面トレ。面接トレーニング
スタッフがホワイトボードの前に立ち、プログラムの開始を宣言する。さっき僕と面談をした後藤支援員だ。
「はいでは今日は面接トレーニングを行います。プログラムに参加される方は、お集まりください。そうですね、テーブルが5つ……ありますので、それぞれ、そうだな、3人か4人ずつくらいで分けましょうか^^ 参加される方はどのくらいいらっしゃいますか?」
挙手。しているのは、見渡すと、少なくとも10人以上はいる。男性、女性、半々といったところか。僕も含めてだ。スーツで来ているのは僕ともうひとりの女性くらい
「じゅう、に、さん、人ですね。ステージ3以上の方は?」
僕を含めて、半分くらいが手を上げている。
「じゃあテーブル4つに分けましょう。3人ひと組でチーム作ってくださいね」
ばらばらと、近く同士の人々で集まって、近いテーブルの席に着く。近すぎるテーブルを各々が距離を作って移動させる。面接の訓練なのだから、面接室に入るところから始めるのだ。とはいえ、部屋があるわけではないから、エア面接室といったところ。
「初めて参加される方は?」
僕の隣に座った若い男性が手を挙げる。半年ほど通っている僕が、よく見かける顔だけれど、いつも名刺の分類の訓練をされているようなイメージがあって、面接トレーニングの訓練に出ているのは見たことがなくて、珍しいな、と思っていた。本当に若いので、成人していないかもしれない。口を利いたこともあるかないかだ。ひょっとして実際に面接の経験自体もまだないのかもしれないなと。
「高田さんですね。はい。じゃあ、同じチームの人は、赤木さんか。流れがわかってると思いますので、サポートしてあげてくださいね^^。」
「よろしくお願いします、高田さん、えっと、山崎さん。よろしくお願いします」と僕から声を掛けた。お二人に。彼らもよろしくお願いします、と緊張した表情で言った。山崎さんはほとんど接したことがないが、少なくとも1年以上は通所しているひとで、ステージ5段階中2だと聞いたことがある。いわゆる、針金みたいなすらりとした体格の人で、あまり人と接しているのは見たことがない。話すときにどもりがある方、くらいの印象で、よくは知らない。多分シミュレーションをするのも、初めてなのかもしれない。
何をするのかといえば、テキストで就職面接の流れを掴んで、何を聞かれるのか、どんな点に注意したらいいか、立ち振る舞いはどうすべきか、答える時の要点はどうかといったことを話し合ったり、スタッフが話したり、そのあと実践。これがなかなか恥ずかしい。チームを組んで模擬面接をやるのだから。少なくとも3人だったら相手の2人に自分のことを、それなりに実際を想定して話さなければいけないのだから。それぞれ個室ごとにやるわけではないので、通所している人にも聞かれてしまうし見られてしまう。得意なことだとか、長所は何ですとか、これまでの職務経歴だとか。もちろん、がんがんリアル面接を受けまくっていて、企業にひたすらお祈りを受けている就職間近な人は企業に送る履歴書・職歴書の準備で忙しいから面接トレーニングに注意を向けるどころではないかもしれないけれど、そうでないかもしれない。
僕は二人とは通所歴は短いけれど、面接シミュレーションの経験は多かったので、別に偉ぶるつもりはないけれど、失礼のないように話しかける。
「面接トレーニングって、面接室に入るところからやるんですよ」
「はあ」
「といっても、実際は、面接室とか、ないじゃないですか。部屋に入って、お待ちくださいって言われて、面接担当が来るのがほとんどじゃないですか。だから、ちょっとリアルとは、ずれがあると思うんですけどね^^」
「そうなんですか」とあまり表情を変えずに答えたのは若い高田氏で、山崎氏はほとんど反応をみせなかった。
「……」
確か給湯室でリボトリールだか、デパスだかを飲んでいた。これはそれなりに効いてくれる。そろそろ効いてきてくれるころだろう。リボトリールもデパスも錠剤。同じベンゾジアゼピン系と呼ばれる薬で、効果は、まったりする。特にデパスはまったりする。実際に面接前に飲んでもまったりできると思う。2,3錠飲めばマジでまったりするので、国が、厚労省が最近規制をかなり厳しくしているくらいだ。アメリカだか、ヨーロッパだかでは処方禁止になっている国もあると聞く。依存性があるからだ。効果のある薬ほど、消えていく運命にある。
