第3話 僕にできること
夜空がお風呂場にて大変なことに遭遇しそうになっている頃。
「う~ん。愛音はソラさんと上手くやってるかな?」
私は宿題をやるために、机と向き合ってはみたものの、愛音達の事が気になりすぎて完全に手が止まっていたのだ。
──これは今から数分前。
「裸の付き合い……ですか?」
ソラさんがお風呂へ向かった後、私は愛音と再び会話をしていた。
「そう、裸の付き合い。とは言ってもスクール水着は着てもらうけどネ♪ でも意外とそれが重要なの。だからね愛音、一緒にお風呂へ入って、背中の一つや二つ流してあげたらどうかな~って」
「あ、あの……確か裸の付き合いって本当には、裸で付き合うって意味ではなかった気が……あ、いえ、確かに水着は着てますけれど」
この家の中である意味一番しっかりしているのは愛音。
しっかりしているだけあって、簡単に騙す事は出来ない。
「ねぇ愛音~」
「な、なんですか愛優さん……」
「裸の付き合いって違う意味もあるの……知らないでしょ?」
「えっ?」
愛音は目を丸くした。
よしっ! やっぱり知らなかった!
一方私は心の中でガッツポーズ。
「あのね、実は────」
私はそっと愛音に耳打ちをする。
「ね? だから裸の付き合いってのはとても重要なの。ソラさんは今日来たばかり、しかも私の見立てだと彼は女の子に慣れていないと見た」
推理でも披露するかのように私は続ける。
「そんな中、仕方ないとはいえ急に女の子しか住んでいない所に連れてこられたら……どう思うでしょうねぇ」
どこかの名コンビの刑事役の人みたいに推理を披露してチラリと愛音を見る。
「…………凄く緊張するし、不安になると思います……」
私はここで勝ちを確信。
「そうだよね~。だからまずは緊張を解したりしてあげないといけないと思うの」
「それも、そうですね」
「だから愛音、後はお願いね♪」
「ふぇ?」
「ふぇ? じゃなくて、彼を連れてきたのは愛音でしょ。だから、彼の事は愛音に任せたよ~」
「ふぇぇぇぇ!?!?」
そう言って、愛音が脱衣所に入るのを確認してから自室に戻り、今に至る。
「貯まっている宿題とか生徒会の資料の整理をしなきゃいけない……だけど、気になる……えいっ!」
ついに我慢しきれなくなり、私は風呂場へと向かった。
風呂場の前の脱衣所に着くと、中からソラの声が。
「痛っ!」
「ん〜!?」
私は中を把握するため音を立てないように風呂場の扉の前へと移動する。
「ご、ごめんなさいっ!」
私は慎重に扉に耳を当てた。
「大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫です!」
「そ、そうですか……すみません、私男の人にこんな事するのは初めてなので……少し、緊張しちゃって」
ん、んん?
愛音がしてるのって、背中を流す……だよね?
気になった私はそのまま耳を当て続ける。
「僕も、女の子にこんな事して貰うのは初めてなので、とても緊張してます」
「初めて同士ですね……。それではも、もう一度失礼します」
「はい」
ただ背中を流しているだけのはずなのに妙に変な感じがしてついついその場に留まってしまう。
具体的に言うと中でナニが起こってるのかが気になる、凄く気になる。
「はぁ、はぁ」
「愛音さん疲れてますか?」
「い、いえ。大丈夫です。ただ……」
「ソラさんの……思っていたよりもずっと大きくて……はぁ、はぁ」
思っていたよりも大きい!?!?
愛音の意味深な発言に一瞬だけ思考回路がパニックを起こす。
背中の話……だよね? うん、そうだよ……きっと背中が大きいって話だようん。
わたしは何度も自分にそう言い聞かせる。
「私のじゃ……小さすぎて全然気持ちよくなんかない……ですよね」
「そ、そんな事ないですよ? 確かに小さいけど気持ちいいですから」
小さいけど……気持ちいい??
