第25話 エピローグ 第一章~完~


 今日僕は、この場所で彼女に伝える。


 「……愛音さん、僕は君のこと」


 ──好きです。

 そう伝える直前、スマホから着信音が鳴り言葉は遮られてしまう。


 「…………」

 「…………」


 やはり現実というのは上手くいかないのに、上手に出来ている。

 ある意味では良すぎるタイミングに呆気に取られていたが、ため息混じりの深呼吸をし、愛音さんにも聞こえるようスピーカーモードにして電話に出る。


 「……もしもし」

 「お、夜空君か。……なんだか凄く不機嫌そうだな」

 「誰のせいだと、いえ、なんでもありません。それよりもどうしたんですか?」

 「あー、お前さんらもう少しだけケーキ作れるか?」

 「……はい?」


 僕達は顔を合わせ首を傾げる。

 アイコンタクトでどうかと尋ねると大丈夫と返ってくる。


 「一応僕も愛音さんも大丈夫ですけど……。どうしたんですか突然」

 「いやそれがな──」



 僕と愛音さんは先生の言葉を聞くとすぐさま時計塔を降りる。

 会場に着くと、そこには先生と社長そして──。


 「待っていたよ二人とも」

 「……って、久怜羽さん?」

 「やっほー」

 「どうして久怜羽さんが……?」

 「あれ聞いてない?」

 「「???」」


 僕達は揃って顔を合わせると、社長が気を使って小声で話しかけてくる。


 「実はね、君たちのことある程度は調べさせてもらったんだよ」

 「……それって」

 「ああ。予想通りスイーツエンジェルの現状とか色々と、ね」

 「そう、でしたか……。期待に応えられなくてすみません……」

 「なぁに、謝ることなんてないさ。確かに君たちは結果だけ見れば負けてしまったが、わたしとしてはどうにかしたいと思っている。例えばスイーツエンジェルとスフィールが手を組んだりしてさ」

 「スイーツエンジェルとスフィールが……?」

 「君たちはもちろん、今スイーツエンジェルにいる白崎愛優くんも素晴らしい腕の持ち主だ。それをたかがお金如きのことで辞めざるを得ないのは実に残念なことだ」

 「ま、社長や俺からしたらたかが金だが、お店からしたらされどもってことだ。それはお前もわかってるだろ?」

 「当たり前だとも。わたしと君のふたりで始めた時がまさにそうだったからな」


 愉快に笑いとばす社長。

 だけど僕達は社長の話を聞いてますますわからなくなっていた。そんな僕達の心中を察したのか、社長は優しく微笑みかけながら話を続ける。


 「スフィールもね、決して最初から上手くいっていたわけではないんだ。色々な人から支援されて、色々と試行錯誤をし、ようやっと軌道に乗り今に至った……」

 「別に自慢じゃないが、ぶっちゃけあの頃は今のスイーツエンジェルより悲惨だったんだぜ。固定の客なんていない、数少ない客もデパートとかに全部取られちまっていたからな」

 「スフィールにそんな過去が……」

 「驚いただろう? 今となってはわたし達の良き思い出だ。と、前置きが長くなってしまったね、わたしが伝えたかったのはスフィールとスイーツエンジェルで手を組まないか、ということだ」

 「スフィールと……」

 「スイーツエンジェルが?」


 僕達の言葉に社長はそうだとゆっくりと頷く。

 そして入れ替わるように今度は久怜羽さんが僕達の元へと寄って来たかと思えば突然、手を握られる。


 「あ、あの……久怜羽、さん?」

 「これは私からのお願いでもあるの」

 「お願い、ですか?」

 「あなた達を見ていたら私もスイーツエンジェルで働きたくなっちゃったの♪」

 「久怜羽さんが、ですか?」

 「うん。実はね、昨日スイーツエンジェルのケーキも食べたんだ、それで私びっくりしちゃった。普通ショートケーキのいちごは中に挟んであるのもカットされているはずなのに、子供でも安心して食べられるようにペースト状になっていたものもあって……」

 「ありがとうございます。それは愛優さんのアイディアなんです。前にケーキが好きだけど歯がしっかり揃ってない子がいて、そんな子でも食べられるようにって」

 「私にはそんな発想できないんだ。ただ美味しいケーキを作ればみんな笑顔になる、そう信じていたのにあの日それがひっくり返されて……。悔しいと思ったのと同時にどうやったらそんな発想が出てくるのか気になって」

