第4話 霞色の夢想曲(かすみいろのトロイメライ) -秘密の副業-

 魔女ブランシェが行っている奇妙な副業。

 それは『呪いの品預かり』というものだった。

 二百年間たった一人で城に篭ってきた魔女だが、実は魔法の伝書鳩や輸送猿トランスモンキーを駆使して世界各国からのに答えていた。それが『呪い解き』である。


*

「つまり、『呪いの品』を預かって、呪いを解除してから持ち主に送り返す、もしくは貴女がそのまま処分する……。それを対面ではなく、伝書鳩や輸送猿を使った郵送で行っていたということですか」

「そうじゃ」


 眼鏡を指で持ち上げながらたずねるヴァイスに、魔女がうなずいて一枚のチラシを見せた。


『どんな強力な呪いでも解きます! 格安! 1件につき 金貨3枚!』


「…………」

「お主、ワシがどうやって一人でこの城で生活しておったと思っておる。魔法使いでも、生活費はかかるのじゃぞ」

「い、いえ、斬新なアイディアですね……」


 金貨3枚と言えば、一般市民の日給にして3日分ほど。その値段が高いのか安いのかは置いておくとして。何とも画期的というか、他に類を見ないビジネスである。

 呪いの品さえ郵送してもらえば、在宅のままで「まじない」の仕事ができるので、やり方を学べば、薄給に悩むしがない魔導師達にとって恰好かっこうの副業になるかもしれない。なぜ今まで他の誰も思いつかなかったのか、不思議なくらいだ。


*

「では、その預かった品の中に厄介なものがあると……?」

「そうじゃ。準備のついでじゃから、お主たちにも見せておこう」


 ヴァイスの言葉に、魔女ブランシェは地下にある保管庫へと五人を案内した。


 保管庫は、大広間――五人がグリフィンと戦ったあの広間の裏手側、食堂近くの石段から降りるようになっていた。

 地上よりもさらにひんやりと冷え切った石の廊下を、魔法のランプで照らしながら進む。途中、灰色の小さなねずみが壁の穴の中に逃げて行った。おそらく、魔女以外の誰もこの通路を通ったことはないのだろう。保管庫はその廊下の突き当りにあった。


 魔女が封印解除の呪文を唱えながら重い鉄の扉を開けると、パラパラと音を立てて石くずとほこりが舞い散った。どうやらこの保管庫全体も魔法で封印してあったようだ。埃のたまり具合からいって、一年近くは扉を開けていなかったと思われる。


*

「これが呪いの品?」


 魔女に示された物を、ノエルがしげしげと眺めた。


 そこにあったのは、大きな絵画だった。

 それは一見、ごく普通の絵画のように見えた。縦の長さは、床からちょうどノエルの肩のあたりまで。横幅はノエルの肩から手先ほどまでで、保護布を掛けて保管庫の壁の奥に立てかけられていた。


 布製のキャンバスには可愛らしい子供のようなタッチで、空想上のものと思われる「夜」の風景が描かれている。

 一番手前には森に囲まれた青い泉が描かれ、そのほとりに何人かの人物のシルエットが見える。泉の奥、右手側には赤い洞窟。洞窟のそばには火を噴くドラゴンが守護獣のように立っている。洞窟の左側には白い雪原が広がり、馬のようなものが駆けている。洞窟と雪原の後ろには、黒く険しい山がそびえ立つ。山の上には細い三日月がかかり、小さな星も描かれていた。


 綺麗な絵ではあるが、古びて色がかすんでいるせいか、どことなく物悲しい雰囲気が漂っている。ただし近付いてみても特に悪い瘴気しょうきが感じられるというわけではない。偉大なる魔導師である魔女が手こずるような呪いの品には見えないが……。


