宇宙空間の儀礼兵

松脂松明

第1話・救難信号

 流れる歌だけを耳に今日も仕事に出る。

 アーカイブに残された古代の歌は尽きることが無い。人類が絶えること無く作り上げた歌は星の数ほど。この小さな船に積めるだけの簡易ファイルに納めたものだけでも、未だに聞き終わってはいないのだ。


 黄色い船体の上部からトラクタービームが射出される。目にも鮮やかな青が小隕石に食い込むと逆流を始め、鉱石カーゴに圧縮されたタイザスパーを収納する。

 やることはロック対象を決めてボタンを押す。それだけだ。

 人によっては地獄と呼ぶだろうそれだけの生業をオレは心の底から満喫している。


 センサーに感あり。それを計器から読み取り陽気に声をかける。

 反応はこのフリゲート級よりもさらに小さい。先鋭化されたフォルムは、中に人を収めることを考慮していないが故の美しさがある。



「やぁ、G-O-6000ゴロー。これから出勤かい? 今日の隕石群もタイザスパーが絶好調でファイアリーゼリーすら欠片も入っていないよ」

「ViViVo!」



 返ってくるマシンボイスに愉快な気分になる。かつては燃料ともなるファイアリーゼリーの方が高価だったが、彼らドローンからすれば血肉になるタイザスパーの方が好物なのだ。

 ゴローはとうに失われた国家の文化圏で使われていた読みと人名から取った名前だ。人の手を離れた機械達はオレの付ける名前を喜んでくれる。

 

 ここは宇宙の果て。アラバイスリージョンはザバヘッドコンステレーションにあるHe03ソーラーシステム。

 オレ……サルマ・ササキはこの地に生きる唯一の有機生命体として、とても楽しくやっているのだ。


 かつて宇宙を二分して覇を競ったチュノッサ連合とカライザ共同体との争いも今は昔。阿呆なことに見事に人類は共倒れ。生き残りは細々と過ごしている。

 総人口も今では兆を割っているのでは無かろうか? まぁ知ったことではないが。

 宇宙は広い……資源すらその辺に掃いて捨てるほどあるのに、なぜ人類は争っていたのだろうか? 人ですら無い存在に囲まれているとそう思えてくる。


 今日も何事もなく収穫を終え、帰路に着くことになるだろう。指定されたステーションで満載したカーゴと空のカーゴを取り替えて居住施設に戻る。そして変わらぬ明日が来て、またゴローと共に採掘に出るだろう。

 そう信じていたのだ。信じていたかったのだ。



 しかし、久しく聞いていない発信音が事態を変化させた。

 半ば自動化されたブリッジに混入した音楽の邪魔者。

 あまりに長く、聞いたことが無い音にしばらく呆けてしまう。脳内に埋め込まれたインプラントが強制的に思考を現実に戻す。



「……救難信号?」



 馬鹿な。

 そりゃ宇宙は広い。遭難者だっているだろう。長く生きていればそれに出くわすことだってあるかもしれない。

 だが、この輸送型フリゲートがどれだけ年代物だと思っているのだ?

 その船が読み取れる信号を使っているやつはどんな古臭い連中だ。カビでも生えてそうだ。



「Vi……Vo? ……ViVI!」



 横を並走するゴローが訴えかけてくる。また妙な映画でも見たのだろう。



「助けないのかって言われてもなぁ……厄介事だろ?」

「Vo! Vi! ……VoViVo!」

「未知との出会いねぇ……」



 ここの住人ドローンはすぐにこれだ。

 お腹いっぱいのオレとは違い、変化を求めて止まない。娯楽に貪欲なのだ。

 ……燃料や合金を生産する過程で出る副産物でオレは養われている。この地ではオレの方が彼らよりも安価な労働力なのだ。



「まぁ1人か2人なら、オレの地位は大丈夫か」



 打算に満ちた考えのままに、機械にせっつかれて発信源へと向かう。距離はそう離れていない。マイクロワープを10回ほど行えば事足りる。

 キャパシタの残量と回復される量を計算してかかる日数を計算する。……日を跨いでしまう。どうやらいつもと同じ明日はやってこないようだ。



 現在位置を特定、座標を記録、目標物の探索……

 脳内に高速で流れる情報を絞りに絞る。いかにここが果てとは言えども旧時代の残骸はそこら中に浮いている。一つ一つ精査していては帰れなくなる。

 昔取ったなんとやら、だ。やるじゃないかオレの脳みそとインプラント。

 ドローンとほぼ同時に目当ての物を探し当てた。


 形式番号照合……



「カライザ共同体のバトルクルーザー級に搭載されていた脱出ポッドか」



 二大文明の片割れに使われていた信号……なら、この船の計器に引っかかるのも当然とは言える。が、中身が無事かどうかとなると話は別だ。



「戦争から何年経ったか考えれば……仮死状態の維持期限は過ぎてるな、うん」



 早々に諦めた。

 縁が無かった。信号を拾ったのはたまたまだ。そう来なくては。



「Vi-Vo!」

「え? 生きてる? 嘘だろ……」



 希望を捨てずに精査していたゴローが喜悦の声を上げる。それを聞きながらオレは頭を抱えた。生きてる……中身は物ではなく生命。犬とか猫だったらいいなぁ。

 最低出力に設定したトラクタービームでポッドを引き上げながら、祈ることにした。


 

