第3話 緋色の前奏曲(ひいろのプレリュード) -魔女との朝食-
「カノア、朝食の時間だ」
「……ニャッ?!」
カノアと二人だけの女子部屋に戻ってすぐ、レイアはぐっすりと眠っていたカノアに声を掛けた。食いしん坊のカノアは、食べ物の話題を出すとすぐに反応する。ぴょこんとベッドに飛び起きて、寝ぼけまなこをこすりながら身支度を整えようとしていた。
その愛らしさに思わず顔を
*
城の一階にある食堂では、すでに二十人ほどの魔導学生達が朝食を取っていた。
食堂には大きな木のテーブルが置かれ、その人数は楽々と収容できる広さがある。だが魔女ブランシェとレイア達五人は、生徒達の食事が終わったあとに一緒に食事を取るのが習慣になっていた。
六人が交ざるとさすがにスペースが足りなくなってしまうというのも理由の一つだが、この城で一番の魔力を持つ魔女ブランシェと、その魔女を説得し王都との協力関係を取り付けた五人は、何となく英雄として別格扱いされているのだ。
「ニャ~、今日も美味しそうなごはんだニャ♪ いただきますニャ♪」
嬉しそうに猫の尻尾を揺らしながら、食事当番の生徒達が作った朝食にカノアが飛びつく。
さっそく大きな丸パンを二つほどぺろりと平らげるカノアを見て、思わず笑いをこらえつつ、他の五人も食事に取り掛かった。
食事は、鮮やかな
生徒達の細やかな気配りにより、カノアとカッツェの前にはどっさり、ノエルとレイアには少な目の食事が、そして魔女ブランシェとヴァイスの前にはサラダとスープだけが置かれていた。ホワイトエルフであるヴァイスとブランシェは、ほんの少しの野菜だけで事足りるのだ。
*
カノアの隣で、ノエルとヴァイスが今日も熱心に魔女ブランシェと魔導術についての論議を交わしていた。
魔女ブランシェを挟んでその隣に座るのは、ホワイトエルフの青年ヴァイス。彼はここからほど近い「東の王都」で白魔導師をしていたが、その後ノエルの住む「北の村」に移住し、ノエルとともにギルドを組んだ。魔女ブランシェが二百年にわたって他者を寄せ付けないために維持して来た強力な幻術と結界を解き、彼女を説得したのも、彼である。
魔女ブランシェは熱心な若者二人に囲まれて、嫌がる風でもなく自らの魔導術の知識を余すところなく教えてくれている。
二百歳を優に超える彼女は、ヴァイスと同じホワイトエルフだ。レイアたちダークエルフもそうだが、エルフ族というのは総じて人族よりも寿命が長い。その彼女が長い年月の間に溜め込んだ知識は相当な量となり、まさに生き字引となっていた。その話を聞くノエルとヴァイスの興味は尽きない。魔女自身も非常に知識欲旺盛で、最新の政治状況や西大陸の様子を聞いては、会話を楽しんでいた。
もう一人、カノアと同じようにがつがつと食事に食らいついている男もいる。南方にある島国出身のカッツェだ。今は室内なので戦士としての装備は外しているが、普段は武骨な鎧に身を包み、パーティーの前線を守る勇敢な戦士である。正義感の強い彼が、南方諸国で暴れる魔物達を退治しようと単身で行動を起こしたことから、この五人の出会いは始まったのだ。
戦士らしく、魔導術よりも自慢の斧の腕を磨きたいというカッツェのもっぱらの仕事は、魔女の城の周りに植えられた防御用の植物――
*
それまで会話をしていた魔女ブランシェが、ふと何かを思い出したように手を止めた。
「む、そういえば最近バタバタして忘れておったが、そろそろ
「まじない封じ?」
好奇心旺盛な少年ノエルが、すぐに何事かと身を乗り出した。この少年は何にでも無邪気に興味を持つのだ。
「うむ。年に一度、冬至の日だけとある対処をしなければならない厄介な呪いの品を預かっておっての……」
そう言いながら、魔女が顔をしかめた。
「厄介」、「呪い」という言葉と、ただならぬ魔女の表情とに、それまであまり会話に参加していなかったカッツェやカノアも話を聞き始める。
実はこの魔女、驚くべき「副業」を持っていた―—。
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◆登場人物紹介 No.3: ノエル(魔導師)
天真爛漫な魔導師の少年。12歳。柔らかな金髪と薄蒼色の瞳が特徴。
攻撃系の魔導術が得意で、その攻撃力はかなりのもの。
彼が稀有な魔導術の才能を持っているのは、亡き両親から強力な精霊を引き継いでいるためである。
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