そして、閉まつた扉。
あれから時間が経った。
寒い朝。
目が覚める。
嫌な夢を見ていた気がするが、よく思い出せない。
時計を見る。既に10時を回っている。布団の中からリモコンでテレビを付ける。ワイドショーも終わっている時間だ。なぜこの時間帯は、毒にも薬にもならない番組が多いのだろう、と思う。時代劇の再放送とか。
外へ出るのは億劫だった。起き出し、冷蔵庫の中を覗く。とりあえず、飲みかけの酒に口を付ける。カップに半分ほど残っていたのを飲み干すと、小蝿の舞うキッチンシンクに容器を放る。
これで少しでも目が覚めるってもんだ。
大きくため息を吐いて、適当に
そろそろ、出なければいけない。しかし、身体が重い。やる気が出ない。
就職活動のことを諦めたわけじゃ、ない。もうすぐ、30になるんだ。実家から金は送られてくるから、就職なんかしなくたって、生きてはいける。でも、目標だってある。今は足止めを……足止めを食ってしまっている。
もともと、法律事務所の当ては、あったんだ。さっさとそこに潜り込んでしまえば、よかった。それが結局、例の一件で棚上げになってしまった。就職活動だって……。結局、第一志望の、あれだけ志望していた企業も……、不採用に終わってしまった。
いつまでも酒を飲みながらパチンコばっかり打ってるわけにもいかないのはわかってる。わかってなかったら、就労支援事業所なんか、通ってなかった!
だりぃ。
これも、あの野郎が悪い。
あいつさえ、いなければ。何の恨みがあるっていうんだ……。センターのスタッフに言っても、結局、ろくに対処してくれなかった。何の解決にもならなかった。警察によほど訴えてやろうと思ったくらいだ。思い出すだけで、怒りが込み上げてきて、止まらなくなる。スタッフにはさんざんなんとかしろと言ったのに、落ち着きましょうだの、冷静になりましょうだの、そんなことばかり。事なかれ主義の責任者め……。結局、この有様だ……。
あいつの顔を思い出すだけで、いらいらする。
「クソッタレ!」
最近買い始めたパチンコ雑誌を床に布団に叩きつける。
もやもやする。頭の中であいつの声が聞こえる気がする。名前を呼ぶ声も。「お前みたいな奴が、まともな職に就けるわけがねえだろう」「身体だけでかくて、頭はからっぽ」。
からっぽ。からっぽという言葉……。
今の自分は、からっぽなのか?
なんでそんなふうに言うんだ。何が悪い。何が悪い!
今日も通院しなければいけない。医者からも、病気は良くなってはいないと言われるようになった。実際、センターのあの事件の後、部屋にいても、あいつの声が聞こえるようになった。センターの中だけじゃない。本当にそこにいて、ドアの向こうに立っているような気さえするようになった。夜、気になって起きて、ドアを開けてキッチンの方を見たりもする。でも、誰もいない。夢だったのか?夢じゃない。
いる。いるんだ。そんな感覚が、止まらなくなっていた。
様子を心配してか、母は毎日電話をかけてくる。今どこにいるのか。食事はちゃんと食べたのか。薬は飲んでるか、病院には通ってるか。気になるから顔を見せてくれ、ビデオ通話にしろだの……。
いつまでも部屋にいるわけにもいかない。病院に行かなければ。
厚手のアウターを着るにはまだ早い時期だが、ジャンパーを着込む。外を出た。陽の光はまだ弱いが、昼頃にはおそらくかさばることになるだろうな、と思った。出る前に、冷蔵庫から酒を1本、取り出してポケットに入れた。それでも足りない気がして、やはりもう1本のカップを取り出す。ポケットに入らないからリュックに放り込む。
部屋を出ようとする。
ふと、自分の部屋を振り返って、見る。
そんなものを目にしながら、なにもせずに外に出て、ドアを閉める。その時の音が、何かを意味する音に聞こえた。なんだろう。がたん、?ばたん、?さだん?しゃだん?
そうだ。シャダン。そうだ。
社団? 社団を設立しろということだろうか。そうか。そういうお告げなのかもしれない。社団、社団、社団。
遮断との、ダブルミーニングだろうか。
ふとそれを思うと、気分が一気に落ち込んでくる気がした。
今の自分を、扉を閉めることで、遮断したな、という神様からの警告なのかもしれない。眼の前のことから、逃げているなと。神様からきっと、怒られているのだ。
酒瓶を放り出したままだった。布団は敷きっぱなしだった。そんなことでは、いい人生を歩めない気がした。そうだ。電気代だって払っていないままじゃないか。ガス代の請求書もそのままにしてた気がする。そうだ。あの事件のことだって、本当は自分が悪かったのかもしれない。だから、あいつが生霊となって、警告しているのかもしれない。きっとそうだ。
そうだ。社団を立ち上げよう。社団的なものでいい。NPOだ。NPOがいい。NPOなら人の役に立てるはずだ人の役に立つようなことをして、これまで生きてきたことの償いを。
そう。この発想は凄いはずだ。きっと主治医が聞いたら驚くと思う。よくそこに気がついたと。神様の声をちゃんと解釈できる力があることを先生に示してみせよう。そうすればきっと、これが病気なんかじゃないことをわかってくれるはずだ
よし!
いつか、いつか、
立ち直っていこう。
そう、思い、人通りの少ない道を、歩み始めた。
それは彼にとって、誰も通ったことのない森の中を歩み、道を切り開き、けもの道のように思えた。いつか俺の通る道がけもの道になる
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