第19話 瑠璃色の接続曲(るりいろのメドレー) -クラング-

「うう、私はここで何を……」


 先ほどまで戦っていた青銀髪のダークエルフの戦士が、呻きながら身を起こした。悪魔リュトムスの呪いが解け、正気を取り戻したらしい。


「リュトムスの洗脳が解けたのか?!」

「リュトムス……そうだ、あの悪魔が! 悪魔が私の息子を捕らえているのだ。早く息子を連れ戻さなくては……!」


 カッツェの言葉に、ダークエルフが慌てた様子で周囲を見渡した。

 どうやらこのダークエルフの男は、この世界に来る前の何らかの記憶を持っているようだ。レイア達は男を落ち着かせ、話を聞いた。


*

 ダークエルフの男の名は、クラングといった。クラングは落ち着きを取り戻すと、レイア達に絵の世界に入る前のことを話してくれた。


「私には、リートという息子がいる。息子は、母を病気で亡くしてからというもの、悲しみに暮れずっと一人で部屋に篭って絵を書いていた。その息子がある日、忽然こつぜんと姿を消したのだ。息子がいた部屋には、あの絵だけが残っていた。あの悪魔リュトムスが……この絵の世界に息子を閉じ込めたのだ!」


 なんと、あの絵を書いたのは幼い子供――それも、このダークエルフの戦士の息子だった。そして、絵を描いた子供自身もこの世界に囚われているというのだ。


「私は術師に頼み、この絵の呪いを解いてもらおうとした……。しかし呪いの力が強すぎて、逆に取り込まれてしまったのだ」

「では、あなた方は……?」

「俺たちはクラングと同じ村の者だ。こっちがうちの村のまじない師。俺たちも気が付いたらここにいた」


 ヴァイスの問いかけに、クラングとは別の男が応じた。

 よく見るとダークエルフ達の中には、まじない師らしいローブを羽織った人物も交ざっている。どうやらクラングとまじない師以外の男達はみな、まじない返しの失敗の際に巻き込まれてこの世界に入り込んでしまったようだった。

 まじない返しが効かず逆に術師を呑み込んでしまうとは、悪魔リュトムスのかけた呪いは相当強いものだと言える。


「早く悪魔のところに行き、息子を取り戻さなければ……。悪魔は『黒き山』にいるはずだ!」


 クラングの話から、悪魔の居場所も判明した。

 「黒き山」――それはレイア達が見た絵の中で一番奥に描かれていたあの険しい山だ。そこに悪魔がいる。この絵の呪いも、悪魔を絵から追い出すことができれば解けるはずだ。


*

 レイア達はその黒き山に向かう前に、一度魔女ブランシェの城に戻ることにした。

 既にここには絵の住人を含めて十七人もの人数が集まっている。これだけの人数を連れて悪魔の元に赴き、彼らの身に何かあっては元も子もないからだ。


「このオカリナで、本当に元の世界に戻れるのか……?」


 ひと時ではあるがこの絵の世界を一緒に旅したレザールとスタドが、白銀のオカリナを見て不思議がる。

 確かに、二人はオカリナでこの絵の中の世界を移動したところは見ているが、元の世界に戻るところはまだ見ていない。というか、レイア達も現実世界に戻ろうと試みるのは初めてだった。


「そのはずだよ、僕達も戻るのは初めてなんだけど……。やってみるね。みんな、なるべく近くに固まって!」


 ノエルが全員を呼び集め、オカリナに唇を当てた。

 レイアは魔女ブランシェの言葉を思い出した。魔女は、元の世界に戻る時には「現実世界」を強くイメージしろと言っていた。レイアも目を瞑り、元の部屋を強く強くイメージする――。


