第25話・フライト
人質……ああ、もう貴方は変わってしまったのだな。そのことをサルマは再確認することになった。かつての隊長ならば絶対にしない行動だ。
だが、効果的だ。どの勢力に属してもいないサルマにとって、人間関係こそが寄る辺なのだから。
「……それを潰せば、こちらもアーサーを破壊する。分かっているのか、隊長」
「勿論だ。条件は対等、だからこその取引だ」
「最悪だな。こちらは仲間を返して貰うとしても……そっちが出す条件は、アーサーを壊さないように。だけでいいのか?」
「いいや、一つ条件を追加させてもらおう」
「本当に変わってしまったんだな……」
命の対価は相手によっては無限にもなり得る。そこを考えれば、最悪というわけではないが劣悪ではある。
あの人はいつだって公平公正だった。部隊で飲みに行ったときも、戦場でも、家庭でも……まるでリーダーを象徴化したような人だったのに。
しかし、今の彼は冷酷……かと感傷を続けようとした矢先に元隊長の言に熱がこもった。
「変わった? ああ、変わったとも。不老の身で、力を持ち、縛る規律は消え失せた。あるのは地獄の戦場へと皆を引き連れていった罪悪感だけだ。コールドスリープしていた連中以外は皆、変わった。否。サルマ……お前はどうして変わっていない?」
「ふん。引きこもっていたからかな」
それだけでは納得が出来ない、というふうに対手は感じているようだった。不思議なことだ。生身同士で出会うより、機械の体の方が感情をより理解できる気がする。
「やはり、お前は異常だ。だが同胞であることも事実。私もかつての仲間を手に掛けるのは気が引ける。出す条件はお前がサルーゾ懐旧連合に所属しないということだ」
「ははっ! 口に爆弾でも付けるのか?」
「いや、誓え。お前は誓いを破らない」
気が引ける、ということはやむを得ないなら殺すのも仕方ないということだ。そして、サルマが敵に回る事自体は否定していない。
別の勢力に加わることにも言及していなければ、サルマ個人が逆らうことも防ごうとはしていない。
「……なんだって懐旧さんにそんなにこだわるんです?」
ならばこの男が滅したいと願うのはサルーゾ懐旧連合に限られる。どうして、そんなにこだわるのか。サルマの疑念は純粋だった。
「お前はしばらく大宇宙に関わりを持たなかったようだな。ならば、説明してやろう。お前とて、後ろの脆弱なドールとドローンが逃げる時間は欲しかろう」
巨大ドール・アーサーを掌握する彼は、エプソとゴローのことも知っていた。サイズが巨大であれば鈍くなると思われがちだが、実際には逆。サイズダウンが成功していないレーダーなども積める余裕がある。
自分だけが助かるのは難しくない……だが、仲間には死んで欲しくない。サルマにとってこの取引は捕虜から解放される状況めいていた。
「察しの通り、私は今……カクテル・カルテルに所属している。ただし、最高幹部の一人としてな」
「はぁ!?」
「まず聞け。あの組織についたのは流れ着いた軍人や傭兵が規律を失わないようにと、中から見込みのある悪人を更生させるためだった。思えば、かつての大戦の罪悪感に過ぎなかったのだろうな……」
サルマが安穏としていた間に、かつての上司は世界を動かしていた。そして、完全でないまでも立派なことをやり遂げかけていた。
「しかし……ある時期を境に新勢力が増えだした。単に新しい組織を好んだのか、カクテル・カルテルという名を厭うたのか。勃興を繰り返す勢力群を私は遠くから眺めるだけに捨て置いた」
それこそがサルーゾ懐旧連合だ。ライオネルはかく語る。そして、その時の行動こそが間違いであった。
常に過去の非を正そうと狂奔しているのが、かつての儀礼兵団団長フライトという男だった。
宇宙空間の儀礼兵 松脂松明 @matsuyani
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