虹色の宮殿

第23話 リート・1

 虎が案内してくれた場所には、虹色に輝く宮殿があった。

 レイア達は虎に導かれながら、宮殿の中をゆっくりと進んで行った。


 宮殿の最奥と思える場所で、虎がぴたりと足を止めた。

 七色に垂れ下がる天蓋てんがいの布で彩られたその部屋では、一人の少年が一心不乱に絵を描いていた。


「……リュトムス、誰か来たの?」


 そう言いながら振り返った少年の肌は抜けるように白く、銀色の髪と紅玉石ルビーのように真っ赤な瞳をもっていた。

 レイア達は、少年の呼び掛けた名前に驚いた。悪魔リュトムス! その名前をこの少年は親し気に呼んでいる。


 少年の声に応えて、垂れさがった絹幕の向こうから一人の人物が現れた。

 黄金色の長い髪、その上には白く輝く輪を頂き、背中には輝く六枚の翼。体は黄金の衣で覆われ、その姿は女性のようでもあり、男性のようでもあった。

 その姿は「黒き山」で会った悪魔リュトムスとは異なり、およそ悪魔らしからぬ姿をしていた。


*

「リート!」


 クラングが白い少年に向かって息子の名前を叫んだ。

 ということは、あの白い肌の少年がクラングの息子リートなのだ。だが白い少年はどう見てもには見えない。父親と同じように褐色の肌をもつダークエルフの息子を想像していたレイアは驚いた。


「お父さん……?」

「リート、お前を迎えに来た。一緒に帰るぞ」


 クラングはリートに向かって歩き始めた。リュトムスと呼ばれた白い翼の人物は、リートのかたわらに立ち、黙ってその様子を見つめている。


「ううん、帰らないよ。ここで絵を描いていれば、誰にも邪魔されない。友達だってリュトムスが連れて来てくれる」

「?! お前は何を言って……」


 驚いて立ち止まるクラングをちらりと一瞥いちべつし、リュトムスは微笑みながらリートの頬を優しく撫でた。ここにいるリュトムスの肌は少年の白い肌とよく似ていて、親子のようにも見える。


*

「僕の大事な友達を壊したのは、お前達だ! リュトムスが、僕のために連れて来てくれたのに……」


 よく見ると、少年の足元には馬とトカゲのぬいぐるみ、それに十個の人形が散らばっていた。どれも尻尾が千切れたり背中が破れたりして、無残な姿に壊れてしまっている。


「リュトムスはお人形に魂を込めて、僕のために友達を作ってくれたんだ。それなのに、お前たちが壊した……」


 リートは涙の溜まった瞳でレイア達を睨んだ。

 ではレザールやスタド達から奪われた半分の魂は、ここで人形の中にめられていたのか。

 魂を得た人形はとしてリートに与えられ、魂を奪われたレザールやスタド達は、リュトムスに操られて侵入者が絵の世界に入り込むのを防いでいた――もしくは、リートの新たな「友達」にするために、その魂を奪おうとしていた。

 レイア達が怪物を倒し、レザール達の魂を取り戻したから、この人形達からは魂が抜けてしまったのだ。


*

 リートは父親であるクラングに向き直ると、涙ながらに叫んだ。


「お父さんなんか、大嫌いだ! 僕をずっと一人ぼっちにして。僕が……お父さんに似てないからって」


 リートの言葉に、レイア達は戸惑った。


 確かにリートとクラングは、肌の色も髪の色も似ていない。もしかしたら血の繋がらない親子なのかもしれない。

 だがレイア達は、息子リートを心配するクラングの姿をずっと見て来た。「黒き山」で、クラングは勝ち目のない悪魔との闘いに決死の思いで立ち向かっていた。それは子を想う父親の強い気持ちがそうさせていたのだ。

 だから「父親に似ていないから独りぼっちにされた」というリートの言葉は、にわかには信じられなかった。


 戸惑うレイア達を前に、言葉を発しないままのリュトムスが、宙にふわりと手を払った。

 折り重なる絹糸のように、レイア達の脳裏にリュトムスの描き出した映像が飛び込んでくる――。


*


 リートという少年は、ダークエルフの村で唯一の白い肌を持つ子供だった。

 ダークエルフの父クラングとホワイトエルフの母フリューゲルの間に生まれた息子リートは、混血ハーフの子供だったのだ。


 ダークエルフとホワイトエルフのハーフは比較的珍しいが、いないわけけではない。通常の混血児は淡い褐色の肌を持って生まれてくるが、リートは生まれつき特異な体質を持っていた。


 白い肌と銀色の髪、そして深紅の瞳。それはホワイトエルフの血筋を持つ者に多く発生する先天的な疾患で、生まれつき体が弱く短命となる運命を背負っていた。実はリートの母もまた、彼と同じ病気をわずらっていた。


 リートの母は病気がちで、彼がまだ幼いうちに亡くなってしまった。

 突然の母親の死を受け入れたリートは、深い悲しみの底に沈んだ。

 母を失うと同時に、彼は村の中で自分が異質であることにも気が付いてしまった。村にいたホワイトエルフは母親だけで、他の村人は皆ダークエルフだったからだ。


 病気で家にこもりがちだった母親は村人との付き合いがほとんどなく、体の弱いリートもまた孤立していた。

 どこに行っても目立ってしまう自分の肌の色。けれど一度も村から出たことのない彼には、村以外に自分の居場所などなかった。

 戦士である父は毎日忙しそうに仕事に出掛けてしまい、息子のことを構ってくれる時間はほとんどなかった。


 リートはいつも孤独を感じていた―—。唯一、絵を描いているときだけが彼の心の安らぎだった。

 誰もいない静かな絵の中に入ってしまいたい――そう思うと同時に、リートは自分だけを見てくれる友達が欲しいと願った。


 リュトムスはそんなリートの前に現れ、その願いを聞き入れたのだ。


*

「僕はずっと一人だった……。お父さんは、お母さんのことばかりで僕のことを少しも見てくれなかった。僕なんか、要らない子だったんでしょ!」


 リートの瞳から涙が溢れ出ていた。天使のような姿をしたリュトムスがそのかたわらに膝をつき、彼を抱きしめて頭を撫でた。その姿はまるで、子を守る母親のようだった。



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◆冒険図鑑 No.23: リート

 ダークエルフの父クラングと、ホワイトエルフの母フリューゲルの間に生まれた混血の少年。母親と同じ先天的な疾患を抱えていた。

 幼い頃から絵を描くことが好きだった少年は、やがてそこに陶酔し、孤独を深めることになる――。

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