第5話・部品は足りますか?
ルーキーナイト号のブリッジで艦長席に腰掛けながら、サルマはコーヒーの香りをゆっくりと楽しんでいた。活動年数からすれば飽きているのが普通だろうが、サルマは飽きるということを知らない。
なにせこの辺境での生活を200年近く続けている男だ。不老処理を受けたことで肉体は若々しいが、どうにもジジくさい精神性を持っていた。
ところが、最近できた同僚はそうでもないようで、ブリッジ内をうろうろと落ち着き無く動き回っている。
「もう5ヶ月よ!」
「そうだったか? 最初はお前さんがブリッジにいるとイラついたもんだが、意外に早く慣れたな……見た目は悪くないからか?」
黒髪をキッチリと撫で付けた女史はメガネを輝かせた。これが爆発するサインだということをサルマも流石に理解している。むしろ面白いので口を軽くしていた。
そのメガネに発光機能が実際に付いていると知ってからは、週に一度ぐらいは爆発させているサルマは実に子供っぽい。
「元々短くとも1年はかかる見込みだっただろう? いまさらオレに怒り狂って何になる?」
「アナタのフリゲートを奪うとかね」
「そりゃ無理だな。チュノッサなら教皇警護兵、カライザなら独立猟兵を、一個小隊持ってくるなら少しは考えるが……残念ながらどっちももういないな」
自分で言った軽口にサルマは顔をしかめた。この頃どうにも昔を思い出すことが増えていた。戦争はもう懲り懲りだ。そう感じてここまで流れてきたはずなのに、この船のカーゴにはまだアレを載せているのはなぜなのか。
過去に帰りたいという気の迷いぐらい、誰だってあるだろう。問題は思い出させる原因を取り除けばいいとサルマは考えた。
「可能性の話だが、数ヶ月ぐらい短縮することはできるかもな」
「……嘘じゃないでしょうね」
「得にもならん嘘はつかん。それにその嘘が嫌なことの一つだから、ここに住んでいるんだ。あくまで可能性の、と言っている」
聞きましょうと言った具合に、目を向けてくる女史に向かってサルマは短縮方法の案を話し始めた。
「お前さん達は過去のデータを基に、兵器を作っている。だが、二大連合のどちらの系譜を受け継いでいるわけじゃあない。そこに間違いはないか?」
「ええ。二大連合の遺物は利用するものです。我々はその時代より前の統一時代への回帰を目指していますから」
「ということは作る船には二大連合のどちらも使用しているはずだ。お前さん達が5ヶ月前に戦闘を行ったタランノリージョンでは、残骸がデブリ帯を作っているだろう。そこからパーツを集めて、いわばジャンク船を作り上げる」
「できるの!?」
「だ・か・ら、できるかもだって。オレはチュノッサ連合の機械しか弄れないからな。連合のパーツが上手く集まれば作れなくもない。もっとも……お前が乗っていた船のようにカライザ共同体のパーツだと勘で組むことになっちまうがな」
サルマは知識はあるが、専門のエンジニアというわけではなかった。別規格のパーツになると、基礎が足りていない分、仕事が雑になる。
ジャンク船でワープ航法を使うこと事態あまり楽しいことではない。それが継ぎ接ぎだらけになれば尚更だ。
要は運次第だ。パーツが足りるならゴローの手を借りて、コルベット艦をでっち上げられる。
「というわけだ。このステーションのドローン達が作る新造艦の方が安全なことだけは確かだがね」
ここの変異ドローン達はセーフティが外れているため、独創性も持ち合わせてはいるが、それは得意であるということには繋がらない。このステーションに艦艇工廠があった形跡が無いので、おかしな言い方だが経験があるドローンはいないはずだ。つまり、それだけ長く時間がかかるということになる。
機械らしい安定志向も合わさって、女史が集めた資材を使って慎重にことを運ぶだろう。あくまでも最短で一年ほどなのだから。
どっちでも構わないと思いながら、なぜこんな入れ知恵をしているのかサルマは自分でも分からなくなってきた。
未だに名前を聞かないようにしている女史の手助けをするなら、ルーキーナイト号で送れば良いのだ。
「いいわ……やってやりましょう! それにエンジン部分とかだけでも手に入れば、ドローン達が使い方を考えてくれるかもしれないわ!」
「はいはい。意外と賭博師だな……じゃあまず行く時間を作るために、いつも以上に働いて時間を蓄えないといけないぞ」
「ドローンは資材大事! それぐらい覚えているわ! 掘って、掘って、掘りまくるわよ!」
気炎をあげる女史をサルマは不思議そうに見やった。
そのような気持ちを抱いた時は、気の遠くなるような過去に置き去りにしてきた。それが懐かしさとともに近づいて来るような気がする。
思いながらサルマは、日頃使わない方の計器を手で撫でていた。無意識に手が過去をまさぐり始めた。
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