第7話 火吹竜・2

「グォオオオオオオ!!!」


 五人の殺気に気付いた火吹竜ファイア・ドラゴンが、眼を鋭く光らせて咆哮ほうこうした。

 後脚うしろあし二本で立ち上がったその体長は、人間の三倍ほどもある。皮膚は固いうろこで覆われ、鎧のように鈍い光を放っていた。


 レイアは敵の隙を見切ろうと、油断なくドラゴンの全身に目を走らせていた。

 すぐ後ろで魔導障壁の呪文を高速で唱え始めるヴァイスの声が聴こえた。

 レイアは、後衛のノエルやヴァイス、カノアをかばうように右前方にすばやく移動し、カッツェはレイアの死角を埋めるように左前方に展開する。ノエルは敵の属性を見極めて氷魔導の詠唱を準備し、カノアは万一に備えて道具アイテムを探っているはずだ。

 戦闘開始時の五人の動きは、今ではまるで呼吸をするかのように体に染みついていた。


*

 レイアは姿勢を低くし、地面を蹴って音もなく走り出した。


 わざと右側から大きく周り込んで、敵の注意を引き付ける。

 真正面から切り込んでも、強靭な敵の鱗に傷一つ付けることができないのはわかっていた。カッツェの重い戦斧アックスならともかく、軽いミスリル銀でできたレイアの刀は、分厚く固いドラゴンの皮膚を切り付けるのには向いていない。

 レイアが狙うとすれば、ドラゴンの喉元から下にかけての比較的柔らかそうな腹の部分だ。


 予想通り、ドラゴンの燃えるように赤い眼光はレイアの動きに追従した。

 レイアは壁を蹴ってさらに加速し、ドラゴンの前脚が届かない位置から一気に至近距離まで近づく。ドラゴンの懐深くに入り、急所である喉元を狙うためだ。


 盗賊に暗殺技術を叩きこまれたレイアは、自分よりも巨大な敵の倒し方を心得ていた。音もなく相手に忍び寄り、一撃必殺で急所を突く。どんなに凶悪な怪物でも、たとえ熟練した戦士でも、必ずどこかに死角や隙は生まれる。そこを確実に仕留めさえすれば、敵は倒れる――はずだった。


 ぶんっ、と風を切る音がして、ドラゴンの背後から現れた巨大な何かが高速で迫ってくるのを、レイアは目の端で捉えた。

 驚異的な反射神経で咄嗟に前転とともに跳躍し、すんでのところでその攻撃をかわす。空中で半回転しながら、体当たりしてきたものの正体を見極めた。蛇のようにみ見えたそれは、ドラゴンの長い尻尾だった。近付いてくる攻撃者をぎ払おうと、ドラゴンはその太い尻尾を思い切り横に振り払ったのだ。


(――予想よりも動きが速いな)


 瞬時に、レイアは考えていた。

 火吹竜と戦うのは初めてだった。ドラゴンの俊敏さは噂で聞いたことがあったが、この巨大な体であそこまでのスピードが出せるとは想定外だった。あの尻尾の動きだけでも、並みの大人を十人は余裕で薙ぎ払えるだろう。


*

 ドラゴンは空中に跳躍したレイアを眼で追うため、顔を上に向けていた。

 薄く開いたその口腔の中に、ちらりと光る炎が見えた。ドラゴンが鼻で大きく息を吸い込み、胸を膨らませる。

 ――まずい、炎を吐こうとしている。レイアは落下しながら素早く空中で態勢を変え、ドラゴンの顔に背を向けた。同時に最大限手を伸ばして、落下の勢いに任せてドラゴンの身体を切り付けた。


「ギィァアアアアア!!」


 手応えはあった。

 急所には届かないものの、ドラゴンの左肩に傷を負わせることができたのだ。着地と同時に、今度は目の前にあるドラゴンの腹に両刀で素早く切り付け、ドラゴンが暴れる前に後退した。ドラゴンは思わぬ痛みに体を前かがみに縮め、震わせている。


 ドラゴンの尻尾が届かない位置まで後退して見ると、その尻尾の先が千切れんばかりに負傷しているのに気が付いた。先ほどのレイアの攻撃の裏で、カッツェがいつの間にかドラゴンを攻撃していたらしい。


 ――さすがだな、とレイアは視界の端でカッツェの動きを捉えながら思う。カッツェはあの重そうな体に見合わず、戦闘時の瞬発力は素晴らしい。卓越した戦闘経験から来るものなのか、味方であるレイアの動きも敵の動きも瞬時に見極めて、最も効率的な一撃を加えてくれる。


 火吹竜は炎と熱に強く、素早い動きと広い間合いを持つ怪物だ。対してカッツェは炎系の魔導術と重量系の斧を武器として戦う。彼にとって火吹竜は、本来ならばかなり戦いずらい相手のはずだ。だが彼は、レイアと同じく自分の役割をよく心得ていた。


「――ノエル、今だ!!」


 カッツェがわざとドラゴンの間合いギリギリに近付き、注意を自分に引き付けながら叫んだ。



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◆冒険図鑑 No.7: 火吹竜ファイア・ドラゴン

 炎のように赤く光る瞳、赤い鱗、鋭い鉤爪、蝙蝠コウモリのような赤い翼を持つ、非常に好戦的なドラゴン。

 攻撃力、俊敏さが高く、口からは鉄をも溶かす高温の炎を吐く。ドラゴン種の中でも特に危険な種族として恐れられている。

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