第18話 1+1=2という答えを超えるために

 

 ──ここはスイーツエンジェル。

 今日から三日間、お店を閉めてでも特訓に望まなければ勝てない……そう伝えるためみんなの前でそう提案したのだが。


 「ダメ」


 大丈夫だと思っていた愛優さんに、まさかの即答で却下されてしまう。


 「確かに特訓は必要だと思うし、みんなでスキルアップ出来るなら一番だよ……でもね、それでもここを閉めるわけにはいかないの」

 「ボクも愛優姉の意見には賛成……かな」

 「凛菜さん……?」

 「ごめんねカノちゃん、ソラくん。本当なら二人に協力したいんだけどこればかりは譲れないんだ」

 「……どうして、ですか?」


 愛音さんは信じられないとでも言いたげな顔で問う。

 きっと彼女も僕と同じことを思っていたのだろう、この二人ならわかってくれる。大丈夫だと。

 だからこそ、この反応なのだ。


 「勘違いして欲しくないのは私も、きっと凛菜も特訓については反対じゃないの。でもそのためにスイーツエンジェルを一時でも休業するのは反対ってこと」


 僕達は凛菜さんの方を見るが、愛優さんの言葉に同意を示すようにゆっくりと頷く。


 「それにボクは一緒に行っても何も出来ない。ならここに残る」

 「凛菜さん……」

 「二人とも最近はあのサイト見てる?」

 「えっと……」

 「それは……」

 「やっぱりか、あのサイトね少しずつだけど閲覧数が増えていたのよ」

 「ほ、本当ですか愛優さん!?」

 「うん。それでさっき朝一で確認したら昨日の夜から今日の朝までで今までの総合した数の何倍も増えてたの」

 「そんな中ボクたちの都合で今日突然お休みします、なんてやったらきっと応援してくれる人も少なくなっちゃうよね……」

 「……でも、それじゃあ愛優さんが参加出来なくなります」


 その言葉に愛優さんは少し考えると。


 「私は……別にいいの」

 「……え?」


 僕と愛音さんは予想外の言葉にめんをくらう。

 今現在においてスイーツエンジェルの中で一番の腕を持つ愛優さんがそんなことを言うなんて……。


 「別にいいって……どういうこと?」

 「そうね、強いて言うなら私は託す、のかな」

 「託す?」

 「うん。確かに今一番腕がいいのは先生を除くと私かもしれない。でもそんな私が特訓してもたった三日間じゃ橘さんに勝つなんて無理」

 「でも愛優さんが無理なら私達にはどうしようも……」

 「この三日間の特訓で何が出来ると思う?」

 「……恐らく全体的に伸ばすのは出来てもあまり伸びが期待出来ないから、なにか一つに集中して……あっ」

 「気付いたみたいだね、三日間で出来る一番効率がいいのはこの三日間で一つの技術を上げること」

 「確かにそうすれば味か見た目だけは確実に腕を上げられる……でもそれじゃあ私の場合はバランスが崩れてしまうの」

 「……確かにその可能性はありますね」

 「だからね、特訓はソラさんと愛音の二人で行ってほしいな」

 「私と……」

 「僕?」

 「うん♪ 愛音は気付いていないと思ってるかもしれないけど、愛音がこっそりと朝にケーキ作りしているの知ってたよやり始めた時から」

 「ふぇ!? で、でも愛優さんは何も……」

 「そんなの黙ってるに決まってるじゃん。愛音が折角隠してでも作ろうとしてるのに水を指すのもって思ってたし」

 「ほえー、カノちゃんそんなことしてたんだ。ボクそこまでは知らなかった」

 「ふふん、これも毎日ここを使っているからこそだね♪ それにソラさんは完成度は高いけど味はまだまだだよね」

 「……もしかして先生からの情報ですか?」

 「あ、あはは……まあ、そうだね」

 「それで愛音は味は良いのに完成度が低い」

 「うぅ……」

 「でもそれは逆にチャンスだと思うの」

 「チャンス……ですか?」

 「うん。二人は確かに欠点はあるしバランスが良いとは言えない。だけど逆に長所の部分に関しては私より……全然上手なの。だからこの三日間でそこを伸ばせば」

 「……なるほど」

 「そこで質問、1+1の答えって知ってるよね?」

 「それは『2』ですよね?」

 「うん♪ でもね、それはあくまでも数学とかでの答え。現実はわからないの。答えがそれになることもあれば考えられないほど大きなものになることもある……」


 そこまで言うと愛優さんは僕と愛音さんを抱きしめる。


 「私は二人の答えが今は『2』だとしてもきっと橘さんより大きくなるって信じてるから……」


