第3話・過去はいつも背後に

 狭い密室……とはいうが、ルーキーナイト号はフリゲート艦としては比較的大きめな部類である。全長は150メートルほどあり、あと少し大きければデストロイヤー級とされていたであろう。


 ブリッジも二人だけが動き回るには大きすぎる程度には広い。別に美女の香りで操縦室が満たされるようなことも無かった。

 ありとあらゆる計器類が内蔵されているが、それらの情報の処理は脳に内蔵されたインプラントが半自動的に処理する。マニュアル的な動作を行うならば別だが……常日頃の採掘作業は正直なところ暇である。


 人類が生息域を大幅に広げた隆盛期の初期には、どこぞの先駆者が「宇宙での航海は危険、そして暇との戦いである」と言ったとか。


 そうした諸々の事情はさておき、余り好いていない相手でも密室に二人きりとなれば時折会話ぐらいはするものだった。


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 先祖伝来の黒髪をかきあげながら、サルマは何気ない世間話をすることにした。



「そういや、興味が無かったんで聞いてなかったが……なんでお前さんは漂流してたんだい?」

「今更?」



 確かに今更ではあった。“彼女”を拾ってからそれなりの時間が経過している。具体的には三ヶ月程が過ぎようとしていた。

 驚くべきことに、サルマは未だに“彼女”の名前すら知らない。興味がないという以上に関わり合いになりたくない。

 そして、興味が無いからこそ話題にしてしまっていた。世間話、つまりは雑談。そうしたものの話題にはさして興味がないものこそ相応しい。

 ソレを最近になって、ようやく思い出したサルマは無意識に懐かしんでしまっているのだ。


 関わりあいになりたくないのは、正確に言えば“彼女”が所属する勢力とである。美辞麗句を前面に押し出すのは、世の常というものだが……懐旧連合とは! 名前からだけでもろくなものでない予感がしてくる。


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 不老化処理を受けていることから分かるように、サルマはかつてエリートと言われる身分だった。生まれは中流の家庭であるために、純粋に努力と生来の才で軛を外した。それをかつては誇っていた。

 余人からしてみれば、目の前の眼鏡の女性と同様に映っていただろう。だから話をする気になったのやもしれなかった。



「我がサルーゾ懐旧連合はタランノリージョンにおいて、憎むべき敵と交戦していました。如何に我らが崇高な大義の下に戦う戦士であろうとも……犠牲は出るものです。私が乗艦していたクローエッジも、奮戦の最中にその身を散らせたのです」



 クローエッジというのが、“彼女”が入っていた脱出用カプセルを収めていたバトルクルーザー巡洋戦艦なのだろう。



「ふぅん? 戦闘? お前さんの乗っていたバトルクルーザーは、形式番号からしてゼルク系だろうに、まだ一線で使われているのか?」

「恥ずかしながら、我々は旧時代の残滓に縋っている状況なのです。技術的な進歩は貴方が表に出ていた時代からほとんど無いと言っていいでしょう。二大連合時代はそれほどの爪痕を残して……終結したのです」

 


 流石に200年ほど前の艦艇をそのまま使うとは思えないため、設計図か何かから再現したのだろうか? とサルマは頭を捻る。

 外の世界がそれほどまでに停滞しているとは思いもしなかった。しかし、アラバイスリージョンからタランノリージョンまでは隔絶していると言えるまでには離れていない。

 余計な戦火が来なければ良いが……とサルマは思う。もう戦争には飽いているのだ。



「はい。コーヒーです。ドローン達の暮らすここにもレシピがあるとは思いもしませんでした」



 美女の髪の匂いがしたと思えば、コーヒーの芳醇な香りに変わった。人類が一つの星に固執していた時代に生まれた、この飲み物は未だに親しまれている。もっとも、人工的に模したものであるが味は変わらない……とされている。オリジナルを飲んだことはサルマにも無い。



「サンキュウ。しかし、こんな僻地でなんでまた戦闘なんか……というか、どことやり合ってるんだ懐旧連合ってのは」

「貴方と話していると、キンダーガーデンの子供に教えてる気分になってきますよ。我らが現在敵対している中で、最も大きい勢力……カクテル・カルテルとですよ」

「ぶふぉ!?」



 予想外の名前にサルマは思いっきりむせた。

 実に百年ぶりの感触で、苦しいながらに感慨深い。強化された肉体のせいで一瞬のことではあったが、それでもだ。



「汚いですよ」

「すま……な……い。あー、落ち着いた。カクテル・カルテルってまだ残ってるのかよ!? ソッチのほうが驚きだ!」

「おや? 知っていたのですか?」



 知っているも、なにも……という言葉をサルマは口に出しそうになった。


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 二大連合時代と一口にいうが……宇宙全体を征することができるのが2勢力だったということである。泡沫組織は当然あった。

 そして、それなりの……覇権を握れるほどではないが、無視できない程度の勢力もまたあったのだ。つまりは海賊勢力である。


 カクテル・カルテルはその中でもおぞましく、そしてしぶとかった。

 “カクテル”と呼ばれる違法インプラントの類を売りさばいていた組織で、二大勢力が潰しても潰しても蘇って来た。

 一説には各国の高官達の援助が密かにあったとも、軍部こそが支援しているとも囁かれていたものだ。


 確かにこうした所謂“悪の勢力”は辺境に根拠地を置くことが多かった。生き残る確率は下手な国より高かっただろう。

 とはいえ、数百年の時を超えてまで残るとは……当人たちも思いもしなかったに違いない。



「あの連中はもともと、独自の開発陣を抱えていましたからね。いまや国と呼んで差し支えない勢力に育ってると聞き及びます。……まぁ台頭してきたのはここ50年ばかりのころですが。二大連合時代の軍人などを吸収したと、分析されていますが」

「人間って予想以上にしぶといもんだなぁ……ココが最後まで楽園ならいいんだが」



 サルマの懸念は真っ当なものだったが…このときは後日希望が打ち砕かれるとは思いもよらなかった。

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