青の泉
第15話 ダークエルフ・1
青の泉に着いて早々、レイア達はダークエルフの集団に取り囲まれてしまった。
ここに来る前のレイアの予想は、完全に悪い方向で当たってしまっていた。なぜ行く先々でこうも襲われてしまうのか。まるで絵の世界の住人が、レイア達を拒んでいるようにすら思えてくる。
レイアは決して油断していた訳ではない。戦士の常として、また幼少期から叩き込まれた危機察知の能力で、いつどこから敵が襲って来ても対応できるように心構えをしていた。だが、オカリナの音色で移動した直後は、どうしても意識がぼやけるのだ。夢から急に覚めたときのように、頭がくらくらとして、周りの状況を掴めるようになるまでに時間がかかる。
その一瞬の間に、カノアとヴァイスは襲われてしまった。もしからしたら、この地のダークエルフたちはレイア達を待ち構えていて、一瞬だけ早くこの地に姿を現した二人を捕まえたのかもしれない。
レイアは目線だけで周囲の状況を確認した。一緒に移動してきたノエル、カッツェ、カノア、ヴァイス、レザール、スタドは全員近くにいる。七人の中で一番外側にいたのがカノアとヴァイスの二人で、おそらくカノアを庇ったヴァイスが捕らえられてしまった。
レイア達を取り囲むダークエルフは、全部で十人。その全員が武器を携え、油断なくレイア達を見張っている。その瞳はギラギラと禍々しい赤色に輝いており、狂気と殺気に満ちていた。
*
レイアは、自分の俊敏さを過信していたことを今になって痛感した。今日という日まで自分以外の同族に出会ったことがなかったレイアは、俊敏さにおいて自分の右に出る者はいないと思っていた。だが、どうやらそれはダークエルフという種族の中ではごく一般的な能力だったようだ。
周りを取り囲むダークエルフ達は、全員が一分の隙も無い。レイアにすら気付かれることなく、あっという間に七人を取り囲んでしまった。味方の七人の中で最も俊敏さに長けたレイアでも、彼らの目を掻い潜ってヴァイスを助けることはできそうにない。
(どうすれば……)
もっと悪いのは、敵が「ダークエルフ」の姿をしているということだった。
しかし、ここ「青の泉」の住人はレイアと同じダークエルフだ。
彼らも記憶を無くして操られている可能性はあるが、できることならダークエルフ同士で殺し合いはしたくない。普段温厚で平和主義なノエルやヴァイスも、おそらく同じ意見だろう。傭兵としての訓練を重ねたカッツェならば、必要とあれば容赦なく斧を振るって味方を助けるだろうが……ヴァイスを人質として取られているいま、襲撃者に対しての攻撃を
*
緊迫した雰囲気の中、先に沈黙を破ったのは敵のダークエルフの方だった。
「お前、ホワイトエルフだな?」
ヴァイスの背後から乱暴に顔を引き掴むと、苦痛に歪む彼の顔を覗き込みながら男が話しかけた。一瞬、男の髪が月光を反射して青銀色に鋭く光る。賊の男は、脇に幅の広い半月刀を差していた。
「くっ……そうですが、なにか」
痛みに顔をしかめながら、ヴァイスがいつもよりややきつい口調で答えた。この白魔導師殿はいつもは温厚なのだが、初対面の人間に対する警戒心が強い。
「ふむ……。ホワイトエルフならば、リュトムス様の元に連れて行こう。きっとお喜びになるだろう」
「リュトムス……?」
「リュトムス! 思い出した! そいつは、闇の中で俺に話しかけてきた悪魔の名前だ!」
リュトムス――それが、スタド達を絵の中に取り込んだ悪魔の名前。
では、このダークエルフ達は、その悪魔の仲間なのだろうか?
悪魔リュトムスは、レザールやスタドを絵の世界に取り込んだだけでなく、彼らの魂の半分を奪って怪物の姿に変えたはずだ。
その悪魔を「リュトムス様」と呼び、命令に従う男達。このダークエルフは姿こそ変えられていないものの、悪魔リュトムスに操られているのだろうか……?
*
ダークエルフ達が、互いに顔を見合わせた。
「お前は立て。他の者は要らぬ。このホワイトエルフの命が惜しければ、大人しく俺たちに従え」
青銀髪のダークエルフが、ヴァイスを引っ張って立ち上がらせた。周囲のダークエルフはレイア達に一歩近づき、捕らえようと手を伸ばしていた。
「……待て! その男をどうするつもりだ?」
レイアは男達を牽制しようと、同じく二本の刀を構えて鋭い声を発した。ダークエルフ達の手がぴたりと止まる。
「この男は、リュトムス様の元で永遠の命を得るのだ……魂と引き換えにな」
「魂と引き換えに……?」
青銀髪のダークエルフが発した言葉は、レザールとスタドの話を思い起させた。
彼らは悪魔リュトムスに無理やり契約を持ちかけられて魂の半分を渡し、この絵の中に囚われるとともに怪物の姿にさせられてしまった。
では、ヴァイスもそれと同じようにさせられてしまうのだろうか?
ヴァイスは努めて平静を装ってはいるが、その目にもわずかに不安の色が滲んでいるのがわかった。
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◆冒険図鑑 No.15: 悪魔
「悪魔」は、「精霊」や「天使」と同じように、人が触れることのできない存在である。触れられないがゆえに、消すことも倒すこともできない。
悪魔は召喚や呼び出しに応じて、もしくは
契約の際には対象の真名を聞き出し、自らの名も名乗って契りを結ぶ。契約者の「真名」を知ることで悪魔はその者の魂の一部を縛ることができるため、契約を結んだ時点で悪魔から逃げることはできなくなる。
契約の代償には通常、本人または生贄となる者の「命」が用いられる。
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