 こうして僕達は愛優さんと凛菜さんに店を任せ、先生と一緒にこれから三日間特訓することになった。




 ──同日、先生との特訓が終わり日が沈みかけてる夕方。

 先生のコネを使って市内の施設を借りたため、僕達は疲れて眠ってしまった愛音さんをおんぶしながら家へ向かっていた。


 「すぅー……すぅー……」

 「それにしても今日は本当に凄かったな……、ちゃんとお風呂でマッサージしないと筋肉痛になりそうだ……」


 たかがお菓子作りで、と思う人もいるかもしれないがお菓子作りは大量勝負と言われているくらいには大変なのだ。

 それも遥かなる高みへ挑戦するとなれば、半端な努力では無理だから。

 ここまでする必要はあるのか、そう思ってしまうかもしれない。

 努力は必ず報われる……そんなもの現実を前にしてみれば報われるとは限らない。

 成せばなる……なにもならない。

 どうにかなるのは極一部だけ。

 だが最初からそう思いあぐらをかき「それが現実だ」と笑うことはしない。

 例え努力しても可能性が1%だとしても僕はそれにかける。ここで動けば1%、動かなければ0%ならば僕は迷うこと無く動くだろう。

 その1%とという名の奇跡を手にするために。

 そして僕の愛しいこの子の笑顔を守るために……。


 「……いい顔で眠ってるな」

 「そりゃあれだけやりましたからね、僕だって愛音さんがいなければあそこで少し眠っていましたよ」

 「ははっ、それならお前さんも少し寝ていけばよかっただろう」

 「そうしたかったけど……疲れている時はちゃんとした場所で休まないと疲れが取れないのでしっかりと休んでもらいたんです。愛音さんは特に頑張っていたので」

 「俺からすればお前さんも同じくらい頑張っていた気がするが、そこは男のプライドってやつか?」

 「……悪いですか?」

 「誰も悪いとは言ってねぇさ。それに男であるならば好きな女の前では強がっちまうもんだしな」

 「知ってて聞くのはあまり良くないかと」

 「これもコミュニケーションの一つだと受け取ってくれ」

 「……わかりました。でも意外でした」

 「? 意外って何がだ?」

 「いや作ったケーキですよ。まさかずっとショートケーキを作るなんて思ってませんでした」

 「あはは、むしろ俺からしたらそれ以外に何を作るってところだけどな」

 「それは……まあ確かにそうですけど……」

 「それに意外って言うなら俺からしたらお前さんらのやり方の方が意外だった」

 「そうですかね? でもこの結論に至ったのは割と早かったですよ」

 「ま、確かに俺も愛音ちゃんの腕を知っていればそう言っていたが……。それでも二人で協力してやるなんて本当によく考えたな」

 「ありがとうございます」

 「でも二人の息があってなかったけどな」

 「……」


 この急すぎる大会の開催があったからこれを思いつき実行に移した……ただそれだけなのでコンビネーションなどはまだまだなのは理解していたよ、うん。

 ただそれでも僕はこんな状況を少し嬉しいと思っていた。


 「ふっ、こんな状況だってのにお前さんは嬉しそうだな」

 「……ソンナコトアリマセンヨ」

 「別に後ろのお嬢ちゃんは寝てるし俺には今更だろ?」

 「そりゃそうですけど。それでもやっぱり素直に認めるのは恥ずかしいんですよ」

 「ま、俺は別にそれが悪いとは言わない。恋愛上等、何かを作る時はみんなのためにと思うより誰かひとりのためにやる方が何倍も上手くいくからな」

 「その割には……いやそのせいでお前さんの方が緊張しすぎてこの前より大分お粗末なできになっていたけれど」

 「……すみません」

 「はっはっはっ、そんな謝ることじゃねーよっ! それにそんなのはそのうち慣れる!」


 そう言うと先生はわざとらしく、強く頭を撫でてくる。


 「先生なにするんですかっ!」

 「恋愛上等! どこかの服飾の学校では『オシャレして、街に出て、恋をしろ』みたいなこと言ってるみたいだしな。若いうちは恋というドーピングをするのもいいさ」

 「……その言い方だとなんか僕が良くないことしてるように聞こえるんですが」

 「すまんすまん。……でも本気なんだな」

 「……えぇ」


 僕のこの愛音さんに対する気持ちは本物だ。

 確かにこの街には昔の僕がお世話になった人がいるかもしれないけれど、僕が生きているのは昔ではなく今なのだ。

 とはいえ、この気持ちを伝えられるのはいつになることやら……。


 (ま、全てはこれが終ってから……か)