昔は9パーセントの缶チューハイを飲みながら、デパスを飲んでそのまま眠っていたものだ。はっきり言って、ラムネみたいなものだ。睡眠にはとても良い。こんなのは、医者が知ったら本気で殴られてもおかしくないだろう。お酒とアルコールは近畿でも禁忌。とはいえとはいえ、それでもがんばって起きて、遅刻もせず電車に飛び乗って、9時にはこうして通えているのだから、大きな問題はなかった。
面接の前であれ、面接トレーニングの前であれ、飲めば、落ち着く。リボトリールもほとんど効果は同じだ。どちらかといえば、リボトリールのほうが、飲んだ後の眠気は少ないけれど。飲んで挑んでもいいのだけれど、まったりしてしまうから、たとえば仕事にしろ面接にしろ、自分の中の熱い気持ちを削がれてしまう可能性があることが、いちばんの副作用だと思っている。だから、飲まなくてもいい、いや、ここはがつんといってやる!という時は、ぼくは飲まない。今日はがつんといくぞ!というより、無理してはいけないという気持ちを優先して、服用した。なにも5錠、10錠入れるわけじゃない。適用量だ。
「山崎さん?一夫さんでしたっけ?」
「違います。延彦です」
僕はネームプレートを見せる。「アカキです。赤いに、木です」
「平田です」
面接トレーニングの前に、紙が配られる。僕は何度もトレーニングを受けているから、流れはわかっている。
「今日は自己紹介と、簡単な経歴、それに長所と短所のシミュレーションなので、それにまず書くんです」
と、若い高田さんに話しかける。
「自己紹介ですか」
「まあ、趣味とか。今日は志望動機までは練習しないので……」
スタッフが、同様に流れを説明する。
「最初グループで話し合ってみてください。面接で自己紹介、経歴、長所と短所、よく聞かれることですよね。そんな時、どんな風に答えればいいか。自分ならどう答えるか。逆に、自己紹介でもこんなことは答える必要はないんじゃないかとか、ちょっと時間を取りますから、そうですね、とりあえず15分くらい時間を取りましょうか。話し合ったりして、書き出してみてください。そのあとで、実際に自分の具体的な内容を書いてもらいます。職歴とか、全部書かなくてもだいじょうぶです。前はこんな仕事していたとか、それくらいでけっこうです。実際にシミュレーションしてみて、そうですね、1回5分くらいで収まるくらいの内容で書いてもらえればと思います」
僕は履歴書や職歴書はよく書いてきたので、それなりにこれは書いてやろうとか、ここは言わないでおこうとか、これまでも考えてきた。それだけ転職を繰り返してきたということだ。
「何書いたらいいんですかね。面接って、初めてなんです」
不安そうに、高田氏が僕や、ひときわ身長の高い山崎氏を見やりながら、つぶやく。事業所の面接トレーニング用のテキストをめくりながら、うろたえているようだ。
「だいじょうぶですよ。しょせん、練習ですから」
と、ちょっと僕はベテランぶってみる。自分でも、面接のベテランか……、と複雑な気持ちになる。
「じゃあ、とりあえず、話し合ってみてください。時間を計ります。時間になったらアラーム鳴らします。はい、じゃあ5分、スタート!」
「よろしくお願いします」
皆で、改めて頭を下げる。
……。
名探偵、皆を集めて「さて」と言い、という言葉があったな、そういえば。
たぶん、高田氏、山崎氏、僕の中で面トレプログラムの回数を一番受けているのは僕なので、じゃあ、と思い「さて」、と口にしてみた。
「さて……」
苦笑いしながら。
「自己紹介、やってみますか?^^;」
「いきなりですか」
高田氏も苦笑する。山崎氏はまったく表情を変えない。そういう性質の病気もある。
「じゃあ、自己紹介って何言ったらいいだろう、っていう話からしてみますか……」
と一歩引いてみる。
そうだなあ、と僕は思いつくことを言う。
「まず、名前でしょうね。名前」
「名前ですか?!」
と、高田氏が声を上げる。
「そんな、驚かなくても……」
「あ、すみません……」
ハリガネ山崎氏も「まあ、名前くらいは、まず言いますよね……」と同調してくれる。あまり面接シミュレーションには参加していないという山崎氏がさらに提案する。
「せ、性別とか」
「性別は……、まあ、うーん、見たらわかるかも」
「で、でも、人によってはわからないかもしれません……」
「ム……」
まあ、中性的な人も多い昨今。人を見た目で判断してはいけないという意見はもっともだ。
「でも、わかるんじゃないですか。名前とか……で」と平田氏が突っ込む。それに山崎氏も食い下がる。
「えでも……、カズオとか、ジュンジとかだったらわかると思いますけど、あの、ほら、マコトとか、ジュンとか、微妙な名前も、あるじゃないですか」
「む、むぅ。。」
