第17話 ふたり
先生からの連絡の後、僕はここに来てから初めて自分でいれたコーヒーを片手に部屋の真ん中で大会の公式サイトを眺めていた。
「…………」
大会が今週の日曜日? そんな馬鹿げた話があるか。
そんなことを思いながら大会の公式サイトを見てみるものの。
「……あれ?」
おかしい。どこを見ても開催日時などは全く記載されていないのだ。
しかし参加するチームにはスフィール……そしてスイーツエンジェルが記載されているところからして記載漏れなんてことはないだろう。
ということは把握漏れの可能性がある。
「……間違ってなかったか」
もう一度サイトのトップページに戻るとしっかりと開催日時が載っていた。やはり僕の現実逃避的なあれのせいで見落としていたのだろう。
何度見てもそこには先生に伝えられた今週の日曜日に開催されるという事実が書かれていた。
「……はぁ」
スマホの電源を切り天井を見上げると、思わずため息が漏れる。
今日は水曜日、しかしもう時間が遅いため何か動けるのは明日から……。つまり三日しか大会に向けての準備期間がないのだ。
確かに最近は先生と一緒にやってきたが、それでも全然足りない。
自分の無力さに嘆きそうになる。
ナッペの才能はあっても味が良くないなら勝ち残れるはずもない、しかし味に関しての技量を上げるための時間すら残されていない。
簡単に言えば詰み……という状態だ。
──だからこそ、僕は最後の望みにかけるしかない。
「大切な君のために僕にできことはなんだろう……か」
これはとある歌の歌詞の一部だ。
今の僕はみんなに、そして何より愛音さんのために何が出来るのだろう。
出そうで出ない答えを求め考えていたが、情けないことに結局のところ僕一人の力だけで考えると答えは出なかった。
と、その時、扉をノックする音と女の子の声が。
「──ソラさん今お邪魔しても大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ってそれはコーヒー?」
「はいっ♪」
扉を開けると、そこにはカップとコーヒーの入ったポットを持つ愛音さんが立っていた。
「って、ソラさんもコーヒー作っていたんですね」
部屋の中央のテーブルに置かれているカップを見て困った表情を浮かべる。
「たまには自分でもって思ったんだけど……。でもやっぱり愛音さんがいれてくれた方が美味しいよ」
「そ、そんなことは……。でもそう言ってもらえて嬉しい、ですっ」
彼女は嬉しそうにはにかむ。
大好きな女の子の可愛らしい表情……。
そんな女の子は僕の隣を通りテーブルの方へ持ってきたものと、ベッドに腰掛け隣をポンポンと叩く。
お呼ばれしてしまっては行かないわけにはいかない。僕は彼女の希望通り隣に腰掛けた。
「ソラさんは奇跡って信じますか?」
「え?」
「私は……信じたいです。奇跡があるって」
「完全に信じてはいないんですね」
僕のその言葉に愛音さんは困ったような笑顔を浮かべる。
「私は多分ソラさんに期待していたんだと思います」
「……期待?」
「はい。自分達ではもうどうしようもできない、だけどソラさんならもしかしたらと……。どこかあの人と似ているソラさんなら奇跡を持ち込んでくれるのではないかと」
「僕にはそんな力はないよ。本当に申し訳ないけれど」
「ソラさんがそんな顔をする必要はありません。これは私が勝手に抱いていたことですから。でも──」
ふと彼女は僕の裾をちょんも掴み、上目遣いで見つめる。
「それでも私はあなたの事を信じたいです。信じさせてください、私達には出来なかった……奇跡を見せてくださいっ」
「愛音、さん?」
「そのためなら私はなんだってします。だからお願いです……」
そのとき彼女の瞳から涙が零れる。
最後のチャンスが訪れ、だけどそのチャンスを物にするのには時間が足りない。それをわかっているからこそここに来たのだろう。
それを見た僕は、思い切り自分の頬を叩く。
「──ッ!!」
「そ、ソラ、さん……?」
「いたた……」
予想以上に力が入ってしまっていたらしく、頬が凄くヒリヒリするけれど、活が入った。
何を弱気になっていたのだろう。最初から出来ることなんてこれしか無かったというのに。
思わず目をそらしたくなるような現実を突きつけられて、そのまま目をそらして……挙句の果てには一番大切な女の子にこんな顔までさせているじゃないか。
「本当に最低だな僕は……」
「……?」
「愛音さん!」
「は、はい」
「きっとこれから先、三日間はとても辛い思いをする。それでも大会では勝てる……とは言いきれない」
「努力は必ず報われる……為せば成る……報われないし何も成らない。現実はそんなに甘くない……だけど、そう思って何も動かなければそれで終わりだ」
「…………」
僕の勢いに驚きのあまり目を大きく開くだけの彼女。
でもここで止めるわけにはいかない。
僕には彼女を笑顔にする義務があるから。
「愛音さんはさっきなんでもするって言いましたよね?」
「は、はい」
「なら僕と一緒に奇跡を起こしてください。僕一人では無理ですが愛音さんとなら出来る……そんな気がするので」
そこまで言うと僕は立ち上がり彼女の前に立つと、手を差し出す、
「なのであの時のお願い──僕とケーキを作ってほしい、それを受けてくれませんか?」
これは今日の朝、僕があのあと愛音さんにお願いしたことだ。
あの時は返事を保留にされてしまったけれど……。
(どうだ……?)
