第11話 軍神馬・2

「ニャ~、ふにゃっ!!」


 少し離れた位置から、カノアがオーディンに向かって何かを投げつけた。

 雪玉のように白く丸いその物体は、オーディンの体に命中するとべちゃっと拡がり、白い糸のようなものを撒き散らした。


「なんだっ?!」

「魔法の蜘蛛の糸ニャ! 魔女に教えてもらって作ったのニャ!」


 突然の援助に驚くカッツェに、カノアが早口で説明した。

 どうやら非常に強い粘着性をもつらしいその糸は、オーディンの体に絡みついてわずかだがその動きを奪っている。


「なるほど、動きを奪えば……! ノエル様!」


 ヴァイスが魔導障壁を維持したまま、白魔導で敵の動きを封じにかかった。

 しかし白魔導による拘束は、実はかなり術者の魔力を消耗する。体内から効く麻酔のような方法を応用していて、敵の体力があるとその作用は効きづらくなるのだ。

 あの土竜の際に使った拘束魔導の効果が数分程度だったから、オーディンの場合もおそらくそれと同程度しか持たないはずだ。


「わかった! …氷凍ブリザド!」


 ノエルがすぐに氷の魔導術を先ほどとは違う創造展開イメージで発動した。

 ぴしぴしぴしっと氷の固まる音がして、たちまちオーディンの足元全体を氷の塊がおおった。氷でオーディンの脚の動きを封じたのだ。これでオーディンは後ろ脚による強力な蹴りや踏み潰しができなくなり、機動力も奪うことができた。


「グォッ……!!」


 足元を固められたオーディンが、まだ自由な両手で刀剣を力いっぱい振り回した。

 刀剣が当たった部分の氷はすぐに砕け散り、細かい氷の粒となって消滅してしまった。どうやら氷魔導による拘束も長くは持たなそうだ。このままではオーディンが再び自由になるのも時間の問題に見える。


*

「こっちだ!」


 がら空きとなったオーディンの背後にまわり、カッツェが炎を纏わせた矢をオーディンに向けて放った。


「グォオオオオッ!!」


 この攻撃は多少は効果があったようだ。

 オーディンはさらに怒り狂い、ついにはノエルのかけた氷の呪縛も蹴散らして再び自由を取り戻してしまった。


「くそっ、キリが無いぜ……」


 カッツェがオーディンの攻撃を何とか避けながら、肩で息をする。

 オーディンの体力は僅かながら奪ったと思われるが、レイア達の消耗も激しい。周りは吹雪で視界が悪いうえに、足元は深い雪に覆われていて素早く動くことができない。魔導障壁に守られているとはいえ、極寒の冷気がじりじりと体温を奪う。このまま消耗戦が続けば、徐々にこちらが劣勢になることは明らかだった。


*

「きっと背中が弱点なんだ! カッツェ、僕が敵を引き付ける!」


 ノエルがカッツェに呼び掛け、術の詠唱に神経を集中した。


石塊刃ストーンブレード!』


 ノエルの詠唱とともに、雪の下から固い石と土の塊が浮かび上がり、無数の鋭い刃となってオーディンに真正面から襲い掛かる。

 その固い刃から身を守るため、オーディンは両手の刀剣を四方に振るわなければならなかった。

 オーディンの注意が前方に向いた隙を狙って、カッツェが再び火弓を浴びせかける。


「これでどうだっ!」


 だが、オーディンの持久力はまだ尽きていなかった。

 オーディンが激しく全身を揺すり、カッツェの矢を巧みに振り払う。カッツェが身に着けていた二十本の矢を全て放っても、わずか三本しか背中に命中していなかった。


「くそっ、もう矢がねぇ……!」


 口惜しそうにカッツェが歯ぎしりする。残りの矢はカノアの道具アイテム袋に入っているが、位置が離れていて補充できないのだ。


*

 カッツェが弓矢で攻撃している間、レイアはオーディンの攻撃をい潜りながら弱点を探していた。


 ノエルの言う通り、弱点の一つはおそらくオーディンの背中だ。

 それも、人間の上半身と馬の下半身が繋がる境目の部分。体の前後左右の動きの要となるそこだけは、オーディンの体の構造上、どうしてもうまく守り切れていない。鎧の隙間から刃を穿うがつことができれば、大きなダメージを与えられるかもしれない。


 もう一つは、おそらく腹の部分。

 四本の強靭な脚の間に守られた腹は、地面と脚の間に滑り込んで下から刃を突き刺せば大きなダメージを与えられるはずだ。

 ただしそこに潜り込むのはかなりの危険が伴う。タイミングを間違えればオーディンに踏み潰されるし、急所を刺されてオーディンが倒れ込んできた場合、下敷きになる恐れがある。


 レイアは考えた末、自分の直感に従うことにした。


「ノエル、私がから攻撃する。援護してくれ」

「……! わかった!」


 離れた場所にいるノエルに目配せすると、ノエルがうなずき返した。

 猛烈な吹雪に阻まれて、それ以上の会話はできなかった。具体的な作戦などない。だがノエルを信じて任せるしかなかった。


*

『我が契約せし水の精霊よ 蒼き氷柱で 敵を封じよ! 〈氷結界コキュートス〉!!』


 ノエルの呪文が発動すると同時に、オーディンの足元から無数の氷の柱がせりあがった。


「グォオ……?!」


 突然目の前に現れた氷柱に、オーディンが驚き一瞬その動きを止めた。

 氷柱が現れたのはオーディンの前方だけではない。オーディンの周りをぐるりと三六〇度、氷柱が取り囲んでいる。


「グォオオオオオオ!」


 しかし氷の拘束魔導なら効かないと、既に確認されていたはずだ。

 まるでおちょくられたとでも言うように、オーディンが刀剣を振りかざして氷柱を真横に薙ぎ払った。

 ばりばりばり!!と凄い音を立てて、オーディンの目の前の氷柱があっさりと砕け散った。


「レイア、今だ!!」


 ノエルの声が雪原に響いた。

 その声が耳に届くより早く、レイアは跳躍していた。



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◆冒険図鑑 No.11: 氷結界コキュートス

 氷属性の高難易度魔導術。攻撃手段としてよりも、主に相手を氷に閉じ込めて動きを封じるために使われる。

 通常の動物であれば氷漬けにして凍死、もしくは窒息させるだけの威力をもつ強力な術だが、オーディンにはそれすらも効いていないようである。

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