第16話 ダークエルフ・2
「……私のことは、どうとでもしてください。ただ、その人達には危害を与えないと約束してください。約束していただけるのであれば、私は大人しくあなた方の言うことに従いますよ」
人質として捕らえられたヴァイスは、冷静な口調でそう語った。
彼は立ち上がる際に、ドワーフからもらった白銀色の魔導杖を手放していた。ヴァイスを捕らえるダークエルフ達は、彼の武器を既に奪って無害化したと思っているだろう。
だがそれはダークエルフ達を油断させるためのヴァイスの作戦のはずだ。ダークエルフ達は知らないのだ、ヴァイスの武器は足下に転がる白銀の杖そのものではないということを――。
慎重な彼は、いつも万一に備えて最大限の力は使わないようにしていた。その無尽蔵とも思える魔力で味方のために白魔導をかけ続けてくれるヴァイスを見ていて、レイアはそのことを良く知っていた。
「ふん、それはリュトムス様の気分次第だ。俺たちが決めることじゃない。まずはお前をリュトムス様の元に連れて行くのが先だ」
ヴァイス自らが提案した人質交渉を、青銀髪のダークエルフはあっさりと鼻であしらった。
その態度を見て、レイアの心に怒りに似た感情が浮かんだ。
――こんな奴が、私と同じダークエルフなのか?
リュトムスという悪魔に操られて、人を怪物にする手助けをしても何とも思わないのだろうか?
目の前に現れた旅人を、有無を言わさず捉え連れ去るような者が、自分と同族――?
卑怯な……。
レイアの怒りが沸々と湧き上がった。
*
「……待て! お前達、同じダークエルフとして、悪魔の手先になるなど恥ずかしくないのか?」
ヴァイスを連れ去ろうとする男達に対し、レイアは声を荒げた。
青銀色の髪をしたダークエルフが立ち止まって、こちらを振り返る。その顏には陶酔したような笑みが浮かんでいた。
「何を言う、リュトムス様は素晴らしいお方だ。我々に永遠の命を約束してくださった」
「永遠の命だと……? この絵の中に閉じ込められることがか!」
レイアはますます憤った。
このダークエルフ達は、一体何を言っているのだろう?
悪魔リュトムスに騙されているのだろうか?
それとも、自ら望んで従っているというのだろうか?
わからないが、このままではヴァイスが連れ去られて悪魔の手で怪物にされてしまうかもしれない。
「それなら私をその悪魔の元へ連れて行け! 私がそいつと話をしてやる!」
考えるよりも先に、レイアの口から言葉が出ていた。
*
冷静に考えれば、これは何の意味も持たない人質交換だった。
要求を受け入れられたとしても、悪魔の元に連れて行かれるのがヴァイスからレイアに変わるだけ。レイアが一人で悪魔と対峙しても悪魔を倒せる訳ではないだろうし、レイア自身が怪物にされるかもしれないのだ。
だが今のレイアには、目の前で誰かが連れ去られるのを黙って見ていることができなかった。その光景は、虫唾が走るあの感覚を思い出させたからだ。
闇に便乗して、罪もない人間を取り囲む。武器をちらつかせ、脅し、金品を奪い取り、使えそうな人間であれば連れ去って売り飛ばす……。
それは「盗賊」のやり方だった。レイア自身がかつて属し、何の疑いもなく従っていた集団の、卑怯なやり方。
しかもその卑怯極まりない連れ去りを今レイアの目の前で実行しているのは、同族のダークエルフだ。それはまるで過去の自分自身の姿を見せつけられているようだった。
こんな卑怯なことを、私はなんの疑いもなく遂行していたのだ……。
そう考えたとき、レイアの瞳に涙が滲んだ。胸の内から湧き上がる怒りと軽蔑の感情は、敵のダークエルフではなく、自分自身に向けられているのかもしれなかった。
*
ただならぬレイアの気迫に、その場にいる全員の視線がレイアに集まった。
レイアは、普段感情を爆発させるようなタイプではない。自ら積極的に自分の意見を言うことも稀だった。淡々と、どこか他人事のようにすら見える態度で、いつも誰かと少し距離を置いている、それが周りから見たレイアの印象だった。
その彼女が、冷静さを失い怒りを爆発させている。普段のレイアを良く知るヴァイス達四人は、そのことに驚いていた。
『面白い……。ではお前一人で、そのダークエルフの戦士と勝負してみよ』
突然、どこからか声がしてきた。辺りを見回してみても、声のする方には誰もいない。声は、何もない空中から聴こえてくるようだった。レイア達の驚きをよそに、声は続けた。
『もしお前が勝てば、そのホワイトエルフを解放してやろう』
「誰だ、お前は! 一体どこから話している!」
レイアの声に、声が答えた。
『我が名はリュトムス。ダークエルフの娘よ、お前の力を見せてみよ……』
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◆冒険図鑑 No.16: 悪魔リュトムス -1-
絵の世界に棲まう悪魔。絵に近付いた人物を絵の中に取り込み、魂の半分を奪ったうえで怪物の姿にしてしまう。
その目的が何なのかは、未だ不明である。
リュトムスという名前には、ある意味が含まれているという。
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