*


 来たときと同じく、一瞬のうちにレイア達は魔女ブランシェの城の中に戻っていた。


 正確には「戻った」というのはおかしい。体はずっと魔女ブランシェの城の一室にあったままのはずだ。意識だけが元の世界に戻り、目を覚ましたのだ。


「お主ら思ったより早かったのう……、って誰じゃお前達は?!」


 懐かしい魔女の声がして振り返ると、魔女ブランシェの周りに絵の中から出て来た住人が全員揃っていた。

 クラング、レザール、スタドに、クラングと同じダークエルフ達……行くときはレイア達五人だけだったのが、戻って来てみれば十七人だ。


 本当に絵の中の住人が外に出て来れたのだ。半獣馬族ケンタウロスのスタドは、馬のように立派なその体を魔女の部屋で窮屈そうに縮めている。魔女の部屋が広くなければ全員は入り切れなかったことだろう。


「絵の中にこれだけの者が取り込まれていたとは、ワシもびっくりじゃ……。本当に連れて帰って来るとはの」

「うん、でもまだ中に子供がいるんだ。それに悪魔も! 僕達はもう一度中に入って入って、その子を助けてくるよ!」


 元々は魔女ブランシェが持っていた呪いの品と魔法のオカリナの力でありながら、魔女自身がこの事態に一番驚いている。

 ノエルは魔女にクラングとその息子リートの話を説明した。


「なるほど、悪魔リュトムスか。聞いたことのない悪魔の名じゃな。最近新しく生まれた悪魔かの? ちょっと調べてみよう」


 魔女が、レザールやスタドや他のダークエルフ達の世話を引き受けてくれることになった。


 レイア達は、再び絵の中に入る準備をする……と言っても、食事や休憩をとるだけだ。レイア達の装備は絵の世界に入る直前と変わりなく、全く汚れてもいなかった。


*

「ブランシェさん、僕達が絵の世界に入ってからどれくらい経った?」


 ノエルが体を伸ばしながら訊ねた。長時間椅子に座っていた体は、あちこちが痛くなっていた。


「どれくらいって……二時間ほどしか経っておらんよ。まだ昼頃じゃ」

「えっ?!」


 魔女ブランシェの言葉に、レイア達は驚いた。

 絵の中の世界では太陽の動きも無く、時間など全く気にしていなかったが、体感では確実に二時間以上の時間が経過していた。

 「赤の洞窟」でドラゴンを倒しレザールを助け、「白の雪原」でオーディンを倒しスタドを助けた。「青の泉」でクラングと決闘し、ダークエルフ十人を解放したのだ。

 あれら一連の体験が、まさか現実世界で二時間の間に起こった出来事とは……。レイア達はショックを受ける。


「まぁ驚くことでもない。夢を見る時も、実際の時間よりずっと長く夢を見ていたような気になるじゃろう? それと同じじゃよ」


 魔女ブランシェが説明する。

 確かに絵の世界が夢の中と同じようなものだとすれば、現実世界で時間が全く進んでいなくてもおかしくはない。それにしても、痛みも熱さも寒さも感じ、本当に命の危機も感じた。リアルすぎる夢ではあったが……。


 考えているうちに、レイアはどこまでが夢でどこまでが現実なのか混乱してきた。もしかしたら今ここにいるレイア自身も、誰かが見ている夢――もしくは、絵や物語の中の登場人物の一人に過ぎないのかもしれない。


 そんなことを考えていたら少し怖くなって、レイアは身震いした。もちろんそんなはずはないのだが。


「さて、お主らも食事をとるがよい。次に絵の中に入るのは、少し休んでからにした方がよい。脳がオーバーヒートしてしまうからな」


 「オーバーヒート」という言葉の意味はよくわからなかったが。魔女ブランシェの言葉にレイア達はありがたく従うことにした。



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◆登場人物紹介 No.8: クラング

 ダークエルフの戦士。リートという名の息子がいる。

 半月刀を操る身軽な戦闘スタイルで、もともとは隠密型の特攻や斥候員として傭兵業についていた。

 その戦闘力は、ダークエルフとしての身体能力を差し引いてもかなりの腕前である。

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