そして時が移り行くまで
3月28日……。
季節はまだ、冬。
太陽の高さの割には、厚い雲のせいでほの暗かった。舞う木の葉もなく、ただ冷たい風が吹いていた。
その年はもう、雪はしばらく降ることを止めていた。
地方裁判所には、いつもより多くの人が集まっていた。ほとんどが報道関係者。傍聴趣味の物好きは、少なかった。訪れる人々は、掲示してある裁判の予定表を確認して、その事件の法廷へと向かう。
一人の人物も、寒空の下、駐車場の車から降りて裁判所へと入っていった。1階に掲示してある予定表を確認する。その事件の法廷の開廷には、まだ少し時間があるようだ。煙草を一服、二服するだけの時間は。それでも、念のため、と法廷の様子を見に行こうと、2階へと向かった。法廷が傍聴人で満員になることは、まあありえないことだが、人の集まりくらいは見ておきたかった。
開廷まで30分ほど。法廷を覗くと、関係者らしき人たちが既に席に着いているほか、集まっている人は、まばらと言える。少し時間を潰してきても、追い出されることはない、入りだ。
その様子を見て、彼は再び裁判所の外へと向かう。
途中、知った顔を見て、お互い、や、と、手を挙げて挨拶をする。
「ぜんぜん、まだ入れます。下で一服しましょう」
法廷へ向かってきたその男は頷いた。ともに、ふたりは階段を降りて喫煙所へ向かった。
「あまり報道も少なかったからねえ。関係者でもなければ、わざわざ傍聴に来る人もいないだろうね」
その屋内の喫煙所にいるのも、ふたりだけだった。
「何人くらいいた?」
「遺族っぽいのが、5人位。傍聴マニアが10人位。女性も、いましたね。あとは報道。入りは、半分くらいですかね」
「そんなとこだろう。マルセイだしな。ほとんど報道もしちゃいない。一般人は、知らないよ。たまたま来たマニアは、ラッキーだったかもな。殺人とは言わないまでも、傷害致死事件の判決、見られるんだから」
「執行猶予付きますかね。微妙かなあ」
「微妙だな……。まったくの他人ならともかく……」
「被害者、何て言いましたっけ? 赤木……某」
「おいおい、関係者の名前くらい、俺たちは覚えておかないと」
たしなめるように、年配の男は言う。
「まあ……。 被害者も精神障害を抱えていたようでしたね」
「その辺はあまり量刑には関わって来ないんじゃないか。被害者側だろ?障害の有無は……。もちろん、加害者側には情状酌量に大きく関わってくるがね……」
男たちは煙草を吸いながら、そんな話題を口にして、やがて、法廷へと向かって行った。
開廷の時間になっても、法廷は満員にはならなかった。判決言い渡しが注目されてもおかしくはないのに、世間的には、やはり事件自体の知名度が少ないようだ。
テレビで報道される事件だけが、日本で起きている事件というわけでは、ない。
時間になり、裁判官が入廷する。
検察、弁護側、傍聴人全員が立ち上がる。
「礼!」
全員が一礼し、着席する。
やがて手錠を嵌められた被告人が入廷する。
「被告人、立ちなさい」
裁判官が促す。
被告人が立ち上がり、裁判官と向き合う。
「これから判決を言い渡します」
犯人は、被告人は身体を震わせているようだった。
「主文。被告人を懲役3年に処す」
やや法廷がざわつく。「3年?」 「3年か……」
「この判決の確定した日から4年間、その刑の執行を猶予する」
これには多くの傍聴人が驚いた。
……。驚いた。
「どうしてですか!?」
一番前の席に座っていた女性が叫ぶ。
「どうして執行猶予なんですか、おかしい!」
裁判官は、
それに耳を貸すこともなく、
制止することもなく、判決理由を読み上げる……。
被告人は華奢な身体を震わせ、うなだれたまま、じっとそれを聞いていた。
4年。
それに検察側は控訴しなかった。
マルセイ……、被告人が精神障害を持っていたことが、一番の理由だと、世間は解釈した。下手に控訴して、無罪判決でも出ては、大変なことになる……。検察は、引いたのであった。
赤木の傷害致死事件は、こうして、終わった。
重い、4年。
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