 「だから試合直前だったのに、僕達に対してあんなことを?」

 「せいかい。悪いことしたなとは思ったけど、どうしても言いたくて」

 「……ならお前さんもウチにくるか?」

 「「えっ?」」


 僕達は揃って先生の方へと視線を向ける。

 すると先生……そして社長は僕達の前に立つ。


 「さっき社長と話していたんだ。スフィールとスイーツエンジェルでパートナーにならないかって」

 「よく言うよ。キミはわたしの手を拒んだではないか」

 「当たり前だろ、これは俺だけの問題じゃない。スイーツエンジェル全員の問題だ」

 「でもそれなら愛優さん達の意見も……」

 「そっちの方は大丈夫だ。さっき電話したら『それに関しては愛音とソラさんに任せます。今回一番頑張ったのは二人ですから』だってさ」

 「僕達の判断……?」


 横目で愛音さんを見るとあちらも同じでこちらを見ていた。

 そして頷き合い意思疎通をする。どうやら同じ意見みたいだったので安心した。

 裾を正し顔を改めて社長に向き直り、手を伸ばす。


 「「こちらこそよろしくお願いしますっ!」」

 「……ああっ!」


 社長は一瞬だけ麺を食らうものの、次には優しい笑みを浮かべながら僕達の手を取る。

 こうして事実上のスフィールとスイーツエンジェルのパートナー関係が成立された。

 これはそれだけに留まらず……。


 「それでミス久怜羽、キミはどうしたいんだ?」

 「私、ですか?」

 「そうだ。これからスイーツエンジェルとはパートナーとなる、それはつまりライバル店だとかそういった面倒なしがらみが無くなるワケだ」

 「ま、つまるところ。お前さんが望めばいつでもスイーツエンジェルに来てもいいってことだ」

 「私さえ望めば……」


 言いながら久怜羽さんは僕達の方へと向く。まるで「本当にいいの?」とでも言いたげに。

 だから僕達は最後のひと押しをする。


 「私は橘さんが来てくれることには大賛成ですよ♪」

 「僕もです。あのとき久怜羽さん言いましたよね、出来ればこんな形でって……だからこそ今度は敵じゃなくて仲間として一緒に」

 「……櫻宮さん、夜空さん。不束者ですがよろしくお願いします!」

 「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 こうして、スイーツエンジェルに新しい仲間が加わった。

 昨日の敵は今日の友じゃないけれど。


 「……やっと決まったようだな。それはそうと社長はいいのか? おたくの嬢ちゃんウチに来たらもう戻れなくなるかもだぜ?」

 「なーに、それはそれで喜ぶべきことであって嘆くことではないさ」

 「ほう?」

 「人には人のベストプレイスがある。我がスフィールはことケーキ作りに置いて、間違いなく日本で一番の環境が整っている。だがその環境すら蹴ってでもそこでケーキを作りたいと思えたのならそこが彼女のベストプレイスなんだろう」

 「ベストプレイスねぇ……」

 「それはミスター雪人、キミも同じだろう。親友のためとはいえスイーツエンジェルというベストプレイスを見つけたからこそ、そこまで本気になれる」

 「……ま、それは間違いねぇな」

 「社員は宝だ。それがわたしの手元から離れるのは苦しいが、その人に合った仕事、場所を提供するのもわたしの仕事だ」

 「ほんと、お前はずっと変わらないな」

 「その言葉はそっくりそのままキミへと返するとするよ。……さて、ここら辺でわたしからキミたちへプレゼンをさせてもらう」


 言いながら社長は高級そうな靴を鳴らし、僕達全員をぐるりと見渡す。


 「まずは材料の提供だ。我がスフィールから買い取って貰う、もちろん種類は多く値段も安くすることを約束しよう。そして二つ目は支援だ。今のキミたちに必要な額の提供や広告費などを用意しよう」

 「えっと……流石にそこまでしてもらうわけには……」

 「は、はい。いくらパートナーと言えど流石に申し訳なくなります」


 二人して恐縮していると、久怜羽さんがそっと耳打ちをしてくる。


 「ふふっ♪ 二人とも心配しなくてもいいよ、社長本当にスイーツエンジェルのことを気に入ったみたいだから」

 「そ、そうなんですか?」

 「うん、社長気に入っちゃうとどんどん甘やかしてくるタイプだから」

 「こ、コホン。まぁそういうことだ。ただし代わりと言ってはアレだが、キミたちからはノウハウを提供してほしい」

 「ノウハウ、ですか?」

 「そうだ。我がスフィールは確かに若い女性層に対しては厚いがその他……特にファミリー層は薄いと言わざるを得ない。だがキミたちのお店は違う。人こそ来ていないだけでそこに対する工夫の数々……それが足りていないと実感したよ」

