第8話 火吹竜・3
「ノエル、今だ!!」
『・・・〈
カッツェの言葉が終わるか終わらないかのうちに、詠唱を完了していたノエルの氷魔導がドラゴンに炸裂した。
ずどぉおおおん!!という轟音とともに、ドラゴンの腹に巨大な氷の槍が突き刺さる。
「グフォオオオオッ!!」
ドラゴンは口から煙を吐き、驚愕した眼で自らの腹に刺さった異物を見つめた。生物最強であるその身体に致命的な一撃を喰らわされたことなど、これまでなかったに違いない。
が、次の瞬間、ドラゴンは怒りに満ちた目でノエルを
まだ炎を吐ける力が残っていたのだ。
ヴァイスが咄嗟に展開しているバリアの強度を強めた。呪文を受け、レイア達の体が白い光に包まれる。
『
今度は無詠唱でノエルの氷魔導が飛んだ。先ほどよりも小さいが鋭い氷の槍が、ドラゴンの
「ガッ……!!!」
ドラゴンは火を吐くことができずに、口から煙を出しながらゆっくりと後ろに
*
(やったか……!)
バランスを崩して倒れゆくドラゴンの眼からは、既にさきほどまでの鋭い光が失われていた。
いくらドラゴンと言えども、立て続けに急所を攻撃され体勢を崩したあの状態から反撃することは難しい。ドラゴンの戦意が完全に喪失したのを見て取り、レイアは思わず武器を握りしめる手を緩めた。が、
――ズガァアアアアン!!
倒れゆくドラゴンの太い尻尾が鞭のようにしなり、突然地面を打った。体勢を立て直そうとしたドラゴンが意図的に尻尾を振るったのか、反射的に体がそう動いたのかはわからない。
だがその一撃は、溶岩で
重い
弾丸のように飛んできたそれを、レイアはいつもの軽い身のこなしで避けようとした。――が、なぜか体が思う方向へと跳ばなかった。
「――っ?!」
足元の床が崩れ、レイアの乗っていた足場全体が溶岩に落ち込もうとしていたのだ。
五人が立っていたのは、真っ赤に焼けたマグマの上に
真下にはドロドロと泡立ち火花を散らすマグマが見える。レイアは咄嗟に武器を硬い足場の方へ放り投げるとともに、空いた手でなんとか岩盤の淵につかまろうとした。だがその努力も虚しく、手掛かりとなる岩盤すら目の前で脆くも崩れ落ちてゆく。
(くっ……落ちる!)
スローモーションのようにゆっくりと見える景色の中で、成す術もなく絶望しかけたその時、
「――レイア!!」
頭上から伸びた力強い手が、彼女の腕を掴んだ。
*
「ぐっ……」
「……カッツェ!」
目を開けると、太い血管が浮かぶ腕と、
彼は片手でレイアの手を掴み、もう一方の手で斧を岩盤に突き刺して、何とか体を支えていた。斧は岩盤の淵にかろうじて引っ掛かっており、カッツェの腕の力だけで支えられた二人の体は、完全に宙にぶら下がっている。
「――カッツェ、手を離せ! このままでは二人とも落ちる!」
汗が滲んだカッツエの
足下で口を開けるマグマの海からは熱い蒸気が湧き上がり、落ちれば確実に助からないことを物語っていた。ここでカッツェまで巻き添えにするわけにはいかない――!
「馬鹿言うな! ちゃんと掴まってろ!」
カッツェが怒鳴り、無謀にも二人分の体を片腕で持ち上げようと力を込め始めた。レイアの腕が砕け散るのではないかと思うほどに、その手を固く掴まれる。だが今は痛みなどに構っている余裕はない。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
しかし、岩盤の方が二人の重みに耐えきれず、無情にも再びわずかな
(――だめだ、落ちる!)
