第4話・カクテル・カルテルの戦艦

 タランノリージョンにて、戦闘により発生したデブリ帯を一隻のバトルシップ級が航行していた。

 全長1.5㎞にも達する巨体だが、ブリッジクルー達の並列処理により残骸の中を悠々と動いている。仮に残骸がぶつかっても、常時船体に張られたシールドが防いでくれるが、それを避けようとするのが船員達の矜持らしい。



「救難信号が救助完了に変わっているだと? 確かか? このあたりで懐旧連合の船はもう千時間は観測されていないが……」

「はい、ヨムザ大佐。救難信号を出していたのはクローエッジ号というバトルクルーザー級でした。レコードボックスを現在解析中ですが……読み取りが不可能に近いと技術班から報告が上がっています。なんでも人為的にノイズが挟まれているとか……」

「ふぅむ? 我々ならともかくとして、懐旧連合にそんな器用さがあるとは思えんが……」



 バトルシップ・ガイザの艦長を務めているヨムザは唸り声を出して考え込んだ。報告をした士官がびくりと体を震わせる。巨体が腕組みをして唸るということ自体に恐怖しているのだ。このあたりの感覚は今でも変わらない。


 ヨムザは遺伝子改良をした種の末裔であり、彼らの一族は2メートルを超す巨漢だった。前線歩兵から戦闘機乗りまでこなすという戦闘に長けた彼らは各軍で重宝されていた歴史を持つ。

 ……それも今は昔。現在のヨムザはカクテル・カルテルの船長だ。勢力を急激に伸ばしたカクテル・カルテルには高度な指揮能力を持つ人材が枯渇していた。本来ならば前線で戦っていたいヨムザも艦長の椅子に居心地悪く座る羽目になっていた。


 ……少し今のカクテル・カルテルに触れておくと、今の彼らは百年ほど前から真っ当な軍集団に変わっている。

 突如として到来した大勢力の同時崩壊という好機をかつての無法者達が逃すはずもなく、あぶれた軍人達を取り込みにかかった。しかし、それが無法者達にとってはまずい結果をもたらした。

 内部に入り込んだ軍人達は、端的に言って海賊であるカクテル・カルテルのメンバーよりも優秀だった。取り込まれて十年ほどで中間層を元軍人が占めるようになり、そこからは転がるように上層部を乗っ取って今に至る。古代のことわざに言う“ひさしを貸して母屋を取られる”というやつだ。

 ちなみに今もカクテルというインプラントは売られているが、中毒性を廃した質の良い合法インプラントとして愛用者を増やしている。



「遭難者が技術士官だったのか? ……まぁ良い。人道的配慮をする必要が無くなったのだからな。本格的にこのあたりの調査任務へ移るとしよう」

「はい。調査艦隊との合流ポイントへ軌道を変更します」



 ヨムザは頷いて、禿頭を撫でた。

 この地で行われた戦闘でサルーゾ懐旧連合を破ったのは僥倖だ。懐旧連合の前線は大幅に後退して、戦意も低くなっただろう。

 現在のカクテル・カルテルの目標は勢力拡大は勿論、わずかに残る“賊”としての部分を排除することだ。組織としての確立が完璧になって、初めて正式な国家樹立宣言をする予定になっている。


 そこ行くところサルーゾ懐旧連合はカクテル・カルテルにとって頭痛の種だった。旧勢力の条約や法は今も失効していないと主張する彼らは、カクテル・カルテルに延々と突っかかる。彼らの奉ずる過去の常識だとカクテル・カルテルは未だに“宇宙海賊”のレッテルが張られているからだ。



「……昔が懐かしいのは分かるんだがな」

「はぁ……自分は戦後の生まれなので分かりかねますが、それほど良い時代だったのですか」

「いいや、クソみたいな時代だった。だから懐かしいんだ」



 副官に言ったヨムザは自分で顔をしかめる。

 ヨムザは不老処理を受けているため、その時代の記憶が未だに生々しい。あんな時代に戻りたいと思う連中はどうかしている。そう確信していた。

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