第2話・燃料と資材

 まったく、とんだ拾い物。そしてとんだノルマの増大だった。

 拾っておいて何ではあるが、遭難者をさっさと放り出してくれることをドローン達には期待していた。


 だが、4角や丸の物体達は遭難してきた美女の境遇に涙し、彼女を元の勢力に戻すことを約束してしまった。

 あの連中は基本的にその場の勢いで行動することを美徳としているために、こうした事態になることを予測しておくべきだったのだ。

 機械達が独立独歩する勢力の存在をこの女が奉ずる懐旧連合とやらが知ってしまえば、厄介なことになるのは目に見えているというのに……



「――ちょっと、聞いてるの?」

「聞いてない」



 続く抗議の声も聞き流す。彼女に貸し出された採掘用ポッドは母船なしには活動できない。そしてその母船はオレのフリゲートが務めることに決まってしまった。

 ドローン達曰く、「同種族なんだから」ということらしい。

 

 ……機械達は情に弱い反面、安定した物資量の循環を乱すことを嫌う。それを得るための日々の作業もだ。

 ゆえに彼女は帰還の手段となる船を作成する物資を自身で得なければならず、こうして一時の同僚となっている。それはいいが、なぜポッドの燃料の確保はオレのノルマに足されるのか。くそったれめ。



「おい。懐旧さんよ、そろそろ戻ってこい。キャパシタが30%切りそうになってるぞ」

「……こっちからの言葉は無視するのに、そちらからは話しかけてくるわけ? あと3割は活動できるってことでしょう? ついでにその呼び方もやめてくれる?」

「安定領域にあるうちに切り上げるのが基本なんだよ。制服ちゃんはコレだから、全く。……お前さんのポッドにはオレのフリゲートから補充するようになってるんだから、こっちの安定も保たなきゃならん」



 宇宙は何が起こるか分からない。

 一瞬前までは安全だったはずが、瞬きをしたら危険地帯に変わっているなどよくあることである。

 船体に負荷がかかる類の危険ならばシールドで防がなければならない。アーマーで耐えるなどというのは最後の手段なのだから、エネルギーを一定量は温存しておくのが賢いやり方だ。



「……わかったわ。ゴローはまだ活動しているようだけど?」

「連中は生命やら艦内環境の維持にエネルギーを割く必要がほとんど無いからな。労働力として見るならば人間が機械様に勝てるわきゃない」



 戦闘力として見てもだろうが、と内心で呟いてから日頃触らない計器をコツコツと指で叩く。何年経っても“そちらの”操作方法が頭に浮かぶことに苦笑しながら、ポッドの受け入れ作業に入った。


 今日も綺麗に撫で付けられた髪型をした女は焦れた様子で聞いてきた。



「どれくらい貯まったかしら?」

「諸々の費用ならぬ物資を差っ引いていつも通り。帰還船の必要量まであと一年と27日。おめでとうございます。一歩前進!」



 気落ちしたようにブリッジをうろつく美女のお硬い布に包まれた尻を目で追う。……こいつはずっとその灰色の制服を着ているつもりなのだろうか?

 制服に付いている階級章からすれば……旧時代で言う少尉か中尉だろう。故郷に帰ればエリート人生が待っていて、ここにいる間は停滞中となればそれは必死にもなるか。



「……なんで送ってくれないの?」

「嫌だから。お前さん個人はともかく、人間勢力はもう懲り懲りだ。いいじゃんか、一年ぐらい。すぐ過ぎる」



 ――眼鏡に秘められた女の目が奇妙な色を帯びるが、長く人から離れていたためにサルマはそのサインに気付けなかった。



「……1年もしたら私は100歳になっちゃうわよ」

「おめでとう。意外と若いな。三桁行ったらもう一年なんぞ……あ……」



 してやったり。そう女の顔に書いてある気がした。



「やっぱり! あなた不老処置を受けてるのね!」



 しまった。迂闊だった。


 不老化は誰でも受けられるわけではない。家柄、地位、能力。何でもいいが一定水準を越えなければ資格が得られないようになっていた。

 つまり不老化処置を受けている人間はエリート階層にいるというわけで……恐らくは今でもその点は変わっていないのだろう。只人が寿命の軛を抜け出しても、組織にメリットが無い。

 女の目には同類を見るような親しみが現れだしていた。



「データベースに無い名前。それでいて不老化処理を受けている……つまり、あなたは二大連合時代の生き残りかしら? どうしてこんなところで燻っているの?」

「…さぁな。昔過ぎて忘れた。覚えてるのは隕石だけだ」



 この日から「私をここから帰せ」が「私と一緒に帰って人類の役に立ちましょう!」に変わることになってしまったのだった。


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