第9話 白花色の間奏曲(しらはないろのインテルメッツォ) -獣人蜥族-

「うっ……、痛ぇ……」


 突然、背後から男の呻き声がして五人は振り返った。


「え……誰?!」


 先ほど倒したはずの火吹竜は忽然こつぜんと姿を消し、代わりに一人の男が倒れていた。

 ゆっくりと体を起こしたその男の皮膚は緑がかっており、体の一部が鱗で覆われている。

 男の顔は鼻が低くて妙に平べったく、吊り上がった目は妙に大きくて、縦型の瞳孔どうこうを持っている。その顔立ちはどことなく爬虫類に似ていた。何よりも男の体には大きな特徴があった。尾骶骨びていこつから生えるトカゲのような長い尻尾。――間違いない、獣人蜥族リザードマンである。


*

 痛そうにお腹をさすりながら起き上がるリザードマンの男に、五人は慌てて駆け寄った。


「お兄さん、大丈夫?! もしかして、僕達がさっき倒したドラゴンの正体って、お兄さん……?」


 この洞窟内にはどう見ても、あのドラゴンの巨体が消える空間スペースはなかった。

 マグマの海に落ちれば凄い音がしたはずだし、ドラゴンが歩いて移動した形跡も見当たらない。ドラゴンが消えて、代わりにこの男が現れた、と考えるのが自然に見えた。

 男の体を調べてみるが、服の上からは特に傷は見当たらない。しかし、男が見せた腹には痛々しい青いあざが残っていた。

 ヴァイスがさっそく白魔導を詠唱して治療を始める。


「お? なんか知らんが、痛みが引いたぜ! サンキューなぁ兄ちゃん!

……ところで、ドラゴンてのは何のことかわからねぇが、気が付いたら俺はここにいたんだ」


「えーと、じゃあその前はどこにいたの?」


「ここに来る前は……そう、絵だ! 絵から不思議な音が聴こえてきたと思って、近付いたらこんな所にいたんだ! ここはどこだ?!」


 そう言いながら、リザードマンの男は驚きの表情できょろきょろと辺りを見渡している。

 その驚きぶりと動揺した様子からは、とても嘘をついているようには見えなかった。


「じゃあ、絵の中に取り込まれた人の一人なんだね! 僕達はあなたを助けに来たんだよ!」


 ノエルはこの男を、助けるべき対象の人物だと判断した。

 ドラゴンとリザードマンの関係はわからないが、絵の中に取り込まれた住人をさっそく一人見つけることができたのだ。


*

 その獣人蜥族リザードマンの男――名をレザールといった――は、絵の中に入ってからのことはほとんど何も覚えていないようだった。いつからこの絵の世界にいたのかもわからない。

 レザールと五人は互いの自己紹介を始めようとしたが、ヴァイスの緊迫した声に遮られた。


「そろそろここを出ないとマズイかもしれません。地盤が緩んで、洞窟全体が崩壊しそうです……」


 ヴァイスの言う通り、洞窟全体が不穏な音を立てて崩壊の兆しを見せ始めていた。

 周囲を取り囲む壁の下の方から亀裂が入り、マグマが浸食している。どこかで岩がマグマに落ちて溶ける音が頻繁に聞こえるようになり、その間隔が徐々に狭まってきていた。


「あっ、じゃあまたオカリナを吹かないと!」


 ノエルが白銀のオカリナを取り出して、再び唇に当てた。

 息を吹き込むと、今度は一度目と全く違う音色が流れて来た。


 透明で透き通った旋律。

 時に暖かく時に冷たく、叡智えいちを感じさせる荘厳そうごんな音。

 何者にもけがされない純粋な色。


 その音を聴いているうち、レイアの脳裏には白い光が浮かんだ――。


*

 次に気付いた時、レイア達は真っ白な雪原にいた。


 洞窟で助けたレザールも一緒にいる。魔法のオカリナは、吹く者の周囲の者も巻き込んで移動してくれるようだ。


 それはいいのだが、ここは一体どこだろう? 見渡す限り、真っ白な雪。遠くに見える森も白く凍り付いていて、稜線の織り成す曲線が所々に蒼白い影を落としているだけだ。空もどんよりとした薄灰色の雲に覆われている。


 レイアは、この世界に入り込む前の絵を思い出した。

 確か、絵には赤い洞窟や白い雪原が描かれていたはずだ。ということは、レイア達は「赤」の地域から「白」の地域に移動してきたのだ。


 赤い洞窟のそばには、火を噴くドラゴンが描かれていた。白い雪原には、確か――


「ぶえっっくしゅん!! さ、さみぃ……」


 隣でレザールが盛大にくしゃみをした。その体はがたがたと震え、緑色の皮膚は青緑に変色しかかっている。

 そうだ、獣人蜥族は体温調節が苦手で、特に寒さは大敵なのだ。通常は暖かい地域に住んでいて、あまりに寒い場所に来ると冬眠に入ってしまう者もいるらしい。


 ヴァイスが慌ててレザールにも身体保護の魔導術を掛けた。レイア達は赤の洞窟に入ったときに掛けてもらっていたが、レザールにはまだ掛かっていなかったのだ。


「お?! 寒くなくなった、ありがてぇ! あんた凄いな、魔法使いか!」


 その効果を体感して、レザールが大袈裟に喜んだ。獣人族で魔導術を扱える者はほとんどいない。獣人族は、他の種族に比べて生まれ持つ魔力が少ないからだ。見慣れない魔法の効果に、レザールが驚くのも無理はない。


 レイア達には当たり前となってしまったが、いつも律儀に術を掛けてくれるヴァイスには感謝しなければならなかった。


「さて、ここにはどんな住人の方がいるのでしょうね……?」


 術を掛け終えたヴァイスが、辺りを見回す。

 魔法のオカリナが導いてくれたのだから、ここにも何か重要なイベントが待ち構えているのだろう。

 また先ほどのような戦闘にならなければいいのだが……。そう思うレイア達の頬に、何か冷たいものが当たった。



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◆冒険図鑑 No.9: 獣人蜥族リザードマン

 爬虫類に似た凹凸の少ない顔、大きく吊り上がった目、縦型の瞳孔、トカゲの尻尾をもつ。

 体温調節が苦手で寒さが大敵。一定の気温を下回ると冬眠に入ってしまう場合もある。

 もう一つ、獣人蜥族にしか持たない特殊な能力があるという。

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