第19話・ボールス
サルマ達が行っている、語る必要も無い蹂躙。まさしく一瞬のうちの戦闘を遠く離れたところから記録している者がいた。
アステロイドベルトの中の一つの岩塊に張り付いたフリゲート艦。その外観はサルマのルーキーナイト号に酷似していた。
『どうだ。確証は取れたか、オタイ?』
暗号通信で届けられた声に顔色すら変わらずに、オタイは体を伸ばしてほぐす。彼がいるのはフリゲートのコックピットではなく、中に収められた兵器の中である。
奇妙な男であった。髪はぺったりとキレイに撫でつけられ、峻厳な顔つきには無精髭一つ無い。兵器などより会議室でサラリーマンをやっていた方が余程似合うだろう。
「データは送りました」
『それは分かっている。君もこちらが読んだことは分かっているはずだ。私が聞きたいのは君の所感なのだよ』
「所感などあてにするものではありません」
仲間内でさえ声だけで背筋が伸びて機械のようになるとされる通信相手に対して、全く平然としたままオタイは言葉を返した。
通常、個人の感覚というのはある程度重きを置かれて然るべき情報だ。特にサルマやオタイのような特殊な経験を積んだ者の、科学的でないインスピレーションは一考に値する。
だが、オタイはそれを切り捨てた。それを信じてはいけないと、
『それでも聞きたいのだよ。君がどう感じているか』
「……サルマ・ササキは何も変わっていない。腕が錆びついてもいないが、成長もしていない。ゆえに私は恐ろしい。以上です」
『恐ろしい? 君がかね?』
「前大戦の時から、私はそう思っていました。多少の揺れも含めて、あの男は常に普通の精神状態だった。飽いて戦後は逃げたであろうことも、普通の反応だった。だというのに以前と変わらぬ技量は、すなわち基準値を定めて鍛錬していたということ」
かつての戦場で多くの者が変わり果てた。病でなくとも、過剰な自己鍛錬を続けるもの。そしてオタイのようにただの傍観者でいると決めた者のように。
上を目指すのも分かる。堕落していくのも分かる。アンティーク・ドールを駆る円卓の騎士達もそうだったから。
だが、恐らくサルマは今出会っても以前と変わらぬ好青年じみた俗物であろう。
「
『なるほどな。君が感傷的な部分を残していると知って、私は安心したよ。そして……彼は理屈ではない部分で、私に従わないということだな』
そう。議長もまた、かつては円卓の騎士だったのだ。そして円卓を叩き壊して玉座へと変えた。
だがサルマにとって、それは何の意味も持たない。変わらずにかつての同僚がおかしなことをしていると泣きたくなるぐらいだろう。
「彼を敵に回さない方法は簡単です。何もしなければ良い」
『そうだな。いずれにせよキャメロットの半数は既に我らの側。仮に彼が勤労意欲に目覚めたとしても、突破できるものではない。オタイ戻ってこい、鷹の目は別の場所で働いてもらうとしよう』
「了解……」
陰鬱な声を最後に通信は終わった。
オタイはオートパイロットのまま、ハンガーの中にあるラウンズ級アンティーク・ドール。ボールスの中で過ごす。
かつて伝承では王に聖杯の実在を報告した存在。基礎性能こそ他の機体と同等だが、固有の兵装は偵察型だった。
「サルマ……敵などこの世にはいない。お前はそのまま、自由に過ごすのだ。それこそが、きっと……我々の悲願だったのだから」
顔はそのままで、オタイは呟く。
悲願という言葉が口をついて出たことに、オタイは久しぶりに自分自身に驚かされていた。
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