鋭いのか、鋭くないのか。
「じゃ、じゃあ、性別、とりあえず入れますか……」
「はい!」
意見が通って若い山崎さんはうれしそうに見える。
メモに「名前、性別、」と書き込む。
「あと、なんでしょうか!」
僕は言う。
「時間も限られてるので、さくさく、どしどし、いきましょうか。出せるものだしていきましょうか。名前、性別、あ、ほら、趣味とかどうですか」
「はい!趣味、ですね」
高田氏もメモを書き込んでいる。
「特技とか」
と案も出される。
「なるほど……」と答える。僕も何か言おう。
「あ、とりあえず僕はオープン前提で練習するつもりなのですけど、山崎さんも高田さんも?」
若い山崎氏も、恰幅のいいイメージの高田氏も、うなずく。
「オープンとなったら、あれじゃないですか。簡単に障害についても触れたほうがいいかも」
と僕は促してみる。
山崎氏は答える。
「病名とか、言ったほうがいいですか」
「そうですね、、。こう、大勢の前でやるわけですから、そんなそんな、言えることと言えないこととかもあると思いますし」
これは微妙なところだ。きわめてデリケートな個人情報である。平田氏の言うことはもっともだ。
その後、「出身地」とか、「年齢」とか、どしどしと意見を出し合う。後ろや横のグループで話している内容を丸ぱくりして「あっちで言ってるあれもいいですね」みたいな感覚で盛り上がってくる。
自己紹介、経歴。経歴についても、前職について軽く触れるくらいにしようという話になる。
「長所と短所ですけど」
僕は考えを述べてみる。
「短所とか、あ、そりゃあだめだなっていうあからさまな悪いところよりも、『それ、ある意味では仕事に活かせる部分もあるかな』って思えるようなことを言ったほうがいいかもしれませんよね」
「た、たとえば……」
と高田氏が聞く。
「うーん……。『不眠が強い』っていうのは、短所ですよね。短所だけど、『それでも遅刻、欠勤せずに通所して訓練に取り組んでいます』って言えば、これはかなりのいい切り返しになるじゃないですか」
高田氏も山崎氏も「なるほど!」というように、うなずきをみせてくれる。うなずきは会話、コミュニケーションにおいては最重要要素。僕もうまいことを言った感を感じてしまう。
「はいはい!じゃあ、時間になりました!時間も時間ですので、各グループごとにはじめてください! じゃあ、スペース取って、ドア入るところから始めましょう!」
どやどやとテーブルを壁に寄せたりして、4つのグループがスペースを作る。
「じゃあですね、3人で組んで、一人ずつ始めていきます。一人が面接受けに来た人役、一人が面接官役、一人がそれを見てフィードバックする役。それぞれ、役を決めてください。それを、そうですね、2回くらい回す感じでやっていきましょう」
僕よりも若い高田氏、おそらく山崎氏も初めてなので、うろたえているようだ。それを見て僕も少しうろたえてしまう。なぜか。
「……」
「……」
「……」
「……」
仕方がないので、何度かやっている僕が口を開く。
「じゃ、決めますか」
「えーと……」
「どうせ、どの役も一回まわるんですから、適当にやりましょう」
「えー……」
恥ずかしがってもはじまらない。
「じゃ、僕受ける人役いきます」
と僕は言った。
年齢があまりわからないけれど、たぶん30歳くらいだろうと思う山崎氏が「じゃあ、僕が、面接官を……」
「じゃあ高田さん、フィードバック役ですね」
「え、何をするん、ですか」
「面接受けに来る人と面接官のやり取りを見て、だめ出しをするんですよ。声が小さかったとか、姿勢が悪かったとか、面接官に殴りかかるのはよくないと思ったとか、です」
「え!そういうことって、あるんですか!?」
「本気で取らないでくださいよ」
「びっくりしました」
「山崎さんもですか。マジですか」
「でも、今の時代、そこまでやったら逆に印象には残るんじゃないですか。ほら、よくあるじゃないですか。集団面接で裸で逆立ちしたら、通った、とか」
「え!そうなんですか」
「マジですか」
「面接は謎ですからね……。 御社の社風に共感いたしまして、とか言うよりはましかも……」
僕もかなりおかしなことを言ってしまった。
スタッフのひとが言う。
「テキストの10ページ見ながらやってくださいね。立ち振る舞いが書いてありますから。それ見ながらで結構です」
3人がテキストをめくる。僕はテキストをなくしてしまったので、真新しい山崎君のテキストを見せてもらう。
「まずドアの前に立ってください。ドアがなければ、そこにドアがあると想像してみてくださいね。あると仮定。ノック3回します。これは3回と覚えておいてください。2回だと、トイレの時みたいになっちゃうということで、ダメです」