思わず伸ばしていない方の手に力が入る。
「わたしは……っ」
愛音さんは一瞬だけ手を伸ばそうとするが、すぐに引っ込めてしまう。
やはりダメかと肩を落としそうになるが、それより早く愛音さんが口を開く。
「……あの、一つだけ質問してもいいですか?」
「はい」
「どうして私なんですか? 一緒にやるなら私よりも愛優さんの方が適している、そう思いますけれど」
「それは……」
まさにその通り。他の人からしたら一人前とは言えない彼女より、売り物として出せるくらいの愛優さんと一緒に作る方がとても利口だ。
だけど僕にはそんなこと関係無かった。
「僕は愛音さんがいいんです」
「ふぇ?」
「確かに愛優さんと一緒にやった方がいいと思うかもしれない。だけど……僕は愛音さんがいい、愛音さんじゃないとダメなんです」
「どう、して……ですか? 私なんて愛優さんに比べれば全然なのに……」
「だからこそです。多分愛優さんと一緒じゃ上手くいかないと思うんですけど。僕なんかじゃ既に一人前である愛優さんの負担になるのではとか色々余計なことを考えてしまうような気がして」
「でも愛音さんなら……こう言っては本当に失礼ですしお前が言うなって感じですけど、まだ一人前ではない愛音さんとならお互いに足りない部分を支え合いながら出来る……そう思っています」
それと男ってのは単純だから、好きな女の子と一緒に何かをする……好きな女の子のためにということに関しては普段の何倍もの力を出せるというものだ。
……まあこれは胸のうちに留めておくけれど。
そんな説得もあってか、愛音さんは決心したように手を伸ばし僕の手を取ると。
「わかりました。私も……ソラさんとならっ♪」
目尻に涙を浮かべながらも精一杯の笑みを浮かべる。
今はこれで良しとしよう。だけど次こそは本当の笑顔を……。
……そう、思っていたのだが。
「すぅー……すぅー……」
「どうしてこうなった?」
今は朝。とは言ってもまだ日が登るかどうかのところ。
目が覚めた僕は早くも信じられない現実と向かい合っていた。
目の前には心地よさそうに寝息を立てている美少女……愛音さんの顔。
あぁまつげが長いな、唇も小さくて可愛い、そういえばこの唇にキスされたことあるんだよな。頬にだけど。
いやいや今はそんなことを考えている場合じゃないな。
「……どうしようか、この状況」
出来ることならすぐにでも離れるべきなのだろうけれど……。
どういうことか、僕は愛音さんを抱きしめ、その腕を思いっきし愛音さんが掴んでいる状態。
無理に動かそうにもいくら軽いとはいえ愛音さんが腕に乗っていたりしていたわけで、しびれて動かせないし下手すればこのまま起きてしまいかねない。
唯一の救いは愛音さんを抱きしめているだけで、変なところは触っていないこと、僕の理性がとんでもなく強かったことだ。
「それにしても……」
イケナイとわかっていながらも深く息を吸いこんでしまう。
同じシャンプーを使っているのにどうしてこうも香りが違って感じるのだろうか。
それにこうして密着しているからこそわかる、小さいながらも柔らかい女の子の感触。
それも世界で一番愛しい女の子のものであったのなら自然と鼓動が早くなる。
もちろんだからと言って変なことはしないけれど……。
「……愛音さん、好きだ」
少しだけ腕に力をいれて抱きしめる。
彼女の体温を柔らかさを感じながら僕は再び眠りへとついた。
──そしてその数分後。
「……ふわぁ」
先程からもぞもぞと背中の方で何かが動いていたためか目が覚めてしまった。
最近は暖かい日が多くなってきたとはいえ、まだ四月なので朝は寒い。
起きてもこの温もりに包まれていたいという気持ちが襲いつつも起きなくてはいけない。
「でもこのままもうひと眠りしたいです…………あれ?」
そこで愛音は異変に気付く。
動こうとしても何故か動けない。というより何故か後から抱きつかれているような……。
「でも昨日は」
確か夜にソラさんの部屋に行って、色々話してそのまま。
つまり今一緒に寝ていて、かつ後から抱きしめているのは…………。
その事実に理解した私の顔は一瞬にして真っ赤になってしまう。
(わ、わたしっ、なんてことを……)
確かにソラさんはいい人だし、頼りになる。そのうえ彼にどこか似ている。
それにそれに私のことはもちろんみんなの事も大切にしてくれる。
何度かいいなと思ったのは事実だし、きっと彼の事が無ければ私もソラさんに心底惚れていたと思うけれど……。
「どう、して……?」
春野さんの事を思い出そうとするけれど、思い出そうとする度に、彼──ソラさんに重なって見えてしまう。
確かに同じ「夜空」という名前だけど、きっと違う人だ。そうわかっているのに考えれば考えるほど、どんどんハマり顔が熱くなっていく。
今まで何回もこうして寝てしまうことはあったのに何故か今日だけは違う。
私は変わってきている。一緒にケーキを作ると決断したように、心も変わりつつある。
変わらないものなんてない、そんなことはわかっているはずなのにどうしても認めたくはなかった。
今と昔、天秤にかけてしまえばそれで簡単に答えは出るだろう。
それでも私は出来ない、答えが出てしまえば私はどうしようもなくなってしまう気がしたから。
今の大切な時にそんなことをするわけにはいかない。
だからこの問題はもう少し先延ばしにしよう、そう心に閉じ込めると私を抱きしめている彼の手に触れる。
「私をこんな風にしたのは間違いなくソラさんなんですから、いつかは責任とってくださいね……」
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