 そんなことを思いながら僕達の家、スイーツエンジェルへ歩みを進めた。




 「──はふぅ」


 湯船に浸かると自然にこんな声が漏れてしまう。

 お風呂はどんな疲れさえ吹き飛ばしてしまうのだから不思議なものだ。

 日本には昔から裸の付き合いというのがある。これを理由にすればお風呂でコンビネーションを高めたり……。


 「なんて考えてしまうのはきっと僕がまだ童貞だからかな……」


 とはいえ仕方ないじゃないか。

 いくら今はこのお店をどうにかする事で頭いっぱいにさせているとはいえ、こんな美少女達ばかりの家に男一人……しかもみんな無防備だし。

 意識しないようにするだけで精一杯だ。

 寝ている時だけならまだしも、お風呂の時まで一緒になることもある。


 「──ソラさん、私です、愛音です。その、ご一緒しても……よろしいでしょうか?」


 そうそう、こんな感じで──って。


 「う、ん?」

 「あ、ありがとうございます」


 僕はなんとも愚かだった。

 こんなこと過去に何回もあったのに、気が緩んでいたせいで承諾したような返事をしてしまった。

 もちろんそうなれば彼女が入ってくるのは必然で……。

 「待った!」と言葉に出す前にお風呂場と脱衣場を分ける扉は開かれていた。


 「……失礼、します」


 入ってきたのは見間違えるはずもなく、愛音さんなのだが……。

 頬はほんのり赤く、緊張した面持ちだった。

 もちろん湯浴み着は着ているため、大切な部分はしっかりと隠れているのだが、大量の湯気により湯浴み着は水を吸い肌にピタッと張り付いていた。


 「えっと……愛音、さん。どうしたの?」

 「今日帰るときにお世話になったので……今度は私がお世話をしようと思ったのですが……」

 「何がいいか思いつかなくて結局あの時と同じ方法を?」

 「……はぃ」


 その言葉に愛音さんはゆっくりと頷く。

 僕としては好きな女の子にお世話……背中を流してもらうのはありがたいことなんだけど……。


 「その前に僕の湯浴み着を取ってくれると嬉しいかなって……。ほら、その、今なにも着ていないから、さ」

 「あっ」


 素で僕が何も着ていないということを忘れていたらしい。

 愛音さんは先程よりも頬を赤く染め、僕の湯浴み着を取りに行った。



 「うんしょ、んーしょ!」

 「…………」


 あれからすぐに僕の湯浴み着を用意され、それを身につけた僕はすぐに愛音さんのお世話を受けることになった。

 このシチュエーションは二度目なのだが、やはり緊張してしまうな。


 「……どう、ですか?」

 「とても気持ちいいですよ」

 「ふふっ、ありがとうございます♪」


 嬉しそうに答える愛音さん。

 ちなみにこれは嘘ではない。前の時は強さも足りずお世辞も入ってしまっていたけれど、今はそんなことは全くなく、本当に丁度いい力強さでやってくれていた。

 が、突然その手の動きが止まる。


 「──ソラさんはどうしてそんなに頑張ってくださるんですか?」

 「……え?」

 「いくら住むところを提供しているとはいえ、ソラさんには沢山助けられました。現に愛優さんも凛菜さんも、そして私もソラさんが来てからとても明るくなりました」

 「かいかぶりすぎですよ。僕は何もしていないです」

 「ソラさんが何もしていないなら私達なんてもっと何もしていないですよ」

 「──ッ!?」


 そのとき背中に僅かな重みがかかる。

 それはとても柔らかくて温かい……そして安心する。

 でもこれって……。


 「本当は湯浴み着も脱いで、と思いましたがこれだけでも恥ずかしいですねっ」


 本当に恥ずかしいのだろう、背中から感じる彼女の鼓動はとても早く、強く鳴っていた。

 だけどそれは僕も同じだろう。

 不思議なものでつい数時間前に同じようなことをしていたはずなのに、今はこんなにもドキドキしている。


 「もう一度お聞きしますね。どうして私たちのためにこんなにも頑張ってくださるんですか?」

 「僕は……」


 ──君のことが好きだから。

 そんな気持ちを押し殺しながら続ける。


 「僕はみんなの笑顔を守りたいからです。愛優さんも凛菜さんも……愛音さんの笑顔も」

 「……そう、ですか。ふふっ、やっぱり優しいですソラさんは」

 「あはは、僕の優しさなんてみんなにはかないませんよ」

 「でもだからこそ私は──」

 「えっ?」

 「い、いえっ、なんでもありませんっ」


 上手く聞き取れなかったけれど、なんでもないなら深く追求しないでおこう。

 きっとその方がいい、僕達のために。


 「ところで愛音さんって今日はどうするんですか?」

 「どう、とは?」

 「寝る時です。愛優さんか凛菜さんと一緒に寝るんですか?」

 「一応ソラさんさえよければ……と思っていますが……」

 「…………ちなみにですが、それは誰が言ってました?」

 「愛優さんがそうするべきだって」


 ああなんか全て納得いったよこんちきしょう。

 でもこれは間違いではないか、少なからず僕と愛音さんにはこういうことが必要だ。

 僕が愛音さんに慣れるために、そして愛音さんが僕に慣れるために……。

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