*

 ノエルの不思議そうな視線に、魔女が気付いた。


「うむ。これをどうやって処分するかが問題なのじゃ。今は結界を張ってあるが、毎年冬至の日に結界を掛け直す必要がある」


「毎年一回、掛け直さないといけないの?」


「さよう。掛け直さなければ、最も絵の近くにいる人間が、呪いによりこの絵の中に呑み込まれてしまうのじゃ。もう何人も呑み込まれてしまったと聞いておる」


「……絵に??」


 聞きなれない言葉に、半信半疑といった様子でノエルが訊ねた。


「そうじゃ。絵にとらえられてしまった者は、自力で出てくることはできぬ。絵の中にとらわれた者がいる限り、これを処分することもできんのじゃ。そんなことをすれば、絵の中の者の命も一緒に奪ってしまうことになるからのう。しかし、中の者を出してやるのもまた難儀なのじゃ……」


「絵の中に入った人を、助けることができるの?!」


 ノエルは驚いて目を丸くしている。呪いで人が絵の中に取り込まれるというのも驚きの話だが、絵の中からまた出てくることができるというのも二重三重に奇妙な話だ。


「方法は、あるにはある。魔法の水晶にたずねたところ、絵の中に別の誰かが入り込み、呪いの元を引きずり出してくれば良いらしい」


「絵の中に入って、引きずり出す……」


「そうじゃ。しかし、ワシ自身が行ってしまうと外からかけている結界が消えてしまうし、何より自力で戻ってくることができん。外でもまじないを唱えている者が必要なのじゃ」


「……じゃあ、ブランシェさんの代わりに僕達が行くのはどう?!」


 話を聞いていたノエルが、得意げに突拍子もない提案を出した。

 ……魔女ブランシェとノエルのやりとりを聞いていた時点で、レイアたちにはおおかた予想はできていたが。魔女には予想外だったようで、大袈裟な様子で驚いた。


「な、なんじゃと?」


「絵の中に入る人と、外でまじないを唱えている人が必要なんだよね? じゃあブランシェさんに外でまじないを唱えてもらって、僕達が絵の中に入って、中の人を助け出せばいいんじゃない?!」


 ノエルは自分に任せろ、とばかりに蒼い瞳をキラキラと輝かせている。


「しかし、お主らを危険な目に合わせる訳にはいかぬし……」


「大丈夫、やらせて! 僕たちに魔導術のことたくさん教えてくれたお礼がしたいんだ!」


 困惑する魔女をよそに、ノエルはやる気満々だ。

 純粋ゆえに、彼が一度決意したら誰にも止められないことをレイア達は良く知っている。


「ふむ、お礼などは無くても別に構わんのだが……。確かに、お主らをおいて他に解決できる者はおらんかもしれぬ。なにしろ、二百年間誰も解けなかったこの城の結界を解いてみせたのじゃからな。しかし、絵の中に入るのは一歩間違えば命に関わるぞ……。本当に良いのか?」


「もちろん! みんなもいいよね?」

「うむ!」「はい」「(こくり)」「ニャ♪」


 ノエルの声にカッツェやヴァイス、レイア、カノアも力強く頷いた。これはもう、毎回お決まりのパターンとなりつつあるのだ。


*

「ふむ。お主らの気持ちはわかった。では、お主らに任せるとしよう――絵の世界へ行って、中の者を助け出してくるのじゃ!」


 あっという間の決断にも関わらず、五人の意志が一つなのを見てとり、魔女もついに決心したようだ。

 さぁ行ってこい! という面持ちで、びしっと絵を指さす魔女ブランシェ。心配性のヴァイスが、戸惑いがちにおずおずと尋ねた。


「……あの、行くと言ってもどうやって絵の中に入るのでしょう?」


「あ、言うの忘れとった」


 この魔女は、意外とおちゃめだった。



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◆登場人物紹介 No.4: カッツェ(戦士)

 戦斧アックスと弓を装備する重量型パワータイプの戦士。30代前半。

 赤銅色の鎧を身に着け、戦士ながら炎の魔導術が使えることから「炎の戦士」の異名をもつ。

 性格は豪快・実直で、やや単純。正義感が強い。

 レイアと同様、パーティーの前線を守る頼りになる戦士である。

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