高田君が言う。
「なんで2回だとダメなんだろう……」
「?」
「?」
「中に人がいるかを確認するために扉をたたくことには、変わりはないじゃないですか」
とつぶやく。ふむふむ。僕も確かに、とうなずく。
「トイレで大をしている人も、面接官も、同じ人じゃないか、という意見ですか……。なるほど……」
「ちょっと、納得するんですか? そこ」
と、山崎氏に突っ込まれてしまった。
「だって、面接室も、トイレも、同じようなものですよ。ねえ」
「そうですよ! ねえ!」
と高田君も乗ってきた。僕はそんなうがった見方だから面接が通らないのかもしれない。
「同じですよ!面接するのだって、ウン……」
「ちょっと、まじめにやりましょうよ」
山崎氏がキレかけた。
「そ……、そうですね」
僕は高田氏を止めた。少し暴走気味なところがあるようだ。
テキストに書いてある面接の立ち振る舞いはこんな具合だ。
ドアに向かってノックをする。ドアを開ける。挨拶をして、ドアを閉める。面接官の前に歩き、軽く自己紹介をして、着席を促されるのを待って、席に着く。質問に答える。面接終了まで頑張る。終了となったら、立ち上がり、挨拶をする。ドアの前まで歩き、礼を述べる。失礼しますと言い、部屋を出る。
ノックは3回、笑顔と笑声を意識する。面接官の目を見るが、見すぎてはいけない……、時々目をそらすことも大事、相手の鼻のあたりに視線をおくのがちょうどよい……、背筋は伸ばし、前かがみになっても、後ろにそりすぎてもよくない……、手は膝の上あたりに置く……、といった具合。まあ、基本だろうと思う。何事も、形から入るということは、大事なことだ。と誰かが言っていた。
「じゃあ、僕、赤木からいきますよ……」
イスがふたつ向かい合う。
ひとつに暴走王高田君。それを山崎氏が見ている。そのグループが4つ。
僕は近くにあるセンターの入り口に向かう。
「じゃあここ、ドアあるんで、リアルノックしますのでよろしくお願いします」
山崎氏が言う。
「あ、赤木さんテキスト、忘れてますよ」
「僕はノールックスタイルです」
「ええ!」
僕のような面接ベテはテキストを見てはいけないのだ。という勝手な思い込み。いや、見ないで行えるのであれば見ないことは、決して傲慢ではあるまい。
「赤木さんの動きはね、見ておいて損はないですよ」
と、ここで、近くで見ていた、朝、挨拶した佐々木センター長が声をかける。
「佐々木さん……。プレッシャーかけますね」
責任者のスタッフの佐々木氏がにこにことした表情でぼくたちのグループに近寄り、声をかけてくる。
「いやほんと、いい意味で赤木さんは見習ってもいいと思いますよ。ではどうぞ!」
見やると、まだどのグループも始めていないので、プログラムに参加する人、しない人あわせて、ほとんど僕が全員から注目されている状況。だけれど。
こんなありがたい機会など、ないのもまた事実。人に面接を見られる、という。
それが大勢であればあるほど、恥を搔けば掻くほど、レベルは上がる。悟空がナメック星に向かう宇宙船でかめはめ波を自分に撃ちまくるようなもの。
「ありがたい話です。ありがとうございますですよ……。まったく。出たら、30秒ほど時間を取って、入ります。よろしくお願いします」
僕は挨拶をして、廊下に出た。
raspberry sunuffをスナッフポイントに少量落とし、吸い込む。うむ。心地よい。さて、迷っていても仕方がない。僕は曇りガラスの扉を3回軽く叩く。
……。
……。
返事がない。
僕はドアを開ける。
「あ……、面接官さん、どうぞって言ってください」
「えっ!あっ、はい」
再度。
ノックする。
「え!どうぞ!?」
扉を開ける。「失礼します!」適当に口角を上げて笑顔、とはいえないまでの微笑を作り、浮かべる。後ろ手に扉を締める。うわ、皆見てるなあ。礼をして、椅子の横に歩く。立ち止まって、再度、礼。「赤木冬馬と申します。本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「えっ! と……、ちょっと待ってください、……あ、はい、『どうぞお掛けください』」
高田さんは受け答えのテキストを見て、面接官の台詞を読み上げている。
「失礼します^^」
「『では、面接を開始します』」
「はい。よろしくお願いいたします」
「えーと!では……『自己紹介をしてください』!」