絶望的なまでに遅く感じる時間の中で、二人の体が宙に投げ出された――
*
『土の精霊よ!』
聞き慣れた声が響き、気が付くと、レイアとカッツェは固い足場の上に着地していた。すぐ下には緋色のマグマの波が見える。
一瞬何が起こったのかわからず、呆気に取られて頭上を見上げた。と、岩盤の上から金色の髪がひょこりと見えた。
「大丈夫?! 待ってて、今助けるから!」
そう言って、続けざまにノエルが呪文を唱えた。
『我が契約せし土の精霊よ 我が手に集いて 大地を固めよ!』
ノエルの呪文に応えて、崖から水平に土の壁が突き出し、次々と階段状に積みあがった。
ノエルが土魔導で洞窟の壁部分の土を隆起させ、上まで登れるように足場を作ってくれたのだ。レイア達はそれを使い、何とか無事に元の場所まで戻ることができた。
*
「し、死ぬかと思ったぜ……」
汗をダラダラと流しながら、ようやく足場を登りきったカッツェが息をついた。
「ごめんね、カッツェがレイアを掴んでてくれなかったら、僕の魔導術だけじゃ間に合わなかったよ。二人とも助かってよかったぁ」
ノエルもぺたんと膝をつき、ホッとしたように溜息をついている。
カッツェに続いて上まで登りきったレイアは、ぜいぜいと荒い息を吐くカッツェの元に無言のまま歩み寄った。彼に対して、言わずにはいられないことがあったからだ。
「……なぜ、助けた。お前まであんな危険を冒す必要はなかったはずだ」
疑問とも怒りともつかない感情のまま、カッツェにその言葉を投げつけた。
岩場から落ちかけたのは、明らかにレイア自身の
それがわかっているからこそ、レイアはカッツェに詰め寄っていた。自分だけならばともかく、カッツェまで溶岩に落ちてしまえば、二人とも助からない。みすみす死者を二人に増やすだけだ。それなのに、なぜ彼はあんな無謀な行動を取ったのか。レイアには全く理解のできない行動だった。
「……馬鹿はお前だ!」
カッツェが鬼のような形相でレイアを怒鳴りつけた。二人を治療しようと近付いていたヴァイスとカノアさえも、その気迫にびくりと体を震わせて思わず手を止めた。
「…………」
「レイア、お前は命知らずだから言っておく。戦士はいつだって、誰よりも命に執着しなければいけない。自分の命も仲間の命も、同じように大事にしなければ意味がないんだ」
無言のままでいたレイアに、ゆっくりと、まるで赤子に
彼が若い頃から傭兵として数々の戦争を経験してきたことは、話に聞いている。いくつもの戦場を生き抜いてきたであろうその戦士の目は、真っすぐにレイアの瞳を見据えていた。いくつもの仲間の死を、いくつもの修羅場を乗り越えて来た男の目だった。
その視線に射貫かれて、レイアは初めて胸の内に動揺を感じていた。
*
レイアとカッツェは、同じ戦士といえどもその戦い方は根本的に違っていた。
レイアはいつも、音もなく敵の背後に忍び寄り、死角から敵を討つ戦法をとる。暗殺――つまり、自分の身の安全を最大限に確保して、敵の命を奪うことを唯一の目的としていた。自分より大きな敵を前にした場合は、慎重に距離を取って相手の間合いの外から隙をうかがう。
殺しとは、基本的に闇に乗じて単独でやるもので、仲間との連携など気にしない。わざわざ敵の注意を引き付けることなど、命知らずの愚か者か、最も格下の弱者がやる仕事だと思っていた。
だがカッツェの戦い方は、レイアのそれとは違った。
カッツェは正々堂々と敵の正面に立ち、まともにその攻撃を受け止める戦い方を好んだ。自分よりも大きな敵が現れた場合は、わざと音や動作で挑発して、長い溜めをつくる。まるで戦いを楽しんでいるかのようなその態度が、レイアにはいつも不思議だった。
何度か彼とともに強敵を相手にしてみて、ようやくレイアはその意図に気が付いた。カッツェは、わざと自分が
自分と仲間の得手不得手を見極め、味方の得意分野は味方に任せる。だが決して自分の命を軽視している訳では無い。味方を信頼していなければできない
味方と連携して敵を倒す、というそのやり方を、レイアはカッツェを見て少しずつ身に付け始めていた。今では、言葉を交わさず目を合わせずとも、戦闘の中でどちらが何の役割をすればいいか、瞬時に理解し判断できるようになった。
――そう、戦いの中で、仲間を信頼し相手に合わせることを教えてくれたのは、カッツェだった。
*
「ちゃんと掴まってろ!」そう言った時の彼の目には、諦めの感情など一片も見当たらなかった。
彼は自らとレイアが助かる道を全力で模索していた。必ず二人とも助かる――否、必ず助ける、という強い信念がカッツェの腕からは伝わってきた。
彼は自分にはない、熱い情熱をもっている――決して燃え尽きることのないマグマのように熱い男だと、レイアは思った。
「……すまなかった」
自分の考えが間違っていたことに気付いたとき、自然と謝罪の言葉が口をついて出ていた。
死者は二人よりも一人の方がまし、という問題ではない。誰が欠けてもだめなのだ。
絶対に死んではならない。仲間も決して見殺しにしない。何があろうと最後まで諦めない。
紅く燃える洞窟の中で、レイアの中に新たに灯った掟。
それは「信頼」と「情熱」いう名の戒めだった。
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◆冒険図鑑 No.8: 白銀のオカリナ
音を媒介に色の世界に入り込み、異なる次元を行き来することができる魔法の道具。
一説によると、絵画の美女に恋をした大魔導師が、絵の中の美女に会いに行くために創り出したものだと言う。
その大魔導師が本当に絵の中に入ったのか、そしてその後どうなったのか、知る者はいない……。
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