みんなちがって、本当にいいと思うのか。
茶色とベージュのタイル式カーペット。
真っ白なデスクにはデュアルモニタのPC。
黒のシンプルなオフィス用椅子に座り、アイスコーヒーをすすりながら、採用担当部署のオフィスで、小原は何をするでもなくサイボウズをいじっていた。
オフィスのPCなんか、ログが残るから、暇な時は仕事をするふりをして、つまらないサイボウズでもいじっているふりをすれば、それなりに何かに励んでいるように見えるものだ。
カレンダーを見たり。関係のない議事録を読んだり。意味もなく従業員規則をながめてみたり。
「あれっ?」
小原は思わず言ってしまった。あれ?
カレンダーの予定表に、来客予定がある。
よく見ると、通知のポップアップも出ている。
これ、今日じゃない? ……しまったな。全然頭になかった。
「ねえ坂口さん、飯塚さん見なかった?」
隣の同期の女性に声を掛ける。
「あー、さっき喫煙所行ったよ」
「さっきって何分くらい前?」
「え、いまいまだよ」
「やっばいな。もう時間じゃん。ねえごめん、チャットでデータ送るからさ、この人の書類2部ハードコピーしといてくんない?」
「なに、これからなの?」
「11時から」
「今じゃん!」
小原は同じ部署の飯塚を呼び戻して、二人は場所を変えて履歴書と職務経歴書をさらっと眺めた。
「何だ。またウチの利用者さんか」
「は?飯塚さん、どこに書いてます? ……、って、これうちのセンターの利用者向けの履歴書かよ……なんだ。またオープンか……」
「小原。今週で、何人目よ? 利用者でウチ志望」
「いちいち数えてないですよ。先週は役員面接まで持ってった志望者いましたけど」
「ああ、まあ、な」
「あ、いたいた。11時からのお客さまいらっしゃってます」
先ほどハードコピーをしてくれた坂口が二人に声を掛けた。小原は頷いてみせた。
「行くか」
「はい、飯塚さん」
エレベータの中。
就労移行支援事業のポスターが貼ってある。
体験者の喜びの声。成功例の言葉。見慣れた標語じみたフレーズ。
希望が見えました!頑張って就職できました!やれば、できました!
そして、ある言葉。
「ったく、どこもかしこも、こればっかりだな、小原。」
「ああ、どこにも載ってますよね、これ」
「うちの求人ページにもあるだろ、これ」
「ありますね、これ、飯塚さん……」
「はじめにウチの広報で使い初めた時は、ずいぶん刺さるモン出してきたなと思ったんだけどな。刺さりすぎるっつーか、ハマりすぎたっつーか。この言葉……。この事業やってるとこ、みんな流用しだしちまったのな」
「へえ。『みんなちがって、みんないい』……」
元ネタあるんですか、と小原が聞く。
「詩人の言葉だよ。アレだ。なんつったっけ。忘れた。ああ、あの人だよ。覚えてるか?3.11の時、じゃんじゃんCMで流れてたやつ。『遊ぼうって言うと、遊ぼうって言う、ばか。って言うと、ばか、って言う』ってやつ。あの詩の人」
「ああ~あれか。わかりますわかります」
名前……出てこねぇ、誰だっけ、と、飯塚。
「そんで、一つ覚えみてーに、どこもかしこも題目みたいに同業種がこの言葉使っちまって、ウチじゃ求人ページにまで載っけちまったから、みんな感激しちまって、そのまま勢いでエントリーページに乗り込んじまうって寸法」
「そりゃ、障害者も就労目指そうって事業やってるウチが、障害者はエントリー対象外ですとは、書けませんからね」
「それにしたって、訓練受けてる側からいきなり指導する側に回ろうってのは、……厳しい言い方だけど、身の程を知るべきだと思うがな」
「気持ちは、わかりますけどね……。せめて、福祉系資格くらいないと」
書類を、ぽん、と手の平で叩いて、後藤は聞く。
「で?なに、この人は鬱か。それとも、発達障害か」
「躁うつみたいですね」
「そう」
「はい?」
「いや、なんでもない。そうね。……ただ、なんつーか、やる気と頑張りますじゃ、残業100時間は乗り越えらんないしな……。倒れられても、困るのは会社だからな」
遅いエレベータが階に着いた。
「ああ、思い出した」
「何をですか?」
「さっきの詩人の名前」
「ああ……」
「金子、みすゞ」
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