赤の洞窟
第6話 火吹竜・1
魔女の城の一室で、ノエル、カッツェ、ヴィアス、レイア、カノアの五人は絵画の世界に入る準備を整えていた。
壁に立てかけられた絵画を前にして、五人が椅子を並べて腰掛ける。深紅の
「よいか、もし危険を感じたら、すぐにオカリナを吹いて戻ってくるのじゃぞ」
傍らに立つ魔女ブランシェが厳しい顔で念を押した。白銀のオカリナを握ったノエルが緊張した面持ちで頷く。
*
レイアはある疑問を持っていた。
「危険な」とは一体どんな事態だろう。絵の中の世界で傷ついたり、死ぬようなことがあるのだろうか? 魔女は絵の中に意識を飛ばすだけだと言っていたが、そこでは例えば空腹や痛みも感じるのだろうか? もしそうだとすれば、絵の中でレイア達が死んでしまったとき、その意識と体はどうなるのだろう? 意識は永遠に戻らず、体は眠った時の状態のままになってしまうのだろうか?
魔女に尋ねてみたが、魔女にも正確なところはわからないようだった。
なぜなら、遥か昔の文献を探ってみても、絵の中に入った者の記録などどこにもなかったからだ。魔法のオカリナについても、「理論上は行き来ができる」ということだけはわかっているものの、それ以上の情報はほとんどないらしい。レイア達は思いがけず、歴史に残る偉業を試そうとしているのかもしれなかった。
どうせ調べてもわからないのならば――と、レイアは楽観的な立場を取ることにした。
意識だけを別の世界に飛ばすということは、夢を見ているのと似たような状態に違いない。夢の中で痛みや空腹を感じたとしても、夢の中で夢主が死ねば自然と目が覚めて現実世界に戻ってくるではないか。だからきっと―—、今回もそうなのだろう。
*
魔女に言われた通り、レイア達は呼吸を整えリラックスした姿勢で椅子に深く座った。魔女がノエルに合図をして、この世界と絵画の世界との繋がりを保つための呪文を唱え始める。
「じゃあ……いくよ」
ノエルが一呼吸して、恐る恐る白銀のオカリナに唇を当てた。
ノエルの吹き込んだ息とともに、オカリナから不思議な音色が響く。
その旋律は意外にも、熱く激しい音を奏で始めた。目を閉じて、オカリナの音色に身を委ねる。聴こえてくる曲に意識を集中していると、
――紅。赤い炎。
徐々にその炎が大きくなり、その炎に呼応するようにレイアの体が熱を帯び始める。同時に魔女の声がぼんやりと薄れだし、遠くに離れていくのを感じた。
ふわりと体が浮き上がるような気がして、意識が遠のく。
それは
*
気が付くとレイア達は、赤い洞窟の中に立っていた。
洞窟の中はとてつもなく熱い――とてもここが絵の中だとは思えない。恐ろしいほどの
「ここが……絵の中?」
ノエルが驚いたように呟くのが聞こえた。
「俺が昔修行した火山に似ているな……あれは本物の溶岩に見えるぜ」
「熱い……ですね」
「ニャニャ、
カッツェとヴァイス、カノアが口々にそう言いながら、周りを見渡す。
ヴァイスがすぐに身体保護の呪文を全員に掛けてくれた。これで灼熱の暑さからは逃れることができる。
そういえば、とレイアは思った。ちゃんと五人一緒に絵の中に入りこめたらしい。とりあえず一人だけはぐれてしまわなかったことに、レイアは少しほっとした。
*
しばらく
「あっそうだ、僕達はこの絵の中に捉われた人を探し出さなきゃいけないんだった」
とは言っても、ここに他の人影は見えない。見渡す限り赤茶色の岩と、ぐつぐつと煮立った溶岩しかない……。
そう思った時、洞窟の奥の方から地響きが聞こえて来た。
「なんニャ?!」
カノアを始め、全員が警戒する。
どしん、どしんという地響きが大きくなり、洞窟の奥の闇から顔を出したのは――
炎のように赤く光る瞳に、鋼のような全身の赤い鱗、手足には
「
全員の緊張が一気に高まった。
ドラゴンは、全ての生き物の中でも最強にして最凶の生物だ。その中でも火吹竜は最も危険な種として恐れられている。攻撃性が高く、その動きは俊敏で、口からは鉄をも溶かす高温の炎を吐く。火吹竜に会ったら生きては帰れないと言われる生物だ。
レイアは
現実世界で身に付けていた武器と武具もまた、この世界でも存在しているようだ。
――よかった、これなら戦える。レイアは一瞬の間にそう思い、身を低くして戦闘の構えを取った。
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◆登場人物紹介 No.6: カノア(薬師見習い)
薬師の修行をしている
猫のように気まぐれな性格。基本的に無邪気で楽天家。
橙色の猫耳と尻尾を持ち、獣の毛皮でできた服を身に着けている。
小さいが意外としっかり者。
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