練習再開

「や……高田さん、ですね。ご自分で認識しておられる長所と、短所を、お聞かせ願えますか」

「長所は……、ええと、絵を描くのが得意なことと、短所は、ええと、……人付き合いが悪い、こと、でしょうか」

「なるほど、わかりました。では面接は以上で終了です。お疲れさまでした」

「えっ!あ、はい、……『本日はありがとうございました』、『失礼します』」


 お疲れ様です、ぱちぱちぱち、と僕と山崎さんは手を叩く。

「ありがとうございました」

「はい、じゃあ、僕から、『良かった点』を……。あ、すみません、フィードバックは山崎さんから……」

 僕は面接官役なので。

「き、きちんとテキスト通りの流れでできていたと思います」

「え。あ、はい、ありがとうございます」

「『改善すべき点』は、言葉をはっきりと話せるようにするとよかったと思います」

「はい。ありがとうございます」

 では僕も。

「面接、シミュレーションも含めて、初めて、なんですか?」

「え、はい」

「声が大きくていいなって、思いました。小さいよりは、大きいほうがいいと思いますから。失礼します!とか、すごく通りもいいし、良かったですよね」

「はい」

「内容ですけど、そうですね、自己紹介で、好きな漫画はあまり関係なくなってきますかね……。仕事に就くための場なので。僕もはねバト!は大好きだからすごくわかるんですけどね。絵を書くのが得意、というのも、むしろ長所で言うよりは、自己紹介の方に持ってきたほうがいいかも、って思いました。それと、なるべく、『ええと』とか、『うーん』は言わないように気をつけると、よくなると思いました」

「あ、はい!」

「ねえ、でも、初めてだから、いくらでも、ねえ」

 と、山崎氏を見やって、言う。

「そうですね。流れとか、これから掴んでいけばいいと思うんで」

「はい」


 そんな流れを繰り返し、面接シミュレーション、午前のプログラムは終了。

「はいはーい!では、これで一通り今日の午前のプログラムは終了します。みなさんね、それぞれいただいたアドバイスをメモしたり、心に留めたりして、次の訓練や実際にね、面接の時を考えて、イメージトレーニングしたり、履歴書や職歴書を作るときの参考にもしてください。決して、忘れないように。今日ほとんどの方がテキストを読みながら、手に持ちながら訓練されていたと思いますけど、流れを掴むまではそれで全然結構ですので。大事なのは繰り返し繰り返し練習していくことで、流れが身体に覚えてくるということですからね。動きがぎこちなかったり、ここで何を言うんだっけ、とか、そういうことは初めのうちは全然気にすることありませんよ」

 

 時間は正午数分前。 

 今日の日直当番は、中邑さんですね、とスタッフの佐々木氏が言う。

「はい、ではこれで午前の訓練は終了となります。午前でお帰りになられる方は、日報を提出してお帰りください。午後の訓練に参加される方は、休憩に入ってください。それではお疲れさまでした」

「お疲れさまでした」

 

 20人のうち、半分ほどが、午前で帰宅するようだ。日報には「今日の体調」や「就寝時間、起床時間」「今日の取り組み」とを記載し、帰り際にスタッフに提出する。僕は午後は履歴書、職務経歴書の手直しに専念しなければならないので、まだ帰るわけにはいかない。


 帰宅したり、昼食を持ってきているメンバーがセンター内に残る。皆、昼食を食べに外に出たりして、室の中にいるのは、僕を含めて5人ほどしかいない。僕は入り口が見える位置のテーブルに座り、昼食を入れたパックを取り出して、殻を剥いて食べ始めた。バッグから岩波文庫を取り出して、ページをめくりながら。

 遠くの壁際の席に、同じようにテーブルに本を重ねて、なにかを口にしている女性が目についた。

 あの人は何を読んでいるのか、気になった。けれど、声を掛けることは、ためらわれた。

「中邑さん、お疲れさま……」

「お疲れ様です!赤木さん」

 さわやかな彼の笑顔。スポーツマンらしい体格で、さっぱりとした髪型はさぞ、第一印象が良いと感じる。やはり、人は第一印象だ。何度も面接を受けたけれど、はっきり言えば第一印象がすべてなのかもしれない。ひとは第一印象が9割、とはよく言われるけれど、もう、十割なのではないかとも思える。

「改めて……おめでとうございます」

「中邑さんには、時間取ってもらって……。公園で自己紹介の練習にも付き合ってもらいましたから。いや、まだ面接ではないですけどね。志望動機も見てもらったし……本当にありがとう、ございます」

「いや……、こちらこそ、僕にできることがあるなら、力になりますから」

「すごいのは中邑さんの方ですよ。4次面接まで行ってるんですから……。さすがです」

「これもどうなるかわからないですけどね」


「中邑さん、こんなシミュレーション、やってて意味あるのかなって思うんですよ」

「……そうですよね……。意味がないことはないでしょうけど、実際の面接ってなってくると、ぜんぜん違って来ますからね……。面接って、やっぱり、場数踏むことですから、このシミュレーションだって、その一つとして重要だとは思いますよ」


「中邑さん、ステージ4に入ってどのくらいになりましたっけ」

「就活レベルのステージですか?半年くらいですね。赤木さんは3,4か月くらいですか?」

「そうですね。そろそろ決めたいところですね……。お互い」

「っていうか、またお昼ご飯、ゆで卵じゃないですか」

「これは、ダイエットです。減量です。金がないですから、経済的強制的ダイエット」

 僕が壁際の女性に視線を一瞬移したのを、彼は見逃さなかったようだ。

「来てるじゃないですか、彼女」

「ム……うーん……」

「声、かけてきたらどうですか」

 僕は躊躇する。迷惑かもしれない……。しかし、そんなことを言っていては……。

「一緒に昼ごはん食べられるように、呼んでみましょうか?」

 僕はさすがに、そこまでに中邑氏の世話にはなれない。中邑氏は、この事業所のエースといっていい。そんな彼に、いつまでも手伝ってもらっていては……。甘えているわけにはいかない。

 しかし、完全に壁際、それも隅で本を読んでいる女子の隣に、さりげなく「ここ、空いていますか」と声をかけられるほど、僕はジゴロじゃない。スタッフの目もある。

 いや、いや、そんなことは言い訳に過ぎない。僕が、望んでいること、話がしたいな、ということについて、臆している。それができないことの言い訳をつらつらと自分の中でもっともらしく理由づけしているだけ……。

 こんな情けないことでは……。何が何やら、わからない。

 「行くの?、行かないの?」僕は自分に問う。

 いつまでも中邑さんの世話になっているわけにもいかない。自分のことは自分で。

 僕はスタッフ席を見る。千草スタッフがひとりだけ、PCを触っていた。

 意を決してゆで卵と数冊の本を携えて、壁際の席へ向かう。


「嵐が丘、じゃないですか?」


 彼女がテーブルに置いている本が、見えた。

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