白の雪原

第10話 軍神馬・1

 雪原にたたずむレイアのほほに、何か冷たい物が当たった。それは風に吹き飛ばされた小さな氷の塊だった。


 六人の間を冷たい風が吹き抜ける。その風は徐々に強さを増し、あっという間に周囲一体を突風が吹き荒れ始めた。

 風はさらに勢いを増し、雪原の雪を撒き上げる。雪は細かいザラメ状になっていて、頬に当たると砂か小石が当たったかのような痛みを感じる。


「くっ……」


 むき出しの顔部分を手でかばいながら、一行はヴァイスが魔導障壁を唱えるのを待った。

 すぐにバリアで雪は防がれたものの、突風はますます勢いを増し、雲は暗雲となってたちこめている。すぐに辺りは吹雪――いや雪嵐の様相をていしてきた。

 荒れ狂う雪のせいであっという間に視界がさえぎられ、数メートル先も見えなくなってしまった。


 マグマと溶岩の「灼熱地獄」のあとは、猛吹雪の「極寒地獄」か……。予想以上に厳しい絵の世界の仕打ちに、レイアは思わず悪態をつきそうになる。


*

――ひゅんっ!!


 突然、突風の中から鋭く風を切って何かが飛んできた。

 それはヴァイスの掛けたバリアに当たり、かつんと音を立てて雪の中に落ちた。飛んできたのは、黒曜石の矢尻をもつ黒い矢だった。

 こんなところで、一体誰が弓矢を……? そう思う間もなく、間髪入れずに次々と他の矢が飛んでくる。

 どうやらここでもレイア達は歓迎されていないようだ。


「俺様に矢を射るのはどこのどいつだ! 危ねぇじゃねえか!」


 レザールが憤慨している。

 獣人蜥族は非常に短気で、好戦的な種族としても知られていた。しかし今の彼は武器らしい武器を持っておらず、戦いに参加することができない。


「レザールさん、私達の後ろに下がっていてください」


 ヴァイスが冷静にレザールを制し、魔導障壁を強めた。


――かんっ! かんっ!!


 ヴァイスの魔導障壁に当たり、次々と飛んでくる矢が弾かれる。

 矢は風上から飛んできているため、風の音にはばまれて敵の居場所が掴めない。レイアのエルフ族の耳をもってしても、何人いるのかすらわからなかった。


*

「一時の方向だ!」


 レザールが突風に負けじと大声を出した。


「次、十一時の方向! 近付いて来てるぞ!」

「敵の居場所がわかるのですか?」


 ヴァイスが驚いてレザールに尋ねた。


「あぁ、俺たち獣人蜥族リザードマンは熱で相手の居場所を感知できるんだ」

「なるほど、便利な能力ちからですね……」

「次、十二時の方向から真っすぐ突っ込んでくるぞ! 接触まで八秒!」


 レザールが緊迫した表情で叫ぶ。

 武器を構えたカッツェが、怒鳴るようにレザールに訪ねた。


「敵は何人だ?!」

「……一人だ!!」


*

「俺が受ける、お前らは離れろ!」


 敵との戦闘は避けられないと見て、カッツェが後方のレイア達に指示を出した。


 敵はたった一人で様々な方角から矢を仕掛けて来たのだ。相手は物凄いスピードで移動しながら矢を撃っている。

 レザールの助言が無ければ、この吹雪に紛れてどこから襲われていたかもわからなかった。全員が一箇所に固まっていれば、一度に攻撃を受けてやられてしまう可能性がある。

 レイア達はカッツェの言葉に従い、すぐに彼から一定の距離を置いて離れた。


 攻撃者はすぐに吹雪の間から姿を現した。

 巨大な漆黒の馬――いや、馬にしては大きすぎる。「馬に似た何か」は雪を蹴散らしながら猛然とカッツェに突進し、大きく前脚を上げていなないた。

 その上半身は人間の姿形をしていて、両手に漆黒の巨大な刀剣を振りかざしている。


「――軍神馬オーディンだ!」


 ノエルがその正体に気付いた。

 オーディンは、馬の下半身と人間の上半身を持つ、半人半馬の伝説上の怪物だ。通常の馬の二倍ほどもあるその巨大な体躯は、全身が漆黒の鎧で覆われていた。


 ノエルがすぐさま呪文の詠唱を始める。オーディンの巨大な二本の刀剣の攻撃をカッツェ一人で受け止めるのは、どう見ても無理がありすぎた。


『我が契約せし雷の精霊よ あけき閃光で 敵を貫け! 〈雷電サンダー〉!!』


 ノエルの魔導術が発動すると同時に、上空から落ちた稲妻がオーディンの体を直撃した。

 だがオーディンはそのまま怯むこともなく、カッツェ目がけて二本の刀剣を振り下ろした。


*

「くっ……」


 卓越した戦士の反射神経で、カッツェはオーディンの攻撃をかわした。

 ヴァイスの障壁が掛かっているとはいえ、まともにあの刀剣の一撃を食らえば相当なダメージを負うはずだ。しかしそうかと言って、いつまでも攻撃を避け続けられるはずもない。


 カッツェがオーディンの右側に回り込み、レイアは左側に回る。左右からバラバラに攻撃すれば、巨大な敵の攻撃もいくらかは分散できるはずとにらんでの作戦だ。


氷凍ブリザド!』

炎火ファイア!』

石塊ストーン!』


 敵に有効な属性を確かめようと、ノエルが各属性の魔導術を連続で放った。

 魔女の城での修行と、ドワーフに作ってもらった魔導杖により、ノエルの魔導術は精度・威力・持久力ともに以前に比べて各段に向上している。


 しかし、オーディンの防御力はそれを上回っていた。

 炎や雷の魔導術は、鎧に阻まれて効いているようには見えない。氷と土の魔導術に至っては、刀剣で砕かれてしまった。


 魔導攻撃を刀で防ぐなど、通常ではあり得ない。もしかしたらオーディンの刀剣や鎧には魔導攻撃を防ぐ効果があるのかもしれない。


 これはまずい……、レイアは危機感を覚えた。ノエルの魔導術が効かないとなると、カッツェとレイアの物理攻撃が頼みの綱となる。だが戦士二人だけであのオーディンを倒すなど、明らかに無謀だ。

 この敵は攻撃力も防御力も高いうえ、驚異的な俊敏さと、さらに風上に乗じて矢を放つだけの高い知能まであるのだ。


 あまり知能を持たない通常の怪物などと違って、一筋縄ではいかない。

 だが……やるしかない。カッツェは既に戦う気で戦斧を構えていた。

 全員で連携すれば、どこかに突破口はあるはずだ。レイアは心を静め、オーディンと向き合った。



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◆冒険図鑑 No.10: 軍神馬オーディン

 馬の下半身と人間の上半身を持つ、半人半馬の伝説上の怪物。その体躯は通常の馬の二倍ほどあり、全身が漆黒の鎧で覆われている。

 漆黒の弓と、巨大な二本の刀剣を操る狂暴な敵である。

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