 道中、記録した座標を遡るようにオートパイロットを設定し、輸送型フリゲート、ルーキーナイト号の船内にゴローの丸いを受け入れる。

 彼の肉体である採掘用船の内部は生物が生きていける環境になっていない。ポッドを受け入れるのならこちらの側になることは実に真っ当な判断だった。


 反重力デバイスで器用に浮くゴローとともにカーゴに赴く。

 気圧を操作し、空気を送り込み、環境を整える。ブザーが鳴り響き、人間でも問題のない状態が出来上がったことを知らせてくる。

 こうした設備が体内にないゴローは実に嬉しそうだ。たまに暇になると好んでやってくることもあった。


 共に映画鑑賞に興じるノリで脱出ポッドに近づいた。サイズは詰め込めば中に4人入れるようにできている。どういうわけか、どこが開発しようとも似た作りになっている。

 胸が少し高鳴る。もういらないと断じたはずの変化。それはやはり少しだけ楽しみで……手順に従って救難信号を受諾したサインをポッドに送り込む。


 空気が抜けるような音とともに、ポッドが開いた。旧時代にこんな開き方をする車があったのを博物館で見た覚えがある。カウンタだかそんな名前。そこから現れたのは……



「こりゃまた見事な眼鏡美人」

「ViVi!」



 黒緑の髪は短く、しかし滑らかに撫で付けられている。秀才風でキャリアウーマンと言った具合で実に馬が合いそうにない。

 不躾に眼鏡を取り眺めてみる。



「Vi?」

「なんでこのご時世に眼鏡? ってこれ情報端末になってるのか」



 戻すと、眼鏡美人のまつ毛が震える。目を覚ますのだ。

/


「んぅ?……ここは?」

「Vi~Vi!」

「あー、ハロー? こんにちは? あるいは……ジャンボ?」



 仮死から覚醒する。

 視界に映ったのは丸いドローン端末とオリエンタルな感じがする男。男は気が抜けるような眠たげな顔だが……油断のならない感じがする。戦場に生きているインテリにこうした男が多いことは知っていた。

 体躯も細身だが鍛え上げられているように見える……見た目など当てにはならないが。サイボーグという線もあり得る。



「……状況の説明を条約に従って求めます」

「……は? 条約? え、それってまさかタランゾン条約?」



 知っているようで安心する。捕虜や救助された人間に対する取り扱いを定めた条約。人類の道徳と叡智の結晶だ。



「取り決められたの何年前か知ってる?」

「300年前ですね」

「取り敢えず戦後の生まれということが分かって嬉しいよ。とっくに失効してるだろ、そんなもん。取り決めた国家連合自体がどっちもないじゃんよ」



 なるほど……未開の野蛮人。ならば教えてやるのが我々のごときエリートの努め。萎えた体に鞭をうって威風堂々と見えるように立ち上がる。



「いいえ、その条約は未だ失効していません。我らサルーゾ懐旧連合がそれは未だ継続していると宣言したからです。人類は再びかの連合対立時代の遺産を受け継ぎつつも、更なる昔……一つであった時代に立ち返らねばならないのです」



 どうだ、見たか。

 この制服の輝きを見るが良い。今なお人類の栄光は続くのだ。

 しかし、眼前の人物は…



「どうすんだよ、ゴロー! めっちゃやばそうな奴拾っちまったじゃん!?」

「Vi~……」


 球体を相手に何やら格闘していた。


/


 見たことが無い制服だとは思っていた。旧時代の物ならば自分が知らない制服など

 どうやら辺境に引きこもってる間にも、人類はしぶとく再興しようとしていたらしい。最悪である。


 よりにもよってそんな熱意溢れる連中と見事に関わってしまったようで、それもこれもコイツが悪い。ゴローにパンチをくれてやると、球体の一部から生えたマニピュレータでやり返される。岩ぐらい砕ける勢いで殴られたオレは、少しばかりよろける。

 それを見て眼鏡美人が金切り声を上げた。



「ちょっと! まさかそのドローン、思考回路を解放してるの!? なんてこと! 禁止されているはずよ!」

「知るか! 外したのはオレじゃねぇ!」


 事実である。本来命令を実行するだけの自動機械達を自由にしたのはオレではない。先にHe03にたどり着いていた人間が孤独に耐えかねてやったことだ。オレが流れ着いた時には既に自分勝手にしていた。

 人間が作り出した存在である機械だが、余程の無理をしなければ人間が勝てないような存在なのは言うまでもない。その手綱を手放してしまえばどうなるか? 主従の逆転すら起こりかねない。

 だから当然、タブーとされていたのだが……先人は随分と碩学であったらしい。もしくは必死にやったか。その生涯を賭けてプロテクトを外して、機械を人間の手元から羽ばたかせてしまったのだ。



「ViVo! ViVo!」



 乗りに乗って来たのかまるで人をボール扱いしてどつき回すゴロー。天井と床に何度も叩きつけられていい加減、怪我をしそうだ。

 跳ね上げられた後、体勢をコントロールしてゴローの上に着地する。頭の上に座り込まれたゴローが室内を回転し始めた。



「これは……議会に報告の必要があるわね。人類の危機だわ…」

「はぁん? そんな機会は来ねぇよ。もうオートパイロット設定したし、お前はこれから機械とオレの楽園に行くんだよぉ!」

「ちょっと!? なんてことしてくれるのよ!」



 目眩がし始めたらしい眼鏡美人にサルマは高らかに宣言した。先程の演説のお返しである。



「はっはー! 宇宙の果てへようこそ!」

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