「はい。赤木と申します。出身は神奈川県で、前職は、資格を活かし法律事務所で弁護士の補助業務を行っておりました。お客様との打ち合わせや裁判資料の準備、契約書の作成経験がございます。IT関係にも強く、コールセンタの経験や、牧場で羊飼いをしていたこともございます。学生時代はボクシングに取り組んでおりました。旅行が好きで、廃工場の跡地が特に好みです」
淀みはない。けれどたぶん、あっても実戦ではあまり関係ない。実際、落ち続けてるんだから。自己PRなら、多少仕事の経験的なことも話すのだけれど、ジョークも織り交ぜてやった。
「え!あ、はい。『では、これまでの経歴を簡単に説明してくだ』さい」
あ、しまった。少しかぶるだろうなあ。話が長くなるのが、僕の欠点だということを、再認識。よく言えば、「気付き」。
「はい。北海道の大学を卒業後、システム開発の企業に就職いたしました。金融系が専門で、3年ほどのち、上京を志しまして、都内のISPに転職し、コールセンタに配属されまして、回線やウェブ関連のインバウンド、受信業務を担当いたしました。その後思うところがありまして、羊飼いの経験を経て、弁護士事務所に2年所属しておりました。実務経験による法務知識を活かし、御社に貢献させていただきたいと存じます」
「……」
「……以上です」
「えっ!あ、はい。では最後に長所と短所を……」
「はい。私の長所は、現状に満足せずに、より高い目標を設定し、それを達成するため行動する点が強みです。そのために努力し、一昨年は司法試験の短答式試験に合格するという結果を出すこともできました。短所は、双極性障害、つまり躁うつ病ですが、それに罹患していることもあり、仕事でもプライベートでも、メンタル的なコントロールがうまくできないことがある点です。集中しすぎてしまい疲れを溜めてしまうことがります。実際今も午前1時ですし、平日なのに何時までカクヨムに向かうつもりなのかわかりません。遅刻や欠勤をすることはありませんが、生活のリズム、自己管理は今後の課題だと考えております。以上です」
うまく病んでる内容を盛り込めた気がするぞ。ま、こんなところだろう。この調子でまったくリアルの面接で通過する気配すらないのだから、だめだ。いちから考え直さなければならないのだけれど。
「『では、面接を終了します。……』」
「はい。ありがとうございました」
言い、立ち上がる。少し椅子の横にずれる。「本日は貴重なお時間をいただきまして、本当にありがとうございました。それでは失礼いたします」
ドアに向かって歩いて。
振り向いて礼。
「失礼します」
実際ならたいていは、エレベータ。
わざわざ一度出て、うわあ。と思い重い、頭の中を切り替えて、入り直す。
「ありがとうございました」
「お疲れ様です~。どうでした?」
みんな見てる。ふたりに佐々木氏が問いかける。
「……カンペキじゃないですかね」
「カンペキだと思うんですけど」
との評価。
「ね~、動作、なめらかですよね~。笑顔とか、どうでした?表情とか、フィードバックの山崎さん」
「え、いや、自然だったと思います」
「そうですよね~慣れてる感じしますよね~」
隣のグループで見ていた女性がこちらを向いて、声をかけてくださった。
「あの……、いいですか?これだけ人に見られてる中で、テキストも何も見ないであれだけスムーズに答えられるのって、言うことないと思いました」
「お~、姉崎さんからもいい評価いただきましたね」
「恐れ入ります……。」
だめだ。佐々木氏の言葉も。カンペキという言葉も。
何もかも。
嫌味にしか聞こえない。
皮肉にしか聞こえない……。
メンタル的に、よくない方向に向かっている気がする……。
僕は恐れ入って、言う。
「でも、結果がすべてですよ。落ちてますからね」
謙遜だ。そして、事実。なぜ落ちるのか。よっぽど第一印象が悪いからか。それとも、これまでの行いが悪すぎるのか。
とはいえひとまずやり切った感はある。ふむ、と席について、とりあえず今日の通所の目的は早くも果たせたかな、と落ち着いている僕に、近づいてくる男がいる。
「おう、見てたぜ」
と、近づいてくる体格の良い、レスラーといってもいいような男がこっそり僕に耳打ちする。
「北海道?の大学? お前、高卒じゃねえか……? 弁護士事務所? 何言ってんだ……」
なぜ落ちるのか? よっぽど第一印象が悪いのか、それとも、この男が指摘するように。
僕が……、いや、オレが、嘘ばっかり言ってるのが、バレバレだからだろうか?
「てめえ……、お疲れさまです、丸尾さんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます