。だけどあの場に留まるのを僕の体が全力で拒絶した。
暫く走ったあと、流石に体力の限界が来た。しかし僕は足を止めずに今度は歩き続けた。
「……僕は何をやっているんだろうか」
暫く歩いて冷静さを取り戻した僕は、あの場に留まっていた方が良かったのではないか? と思い始めていた。
……いや、多分あの場に留まっていたらもっと冷静さを欠いていただろうな。
そう自分に言い聞かせる。
「それにしても……」
学生寮で火事があったのに、街は何も変わらない。学生寮からそれなりに近い商店街辺りまでは火事の話をちらほら聞いたが、ここ……公園周辺まで来ると学生寮が火事で全焼したなんて無かったかのようだった。
ここら辺は学生寮から遠いからそんな事当たり前だとわかっている。たけどわかっていても────いや、やめよう。
僕はたまたま空いていたベンチに腰をかけた。
「はぁ~……」
深いため息をつく。これからの事を思うと、どうしたらいいのかわからない事だらけだった。
春の夜空に浮かぶ星々たちは僕の気持ちなんか関係無しに、とても輝いて見えた。
────そして、今に至る。
「思い返せば何かいい案が思い付くと思ったけれど……そんな事はなかったか。これはもう野宿しかないのかな……」
会社をリストラされたみたいになっている潮乃 夜空十五歳。家族に電話しようにも、ここから地元まで数時間かかる上に明日は平日……学生は春休みという素晴らしい日だが、そんなこと社会は関係ないので流石に迷惑かけるわけにはいかない。
幸か不幸かもうすぐで四月になるこの時期は、少し冷えるがそれでもまだ野宿しても死なないくらいの気温だ。
「──って、そんな事するわけにもいかないよな。でも……」
そう呟きながらベンチに腰掛け、空を見上げる。
空に輝く星たちはそんな僕の事なんか気にせず眩しく感じるくらいに輝いていた。
…………それからどれくらい経ったのだろうか……もうすぐ四月になるけれど、夜はやはり冷える。せめて上着くらい着てくるんだったなと後悔したその時、僕は背後から突然声をかけられる。
「やっぱり、ここにいたんですね」
「?」
僕は声がした方を振り向く。ベンチの近くには街灯があるが、声がした方には街灯がなくそこに誰かはいるのはわかるが、暗くて良く見えない……すると、そこにいた人はこちらに近付きながら更に声をかけてきた。
「お兄さんならきっとここにいると思いました」
声の主が街灯の光が当たるところまでくると、僕はやっとそれが誰なのかわかった。
「君は……あの時の?」
声をかけてきたのは、昼に商店街で出会った少女だった。
「はい、あ、あのときは名前も言わずにすみません」
「ううん、僕も同じだから気にしなくていいよ。僕は潮乃夜空、君は?」
「私は
「櫻宮さんね、うん、覚えたよ」
「ふふっ、愛音でもいいですよお兄さん」
「……そのお兄さんよりソラって呼んでくれると嬉しいかな」
「ソラ、さん……ですか?」
「うん。親しい人はみんなそう呼んでるし、これも何かの縁だから」
「わかりましたソラさん♪」
「──それで、こんな時間にこんな所でどうしたんですか?」
僕の隣に座った彼女はそう言いながら僕の顔を覗き込む。
よくよく見ると、お昼の時はワンピースだけだったのだが、今はその上に茶色のコートを羽織っており、下も黒のストッキングを履いていた。
って、今はそんなことはどうでもよくて。
「……なんて言えばいいのかな」
僕は学生寮が火事になり、持ち物のほとんどと住む場所が無くなってしまった。
……なんて言えないし、言ったところでどうなる。
まるで住む家が無いので家に泊まらせてください、と言っているようなものではないか?
相手はあきらかに年下の少女、そんな子にこんな事を言ったら……僕の社会的死は逃れられない。
どう言い訳しようかと悩んでいた時。
「──学生寮」
「えっ?」
突然ポツりと彼女の口から今まさにどうしようか悩んでいた元凶の名前が出た。
「学生寮が燃えちゃって住む場所が無くなってしまったんですよね?」
「…………」
ピンポイントで僕の悩んでいることを言い当てられ鳩が豆鉄砲をくらったような顔でその言葉にただただ頷く。
しかし彼女はそんな僕とは違い、逆に少し安心したような顔だった。
それから特に何か話すわけでもなく少し時間が経った頃、彼女のスマホに電話がかかってきたようで、彼女は「少しだけ失礼します」と言って、少し席を外す。
その間僕はこれからの事を考えていたのだが……。まぁ今まで散々考えて出てこなかったのに今ここで急に出てくるわけもなく、大人しく彼女の帰りを待っていた。
それにさっきまでは驚きのあまり聞けなかったが、学生寮の火事のことならまだしもどうして僕が火事のせいで困っているのを知っていたかを聞きたいのもあったから。
数分経った頃、彼女は嬉しそうに駆け足で戻ってきた。
こんなに嬉しそうにしている彼女に水を差すのは悪いと思いつつも意を決して僕はどうして火事の事を知っているのか聞こうとした時だった……。
「あの、ソラさん……もし良かったらでいいんですが、私の家に住みませんか?」
「……え?」
それは突然の出来事だった。突然すぎると言っても過言ではない。
自分よりずっと小さく、幼く見えるこの少女は恐らく小学生……あっても中学生くらいだ。
商店街でたまたま一度会話した、それだけのはずの僕に、この少女から願っても無い提案をされた。
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