 「えっと、それはつまり?」

 「あー、結局は俺がこうやって説明する羽目になるんだよな……。いいか、簡単にわかりやすく言うと相互支援ってやつだ」

 「なるほど。スフィールが材料などを提供する代わりに僕達が色々スフィールに教えたりするってことですね」

 「ま、そういうことだ」

 「いつもキミには説明ばかりさせてしまっているね」

 「そう思うなら直してくれ……」

 「人はそう変わることではないよ、キミもわたしもね。っとそれより、わたしのプレゼンはどうだったかな?」


 社長は襟を正し向き直る。先生と話していた時は余り凄さは感じないけれど、こうしてみるとはっきりと一大企業の社長だということが伝わってくる。

 そして今度は社長が手を伸ばす。

 その手を愛音さんはそっと握ると、


 「是非、お願いしますっ!」

 「それじゃあこの件の契約も成立だね。これからよろしく頼むよスイーツエンジェル諸君」

 「はい、こちらこそよろしくお願いします!」


 こうしてスイーツエンジェルとスフィールは正式にビジネスパートナーとなり、新しく久怜羽さんを迎えることになった。


 「それでは久怜羽さん、早速行きましょうか」

 「へ? 行くって……どこに?」

 「もちろんスイーツエンジェルですよ、ね、愛音さん!」

 「はいっ♪」

 「え、ちょ、二人とも腕を掴まな……ええええぇっ!?」


 二人の男女が新しい仲間を歓迎するように引っ張っていく光景を見ながら二人の男性は呟く。


 「……本当は相互支援なんてする気がないくせによく言うよお前は」

 「ふっ、人は誰しもメリットだけ提示されては頷かないものだよ。だから例え貰う気なんて無くてもそれっぽいものを提示するだけで簡単に納得をしてくれる」

 「いいやつなんだか、悪い大人の見本なんだか分からねぇな」

 「よく言うよ、キミもわたしと同じ立場ならそうしただろうに」

 「違いないな。それにしても本当にいいのか? こちらにしかメリットがないが」

 「構わないさ。わたしの目標は昔から何ひとつとして変わっていないのだから」

 「……確かお前の目標って」

 「世界一美味しいケーキを食べてみたい。わたしがそう願ったときに、キミが現れ『それなら俺が作ってやろうか?』と言った」

 「そういえばそんなこともあったな」

 「キミは何故か諦めてしまったようだけど、それでも今回の大会で全てがわかった。だがらこれは先行投資とでも思ってくれ、その代わりに世界一美味しいケーキが出来たら……」

 「わかってるよ。ちゃんとお前の分も確保しておく」

 「恩に着るよ。……ところでキミ、奥さんとはどうなんだ?」

 「…………今その話をするかよ」

 「なんだ、また喧嘩でもしてるのか。どれまたわたしがケーキをいくつか見繕ってやろう、それで仲直りするといい」

 「……恩に着る」

 「なぁに親友の悩みはわたしの悩みでもある、これからは遠慮なく頼ってくれ」

 「そうさせてもらうよ」




 ──春休み最終日。

 みんなで徹底的に掃除をして、ピカピカに輝いたお店の中で輪を作る六人。

 ショーケースにはこれから島々なお客さんに食べられるのを今か今かと待っているケーキ達。

 そして僕達は手を真ん中で重ね合わせる。


 「……こうして輪を組んだのはいいけど、なにかするの?」

 「夜空、お前はなにもわかってないな。こういうのは雰囲気が大切なんだよ」

 「そうそう、夜空さんは難しく考えすぎなんだって」

 「ソラくんもっとノリでいこ! いぇーいって!」

 「は、はぁ?」

 「ほーら、そろそろ開店の時間になっちゃうから」

 「「はーい」」

 「それじゃ愛音、お願いね」

 「は、はい! それでは……スイーツエンジェルもこうして新しい二人の仲間が加わってくださったり、スフィールさんからの支援などもあり無事、と言っていいのかわからないですが安心して続けられるようになりました」


 ……本当にそうだ。結果的に僕がしたことなんてほとんど何も無いに等しいけれど、それでもやってきたことは無駄ではないと断言出来る。

 だって──。


 「スイーツエンジェルはここから新しい一歩を踏み出します。みなさん、準備はいいですか?」

 「「うんっ!!」」

 「開店まで5、4、3、2、1……」


 「「スイーツエンジェルへようこそ♪」」


 みんなの顔がこんなにも笑顔に包まれているのだから。

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スイーツエンジェルへようこそ♪ 空恋 幼香 @sora_1204

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