第13話 白藍色の追走曲(しらあいいろのカノン) -獣人馬族-

「ん……ここはどこだ? お前達、何者だ……?」


 獣人馬族ケンタウロスの男は、目を覚ますとすぐ不思議そうに辺りを見渡した。

 やはりこの男も絵の世界に入ってからの記憶を失っているようだ。先ほどの戦闘のことも、自分が怪物・軍神馬オーディンになっていたことも、全く記憶から抜け落ちているようである。


 先ほどあれだけ激しく攻撃してしまった手前、男の記憶がない点についてレイアは少なからずほっとしていた。


*

 ノエルが男に事情を話すと、ケンタウロスの男は絵の世界に入る前のことを話してくれた。


「俺の名前は、スタド。東の大陸で飛脚をやっていたんだが……。とあるダークエルフの村の跡地で、あの絵を見つけたんだ」


「ダークエルフの、村?」


「あぁ。その村はいつの間にか人がごっそりと居なくなって、もぬけの空になっていた。どの家も鍵すらかけないまま、みんなどこかに消えちまってて……。誰か残っている者がいないか、俺が村の中を歩いて探していたとき、不思議な音が聴こえてあの絵を見つけたんだ。で、気が付いたらここにいたってわけだ」


「不思議な音……それにダークエルフの村……」


 不思議な音を聴いた、というのは獣人蜥族リザードマンのレザールも言っていた。

 レイア達が魔法のオカリナの音色で絵の世界に入ったのと同じように、彼らもやはり音に導かれてこの世界に入ったのだろうか。


 それにしても、あの絵がダークエルフの村にあったというのは新しい情報だ。


 「ダークエルフ」。まだ会ったことのない同族の名前に、レイアは少しどきりとした。

 ダークエルフは人里を嫌い、住処をあまり明かさないと聞く。レイアは、自分の生まれた西大陸で自分以外のダークエルフに会ったことがなかったし、同じくダークエルフであった自分の両親がどこに住んでいたのかも知らない。

 もしかして失われたダークエルフの村というのは、未だ見ぬレイアの故郷と何か関係があるのだろうか……?


*

「他に何か、思い出せることはない?」


 ノエルがスタドに尋ねた。


「あぁ……ここに来た時のことなんだが、始めは真っ暗な闇の中だったんだ。何も見えず、何も感じない、時間もわからない。そこがどこかもわからず……あれは本当に恐怖だった。あと一歩で気が狂いそうになったところに、闇の中で誰かが話しかけてくれた。そいつは俺に、『お前を苦しみから救ってやろう』と言ったんだ」


 スタドは、記憶を辿りながら話してくれた。

 「真っ暗な闇」の話をする時、スタドは苦しそうに顔を歪めた。思い出したくないほど辛い経験だったのだろう。


「そいつは俺に条件を出した。『お前を孤独の苦しみから救う代わりに、お前の命を半分差し出せ』と。俺は喜んでその条件に乗った。あの暗闇の恐怖から抜け出せるのなら何でもする、命の半分などくれてやると思ったんだ。そうでなかったら、俺は自分で自分を殺していたかもしれない」


 スタドは踏み荒らされた雪原を見つめながら、最後の言葉をぽつりと呟いた。


「……そこから、俺の記憶はぶつっと途絶えている。今も、長い夢を見ていたような感覚だ。あれからどれくらいの時間が経ったのか、見当もつかない。それに……夢から覚めた場所が『絵の世界の中』だなんて、お伽話でも聴いてる気分だぜ」


 スタドは栗色の髪をボリボリとかきながら、苦笑している。


*

「そういえば、俺もそいつに同じようなこと話しかけられたな」


 スタドの話を聴いていたレザールも、忘れていた記憶を取り戻したようだった。


「話しかけてきたやつの名前は、俺も思い出せん。確か名乗っていたはずなんだが。そして、俺の名前も聞かれた。俺はやつの名を聞いて、なんだか男みたいな女みたいな名前だなと思ったんだ。確か、Rから始まる名前だったと思うんだが……」


 レザールとスタドの話を黙って聞いていたヴァイスが、眉根を寄せて口を挟んだ。


「……もしかしたら、それはかもしれませんね」

「悪魔?」

「えぇ。契約の代償に『命』を差し出せというのは、典型的な悪魔のやり方です。そして、自分の名前を名乗り、相手の名前を名乗らせるのも……。悪魔の契約には、契約者のが必要なのです」

「じゃあ、悪魔がこの絵の世界にみ着いていて、人を呑み込んでるってこと?」


*

 ヴァイスの話を聞いたノエルが、恐ろしそうに身震いした。


 「悪魔」。それは、「精霊」や「天使」といわれる存在と同じように、通常は人が触れることのできない存在だ。

 触れられないがゆえに、消すことも倒すこともできない。人ができることといえば、せいぜい「悪魔ばらい」や「悪魔除け」といったまじないで悪魔を寄せ付けないようにすることだけ。悪魔の機嫌を損ねた者には、大きな災いが起こると言われている。


 そんな悪魔がもしこの絵の世界に住み着いていて、絵の呪いを解くうえでその悪魔と対峙しなければいけないのだとしたら。それはかなり厄介な事態になる。


「まだ、はっきりとはわかりません。もしも悪魔と出くわしてしまったら……最悪、この笛で逃げればいいのです。きっと、笛が導いてくれますよ」


 恐々とする仲間をなだめながら、ヴァイスが白銀のオカリナを指し示した。


「そうだった。危ないことがあったら、このオカリナで帰って来いってブランシェさんが言ってたもんね」


 ヴァイスの言葉に、ノエルが少しほっとした様子で落ち着きを取り戻した。


 そう、この魔法のオカリナは、使用者を必ず必要な場所へと導いてくれるのだ。今のところ、順調に「赤の洞窟」「白の雪原」と、五人を導いてくれている。


 ……ただ一つ問題があるとすれば、ノエルやレイア達には次の行き先がわからないこと。そして今のところ残念ながら100%の確率で、着いて早々戦闘に巻き込まれていることくらいであった。



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◆登場人物紹介 No.7: レザールとスタド

 獣人蜥族のレザール、獣人馬族のスタド。

 レザールの名前の由来はとある国の言葉で「トカゲ」、スタドの名前は「馬」から取られている。

 二人とも、呪いの絵に近づいたことで絵の中に取り込まれてしまった、罪なき被害者である。 

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