練習中に金を返す。
スタッフに声を掛けて、外へ出て、俺と丸尾は近くの公園にいた。
公園の中心にある噴水には、勢いを忘れた水流が流れ、白い鳥の遊び場となっていた。いくつかの茶色いベンチには、平日なのに、大人たちが半裸のような格好で強い陽射しの下、腕をだらりと垂らして横たわっていたり、たくさん空き缶の詰まった袋を横に、休んでいる者もいる。子供を連れた主婦たちの話し場にもなっている。
あまり3DSを近づけるメリットは期待できそうにないな、と僕は思った。
男が僕にメンソールを差し出してくれる。じゃあ、と僕はあまり趣味ではないそれを、口に運び、最近流行なのだろう、吸い口を歯でぷち、と噛み潰してやった。
「なんだい、丸尾さんよぉ……」
僕は後ろポケットからピストル型スタンガン式ライターを取り出し、着電させる。
「なんだはないでしょう。今日の約束ですよ」
邪悪な笑顔を向けてくる。
「ったく……。面接の仕事はおろそかにしても、債権回収は怠らない。大したものだよ。お疲れ様、だ」
「赤木のアニキは、俺の中では信用は高いですからねえ」
「お前さんの信用が良くたって、CICやJICCの信用が悪ければ、しょうがないさ。俺の払いがいいことくらい、知っているだろう……。 ええ? 黙ってたって、出すもんは、出すさ。ったく、ほら」
後ろポケットからさらに、封筒を取り出し、ひらひらさせる。
「100万円だったか……? 持ってけよ」
「100万円じゃないですよ。3000円です」
「1万円の、3000円5回払い。これで完済だな」
「ご利用ありがとうございます」
「ったく……、ありがとうよ、ノンバンク」
好みではない、メンソールの煙とともに丸尾に渡してやった。
「法定利息超えてない?受け取りを書いてくれ」
「アニキ、だめですよ」
これがこの男、金貸しの丸尾の口癖。
「だめなことがありすぎて、何から詫びたらいいか、わかんねーよ」
「嘘言いすぎですよ。北海道なんかいたこと、ないでしょう」
「どっかの芸能雑誌じゃあるまいし、そんな細かい経歴なんか、中小企業はいちいち調べねえよ。いまは個人情報保護法が大事~に守ってくれるんだ。『そちらに在籍されていた方を調べているのですが』なんて言ったって、めったに情報なんか、漏らさないよ」
「法律は、活用しないとね……」と、僕は青空に向かって煙を吹きつける。
「面接の所作はさすがだと思いますけどね。経歴なんか、うそばっかりじゃないですか。だめですよ。佐々木さんからも駄目出しくらったって言ってたばかりじゃないですか。いつから弁護士になったんですか?」
「弁護士とは言ってない。それに、まるっきり嘘ってわけでもない。弁護士って言ったら弁護士法であげられちまうけどさ……。それなりの国家資格もある。MOSもMOTもオラクルもある。アピール、そう、アピールなんだ……。 1を10にも100にも見せる。それが自己PRというものじゃないか。ええ?」
僕はまたさらに、後ろポケットから詩集を取り出してめくりながら、たばこをふかす。
「自己PRもいいですけどね、こないだ、またアニキのこと、悪く言ってましたよ」
「誰?」
心当たりがありすぎる。
「荒川のガキですよ!」
「ああ……、荒川さん、ね。あまり面識が、ないんですよ。この半年、ほとんど話したこともない。うん。興味ないな。言わせとけ、ば」
僕はこの丸尾こそいちばん裏で僕のことをないことないこと言いふらしている黒幕だということを把握している。ちなみに、彼の言うガキとは、中学生や高校生を対象に言うような「ガキ」ではなく、ヤクザ同士が使い合うような意味での、「ガキ」で、男性も女性もたぶん対象になる言葉。「あの野郎」とほぼ同義らしい。
「こっちはシミュレーションだ職歴だ、さっき来てたヨッチはやる気500のやつばっかだし、お祈りは届くわ、面接日付の調整だって忙しいのに、そんな派閥みたいなことに関わってられないよ」
「アニキ、書類通ったんですか?」
「ああ、なんか、来てましたよ。 再来週面接。」
「『ここ』ですか?」
「ここ。」
「凄いじゃないですか!」
「先は遠いからね……、書類、通るだけでもかなり奇跡に近い……のかな」
「記念受験、記念面接じゃ終われないでしょう。頑張ってくださいよ」
「まあ、頑張るけど……、しかし、いいのかい?」
「何がですか」
僕は僕のリトルシガーに着電する。ライターなら着火だが、電気で付けるから、着電だ。
「事業所内はメンバー同士の連絡先交換は禁止!持ち物の貸し借りも禁止!本もだめ、おかしをあげるのもだめ飲み会に行くのも禁止酒を飲みながら来るのも禁止!錦糸町に逃げるしかなくなっちまうよ。なのに、金ばっかり貸して、利益は出てるんですか?俺みたいに払いのいい人間の集まりでは、ないだろう」
何しろ、「就労移行支援事業所」という性質上、就労していない人の集まりの中、よく貸金をしようという気になるものだと思う。まあ、おそらく、これも一種の自己アピール、自己PRなのだろう。誰だって、頼られれば、悪い気はしない。僕のようなお金がない人間に金を貸す。それはひとつ、人の優位に立てる、ということなのかもしれない。ばれたら厳重注意ですむかどうかの行為だけれど、まさに、そこは闇金ウシジマくんのような世界のように、ある種信頼関係ということになるのだろう。
「まあね、アニキのような人からはちゃんと回収できるからありがたい客ですけどね。新間からも貸してくれって言われましたけど断ってやりましたよ」
「なんて? なんで?」
「あいつ嫌いですから」
と、悪辣な笑顔。
「ま……、バレないように」
「じゃ、戻りますか。アニキの面接、見てますからね。あ、それから利息として、また貸すときのあれ、作ってくださいよ」
「何、金銭消費貸借証書? 『利息として』は、だめ。対価と解釈されたら法に抵触しちゃうから」
「誰が解釈するんですか」
「さあ……」
僕は吸いかけの煙草を地面に叩きつけて、靴で踏みつけてやった。それをブラックデビルの携帯灰皿に押し込む。
「じゃあ、先に戻ってますよ。履歴書作らなくちゃ」
「おい、ノンバンク!」
丸尾が振り向く。
「忘れもんだ」
僕は錠剤を投げつけてやった。
「ジプレキサ。副作用として、飲めば1日1Kg太る」
「これ以上僕を太らせる気ですか?」
「あんこ型のプロレスラーになるには、最適だよ」
「なりませんよ!」
「土曜日の後楽園大会、行こうぜや」
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