第23話・巨人
両足を失ったラモラックが距離を取る。足場が無い場所での戦いであるため、規格外のアンティーク・ドールにとっては致命傷にまでは至らない。
それでも有利不利の天秤はサルマに大きく傾いた。皮肉なことに分厚い装甲の下に、頑強さを隠すラモラックはシンプルであるからこそ損失がそのまま総合力の低下につながってしまうのだ。
「それもモットラーがオレの知っているモットラーなら、だが……」
現状、サルマにとって一番マズい状況はのこのこと出てきたエプソを人質にされることだ。これが決闘ではなく戦闘なら卑怯とも言い切れない。
かつてのモットラーなら無いと断言はできる。しかし、そんな信頼は裏切られるのも常。コールドスリープしている間に、精神に変調をきたしている可能性もある。
「ンハッンフフフ……!」
さて、どう出る……
「アッハハハァ! まさか、横槍を避け損なうとは! 俺様も鈍ったもんだ! そこの嬢ちゃんの名前も聞いておこう!」
「へ? あ、アタイはエプソだ! うちの爺さんをいじめると、許さないぞ!」
「いじめてなんかいねぇがな。ま、運も時勢も含めて実力だ。これは俺様の負けだな。やられたやられた!」
「……なに?」
モットラーはあっさりと引き下がった。実力では遥か格下の者さえ認める清々しさ。その様子はサルマも知る彼そのものだった。だが、それはそれで
モットラーの任務はサルマの足止め。そして、稼げた時間は予想外に僅かだったというのに食い下がらない。それが意味することは一つ。
その程度の時間で良かったということだ。
「くそっ! エプソ! オレはアンネッタを追う。お前はゴローと合流して、通信を待っててくれ! できれば周囲の探索もだ!」
「へ? なんで姉御を?」
「あいつを送り出した懐旧連合を、俺と戦ってたやつの一味が襲うんだよ! 以上!」
「おーおー、がんばれやぁ」
モットラーの応援がサルマの勘に障る。ラモラックは確かに戦闘力を減退させたが、即座に落せるほどでは無いのだ。
急ぐならば放っておくしか無い。ラモラックが確かに撤退を開始したのを見送る時間が惜しい。
確かにモットラーが消えたことを確認した瞬間にサルマは行動を開始した。単体となった今、ジャンプを連続使用することに問題は無い。歪む光の線の中を騎士が駆け抜けていく。
光は唐突に去る。目標地点まであと僅かだったが、今まさに破壊されたばかりで機能が生きている残骸が多いためセーフティが発動したのだ。
ワープジャンプにおいて、突然の横槍は死を意味する。今はこうして安全機構が開発され安全となっているが、黎明期には悲惨な事故も多かった。
しかし、今のサルマはそんな過去に思いを馳せることができる状態に無かった。周囲に広がっているのは、サルーゾ懐旧連合のものであることも理解している。下手をすらば残骸の中にグランパ号とアンネッタがいる可能性すらある。
それでもサルマは別のことに呆然としていた。恐らくは
通常のドールのサイズを10倍にしたような巨躯。そして、豪奢を極めた飾り。王冠を模した頭部。ああ、見覚えがある。あるが、なぜここにいるのか。それが分からないからサルマは凍りついていた。
――チュノッサ連合、宗主国ディース。その儀礼用アンティーク・ドール。実態は予算度外視という表現すら生ぬるい人型の要塞。
教皇専用ドールという名を借りた、最高権力者用の最強を誇る
「アンティークドール・アーサー……?」
呆然とつぶやいたサルマの独り言。しかし、それに応える者があった。
『……腕が鈍っていないとは聞いていたが、この短時間でラモラックを打倒してくるとはな。放っておくのが良いと言われても、中々に頷けない。お前は驚異だ、サルマ』
「隊長……」
巨大ドールの中から、さらにドールが出てくるという光景は不思議と荘厳だった。アーサーはドールで操るドールでもあるのだ。
そして中から現れた機体アンティークドール・ライオネル。かつてサルマが生命を預けた男が駆る機体だった。
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