黒き山

第20話 悪魔リュトムス・1

 レイア達は魔女の城での休息もそこそこに、再び絵の中に戻る準備を整えた。

 息子を絵の中に囚われたままのクラングが、いても立ってもいられない様子だったからだ。

 五人は魔女の城で少し遅めの昼食を取って腹ごしらえをすると、クラングだけを連れて再び絵の世界へと入り込んだ。


 再びノエルが吹きならしたオカリナは、重く悲しい旋律メロディーを奏でた。


 重厚で、暗く。

 どこまでも冷たく、深い深い闇の音色――


 まるで、妻と子を失ったクラングの悲しみを表現しているかのようだった。

 ――いや、彼の息子はまだ絵の世界で生きている。クラングと同じく、絵の世界にその身を囚われているだけだ。


 諸悪の根源である悪魔リュトムスを倒せば、クラングの息子リートもきっと戻ってくるはずだ。

 レイア達は未だ正体のわからない悪魔と全力で戦う決意で、絵の世界へと入り込んだ。


*

 気が付くとレイア達は、闇夜にそびえ立つ高い山の頂に立ってた。


 周囲には険しい山々のシルエットがそびええている。それはまるで夜の女王がいただく漆黒の王冠のように、重々しく暗闇に浮かび上がっていた。


 遥か山の麓を見下ろせば、まるでミニチュアのように小さな「白の雪原」や「赤の洞窟」、その向こうに「青の泉」が見えた。

 間違いなくここは絵の中の世界であり、レイア達がいま立っているのは「黒き山」だ。絵の世界に戻ってきたのだ。


『……懲りずにまた戻って来たのか、異界の者よ』


 突然声がして振り返ると、漆黒のマントをまとった人物が立っていた。

 黒い髪に黒い肌。全てが夜闇のように真っ黒で、背後の夜空に溶け込んでしまいそうな姿をしている。その人物は存在自体が影そのもののようにおぼろげで、表情すら伺い知ることができなかった。


「お前が悪魔リュトムスか?! 息子を……リートを返せ!」


 クラングが悪魔に向かって叫んだ。拳は怒りで握りしめられ、その言葉には切迫した感情が込められていた。

 まさか幼い息子もまでもがこの世界のどこかで怪物に変えさせられ、悪魔の意のままに操られているのではないか……父親の不安は頂点に達していた。


*

『いかにも、私がリュトムス。だが、お前の息子を返すことはできぬ。これは、その息子自身が望んだことだ』

「何っ?!」


 思いがけない悪魔の言葉に、クラングは動揺した。

 クラングの息子リートが望んだこととは、どういう意味だろう? 絵の中に捕らえられた者達は、誰一人として望んで入った者はいなかった。いつの間にか強制的に転送され、そのまま出られなくなってしまっていたのだ。


 リートは自分の意志でこの世界に留まっていると言うのだろうか?

 ――いや、そんなはずはない。きっとこの悪魔は嘘を言っているに違いない。


 獣人蜥族のレザールや獣人馬族のスタドがそうであったように、闇に囚われて無理やり悪魔と契約させられたのだ。幼い子供の魂までも奪い絵の中に縛り付ける悪魔のやり方に、レイア達も悪魔への憎しみを募らせた。


「息子を返せないと言うのなら……、力づくで居場所を聞き出すまで!」


 逆上したクラングが半月刀を閃かせ、悪魔リュトムスに襲い掛かった。


*

 悪魔は、クラングの刀をいとも簡単にひらりと躱した。クラングの半月刀は虚しく宙を切る。


「くそっ」


 クラングは何度も悪魔に向かって激しく半月刀を振り回した。その刀筋は決して素人のものではない。クラング自身は間違いなく優秀なダークエルフの戦士であることが、その動きからは見て取れた。

 だが、悪魔はまるで煙のようにひらりひらりと巧みにその刀を躱す。


「なぜだっ……!」

『愚かな。ここは私の創り出した世界。この世界で私に敵うと思うのか?』


 悪魔は嘲笑うとも憐れむともつかない声で語った。


『私は実体を持たない。ゆえに、いくら刃を振るおうとも私を倒すことはできない』


 ぶすり、とクラングの刀が悪魔の胴体を貫いた。いや貫いたのではない、通り抜けたのだ。

 悪魔は何事もないことを見せつけるかのように、そのまま宙を滑って横に移動した。クラングの刀と腕は悪魔の体を素通りし、悪魔の体には傷一つ付いていない。煙に刀を突きさすようなものだった。


『ここでは何をするも私の意のまま。私に従う気がないのなら、ここから立ち去れ』


 悪魔が最後の警告として腕を振り上げた。

 確かに悪魔の創り出した世界で悪魔に敵う者などいない。精霊と同じく永遠の存在である悪魔を倒すことなど、本来できないのだ。それがいかに無謀な挑戦であるかということはレイア達にもわかった。だが、クラングは屈しなかった。


「俺は、息子を取り戻すまでここから出るつもりはない!」


 悪魔は諦めたように首を振り、レイア達を追い払うように腕を振った。

 とたんに、レイアの目の前に闇が広がった――。



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◆冒険図鑑 No.20-1: 赤の洞窟

 絵画の世界の入口となる洞窟。吹き出る溶岩に囲まれた灼熱の洞窟。

 獣人蜥族リザードマンのレザールが火吹竜ファイアドラゴンの姿となり囚われていた。


◆冒険図鑑 No.20-2: 白の雪原

 純白の雪に囲まれた雪原。獣人馬族ケンタウロスのスタドが軍神馬オーディンとなって囚われていた。

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