第7話・離別へ向けて

 さて、困ったことになった。サルマは落ち着くためにあえて胸中で軽くつぶやいた。

 現在、ルーキーナイト号はデブリ帯の中で逆さになっている。メインエンジンも停止させて、このソーラーシステム恒星系によくある漂流物の一つだと思わせるためだ。

 そして、ルーキーナイト号の内部では逆さのままサルマと女史、ゴローの端末が火鉢に当たるような格好で一つの機材を取り囲んで座っていた。拾ったパーツの中にあったクルーザー巡洋艦のレーダー端末だった。



「カクテル・カルテルがこうも行儀の良い集団だとは思わなかった。連中は海賊をやめたのか?」

「そうは思いませんね。現に我がサルーゾ懐旧連合と揉めているのです」

「だから野蛮、と決めつけるのはオレには無理だな。勢力全部が正しいなんてのはおとぎ話にすら無い」



 電源すら外部から引っ張ってきて起動させたレーダーには無数の光点が映っている。それを目で追いながら、サルマは首を捻る。



「コルベット、フリゲート、デストロイヤー駆逐艦を中心にした編成か。艦隊戦を想定しない……安全圏でのカライザ共同体の調査行動に似ているな。変なのは母船役のバトルシップ戦艦が2隻あることぐらいか」

「元軍人が率いているのでしょう」

「Vi~」

「そうだな。不老処理をされているベテランが指揮しているなら厄介だ。ここから動くことができんのに、そのうちこのデブリ帯も調べに来るだろう」



 おそらくサルーゾ懐旧連合はこのリージョン地域を守りきれない……あるいは攻め取れないと判断して後退している。そして、このソーラーシステム恒星系を完全掌握すべくカクテル・カルテルが動き出したのだ。そうサルマは判断した。


 それにしても大型ワープフィールド妨害ネットまで張るとは慎重なことだ。万が一の事態にも備える主義を持った指揮官だ。

 このネットがある以上、長距離ワープドライブは使えない。網目があるためショートジャンプなら可能だが、それを使って戻るには時間がかかりすぎる。

 そもそも元のアラバイスリージョンに戻ってしまえば、あのドローン達のステーションに案内してやるようなものだ。現在のカクテル・カルテルがどういう集団になっているか想像するしかないが、機械達の独立なぞ認めるはずもない。サルマに都合の良い選択肢は無かった。



「相手がちゃんとした人物なら、懐旧さんは降伏した方が良いと思うぞ。士官だし捕虜の方が帰れる確率も高いだろう」

「冗談でしょう? 大体、貴方はどうするの?」

「基本、逃げる。だが布陣からして無理そうなので、最悪はここで戦う。連中をHe03まで引き連れて行くことだけはできん」

「機械のために死ぬつもり!?」

「オレも、お前も! その機械に助けられたんだぞ! 断言してやる、人間よりあの変テコドローンのために戦う方が百倍はマシだ!」



 戦争が終わった時、たまたま辺境近くにいたサルマが流れ着いたのがドローン達の星だった。種族も違うサルマを迎え入れて、共に生活をすることにドローンは何のためらいもないようだった。

 サルマにとってそれは世界が変わった瞬間だった。サルマの軍歴は栄光と殺戮に満ち溢れていた。その自分に穏やかな生活をする機会が与えられるとは思いもしなかった。

 サルマの気迫に驚いた女史は、一旦引き下がったが、次いで自分も決意を見せた。



「いいわ。じゃあ戦いましょう。私は貴方のように彼らを家族とは思えないけれど……隣人ぐらいには思えるわ」

「……今度はオレが聞くが、正気か? こっちは軽武装のフリゲート一隻と、無装備の無人船だけだ」

「聞かないでよ。自分でも馬鹿なことをしていると思ってるんだから!」

「ゴロー、お前はのこ……」

「Vi--! Vo~~!]



 ゴローは端末のマニピュレーターでサルマを三発殴った。床ならぬ、天井へと叩きつけられたサルマは怒らずに苦笑した。



「馬鹿が二人と一体か。オレたちはこれからあのステーションに戻ることもできないのに、あそこのために戦うわけだ」



 ルーキーナイト号のエンジンが起動し、ブリッジは明るさを増した。そして、逆さになっていた体勢を戻して、わずかな武装タレットを露出させた。



「覚悟は良いようだから言っておくが、実は勝ち目があったりする」



 サルマは女史とゴローに殴られた。

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