第24話 リート・2

「僕なんか……いらない子だったんでしょ!」」


 涙ながらに叫ぶリートの言葉に、父クラングは首を横に振った。


「違う! リート、お前は……お前の母さんにそっくりだよ。その髪も、瞳も。俺はお前のことを、お母さんと同じように愛していた。だからお前まで失いたくなかったんだ。……一人にさせてすまなかった」


 クラングはその声に悲痛な後悔の色をにじませている。


「そんなの嘘だ……! そうでしょ、リュトムス」


 父親の言葉を信じられない様子のリートが、すがるように傍らのリュトムスを見た。

 リュトムスが再び緩やかに手を動かすと、今度はレイア達の目の前にクラングの記憶と映像が浮かんできた。


*

 クラングは、ホワイトエルフの村で出逢った一人の女性に一目惚れをした。

 女性はクラングの結婚の申し出を一度目は断っていた。病気のせいで自分は長く生きられないことを知っていたからだ。


 だが、女性との運命を感じたクラングは諦めなかった。はかなく散ってしまう命と知ってなお、その人を永遠に愛し続けると誓った。クラングの熱烈なアプローチにその女性もついに心を動かされ、二人は結婚することになった。


 リートが産まれ、三人は幸せな生活を送った。たが妻は病に倒れ、帰らぬ人となってしまった。

 クラングは悲しみに暮れたが、息子のために働かなければならなかった。母と息子は同じ病気を患っていて、それは根本的な治療法のない病だった。先天的に免疫の弱い二人は病気にかかりやすく、その薬代のためにクラングは大きな借金を抱えていた。


 だが、愛する息子リートはある日突然クラングの目の前から消え失せてしまった。

 クラングは気も狂わんばかりに息子を探した。唯一残された手掛かりである絵をまじない師のところに持ち込み、必死の想いでまじない返しの依頼をしたのだ。


*

「お父さん……本当?」


 リュトムスに同じ映像を見せられたリートが、夢から覚めたようにクラングに訊ねた。


「本当だ」


 父が息子に近付き、力強く抱きしめた。リュトムスは黙って脇に退いている。

 少年の目から涙が零れた。


「一緒に、家に帰ろう」

「……うん」


 褐色の父親の大きな手で頭を撫でられ、真っ白な少年は小さくうなずいた。


*

「私の役目は終わった」


 リュトムスがリートに向かって言葉を発した。その顔は微笑んでいるように見えた。


「リュトムス……僕が悪かったんだ。今までごめんね、ずっと一緒にいてくれてありがとう」

「私はお前の心が創り出した幻影――。私はお前の心を映す鏡であり、お前自身でもある」


 悪魔リュトムスは……いや、レイア達が悪魔だと思い込んでいた存在は、同時にリートを見守る天使でもあった。

 リートが他人を拒んだ心、しかし友達が欲しいという矛盾した心が、「リュトムス」という存在を創り出していたのだ。


 ……そうか、とレイアは気付いた。

 結局は悪魔と天使に違いなどない。どちらも同じ存在だったのだ。人の心次第で悪魔の姿にも、天使の姿にもなり得る――つまりはそういうことだ。


*

 ノエルが再び、オカリナを吹いた。


 オカリナは、七色の音色を奏でた。

 深く、淡く、時おり微睡まどろむようにゆったりと、透き通るように急激に、目まぐるしく変わる旋律がレイア達を包み込む。


 それに応えるように、遠くからどこか懐かしい音が聴こえて来た。


 深い微睡まどろみから覚めながら。

 レイアの心には「家族」と「真理」そして「真実の愛」が深く刻み込まれていた。



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◆冒険図鑑 No.24: 悪魔リュトムス -2-

 悪魔であり天使でもある異次元の存在。その正体は、少年リートの渇望が生み出した幻の存在だった。

 リュトムスの名前の由来は「律動リズム」。クラングは「音」、リートは「歌」、フリューゲルは「(グランド)ピアノ」。

 音(父)の中から歌(子)は生まれ、リズム(天使と悪魔)は歌(子)の中に存在するという暗喩であった。

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