第21話 悪魔リュトムス・2
レイアは闇の中にいた。
何も見えない、砂の粒ほどの光もない、完全な闇。
レイアは目の前に自分の手をかざしてみた。だが、どんなに近付けようともその手は見えない。瞼を閉じても開いても、全く景色が変わらないのだ。
自分の呼吸の音だけがやけに大きく聴こえてくる。手にも足にも何も感じない。何もない空間に浮かんでいるようだった。
事実を確認するにつれ、急激に鼓動が早まり恐怖が襲い掛かってくる。
他のみんなはどこだ? すぐ近くにいたはずだ――。
だがどんなに手を伸ばして周りを探ってみてもその気配は微塵も感じられない。
完全なる孤独。
それをレイアは初めて体感していた。
今まで孤独だと思っていた自分が、実は孤独でもなんでもなかったのだと気付く。
どんなに一人ぼっちでも、周りには森の木や土や、動物達がいた。精霊が視えるようになってからは、自分の周りに常に精霊達の気配を感じられた。
精霊はどこにでもいる。海の中にも、荒れ果てた大地にも、空気の薄い雲の上にも。精霊は、自然――すなわちレイアを取り巻く世界そのものに存在し、満ち溢れていた。
レイアはその自然のなかで「生かされて」いたのだと初めて気付いた。
だがここには何もない。何もない空間――「無」そのもの。
これは「死」なのか? この真っ暗な闇、そして孤独。
これが死だとしたら、私は死にたくない。こんなのは嫌だ。例えどんなに苦しくとも、生きていたい――
死への恐怖に抗うレイアの心に、悪魔リュトムスの声が聴こえてきた。
*
『レイアよ、お前はなぜ生きることを望む? 人を殺したお前に、生きる価値はあると思うのか? あの者達、あの純粋な仲間達と一緒にいて良いと思っているのか?』
(それは……)
不思議な声は、レイアの頭の中に直接響いてくるようだった。
悪魔の言葉は、レイアが心の奥底に秘めながらずっと目を向けることを避けてきた疑問をレイアに突き付けてきた。
声は冷徹に続けた。
『お前は誰も信用していない。お前は誰も愛していない。そんなお前に、あの者達と一緒にいる資格があるのか?』
(違う……違う!)
レイアは必死で抵抗した。
確かに昔の自分はそうだった。誰も信じず、誰も愛せない。自分すらも愛せず、何のために生きているかわからなかった。
だが今は違う。自分に皆と一緒にいる資格があるのかはわからない。それでも皆と離れるのは絶対に嫌だった。
ノエルやカッツェ、ヴァイス、そしてカノア。彼らのいない世界など考えられない。彼らがレイアに生きる意味を教えてくれたのだ。
(私は、自分の意志でここにいる! 皆といたい。皆と同じ景色を見たい……)
そしてレイアは初めて、自分の心の奥底に宿る大切な想いに気付いた。
(……私は皆を愛している!!)
*
レイアの声が響き渡るとともに、悪魔の闇が解けた。
レイアはノエル、カッツェ、ヴァイス、カノア、クラングとともに、もとの黒き山の頂にいた。
悪魔の姿はどこにも見当たらない。だが、声だけがどこかから聴こえた。
『お前達の探す者は、"黄金の月"にいる。――探し出すがよい』
レイア達は、悪魔リュトムスの幻惑に打ち勝ったのだ。
クラングの息子リートは「黄金の月」にいる――。レイア達の口から思わず安堵の溜息が漏れた。
レイアは自分の背中が汗でじっとりと濡れているのに気づいた。まるで悪い夢を見たあとのようだ。
だがレイアの心は爽やかに晴れ渡っていた。
暗い闇に包まれた黒き山の上で。レイアの心には、何人にも侵されることのない「強さ」と「信念」がずしりと鎮座していた。
===========================
◆冒険図鑑 No.21-1: 青の泉
神秘的な蒼い光を湛えた泉。ダークエルフのクラング達が囚われていた場所。悪魔リュトムスの住む「黒き山」へ到達するためには、必ず「青き泉」を通らなければならないようになっている。
◆冒険図鑑 No.21-2: 黒き山
絵画の世界の最奥に位置する、漆黒の山脈。悪魔リュトムスが住まう場所。
黒き山からは他の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます