第17話 ダークエルフ・3

『我が名はリュトムス。ダークエルフの娘よ、お前の力を見せてみよ……』


 リュトムス。その悪魔の声は、それだけ言うと二度と返事をしなかった。


「……リュトムス様の命令だ。お前は我々と勝負しろ。公平を期すために、一対一の勝負にしてやる」


 ヴァイスを捕らえていた青銀髪のダークエルフが、別の者にヴァイスを託して前に一歩進み出た。どうやらこの男がレイアと勝負をするつもりのようだ。

 レイアには拒否する理由がない。自分が勝ってヴァイスを解放してもらい、ダークエルフ達に悪魔リュトムスの元へ案内させるのだ。そして、この呪いの絵の諸悪の根源――悪魔リュトムスをこの絵から引きずり出す。それが魔女ブランシェと約束した、レイア達の本来の目的だ。


「……望むところだ!」


 レイアは、両手の刀を構えながら叫んだ。


*

 レイアとダークエルフの勝負は、地面に引いた円形の枠の中で行う取り決めがされた。

 ヴァイスを始め、レイア以外の六人は円の外でダークエルフに監視されながら勝負の行方を見守っている。


 五メートルほどの間隔を開けてレイアと男が立ち、睨み合う。


 レイアは、ミスリル銀でできた両手の短刀を構えた。ドワーフ達に作ってもらった匠の逸品だ。その刃はまるで羽のように軽く、空気の抵抗を一切受けずに音もなく敵を切り刻むことができる。


 レイアと向かい合うダークエルフの男は、三日月のように湾曲した幅広の曲刀を握っている。その刀身はレイアの刀よりも長い分、間合いも広いはずだ。

 男の体は引き締まり、カッツェのような大男と比べると頼りないほど細く見える。にも関わらず、筋肉質の肉体からは野生のチーターを思わせるようなしなやな強さが感じられた。油断なく構える男の全身からは一ミリほどの隙も感じられない。だが――


(……やってみるしかない!)


 レイアの覚悟は揺るぎなかった。


*

 目の前の男だけに神経を集中させる。

 両者の間に、一陣の風が吹き抜けた。

 その風を合図に、レイアと男が同時に動き出した。


 男が、斜め下から半月刀を振り上げた。レイアはそれを片手の刀で弾く。

 しかしそれは男のフェイントだった。男はすぐさま半円を描くように剣を翻し、今度はレイアの脇を狙って斜め上から切り込んできた。

 咄嗟に交差クロスさせた手を差し込んで男の攻撃を防ぎ、レイアは距離を取るために一旦後退した。


(――速い!)


 レイアの刀よりよほど重そうなあの半月刀を、男は苦も無く、恐ろしいほどのスピードで操っている。


 男はほとんど防具らしい防具を付けていない。レイアが薄桃色の戦装束の上からミスリル銀でできた鎖帷子を着ているのに対し、相手の男は、丈の短い上着とゆったりした青色のズボンを身に付けているだけだ。身軽なその格好も、スピードを最大限に活かすためなのものなのかもしれない。


 男は足元で軽快なステップを踏み、すぐに再び間合いを詰めてレイアに飛びかかった。


*

――かしんっ! かしんっ!!


 刀と刀が何度もぶつかり合い、両者の間に火花が飛び散った。

 レイアは、男に致命的な一撃を与える隙を見い出せないでいた。男の刀は速いだけでなく、その一撃は巨大な鉄槌ハンマーのように重い。片手で防ごうとすると、受けた方の腕が痺れてしまうくらいだった。


 男はくるりくるりと向きを変え、回転を加えながら、思わぬ方向から攻撃を繰り出してくる。これほど動きの読めない相手は初めてだった。


 ――攻撃力、素早さともに、相手の方が上だ。悔しいが、レイアはそう認めざるを得なかった。男の眼は紅く輝き、まるで疲れを知らないかのごとく次々と出す攻撃の手を休めない。持久戦に持ち込んだとしても、このままでは不利になるのはレイアの方だ。


(――くっ!)


 レイアは思い切って最後の手段に出た。連続で後方転回して、相手との距離を取る。

 レイアの方に向き直った相手を見据えて、意識を集中した。


『・・・っ!!』


 レイアの手から放たれた術が、地面を伝って相手の足元を直撃する。

 ずかぁああん!!という音を立てて、男のいた位置に巨大な石塊の杭が出現した。以前ノエルに教えてもらった魔導術を、魔女の城でさらに特訓したのだ。


 勝負の際、魔導術を使ってはいけないとは言われていない。だが相手が刀しか使って来ない以上、レイアとしては魔法の力に頼るのは嫌だった。遠距離から攻撃するのは何となく卑怯に感じられ、できれば刀だけで勝負をしたかったのだ。


 しかしレイア以外の全員が人質に取られている今、手段を選んではいられなかった。


*

 魔導術という奥の手を使ったレイアだが、相手はそれすら意に介さず、再び攻撃に転じてきた。先ほどの石の杭による攻撃を避け、そのまま勢いを殺さずレイアの目の前に一気に跳躍する。


(しまっ――!)


 術の発動直後で咄嗟に回避が遅れたレイアは、男の攻撃をまともに受けた。

 ずざっっ、と音を立て、レイアは数メートルも後方の地面に倒れた。幸いにも、円陣の外には出ていない。もし円陣の外に飛ばされたら、即座にこちらの負けとなってしまう。


「レイア!」


 悲鳴のようなノエルの叫び声が聴こえた。

 レイアは痛みに耐えながら体を起こす。相手はみぞおち辺りを狙ってきたが、何とか急所は外した。痛みはあるが、鎖帷子のお陰で体を切られた訳ではない。出血もしていない。まだ、戦える――。


「もう止めてください! このままでは、あなたが――」


 ノエルの隣から、ヴァイスの声も聴こえた。その声は悲痛に満ちている。


*

 そうだ、私は何をやっているのだろう。レイアは一瞬考えた。

 ヴァイスは――あの非力な白魔導師の青年は、カノアを庇って自分が代わりに敵に捕われた。カッツェは赤の洞窟で、自らの危険を顧みずレイアを助けてくれた。ノエルは白の雪原で、レイアを信じ、敵の動きを封じてくれた。

 では、私は? 私は「誰か」のために何をしたのだろう?


 ――何もしてない。今はまだ。


 そうだ、今度は自分が助ける番だ。レイアは、そう決意した。

 琥珀色の瞳にもう一度攻撃の意思を込めて、敵の男を睨みつける。

 同族のダークエルフだから? ……それがなんだと言うのだ。

 相手は悪魔に操られた、悪魔の手先だ。味方のみんなを危険に陥れている。倒さなければ、こちらがやられる――。


 レイアの瞳に、もう迷いはなかった。

 両手の短刀を舞うように閃かせ、相手に反撃の隙を与えず、手数で敵を圧倒する。


「ぐっ……」


 レイアの決死の猛攻に敵が一瞬怯み、足を滑らせて重心が傾いたように見えた。



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◆冒険図鑑 No.17: レイアの武器

 レイアの武器は、月光秘銀ミスリルぎんでできた二本の忍び刀である。この刀は、第二部「魔王の手紙」でドワーフたちに鍛えてもらったもの。

 薄く軽く鍛えられたその刃は、風の抵抗を全く受けず、相手を音もなく切り裂くことができる。

 また月光秘銀ミスリルぎんは魔力を帯びやすく精霊との相性も良いため、レイアが刀技と魔導術を組み合わせるのにも向いている。

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