気が付くと私の顔は赤く火照っていた。
なんというかただただ背中を流しているだけのはずなのにどうしてここまでエロく聞こえてしまうのだろうか。
「……ふぅ」
そして私は気が付くとリビングへと場所を変えていた。
「…………あんなの卑怯だよぉ〜」
誰もいないリビングで一人顔を真っ赤にして足をバタバタさせていた。
その頃お風呂場では。
「あの……ソラさん」
「はい?」
一生懸命動かしていた手が止まる。
「ご迷惑じゃありませんでしたか? いくら住む場所が無くなってしまったとはいえ、今日あったばかりの人の家に住むなんて……えっ?」
声のトーンがどんどん落ちていく。それに気がついた時、僕は知らぬ間に彼女の手を握っていた。
「迷惑だなんて全然思っていませんよ。というよりそれは僕のセリフです……だって行き場もなくどうしようか途方に暮れていた僕を助けてくれたのは事実なんですから」
「それに、凛菜さんや愛優さん、そして愛音さんみたいな可愛い女の子と同居なんて僕の知り合いに自慢して回りたいくらいですよ」
少し大袈裟すぎたかもしれないが、事実なのだから仕方ない。
「ふふっ、ソラさんってとても優しいんですね……」
「そんな事は」
「いいえ優しいですよ。私の洗い方きっとソラさんには気持ちよくなかったですよね……?」
「……」
確かにさっきのは口では気持ちいいとは言っていたが正直なところ気持ちいいというより痛かったり、逆に優しすぎたりしていた。
でも重要なのはそこではない。
「確かに丁度いいという意味での気持ちよかったと言ったのは嘘です。でも、嬉しかったです。慣れていないながらにこんな僕のために一生懸命やってくれているのは感じたので。それだけで十分ですよ」
「あ、ありがとうございます……って、ダメですね私。ソラさんの事を任されたはずなのに、私がソラさんに元気づけられてます」
僕は握っていた手を離し、そのまま手を頭に置く。
「それはお互い様だ。僕も君にこうしてもらって元気を貰ったよ。ありがとう」
「それなら……良かったです」
鏡越しに安堵する彼女の顔が映る。
それを見ただけで僕は自然と頬がゆるんだ……はずだった。
「うッ!!」
「ソラさん!?」
彼女の安堵した顔を見た瞬間、何かが僕の脳裏を過ぎった感覚に襲われる。
それはただただ映像として過ぎるだけではなく痛みも共に襲いかかったのだ。
初めて味わう感覚に僕は思わずその場で頭を抱えてしまう。
「大丈夫ですか……?」
「あぁ大丈夫だよ。ただちょっと……痛んだだけだから」
「大丈夫ならいいんですが。その、何かあったら遠慮なんかせずに言ってくださいね。慣れない環境に来たばかりなので……」
「うん、もしダメそうならその時は相談させて貰うよ」
そう言って鏡越しにスクール水着の幼い少女に柔らかい笑顔を浮かべた。
──その後、リビングで一人足をバタバタしていた愛優さんがいたこと以外は特に何もなく夜になる。
時刻は現在二十三時。
そろそろ睡魔というものが襲ってきても良い頃だというのに僕は中々寝付けずにいた。
それは僕が初対面のそれも天使と見間違えるほどの美少女の部屋にいるのと同時に、女の子の部屋特有の花のようないい匂いがしたりするのもあるだろう。
こうしていても眠れる自信が無い僕は気分転換にと夜空を見ようと布団から出る。
ここは一番端の部屋ということもあり窓は二つある。
部屋を少し見てみるがきちんと整理されていて、いかにも愛音さんの部屋という感じがした。
しかしここは女の子の部屋。いくらタンスの上から……何番目だかと机の引き出し以外は好きにしてもいいと言われたからとはいえ余りじろじろ見たりするのは失礼だろう。
僕は閉められているカーテンの方へと手を伸ばす。
「……さっきと変わらないんだな」
当たり前と言えば当たり前の光景。
そこには公園で見たのと同じ夜空。
僕の身にはこんな非日常的なことが起こり続けているのにこの空だけは何事も無かったかのように同じ空を映し出している。
近いうちに満月の日がくるのか月も丸に近い形になっていた。
「いつまでも彼女達の優しさに支えられるだけじゃダメだよな……」
そうは言っても僕に出来ることはなんだろう……。
考えても答えは出ない。
僕と彼女達はまだ出会ったばかり、これからなのだからそれは当然といえば当然なのだが。
「……ん?」
すると僕は机の上にある物を見つける。
「ノート? でもこれ、勉強用って感じは全然しないな……」
単なる興味本位だった。
恐らく普段の僕ならば絶対にこんなことはしないのだが、どうしたことか気がつけば僕は少しページをめくっていた。
そして同時に僕はその中身を見て言葉を失った。
「…………」
このお店の売り上げらしきものが記載されていたのだ。
そう言えばお店もやってるって言ってたとは言っていたが正直に言うと、ここの売り上げはそういったのが素人の僕ですら分かるくらい悪かった。
お客さんが少ないわけではないものの、一目見てそれでも経営するには厳しい数だった。
「……ん? これは」
更にページをめくっていくと、ページの左下に売り上げなどとは別の数が書かれていることに気付く。
「ノートの残りページ数? いや、まだ半分以上ある。しかし、ここに書かれている数字は……」
──トントントン。
その時、ノックの音がした。僕は急いでノートを閉じる。
「失礼します……まだ起きてたんですね」
「うん、中々寝付けなくて……。愛音さんはどうしたんです?」
「いえ、私は少し忘れ物を……あっ、そのノートです」
そう言って彼女は机の上に置いてあるノートを手に取る。
「あっ、あの……」
「はい」
震えそうになる声を僕は抑える。
「すみません、僕そのノート見てしまいました」
「えっ?」
彼女は信じられないと言いたげな顔をする。
それはそうだ。恐らくこれは彼女にとって余り見られたくないものだから。
でも僕は悪いと思いながらもこれを知れて良かったと思っている。
なぜなら僕に出来ることが見つけられたから。
「僕を……このスイーツエンジェルで働かせてください!!」
周りに配慮しつつ、僕ははっきりとした声でそう伝えた。
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